みんたた!

「みんたた!」:みんなでたたこう聖書とメッセージ研究のコーナー

2010年11月のテーマ: 「ヨセフへのお告げ」

日本語訳聖書の版権は財団法人・日本聖書協会に帰属します。
当教会は、ホームページ上での聖書の引用に関して、
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■マタイによる福音書1章18~24節(新共同訳・新約・p.1-2)

みんたた11月のテーマは、アドヴェントということで、マタイ1章18節以降の「ヨセフへのお告げ」をやってみたいと思います。
新共同訳聖書の日本語テクストは以下のとおりです。

*****************************

マタイによる福音書1章18〜24節
18 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。
19 夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。
20 このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。
21 マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」
22 このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
23 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
24 ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、
25 男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。

*****************************

以上です。では、みなさん叩いてください。
突っ込みどころ満載の箇所です。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - ノンクリ
2010/11/01 (Mon) 19:37:46
>母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。
 「ものは言いようだな、不倫の子じゃねぇの?」という下司な勘繰りは書かれた当時から絶えなかったでしょうね。
 私が知りたいのはどうしてこんなツッコミどころ満載の文書が「聖書」として通用するようになったんだろ?ってことですね。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - et
2010/11/01 (Mon) 23:00:38
「インマヌエルと呼ばれる」と書かれていますが、インマヌエルという単語が出てくるのは、この箇所だけで、後は、イエスと呼ばれ、インマヌエルとは呼ばれていません。
いったいどういう意味なんでしょうね。
聖書の七不思議の一つでしょうか?

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/11/01 (Mon) 23:47:45
>ノンクリさん
イエスの出生は本当にこんな感じで彼が亡くなってから「聖霊説」が生まれたとか?
この掲示板以外でこんな発言できないですけど(汗)
しかし「突っ込みどころ満載の箇所」..アーメン。

富田先生へ - 長谷川
2010/11/02 (Tue) 08:39:44
お疲れ様です。ヨセフは親族から見離されたので.馬小屋での出産になったのですか?石切りの仕事も罪人とみなされ、この仕事にしか就けなかったのですか?

先月は乗り遅れましたので - 爽歌*sayaka
2010/11/02 (Tue) 08:50:48
今月は積極的に参加したいと思います。
富田先生のいつぞやの説教の
「ヨセフの思いつき」という解釈が好きです。
聖霊によって身ごもったというのなら
神さまから預かった子どもなんだから
自分に託されたと思って育てるのも悪くないとヨセフさんは考えたんじゃないか
という趣旨だったと思います。
やはりベツレヘムまで旅をするのはルカの物語ですよね。
普段いかに自分が4福音書を混ぜ合わせ物語をつくっちゃっているのか考えさせられます。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/02 (Tue) 10:21:01
etさん
私も、そこは疑問です、インマヌエル。ギリシャ語なりヘブライ語の言語で表記された聖書では、もしかしたら「神は我々と共におられる」という呼び名で登場しているのかとも思いますが。

Re: みんたた11月-インマヌエル - トマス URL
2010/11/02 (Tue) 11:48:09
>ツッコミどころ満載
同感。でも今週来週はちょっとキツイかな。

>インマヌエル
ちょっと気になったので、ここだけ(急ぎ)書き込み。
元々はイザヤ書 7:14 の引用です。ただし、福音書のいつもの例に漏れず、70人訳ギリシャ語聖書からの引用ですので、私たちが通常日本語で読むイザヤ書(に限りませんが)とは訳文が変わります。ついでながら、イザヤ書 8:8、8:10 も参照。コチラには新共同訳でもインマヌエルで出てきます。
ヘブル語も見てみましたが、たしかにイザヤ書のこの部分、インマヌエルが連発で出てきますね。
預言の引用としての「インマヌエル」ですから、新約で必ずしもインマヌエルと呼ばれなければならないということではありません。その意味するところがイエスに合致しており、弟子達の思いとしてイエスがインマヌエルだと思えればよいということです。あるいは「呼ばれる」ですから、インマヌエルの方は肩書きのように使われたりしたんじゃないか、という気もします。
あ~でも逆にイエスの名前がヘブル語新約聖書(あるんですね、これが)でどう表記されているのか、ちょっと気になりますね。

Re: Re: みんたた11月ーアドヴェント - 長谷川
2010/11/02 (Tue) 15:01:23
しかし、ひつじにか こまれて、馬小屋で出産て 生まれながらのイエス様の波乱万丈の人生を暗示してますね。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - ノンクリ
2010/11/03 (Wed) 00:47:35
>「聖霊説」
 イエスの出生に関して聖霊云々は客観的な事実関係としてはツッコミどころ満載にしても、気持ちとしてはわからなくも。誰しも子供が生まれるときってこういう気分になるんじゃないですかね、それこそ聖霊によって授かったみたいな。
 あと、クリスチャンっていうか要するにイエスの出現によって「救われた」と感じている人は、外部や野次馬が何をいおうが、聖霊というか、何か必然的な運命によって宿ったとしか思えない、いやそう思わないと信者やってられない、そういう心境というか、願望を象徴した話なんでしょう。それが、極端に「進化」した結果、ついに「処女懐胎」にまで話がいってしまったと。うまく説明はしづらいですけど。
  わかっちゃいるんだけど、あえて野暮なツッコミは入れない、これが、ごくごく穏健な普通のクリスチャンってことなんでしょうね。
 これを「すべて、歴史的事実なんだ、本当なんだ」とムキになって主張すると、いわゆる原理主義者になりますし、逆にこれまたムキになって「そんなことあるわけないだろ、頭おかしいんじゃない、聖書はウソばっかり」と主張するのはKY、空気読めない人、ということになるんでしょう。
 なんていったらいいんでしょうかね、クリスチャンっていうのは、客観的事実と信仰面での真実、現実と願望というのをうまく見分ける、使い分ける、折り合いをつけるって能力が必要とされるのではないかと。
 いくら古代とはいえ、もっと「合理的」な話にすることもできたんでしょうけど、それだと「理屈」とか「理論」としては良くても「信仰」としての説得力が薄くなってしまうかもしれないし。
 また、あの当時のユダヤ教の事情からして、「神の子」でもない「普通の人間」が「神との契約」を「更新」するなんてトンデモない、という話になるわけで、たとえ、ツッコミどころ満載でも「神の子」とか「聖霊によって宿った」ことにしとかなきゃならなかったんではないかな?と想像するのですが、どうですかね?

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/03 (Wed) 20:26:29
長谷川さんの書き込みで少しひっかかっていたことがあったので、どなたかご存じでしたら教えて下さい。
インマヌエルとか、乙女が身ごもったとか、全ては旧約聖書の預言をベースになっており、更に富田先生のメッセージではヨセフ=夢見る人、という解釈もありました(なのでイエスの両親の名前が本当にヨセフとマリアだったのか、すら怪しいのだと思っているのですが)。
ところが、救い主が馬小屋で産まれるというのは、何がベースになっているのか分かります?今回の聖書箇所とは少し飛んでしまいますが、気になったもので・・・。

Re: みんたた11月-アドヴェント - トマス URL
2010/11/03 (Wed) 22:14:44
>ノンクリさん
使い分ける、折り合いをつける、でもあるでしょうけど、ある意味の諦めもあるような気がします。特にカトリック。前にも何かのスレで書きましたけど、カトリックは毎朝の聖体拝領の時に「信仰の神秘。主の死を思い、復活をたたえよう、主が来られるまで。」と唱えます。あるところから先はもう神秘なのだ、神の領域なのだ。理解とか理性とかを越えたものなのだから、わかんなくてもしょうがない。という諦観を感じます。
プロテスタントはなかなかそうはいかないのが残念です。プロテスタントだと「神秘だから人間には判らないのだ(大喝)」みたいになりやすい?なんて思います。諦観からはほど遠いです。

>極端に「進化」した結果
神学の側から言えばイロイロと理屈はあるでしょうけど、無意識の動きとしてはそんなものだったかもしれませんね。
よく知られていることですけど、イザヤの預言では「うら若き女性」でしたしね。新共同訳は旧約も「おとめ」ですけど、平仮名になっているあたりがその微妙なところをウマクぼやかしてあるような気がします。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/11/04 (Thu) 23:33:20
馬小屋で産まれたのは「飼葉桶」に寝かせたかっただけでは無いのですか?
当時の飼い葉桶が石を切って(掘って?)作られていたもので、イエス様のお墓も石で出来ていて
産まれた時はマリア様から産まれ、十字架で最期を迎える時も2人のマリアに見守られた。
生と死と言う場面での共通点として描かれた、とか何とか..違ったかな?

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 富田@iChurch.me URL
2010/11/04 (Thu) 23:56:22
あー、それはぼくが説教で言いました(照)。
ヨセフの夢は、旧約のヨセフの再来である、と。
そして、イエスはダビデの再来(ルカ)であり、モーセの再来(マタイ)でもある、と。
明らかに創作された物語なのですが、ノンクリさんがおっしゃっているように……

>あの当時のユダヤ教の事情からして、「神の子」でもない「普通の人間」が「神との契約」を「更新」するなんてトンデモない、という話になるわけで、たとえ、ツッコミどころ満載でも「神の子」とか「聖霊によって宿った」ことにしとかなきゃならなかったんではないかな?と想像するのですが
なるほど、そういう事だったんではないか、とぼくも思いました。

ちなみに、日本基督教団の中に出来上がって、いま権力を牛耳っている福音主義教会連合とか連合長老会議の牧師さんたちは、ぼくの本で、ぼくが復活は史実ではないと書いたことでゴリゴリ攻撃してくるんですが、誕生物語については、何にも言って来ないんです。
よくわからないです、ほんとに。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - モリモリ
2010/11/05 (Fri) 01:10:22
はじめまして。
通りがかりの者です。この場はクリスチャンの集まりじゃないのですか?みんなで批判しているくせに信じているんですか?すごく詳しい癖に非難している。どういうことなんでしょうか?よくわかりません。
この物語は本当に不思議な話ですね。人間の思考をかけ離れていると思います。普通の人間が思いつくでしょうかね?だから、本当だったように思うのですが。

Re: みんたた11月-アドヴェント - トマス URL
2010/11/05 (Fri) 11:46:40
モリモリさん、はじめまして。
家族や友だちの悪口を言うのと似ていて、信じているから、あるいは親しみを持っているからあれこれ言う部分があるのじゃないかな?と思います。「みんたた」はブッ壊すための批判をする場所じゃなくて、批判的に読みながらもなるほどと思える部分を共有することが出来る、気付きを得ることが出来る、そんなスレになっていると思います。

>不思議すぎるから本当だった(ちょっと要約してますが)
かもしれません。その可能性はあります。本当の出来事だったとするとスゴイことだし素晴らしいことだと思います。

富田先生への質問に勝手に答えちゃっていいですか? - 桜泉 URL
2010/11/05 (Fri) 12:57:18
お久しぶりの桜泉です。(覚えてない方もおられるかも)
長谷川さんの11月2日の書き込みへの直接のご回答が、されていないようなので、私からよろしいですか?
(あ、にじはさんが少し書いてくださっていますが。)

>お疲れ様です。ヨセフは親族から見離されたので.馬小屋での出産になったのですか?石切りの仕事も罪人とみなされ、この仕事にしか就けなかったのですか?
まず、なんで馬小屋(厳密には家畜小屋です。おそらく中にいたのはお馬さんじゃなくて、モーモー牛さんやロバさんだったかなと)でのお産か、やっぱりマリアの妊娠がいろいろ世間体悪いことになったせいか、ということですが…。
私は、そういう説も聞いたことはあります。当時の人が、少なくとも故郷の町に旅をするなら、普通は親類縁者の家に泊めてもらえそうなものだそうで、マリアの妊娠問題で後ろ指さされる身になったヨセフ・マリアカップルは、それができなかったから宿屋へ、しかし人口調査期間で宿も混んでて、家畜小屋行き…との説です。
でも、それが絶対正しい説だとも聞いていません…。
世間体悪くて後ろ指さされたかどうかはともかく、かなりのみじめ状況での出生を強調するためのお話かなと私は思いますが。
また、ヨセフさんの(そして跡取り息子たるイエス様の)仕事は石切りじゃなくて木材加工業…では。
こちらについては、別に蔑まれるような仕事ではなかったと、これまた出典はっきりしなくて恐縮ですが、読んだことがあります。
むしろ、技術職であり、各地で必要とされる仕事であり、決して「貧しい」仕事ではなかったし、社会的地位も、そう悪くないとの説を読みました。
こちらは何かの譬えや演出というより、恐らく本当にその職業だったのでしょうね。福音書のほかの個所(イエスが故郷に伝道しに行った時の話)にも出てきますから。

復活物語と誕生物語 - トマス URL
2010/11/06 (Sat) 09:33:49
>富田先生
それはこういう事じゃないですかねぇ。
誕生物語の史実性を否定したところで、イエスの誕生そのものは(普通は)否定できないけど、 復活物語の史実性を否定したら(普通は)復活そのものを否定してしまう。というロジックでしょう。とすると重みが違うでしょうね。富田先生が考えているような心の中への復活は復活とは考えてないんでしょう。難しいところですが。
スレ違いになりますが、先日ラザロの復活物語を読んでいたら rise と resurrection の両方の単語が出て来ることに気付きました。どう違うんだろ?

Re: 大工 - トマス URL
2010/11/06 (Sat) 09:41:52
レスを分けますね。
桜泉さん、お久しぶりです。答えてくださってもいいと思いますよ。ありがとうございます。と私が書くのも変だけど。

>大工
これもなんかいろいろな説明があってよく判らないのですが、現代のように分業が進んでいませんから、整地、基礎、棟上げ、全部やったんだろうと言われています。しかも材料の加工も。ですから、石工も木工もやってたんじゃないか、ということみたいです。家自体も木の家とは限りません。現代日本の大工さんの仕事からは多少イメージを拡大しないといけないようです。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/11/07 (Sun) 08:23:56
>富田先生
失礼しました。何せ昔に読んだもので「うお~!なるほど!」と、すごく印象に残ったもののどこで読んだかが思い出せなくて。勝手に引用してすみません。
で、富田先生の復活ばかり攻撃される..ですが、もしかして使徒信条で最後の方に「我は聖霊を信ず(以下略)」とあるので、信仰を持つ者として、特に一番最後の「罪の赦し、からだの復活、永遠の命」は強調したいのではないでしょうか?

Re: みんたた11月-ひそかに離縁? - トマス URL
2010/11/10 (Wed) 21:30:04
>夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した
という19節ですが、密かに縁を切ってどうしようとしたんでしょうねぇ。
縁を切った後のヨセフはどうなるんでしょうか?
縁を切られた後のマリアはどうなるんでしょうか?
両方ともよくわからないのですよね。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/10 (Wed) 23:51:47
トマスさん
正しい人だったら離縁するという辺り、ユダヤ教の律法なのでしょうね。
でも、ヨセフが正しい人で無かったとしたら、そのまま結婚するのでしょうか?
いや、それは正しくなくても実現しないでしょう。
マリアは縁を切られて、本来の夫の元に戻るのでしょうか・・・。

Re: みんたた11月-アドヴェント - トマス URL
2010/11/11 (Thu) 20:09:35
>毛利さん
そのあたりも含めてねぇ、なんだか分からないことだらけですね。
ただ
>正しい人だったら離縁する
というのがそのまま律法にあるわけでも無さそうですよ。
だから「ひそかに」と付くようで。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/11/12 (Fri) 00:07:10
毛利さんの
>本来の夫の元に戻る・・
ですが、本来の夫がいる、と言う場合、
①マリアは「本来の夫」とイエスを育てたら「神の子」にはなれなかったのか。
②イエスの名が有名になった時、その人が「実は俺の子だ」と言い出さなかったのか。
③イエスはヨセフが本当の父ではない事を知っていたのか。
などなど下世話な疑問がいっぱいです。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - もりもり
2010/11/12 (Fri) 01:28:43
でもね。ヨゼフ様のすごいところ。何の血のつながりもないことは、身に覚えのないことだから、わかっていたんです。
でもね、ベツレヘムで泊まるところもないのに、マリアを抱えて、走り回ってようやくねられるところを探しだしたんですよ。
すごいと思いませんか?そして、その子イエスは、大好きなマリアから生まれた子だから、ずっと、30になるまで育てたんです。自分の子供じゃないのに。
ほんとにマリアのことが好きだったんだなぁって思いませんか?ヨゼフはエライです。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/12 (Fri) 02:06:21
トマスさん
下世話なQ&Aからの引用ですが、「聖書の記述はウソ?ホント?」の「先人の著作を意図的に改ざんして書いている例・・・離縁の禁止の教え」では、夫の都合で一方的に妻を離縁させることが認められていた、と書いてあります。ですので、ユダヤの律法の中を探せば、離縁に関しても細かな取り決め(それも夫にとって都合の良い)が書いてあるのかと思いました。ただ、堂々と離縁するのではなく、「ひそかに」という部分はヨセフの優しさなんでしょうね。

にじはさん
1番と2番は「うーーーむ、どうなんでしょう」です。1番については、運命は色々と複雑に絡み合ってくるでしょうから、恐らくNoだと思いますが、根拠はないです。2番については、イエスが有名になった時に、実の父親が生きていたのかどうか、というところで疑問です。当時の人は早死にしていたとか聞きましたので(実際、ヨセフの登場シーンを調べると、イエスの誕生の部分だけですから、ヨセフも早死にしたのかな、と。長生きしていたらごめんなさい)。
3番については、マルコ6:3で「マリアの息子で」、マタイ13:55で「大工の息子、母親はマリア」、ルカ3:23で「ヨセフの子と思われていた」と、マリアの実の子ではあるけれど、ヨセフの実の子であるとは断定していません。一方、ルカ4:22で「この人はヨセフの子ではないか」、ヨハネ6:42で「これはヨセフの息子のイエスではないか」と記載されていますから、一概に言い切れませんが、一部の人にとってはヨセフは実の父親ではない、という見解を持っていたのではないでしょうか?そして、それは当然、イエスも自覚を持っていたと想像します。
ただ、それはマリアとヨセフが黙っていれば済む話で、わざわざ周囲に「この子はマリアの子だけれど、自分(ヨセフ)の子じゃないんですよ」と言い広めるか、ということになりますので、その部分に不自然さを感じます。

もりもりさん
知らない男との間に生まれた子、だとしたら育てる気にはならないでしょうが(だから離縁まで考えた)神から授かったとなれば、それは受け入れるのではないでしょうかね。神から授かったと言われても、それを信じるかどうかはヨセフ次第ですので、そこの部分については「信仰心があったからこそなせる業」だったのだろうな、と思っています。

Re: みんたた11月-十月十日 - トマス URL
2010/11/12 (Fri) 20:03:43
>ヨセフの優しさ
そうかもしれません。

>本来の夫
というか、イエスの父親ですよね。中世に作られた伝説にはイエスの「本当の」父親の名前が出て来たりしますね。ローマの兵士でパンテラといったとか何とか。どんな綴りだろ?綴りに依りますが、全ての奇跡という意味の名前になるかも。
パンテラかどうかは別としてよくある解説の中に、マリアはローマの兵士にレイプされたんじゃないか、その事情を知ったヨセフがマリアを「迎え入れ」たのではないか、なんてのもありますね。真偽のほどは確かめようがありませんが、人の優しさを考えさせる話しではあります。占領軍の兵士に襲われたというのは当時も間々あった話しでしょうし、そうなった未婚の女性というのはその後の結婚は難しかったでしょうから。
そういう事情を仮定すれば、ヨセフの子供でないと言われていたのも事情は単純で、十月十日に足りないじゃないかということから来るウワサだったのかも。

>ヨセフ
が早死にしたのは定説みたいですね。
その意味からもこのマタイ福音書の誕生物語は
>明らかに創作された物語
かもしれませんねぇ。ルカ福音書の誕生物語というのは、何某かの物語の核となる伝承がマリアから弟子達を経てルカに伝わったと考えるのは容易ですが、ヨセフの物語というのはそういうルートが考えにくいですよね。まぁこれもマリアを経由させちゃえばいいのかもしれませんが、それならなんでマタイはヨセフのネタだけ使ったんだ?てなことになりますものね。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/11/12 (Fri) 23:42:23
>トマスさん
パンテラ、ですか。意味が「すべての奇跡」と言う意味だとしたらまたもや怪しいですね。
マリアもヨセフも、そしてイエスも本当の名前じゃなかったらびっくりですね。

>十月十日に足りないじゃないかということから来るウワサ
そうかもしれませんね。「あんたたちこの間婚約したばかりなのに、そのお腹の大きさは
どう考えてもおかしいでしょ?」と言った感じなのかもしれませんね。

Re: みんたた11月-パンテラはヒョウ? - トマス URL
2010/11/13 (Sat) 11:47:55
>パンテラ
さっき気付いたのですが、わたしギリシャ語でイメージしてました。
すみません。思いつきでいい加減なこと書きました。
ローマの兵士ということはラテン語かもしれないです。
だとすると動物のヒョウの可能性が高いです。無理に日本語にすれば虎雄とか寅太のような名前になるでしょうか。
昨夜はギリシャ語だとパンが(全ての)になるので、テラにどの綴りを当てるかな、と思ったのです。tかthか、lかrか。可能性は母音や語の切れ目を含めていろいろあるのですが。

>十月十日
他にも、ヨセフに身に覚えがあったにしても、本当に奇跡が起こっていたにしても、「ちょっと早いんじゃないの?」てな目で見られていたことでしょうね。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - ノンクリ
2010/11/13 (Sat) 23:06:12
 >パンテラ
 その昔(70年代)、イタ車に「デトマソ・パンテーラ」ってクルマありませんでしたっけ?
 70年代、子供たちの間で「スーパーカー(ヨーロッパ製高級スポーツカーのこと)」ブームがあった頃、耳にした覚えが(って年代がバレバレですが)。
 あの頃は「外車(というか欧米製のクルマ)」ってだけで何かステータスを感じた時代でしたねぇ。
 関係ない話で失礼。

Re: みんたた11月-アドヴェント - トマス URL
2010/11/14 (Sun) 19:16:56
>イタ車に「デトマソ・パンテーラ」ってクルマ
スーパーカーはわたしの守備範囲外なのでサッパリ判りませんが、現代イタリア語でもパンテラはヒョウだそうですので、きっとそうでしょう。如何にもスーパーカーに使いそうな名前ですね。とするとデトマソって?

レスを分けようかとも思ったのですが & 話しを蒸し返してしまいますが
>ひそかに離縁
考えてみれば、離縁に密かも密かでないもないような気がするのです。離縁しちゃえばバレちゃうじゃないですか。婚約も「ひそかに」だったのでしょうか?んなハズはないと思うのですがねぇ。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - ノンクリ
2010/11/14 (Sun) 22:37:42
>とするとデトマソって?

 デトマソっていうのはメーカーの名前ですね。しかし、すごい名前のクルマだったなぁ、今にして思うと。
 話戻して、ヨセフとマリアの夫婦事情って悪いけどもあまり興味がわかないです。
 処女懐胎こそ劇的であるものの、聖書全体でみると彼らの存在感って薄いし。イエスにどのような教育を施したのか?イエスの人格形成にどんな影響を与えたのか?がさっぱりわからない、その上、イエスの処刑の現場にも来ないし。
 イエスはイエスでせっかく復活しても、真っ先に直行するのはマリアはマリアでもマグダラのマリアのところですし。私の読んだ限り、御両親のもとへ現れた記述はないし。
 いつも、「イエス様さ~、せっかく復活したんだからさ~、ちゃんと御両親のところにも顔だしなよ、お母さんのマリアさんなんか大変な思いしてあなたを産んだんでしょ?」と(神の子に向かって!)説教をかましたくなります。
 一体、どういう家族関係なんだ?という点では非常に興味がありますけど。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/11/14 (Sun) 23:08:35
>イエス様の家族関係
このあたり、あまり書かれてないので憶測ですが、この時代もやっぱり旧約と同じように
長男が大切にされていた時代だったとすると、イエス様は父ヨセフの跡を継いで大工の仕事
を継ぐのが当たり前なのに、家を出てしまったと言う事で、もしかしたら少しギクシャクした
家族関係だったのかな?と思います(ルカ8章19節で家族が会いに来た時も冷たい?態度だし)
それと、イエス様が処刑された時はもうヨセフは亡くなっていたので来れなかったのでは?
(これも富田先生が言ってた..かな?)

Re: みんたた11月ーアドヴェント - もりもり
2010/11/15 (Mon) 00:16:24
ゴルゴタの丘にはマリア様はいらっしゃいましたよ。ヨハネに「あなたの母と思え」って、十字架上から仰ってますよ。
ヨゼフは亡くなっていたと聞いた気がします。
聖家族がどのように過ごされたのかは、イエスの福音に対して影響してないんでしょう。このように育てられたから、こんな考えになったってもんじゃないですからね。
ただ、乳児の死亡率が高かったであろうあの時代に、順調に大人になるまで育てられたことは、大変なことだったんでしょうね。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/15 (Mon) 00:47:34
話の流れを少し曲げてしまいますが、「21 この子は自分の民を罪から救うからである」と書いてありますが、実際にイエスは自分達の民を救ったのでしょうか?
むしろイエスは自分の民以外を救ったけれど、自分の民は救わなかったように感じています。相変わらずユダヤ教はイエスを救い主として認めていませんし、ユダヤ教は残っています。
これは、聖霊の予言が外れている気がしました。ちょっと脱線させてしまってすみません。
どう解釈すれば良いのでしょうか。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - もりもり
2010/11/15 (Mon) 01:00:59
「自分の民」って誰ですか?ガリラヤ地方の人ですか?違うでしょう。
イエス=神。神=被造物の創造主。人間=被造物。よって、イエス=人間の創造主。となるので、イエスの民とは人間全体のことである。
という、証明でいいのではないでしょうか?
イエスが「おまえらは自分の民だが、君らは違う」って言いますか?言わないですよ。
もっと、大きく考えましょうよ。
それに、「救う」というのは、目に見えるものだはない。
いままで、救い主が来るまではどうすれば救われるのか暗中模索で会ったのが、イエスにより、道が指示された。というのが「救い」だと思っています。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/15 (Mon) 01:46:00
もりもりさん
ところがイエスはマタイ10:5で「異邦人の道に行ってはいけません。サマリヤ人の町に入ってはいけません」10:6では「イスラエルの家の失われた羊のところに行きなさい」と言っているのですよ。
或いはマタイ15:24では「私は、イスラエルの家の失われた羊以外のところに遣わされていません」とも言っています。
この文脈にこだわるつもりはないのですけれど、このイエスの発言からすると、イスラエルの人への救いは認める(けれど、サマリヤ人については無視しなさい)、というニュアンスに取れてしまうのです。
だからイエス本人としては、イスラエルの民を救うという意識で活動をしていたのかなと思ってしまいます(もしかしたら私の読みが浅いのかもしれません)。
その部分、どう解釈されています?

Re: みんたた11月ーアドヴェント - もりもり
2010/11/15 (Mon) 06:18:46
異邦人、サマリア人は文字通りとらまえると危険でしょう。
神に反対する者、神を信じない者のたとえとして受け止めるべきでしょう。
イエスは中東のごく小さい小国のために来られたわけじゃありませんよ。

Re: みんたた11月-自分の民? - トマス URL
2010/11/15 (Mon) 11:19:21
>自分の民
割り切って歴史的なことを言えば、イエス自身は自分の民というのはイスラエル民族だと思っていた可能性が高いでしょう。
その事と、キリスト教が2000年(には少し足らない?歴史的な発展があると思いますから)に渡って全ての民と読んできたことは区別しつつ、しかしその両方を大切にしていきたいな、と思います。
日和見すぎるでしょうか?

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/15 (Mon) 18:45:13
もりもりさん
> イエスが「おまえらは自分の民だが、君らは違う」って言いますか?言わないですよ。
に対する箇所としてマタイの例を出しただけです。それをどう解釈するかは人それぞれでしょう。
ただ、これだけ明確に「イスラエル」とか「異邦人」と明言しているのに「それは神に賛成/反対する人」と解釈する方が私は無理があると思います。
イエスの傾向として、イエスがたとえ話をする場合には、それに対する解釈を追加していると思いますが、上記の箇所についてはそれが見あたりませんし。

Re: みんたた11月-ヘブライ語では… - トマス URL
2010/11/15 (Mon) 23:37:24
自己レスになっちゃいますけど、

>ヘブライ語新約聖書
で見てみますと、面白いですね。ツッコミどころ満載?
ヘブライ語に堪能な人に言わせると当たり前と言われそうなネタですが、以下。
・19節冒頭の「夫ヨセフ」は ヨセフ バアル ですね。バアルってどっかで聞いた言葉やなぁ(笑) あ、ヨセフは多分ヨォセェフと読むんだと思います。
・20節の「主の天使」は マルアーク ヤハウェ ですね。マルアークは9月のみんたたでも出て来ましたね。
・おなじく20節の「妻マリア」は マリアム イッシャー です。イッシャーは日本語にすると妻の場合と女性(全般?)の場合がありますよね。マリアムもマリハムに近い発音かな。
日本語と外国語(この場合はヘブライ語)で1対1対応していない言葉の難しさ、みたいなものを感じることができます。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - もりもり
2010/11/16 (Tue) 01:17:20
すみません。
聖書をよく読みこんでいないので、個々の個所について具体的には何とも言えません。
が、イエスが自分の民、イスラエルの民を救うために来られたのなら、なんで我々日本人が信じる必要があるのでしょうか?意味ないですよね。
でも、違うのかな?
神の言葉を信じ、救い主を待ち望んだイスラエルの人々のために来られたんだろうか?
でも、原罪のために不完全な者とされたのは全人類だし、原罪の贖いのために来られたのだから、全人類の救いのために来られたはずだし、
すみません、わからなくなりました。もうちょっと、勉強します。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/16 (Tue) 10:13:01
もりもりさん
申し訳ないです、あまり悩まないで下さい。
感覚としては「イギリス人作家が、イギリス人向けに書いた小説」が様々な言語に翻訳されて全世界で読まれるようになり、多くの人々を感動させた、ということに近いのかと思っています。でも作者は最初から世界中の人に読まれるつもりで書いていた訳ではないし、肝心のイギリス人からはあまり読まれていない、みたいな。
歴史的な話をすれば、イエスが直接的に救おうと考えていたのは律法に縛られていたイスラエルの人達、それも貧困層や病んだ人、絶望している人、差別をされていた気の毒な人達だと思っています。そして、イエスの教えをグローバルに広めたのがパウロだと認識しています。それが後にローマの国教になり世界に広がっていきました。
そういう大きな流れも含めて神の計算だとすれば、イエス個人が誰を救おうとしていたのか、ということはあまり重要ではない気がします。自分自身が病んで絶望し苦しんでいるなら、聖書に登場する「病んだ人」を自分と重ね合わせるのは当然のことだと思いますし、病んでいる自分をイエスが見捨てる筈がないと確信しています。
ですので「全人類を救う為の救世主」という解釈で正しいとは思うのですが、イエスが望んでいた「自分達の同胞」を実はそんなに救えていないのではないか、という部分で私はひっかかっていました。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - もりもり
2010/11/16 (Tue) 17:21:45
毛利さん
ありがとうございます。ちょっとややこしい事は忘れて,とっつきやすい事に走ります。
そうなんですよ。
結局イスラエル民族はイエスを救い主と認めなかった。未だに救い主を待ち望んでいるんです。国もなく,戦争に明け暮れています。
それは,十字架につけよ!とピラトに詰め寄って,その血は我々と我々の子孫の上にと叫んでしまったからなんでしょうか?
でも,あの人たちが十字架につけないと,預言は成就しなかった。あの時あの人たちがしたことは,全人類を救う為に必要なことだったと思うと,救いのために犠牲になった民族のように思えるのですが。
私は,救いとはこの世のものとは思っていません。天国に入る事が救いと思っていますので,イスラエルが今大変でも皆天国に入れるのなら,それが救いだと思います。
しかし,ユダヤ教のままでは天国が遠くなる気がして,かわいそうなんです。真理は一つと思いますから,どの道,ユダヤ教でもイスラム教でも仏教でも最終的にたどり着くのは同じところのようにも思いますが,なんだかせっかく同じ神を信じているのに,回り道をしているように思えます。
こんなことを言ったのは,今が初めてです。
この30番地は,全てを曝け出せる何か不思議な力を感じますね。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 富田@iChurch.me URL
2010/11/16 (Tue) 23:35:37
>それと、イエス様が処刑された時はもうヨセフは亡くなっていたので来れなかったのでは?
>(これも富田先生が言ってた..かな?)
いえ、ぼくは言ってません(笑)。
ぼくはイエスの父親がヨセフであるという事も、史実ではない可能性が高いと思っていますので。
パンテーラという男性の名前については、70人訳聖書(ギリシア語旧約聖書)でパルテノス(処女)という言葉が使われていることからの連想で広まったデマだという節があります(出典は忘れましたけど)。
もとのヘブライ語聖書では単に「少女」であったものが、ギリシア語に訳された時には「処女」になっていて、そこから救い主は処女から生まれるという伝承が生まれたのでしょう。
つまり、イエスの父親が誰かは不明。母親の私生児である可能性もある。そんな風に思っています。
だからイエスの父は天の父(アッバ)なのであり、彼の家族は彼と共に行動した人びとだったのでしょう。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/17 (Wed) 02:59:24
>もりもりさん
30番地では「かくあるべし」という言葉は語られません(少なくとも私の記憶にはないです)。正解も無ければ不正解もない。その代わり、色々と考えさせられるテーマが浮上してきます。
選民と呼ばれ神から守られていた筈のユダヤ人が、十字架にかけないと預言が成就しないからイエスを十字架にかけた、結果として神から見捨てられた、そうだとしたら選民だった彼らは一体何だったのだろうか・・・思いっきり貧乏くじですよね、それって(そして仰る通り、メシアを待ちながら戦争を繰り広げているなんて、気の毒でしかないです)。
一方で、ユダヤ人がイエスをメシアとして受け入れていれば預言が成就せず、パウロも必死になって伝道活動をしなかったでしょうから、イエスは世界の救世主になり得なかった(多分)。どちらを選んでも辻褄が合わない。これは、どう考えるべきなのか。私には分かりません。
他にも、ユダがイエスを裏切ったことでイエスが十字架にかかったのだとしたら、ユダは神の計画を実行する上で重要な役割を果たした訳で、裏切り者のレッテルを貼られてサタンが入り込んだ諸悪の根源みたいに扱われるのは、どうしたものかという気持ちになります。神の計画の中に「サタンを入り込ませて、挙げ句は自殺させてしまう」なんてことがあるとしたら、この神は何を考えているのだ、という話になりますし。
あと、救いについても様々な解釈があると思っています。富田先生は「この世の中の救い」という解釈をされていますが(「救い」とは、生きていて良かった、産まれてきて良かったと思えること、とどこかで書かれていました)、生きてきて良かったと思えなかった人が、絶望的になって文字通り真っ暗な気持ちになってしまって、更に誰からも助けられることがないままだとしたら、彼らが希望を見いだす先としては死後の世界になるのも納得できるのです。ですので、私は未だに「救い」の定義を理解していません。イエスがどういう意図で「救い」と言いたかったのか、是非ともイエスご本人に会って聞いてみたい気持ちです(まぁ、それ以外にもイエスとは色々と話したいことはあるのですけれど)。

Re: みんたた11月-イエスの名前 - トマス
2010/11/18 (Thu) 09:22:43
スレの流れを読まずにネタを投下。
イエス・キリストという名前(と肩書き?)がギリシャ語から来ていることはよく知られておるところです(発音は若干変わっていますが)。カトリックの場合にはラテン語を経由しますからイエズスとなることも。日本の正教会はギリシャ語からロシア語を経由しますからイイスス・ハリストスだったかな。
でもってヘブライ語にするとどうなるか?ってな話しが最初の方にあったわけですが、調べてみました&旧約の人に教えてもらいました。
日本語では18節冒頭ですけど、ヘブル語では最初の文の最後になるので、18節冒頭とはいきませんが、語順は同じで イエス メシア と書いてあります。ただし発音としては、 エーシューア マーシャー となるみたいです。マーシャーはけっこう知られていますかね。エーシューアの方はもう少し厳密に教えてもらったのですが、判りやすく簡略化してあります。子音だけの音とかは抜きました。
もういくつかネタはあるのですが今月後半もいつの間にか立て込んできたので文章を纏めている時間がなさそうです。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - もりもり
2010/11/19 (Fri) 01:18:44
そういえば、
イエスを十字架にかけた選民、ユダヤ人たちも、イエスを裏切り、自殺したユダも、考えるに、最終的にはいずれも自分で選んだ道だということですよ。
全能の神は知恵と自由意思をお与えになった。自由意思でもって神につき従うことを良しとされると習いました。全知全能の神ですから、全人類にご自分を信じされることも容易いことだけれども、そうはなさらない。なぜなら、自分の似姿として与えられた知恵と自由意思でもってご自分に向き直ってほしいから。
ユダヤ人も、イエスを十字架にかけた後、やはりイエスは神の子であったと、自分たちの非を認めてイエスを信じるという道もありました。ユダも、イエスを裏切った後、後悔し罪の償いとして今までイエスから聞いた言葉を伝えると言う道もありました。しかし、その逆を選んでしまった。自由意思で選んでしまったと言うことなんでしょう。
神は人間を自分の似姿として造られたがゆえに、人間の能力を尊重されているのではないでしょうか?子育てでも、親が先回りして、すべて整えてしまうと子供はダメになってしまう。独り立ちできなくなってしまう。と言うのと同じではないでしょうか?
その代わりに、人間は辛く苦しい道を歩むこととなりますが、その報いとして永遠の命をご準備されているのですよ。
だから、神により頼み、信頼して辛く苦しいこの世を生きていけばいいのじゃないかと思います。

Re: みんたた11月-身籠もる - トマス URL
2010/11/27 (Sat) 21:18:18
スレが進んでいませんね。
明日からアドベントの日曜が始まるということで、マタイとルカと両方でアドベントの記事を読んでおります。それで何かってわけではないのですが、「身ごもる(身籠もる)」という日本語、なかなかに意味深ですね。マタイじゃなくてルカの方の記事になりますけど、エリサベトは文字通り「籠もった」わけですよね、5ヶ月間。

Re: Re: みんたた11月−身籠も - もりもり
2010/11/27 (Sat) 22:22:39
そうですね。
今、広島は雨です。
今日、教皇様の意向で、命のために、みんなでお祈りしみした。

Re: みんたた11月-父親思いのイエス? - トマス URL
2010/11/27 (Sat) 23:03:35
随分と前のレスに戻りますが…
12日のにじはさんの書き込みから
>③イエスはヨセフが本当の父ではない事を知っていたのか。
ヨセフに身に覚えがあれば話は変わりますが、本当に奇跡があったにせよ、実は何かの事故事件があったにせよ、ヨセフの子ではなかったわけで、上の方のレスではヨセフの優しさに注目しておりましたが、考えてみればそのことをイエス自身が何かの折りに知った時に(そして知った後に)どう思ったか、というのも気になるところですね。神の子だから全てを御存知なのよ、という所に落ち着くのであればそれまでですが。


Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/11/28 (Sun) 00:41:12
>ユダの裏切り
結果的には裏切りですが、悪意はなかったと言う解釈もありますよね。
ユダは熱心党で、今の世の中を変えたいと思っていた。イエス様が捕えられて危機的状況になれば
天から万軍を呼ぶのではないか、そしてこの世を変えて下さるのではないか。ユダはイエス様に
目を覚ましてもらうつもりだったのではないか、と先日通っている教会の説教で聞きました。

>神の子だから本当の父ではないと知っていた
神の子なんだから全てご存じと言う考えもできますが、自分がヨセフの子ではないと知って
「では私の父は?」と考えていくうちに「アッバ、父よ」となったとかはまずいのかな?

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/28 (Sun) 01:30:08
にじはさん
熱心党と明記されているのはシモンだとは分かるのですが、ユダが熱心党だったかどうか、きちんとは書かれていない気がします。
・熱心党のシモンとイスカリオテのユダ(マルコ3:18)。
・彼らは、市内に行って、その泊まっていた屋上の間にあがった。その人たちは、ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダとであった。
原文がどちらに掛かるのか分かりませんが、熱心党の「シモンとイスカリオテのユダ」なのか、「熱心党のシモン」と、「イスカリオテのユダ」なのか、という辺り、私は後者の解釈の方が自然かなと思います。
それにイエスに目を覚まして欲しいと思ったのなら、銀貨でイエスを売ったりはしないでしょう。どう見ても金目当てでイエスを売ったとしか私には思えないです。

Re: みんたた11月-熱心党 - トマス URL
2010/11/28 (Sun) 02:39:27
福音書本文に書かれたことだけでなく、イスカリオテの語源をどう読むか、ということが絡みますね。
カリヨトという町が語源だと読むならば違ったと思いますが、
シカリオイが語源だと読むならば、(すみません、細かいことは調べないと書けませんが)熱心党に繋がるという解説を何処かで読んだ覚えがあります。
また調べてみます。
ユダに関しては、カリヨトという町の出身だとすると、彼だけが北のガリラヤではなく、南の方の出身ということになるので、弟子集団の中で孤立する嫌いがあったのではないか?という話しもあります。
ユダもなかなかに謎が多いですね。

Re: みんたた11月-アッバ - トマス URL
2010/11/28 (Sun) 02:43:20
レスを分けますが、
>「では私の父は?」と考えていくうちに「アッバ、父よ」となったとかはまずいのかな?
それは多いに有り得るような気がします。
もうちょっと書きたいですが、また明日(?)にでも。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/28 (Sun) 10:22:05
トマスさん
Wikipediaによると「「イスカリオテ(イーシュ・カリッヨート)」とはヘブライ語で「カリオテの人」を意味し、カリオテとはユダヤ地方の村の名である。」と表記されています。
一応、ご参考まで。

Re: みんたた11月-イスカリオテ - トマス URL
2010/11/29 (Mon) 11:55:06
wikiでは断定してありますねぇ。
ちょっと困るな。
実はこれ、断定できません。ギリシャ語の辞書で調べると例えば岩隈の辞書では
 「ヘブル語で「ケリオテの人」の意か、(中略)異説がある。」
となっております。他の辞書や注解も似たり寄ったり。
でもってケリオテ(新共同訳ではケリヨト)ですが、ヨシュア記15:25の1箇所にしか出て来ません。12部族に分配された町のリストとして知られている箇所です。なので、ユダ族の町であること、したがって南部であることは確かなのですが、今もって現在の何処であるのか比定されておりません。
ユダ自身もヨハネ6:71に異読があります。共観福音書でも12弟子のリストはちょっとずつ違います。毛利さんが引いてくださったのは使徒言行録1章のリストですが、4つ並べて比較すると面白いですよ。
wikiの記事に検証必要というタグが付いているのは、ユダ福音書をめぐる議論のようですけど、ケリヨトの人と断定しているあたりも修正必要かと思いますね。
それとも、断定する学派があるのかな?寡聞にして知りませんが。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/29 (Mon) 18:52:55
トマスさん
奥が深い・・・。
「イスカリオテ」とカタカナ表記しているのが混乱の元かと思い、英語版を比較したらIscariotとだけしか書いてありませんでした。
結局のところこのIscariot/イスカリオテが何を意味するのか断定は出来ないまま話は進んでいるということですね(断定している教団もあるのかもしれないということは別にして)。
キリスト教を語る上で外すことの出来ない重要な人物のはずなのに・・・。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/11/29 (Mon) 19:45:52
毛利さん
>目を覚まして欲しいと思ったのなら、銀貨でイエスを売ったりはしないでしょう
あ~それはそうかなぁ..で、サタンの仕業?イスカリオテの話しかり、やっぱり謎が多いですね。
2000年も前の事だし、何千年も読み解こうとしているのに分からない所が多い。
これがますます人の興味をかきたてるのでしょうか。想像するのが楽しいんですよね。

Re: みんたた11月-銀貨30枚 - トマス URL
2010/11/29 (Mon) 20:32:22
銀貨が30枚と書いているのはマタイだけですが、30枚だとしたら、イエスを売る金額としてはなんか安すぎますよねぇ。
旧約との絡みで言えば銀貨30枚というのは奴隷1人の値段ですし、新約時代の感覚で言えば(明記されていませんけど)これがデナリ銀貨だとしたら30デナリというと肉体労働者の月給分ぐらいです。
せめて300デナリ?3000でも不思議ではない?

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/11/30 (Tue) 15:49:42
にじはさん
サタンの仕業だとすると、神はユダをサタンから守らなかったことになります(結局、ユダは裏切りに後悔して自殺してしまうので)。
一方、ユダが裏切らなければキリスト教も広がらなかったであろうから、裏切りは神の意志だったとしたら、これも酷い話になります。
いずれのシナリオにしても「万人を愛する神」では有り得ないということになってしまうので、「愛の神」の存在を大前提とするならば、ユダの裏切りには神もサタンも関与をしていなかったと考えざるを得ないのかなと思ってしまいます。
・・・とユダが存在することを前提で話を進めていますが、そもそもユダが実在してイエスを売ったということ自体、本当の話なのかなとも思っています。当時のユダヤ教の中ではイエスは明らかに異端でカルトな発言をしていたのですから、誰かが裏切る前にどのみち逮捕されていたのではないかと思うからです。
このように、想像は果てしなく広がっていきます。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/12/01 (Wed) 00:02:08
毛利さん
もしかして、ユダは裏切るつもりではなく、考えがあって何らかの取引をしたけれども
物事が思わぬ方向に進み、十字架にかけられてしまった。と言う考えは無理がありますかね?
イエス様がそんな最期を迎えるなんて誰しも想像しなかった。だからこそ何らかの理由を
見つけたかった後世の人々によってユダの裏切りと言う考えが伝承されていった。
トマスさんが言うとおりイエス様を売る金額も違和感があるし、自殺と言われていますが
転落死だったのを不思議に思った人たちが自殺だったとか、実は裏切っていたのではないか
などと言う憶測が大きくなって..別に私ユダの肩を持つわけではないんですけど(笑)
本当に悪い人だったかもしれませんが、裁くこともできませんし..。
サウルの様に悔いて布教に一生をかけるのが一番なのかも知れませんが、自分のしたことを
悔やんでイエス様に謝りに行こうと命を絶ったのかも、ってまた言ってる事変わってますけど(笑)

Re: みんたた11月-シカリオス - トマス
2010/12/01 (Wed) 11:22:29
シカリオイの件ですけど、ちゃんと資料を探す余裕が無くて、月末越えてしまったことだしウロ覚えで書いてしまいますね。
シカリオイはラテン語のcica・シカから来ています。元の意味は短刀。それの複数形です。単数形はシカリオス。
新約では、使徒言行録 21:38 で暗殺者(複数)と訳されています。つまり当時短刀を隠し持った暗殺者集団が居て、短刀(複数)がそのまま短刀を持つ人(複数)となり、短刀を持つ暗殺者(集団)の意味を持つようになります。ヨセフスの『ユダヤ戦記』では何度も使われている言葉のハズ。それで、熱心党全部が暗殺者ではないと思いますが、熱心党がそういう過激な傾向を持っていたのは確かなようです。そのあたりはヨセフスに詳しいです。
でもってですね、カタカナで書いても雰囲気伝わると思うのですが、ローマ字表記してみると
イスカリオテ iskarioth (ただしこのoは長音)
 シカリオス sikarios (複数だと sikarioi こちらのoは単複とも長音ではない)
となりまして、語尾を別にすると子音の並びが同じです。そこからシカリオス語源説が出て来ているようです。
じゃぁなんで語頭の si が is に倒置したのかということはウロ覚えの手に余るのですが、あるいは イーシュ+シカリオス だろうか?と妄想しております。ギリシャ語にヘブル語が引っ付くかって?日本語でもカタカナ語が思い切り動詞活用したりするじゃないですか。既にヘレニズム化している時代ですから有り得るのでは?と思っています。ってホントかね(笑)
日本語の例では ダブる なんてのが一番に浮かびます…。

もっとも、熱心党のシモンも、ホントに元は熱心党だったのか、思いこんだらまっすぐ一途みたいな所があって熱心党と渾名されたのか、よく判らないと言われておりますので、ユダのイスカリオテもホントにシカリオスに結びつくのかどうか、というところではあります。
あ、上でwikiの記事に文句つけておりますが、イ-シュ カリヨート だとすれば、「カリヨト(出身)の人」と読むところは間違っていません。

Re: みんたた11月-アッバ - トマス
2010/12/02 (Thu) 12:44:58
ユダのネタで盛り上がっちゃいましたが、〆はヨセフに戻りましょうか。
以下、半分はバートンの『イエスの広告術』の受け売りですが、
イエスが人々に向かって今までとは違う神理解(神の像と言ってもいいのですが)を示そうとしたときに「アッバ」と言ったわけですよね。
アッバというのは文法的には「私の父」だそうです。日本語のたいていの聖書だと「父」と訳してますよね。イエスの語り口を見ていても、公の場所で他人に自分の父親を紹介する口調で「私の父です」なんて言っているような硬さがあります。
でも注解や辞書を見てみると、元来は幼児語である。後の時代には大人も使った。というような解説が書いてあります。ニュアンスを汲めば、「お父ちゃん」とか「オヤジ」とか訳すべき語だったわけです。
何が言いたいか。
つまり、イエスにとってヨセフが生物学的に父であったかどうかはともかく、こども時代のイエスにとって、ヨセフはそれだけ大きな存在であった。ヨセフに理想的な父親を感じていた。だからこそ神に向かって「オヤジさん」と呼びかけたのではないか。ヨセフが早死にしていたとしても、やはりイエスにとってヨセフは父親の原風景であった。
どうでしょう。
想像が過ぎるでしょうか?

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/12/02 (Thu) 23:56:09
そうかぁ..。
本当の父親が誰かは分からないけれど、ヨセフに愛されて育ったことは事実。
イエス様が「父」と呼ぶ時にヨセフの事も頭をよぎりますよね。
お告げがあったとしても「神の子」「天の父」などと言えば、本当の子供の様に
育ててくれたヨセフは複雑な感情を持つのかも、と今頃気がつきました。
ちょっと複雑ながらも家族内がめちゃくちゃにならなかったのはひとえに聖家族三人の
お互いをいたわる心だったり愛だったりしたのかな~?

Re: みんたた11月-正しさよりも… - トマス
2010/12/03 (Fri) 20:18:02
ヨセフについてはこんな気付きを誰だったかの説教集で読んだ覚えがありますね。
ヨセフが「(律法に照らして)正しい人」であることを放棄しなかったらどうなっただろうか?律法の規定によりマリアは告発されて不倫相手と共に姦淫の罪で殺されなければならない。ヨセフが「正しい人」であることを放棄したために、マリアの命もイエスの命も助かったのだ。
言われてみれば成程な事で、ここから先は説教者によっていろんな展開が可能なのでしょうけど、たしかにヨセフが自分自身の正しさに拘らなかったということは、現代でも様々な示唆を与えるような気がします。私のまわりを見渡しても(以下自粛)

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/12/03 (Fri) 23:53:23
そうですね。
「正しい」と言うのは時や場所や立場によって変わる事もある。
「正義」とやらに乗っ取っていれば自分の正しさも証明できるし、ベツレヘムで
宿屋に泊れないような扱いを受ける事もなかったのかも知れませんね。
マリアがお告げを受け入れたのもすごいのですが、ヨセフが下した決断は
地味?ですが、もっと評価されるべきですよね(されてるか)

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 富田@iChurch.me
2010/12/04 (Sat) 00:09:25
ぼくは、父親の存在が最初からなかったから、天の父を「アッバ」と呼ぶようになったのかと思っていましたが、それは浅はかな考えですかね……。
ヨセフという名の男性がイエスの父だったこと自体、事実ではないのではないかと思っていたりもしますし。

Re: みんたた11月-父ヨセフ? - トマス
2010/12/04 (Sat) 12:07:06
>父親の存在が最初からなかったから
その可能性はあるでしょうけどねぇ…。教会で語るメッセージとしてはやっぱりヨセフだとした方が作りやすいような…。いや、富田先生の説も展開次第でイケるとは思うんです。展開のスジは私もいくつか思い浮かぶんですけど、私のスタイルではなかなか纏めにくそうなんでスルーしてました。
浅はかと言うよりもむしろ物凄く深いですよ、父親不在を神学するわけだから。
実は富田説の難点はイエスの弟や妹をどう説明するか、だったりして…。

>もっと評価されるべき
ヨセフの扱いは確かに軽いと思います。昔の人も物足りないと思ったから外典ではエジプトへ逃げる道中が描かれたのかもしれません。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - にじは
2010/12/05 (Sun) 00:34:11
>イエスの弟や妹
男の子が生まれるまでマリアと関係する事は無かった、とありますが、その後どこかで
弟や妹達の記述があって「そっか~何人か兄弟がいるのか。我慢してたもんね(爆)」
なんて思った事がある私は神様に幾重にも罰してもらわなければ..。
もう12月だし、どうか私のこのコメントは残さないで下さい(汗)

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 富田@iChurch.me
2010/12/05 (Sun) 12:39:56
>実は富田説の難点はイエスの弟や妹をどう説明するか、だったりして…。
あっはっは、そうですね。そう言われてみれば。

>このコメントは……
消しません(笑)。このままで行きましょう。

Re: みんたた11月-シングルマザーマリア? - トマス
2010/12/05 (Sun) 14:48:05
>イエスの弟や妹
そうなんですよ。カトリックのようにあれはイエスの従弟妹だと理解するならまた変わりますけど、プロテスタントの理解(普通に弟や妹)だと、どっかの時点でシングルマザーであることをやめることになるんですよね。
別にマリアが後から結婚しても構わないんだけど、シングルマザーになっちゃった人と結婚するような男が当時居ただろうか?という上で書いた話(12日付)になっちゃうわけです。
それにしても、父親不在仮説はけっこうポイント突いていると思いますよ。シングルマザーが増えている昨今、シングルマザーマリアへの神の顧みと慈しみ、という視点は展開の可能性をおおいにもつ大事な視点ですよね。
ってことで12月のマリアの賛歌に橋渡しをば。
(実はウチは今日がマリアの賛歌。けっこうキツかったです。シングルマザーになったかもしれないマリア、ということでネタにさせてもらいました。)

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/12/05 (Sun) 16:17:38
良く分からないのですけれど、マリアはヨセフとの間で子供を産んではならなかったという理解なんでしょうか、カトリックだと。
そもそもヨセフはダビデの子孫(ということになっている)ですから、マリアがヨセフとの間に子供を持つことは、むしろ喜ばしいことではないのかな、と。
イエスに兄弟がいることが何かまずいのでしょうか・・・。

Re: みんたた11月-おとめマリア - トマス
2010/12/05 (Sun) 17:39:25
あ、そういうことじゃないんです。
カトリックの信仰では、おとめマリアは終生処女であったとされているのです。ですから、中世辺りの聖画でマリアと共にヨセフが描かれるときは「老人」として描かれます。けっして若夫婦には描かれません。その辺りは外典でなら詳しく描かれております。
プロテスタントは今月のマタイ25節を文字通りに読んでいるので、イエスが生まれた後ならヨセフと関係を持ってもOKなのです。したがって弟や妹が居ても問題ないのです。良くも悪くも「聖書のみ」と言い出したプロテスタントらしい読み方です。

Re: みんたた11月ーアドヴェント - 毛利
2010/12/05 (Sun) 23:29:11
トマスさん
了解しました。そういう解釈の違いがあったのですね。

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「キリスト教・下世話なQ&A」コーナを訪ねる