Message Digest 2019

礼拝説教ダイジェスト:2019年

【ご利用になる方は……】

 ここは、メッセージの要旨を並べてある部屋です。
下記のリストにて、当教会に収録してあるメッセージの要旨が紹介されています。
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【メッセージの要旨】

「ほんとうのお父さんを見つける」  
聖書:ルカによる福音書2章41-52節(神殿の少年イエス)
2019年1月13日(日)日本キリスト教団徳島北教会主日礼拝説き明かし
 一般にはイエスが神のことを「アッバ(お父さん)」と呼んだのは彼が神の子だからだと理由づけられています。しかし、イエスを1人の人間として見た場合、本当は彼が神を「お父さん」と呼ばずにはおれなかった理由なり事情があったのではないかと考えられます。
 福音書のイエスと親たちの物語を分析的に読むと、実はイエスの父母はイエスに対して理解を示していたわけではなく、むしろイエスを問題児として手を焼いていた様子が浮かび上がってきます。特に母親についてはイエスに対する無理解とイエスとの不仲が顕著に現れています。
 父親については圧倒的に情報が足りません。おそらくイエスは自分の実の父親を知らないのでしょう。そして弟たちの父親である男に虐待を受けていた可能性があり、それゆえに神だけを自分の本当の父親にしようと決心したのではないでしょうか。
 イエスの教えの中には、父権主義や家父長制を厳しく批判し嫌悪するメッセージが多く含まれます。そのことと彼が神を「父さん」と呼ぶこととは表裏一体です。イエスの真のメッセージを受け取ることなしに安易に「天の父よ」と呼ぶことは、実はイエスの本意ではない可能性があるのです。

「まるっきり信頼してしまっている」  
聖書:ローマの信徒への手紙3章21−26節(イエスの信による義)
2019年1月6日(日)日本キリスト教団徳島北教会新年主日礼拝説き明かし
 普段私たちが「信仰」と訳している新約聖書のギリシア語は「ピスティス」です。「ピスティス」とは「相手に対する全面的信頼」という意味です。それは神やイエスが相手とは限りません。人間同士の関係でも「ピスティス」というのはあるのです。
 ローマの信徒への手紙3章21節以降は「(人間の)信仰によって神に義(無罪)とされる」と書いてあるように読む人が多いでしょう。しかし言葉の上からも文脈上からも、人間の側の「信仰」が条件になっていると読むのは間違いなのです。そうではなく、「無償で(タダで)」「イエス・キリストの信実(ピスティス)によって」人は神に義とされたと読むのが正しいのです。
 人間は神やイエスを信じるか信じないかとは関係なしに、イエスの人間への信頼、神への信頼によって仲介され、神によって信頼に足る者と扱われるのです。
 教会の根底に存在するのは、この信頼(ピスティス)です。イエスの信頼が神と人間の信頼をとりもち、人間もこの神とイエスの信頼を人間同士でも保とうとする、そこに教会があるのです。
 この新しい1年も、ピスティスを違いに保ちつつ、良い教会生活を送ってまいりましょう。

 




 

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