宗教裁判展示室

2007年2月1日(木) 日本キリスト教団総会議長からの圧力文書

〔解説〕
 ・これは、今回の言論封殺、えせ宗教裁判の全ての発端となった、日本キリスト教団総会議長から教団出版局に送られた非難文書です。言論、出版の自由に対する侵害で、法的にも問題があるかもしれない文書です。
 ・この文書による圧力により、教団出版局は臨時理事会を持ち、今後事を荒立てないことを教団議長と協議する一方で、『信じる気持ち』の再版分以降からは、「キリスト教入門講座」と書かれた本の帯を取り外すことを取引条件にしました。
 ・この圧力文書は、著者である富田には、コピーを見せるだけにとどまり、その写しを決して渡さないという対応を教団出版局は崩しませんでした。再三、再四、著者であり当事者である富田が「一部の写しを欲しい」と要求しても、「文書が一人歩きして、事を荒立てないように」という理由で、いっさい応じてはもらえませんでした。しかし結局は、2007年6月の教団の常議員会で「公文書ならば出せるはずだ」という大阪教区などからの要請により、公開されることになりました。こんなに遅まきになって公開するのなら、最初から一番の当事者である富田に、なぜ公開してくれなかったのでしょうか。
 ・この文書を出した後、教団議長は出版局長と会談し、その席で「ちょっと筆がすべって、言い過ぎてしまった」などという言葉を口走っていたそうです。また、さらに後になって「あれは私的な文書だ」などという言い逃れをしていると伝えられています。しかし、PDFファイルを見ていただければわかりますが、教団総会議長の角印が押してある公文書です。このような文書を、教団総会の議事を経ないで、勝手に議長印を押して出してよいものなのでしょうか。
 ・原文では「冨田」(わかんむり)となっていますが、私の名前は「富田」(うかんむり)です。

〔最終更新日:2007年8月2日〕


日本キリスト教団出版局
       局長 秋山 徹 殿


 み栄えのための日頃のご尽力に心からなる感謝と敬意を表してやみません。主が豊かに報いて下さいますように。

 さて、この度出版された冨田正樹著「信じる気持ち」を手にしました。この内容は甚だしい逸脱にみちています。「まえがき」に「これでもできるかぎり主観に走らず、あまり偏りのないように書く努力はしたつもりです」とありますが、結果は主観に走り、偏りだらけです。
 しかも、イエス・キリストの神性(p.34)を危うくし、救い主なるイエス・キリストを軽んじ(p.36)、主の復活を余りにも水平レベルで片付けてしまっています(p.38)。
 その他、洗礼(p.68)や聖餐(p.70)という聖礼典についても深みがないというよりも相対化が見られます。これではキリスト教と言えないのではないかとという危惧を越えてしまっています。
 昨日、教団の役員会で三役と五人の幹事でこの本について検証しましたが、これは回収、出版停止、廃刊に値するものだとの意見で一致を見ました。(詳細 各論は小林眞副議長から申し上げさせていただきます)こんなひどい内容が日本キリスト教団出版局から出されるというのでは教団の自殺行為です。「はじめてのキリスト教」との副題が付けられていますが、はじめから躓かせてしまう入門書などやりきれません。
 責任ある説明、今後の対策等についてお聞かせください。

 主の導きを祈りつつ

2007年2月1日           
日本基督教団           
   総会議長 山北 宣久

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