みんたた!

「みんたた!」:みんなでたたこう聖書とメッセージ研究のコーナー

2010年12月のテーマ: 「マリアの賛歌」

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■ルカによる福音書1章46~56節(新共同訳・新約・p.101)

たいへん遅くなってしまいましたが、12月のみんたたテーマは、マリアの賛歌(ルカ1章46節以降)にしたいと思います。
にじはさんのリクエストですが、ぼくも個人的に関心がある箇所なので、みなさんが思う事をいろいろ書き込んでいただければうれしいと思い、管理人権限で強引に決めてしまいました。
(それにしても、このMac、「けんげん」と打つと最初に出てくるのが「顕現」だったのにはひっくり返りそうになりましたが。ぼく自身そんなに使わない言葉なのにね)

******************************

ルカによる福音書1章46〜56節

46 そこで、マリアは言った。
47 「わたしの魂は主をあがめ、
  わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
48 身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。
 今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう。
49 力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。
 その御名は尊く、
50 その憐れみは世よに限りなく、
 主を畏れる者に及びます。
51 主はその腕で力を振るい、
 思い上がる者を打ち散らし、
52 権力ある者をその座から引き降ろし、
 身分の低い者を高く上げ、
53 飢えた人を良い物で満たし、
 富める者空腹のまま追い返されます。
54 その僕イスラエルを受け入れて、
 憐れみをお忘れになりません、
55 わたしたちの先祖におっしゃったとおり、
 アブラハムとその子孫にとこしえに。」
56 マリアは、三ヶ月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。

******************************

以上です。どうぞみなさんたたいてください。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/05 (Sun) 14:33:28
では早速、一番シンプルなツッコミから…

>マリアは、三ヶ月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。
こら、臨月のエリサベト放っといてベツレヘムに帰ったんかい。6ヶ月に3ヶ月足したらちょうど臨月やないか(笑)
ヨハネが生まれるときにマリアが居ったら何かマズい事でもあったんでしょうかねぇ。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - にじは
2010/12/05 (Sun) 23:58:35
>6ヶ月に3ヶ月足したらちょうど臨月やないか
確かに(笑)もうちょっとおったれよ、と思う人きっと多いですよね。
その後、住民登録の勅令が出たから前もって噂を聞いて帰る事にしたとか
婚約者ほったらかしでさすがに3か月はまずいかな?と思ったとか?
ヨハネに洗礼を授けてもらう時が初対面、と言う方がドラマチックなので帰るタイミングとしては
まあ良いかと(まあヨハネさん生まれてもイエス様お腹の中なんで結局は会えないですけど)
「あ、どうもナザレのイエスです。ヨハネさんですよね?洗礼受けたいんですが」とかではなく(笑)
会った事もないのに聖霊の働き(?)で何かを感じ出会う!みたいな方が素敵かな?と。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/07 (Tue) 00:28:28
ある注解の受け売りですが、日本語でも2行ずつで節が区切られておりますけど、ギリシャ語でも2行ごとに対句になっているそうです。
とすると、49節と50節が1+3行で訳してあるのはちょっとマズイということですよね。ここも2+2行にしなければ。そうすると、49節後半は「その御名は尊い」と断言する形になりますかね。
2行の対句で繋いでいくのはヘブライ語の詩形だそうです。そういうことも含めてサムエル記のハンナの賛歌との関連が言われているのでしょうね。

>婚約者ほったらかしでさすがに3か月はまずいかな?
ありそうですね。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 富田@iChurch.me
2010/12/07 (Tue) 20:21:14
確かに6ヶ月+3ヶ月はおかしいですね(笑)。
よく意図がわかりませんが。
ぼくはこの「マリアの賛歌」の51〜53節の、権力や富を持つ者と持たざる者の地位の逆転が、非常に強い調子で述べられている所に、目を引かれます。
こういう箇所を高校生たちと読むと、必ず、「逆転させてどうするんだ。逆転したら、今まで富が無かった人が富を持つようになって、それをまた引きずり降ろすのか。無限の逆転があるだけで、いったいそこに意味があるのか」といった反応が出ますね。
また、「どうして富める者も貧しい者も、どちらもが幸福になるようにと祈れないのか。なぜ貧しい者に一方的に味方するのか」という疑問もよく聞きます。
福音書は、この「マリアの賛歌」以外にも、ナザレでイザヤ書をイエスが読む場面とか、ルカだけですが、「幸いと不幸」の言葉もあります。この富める者、権力ある者の転落、というテーマがいつも気にかかります。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/07 (Tue) 21:17:51
>地位の逆転
昨夜と同じ説教集(注解じゃなかった)からの受け売りですが、
51-53節は逆転を語っているのではなくて、高い者と低い者の差が無くなり、抑圧や支配関係のない、真の解放と平和がもたらされる。と読めるんだそうです。逆転させると確かに報復を呼ぶけど、ここは逆転ではないという読み方ですね。
イザヤ書をイエスが読む場面も、イエスが読まなかった一言(預言の続きの部分)に注目するとイエスの説教はローマへの報復の放棄を説いたのであろう、と読めるんだとか。
そういう読み方もあるんだな、と思いました。でも51節と52節はいいとして、53節はそのままよむとやっぱり逆転なのかな?という気もします。どうなんでしょうね。
何にしても、逆転させてどうするんだという高校生の読みは鋭いですよね。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 富田@iChurch.me
2010/12/07 (Tue) 22:22:30
その説教者の読みは、ずいぶん聖書の文言の毒消しに終始しているという気がしますね。
思い上がる者を打ち散らし、権力者を引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良いもので満たし、富める者を空腹のまま追い返すんですよ?
これが報復でなくてなんでしょうか。
そして、これは神の僕イスラエルに対して、アブラハム以来の民族に対する恵みだというわけでしょう。(54−55節)
そうなると、たとえばヘブライ人を奴隷としてこき使い、幼児を虐殺したエジプト人に対して、やはり幼児虐殺でもって報復したヤハウェとイメージがぴったり合うように思いますが、いかがでしょうか?

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/08 (Wed) 08:43:02
>毒消し
というよりか、暴力の連鎖を間近に見てきた人だけに「報復」を聖書から呼びかけたくないというバイアスが掛かっているのではないかと思います。名前をバラしちゃうと中部学院大学の志村先生の説教なんですけどね。といっても知らない人も多いと思うのだけど、スリランカに居られたこともあるのですよ。
そうすると志村さんの説教だとして読むならば、話が飛ぶんだけど、ルカ4:18-19とイザヤ61:1(-2)を比較してイエスは61:2を読まなかったじゃないか、というのはかなり説得力があります。
とはいえ、マリアの賛歌の51-54をどう読むかというのは、志村説は成程とは思うけどたしかに感覚的にピンと来にくくはありますね。
ルカ自身はどういうつもりで書いたのでしょうねぇ。
(このレスのURLに志村先生の教員紹介を入れときましたので御存知ない方はどうぞ)
構造的にも54節は面白いんだそうです。が、また後日。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 富田@iChurch.me
2010/12/08 (Wed) 23:06:04
志村先生、何度もお会いした事があります。
確かにあの方のおっしゃることとして、今の話を受けとめれば、説得力がありますね。
でも、それは志村先生のお人柄を高めると思うけど、聖書自体はやはり報復の論理は残ってしまっていると思いますよ。
ルカ自身はどうなんでしょうか。
貧富や主従の逆転というテーマは6章20〜26節の「幸いと不幸」のところでも繰り返されます。
これはマタイ5章1節以降の山上の説教冒頭での「幸い」と並行していると考えられるのですが、マタイにはない呪いの言葉が列挙されていますね。
「富んでいるあなたがたは不幸である」
「今満腹しているあなたがたは不幸である」
「今笑っているあなたがたは不幸である」
……まあ、いまぼくは夕食後でそこそこ満腹しておりますが……。
このあたりの逆転への思いは、マリアの賛歌と共通するものがあるように感じます。
生徒さんたちが、なぜ違和感を感じるのかというと、うちの学校に通えている人たちというのは、ある程度豊かな生活をしている人が多いのです。もちろん全員ではありませんが。
だから、なんだか自分のことを責められているような気がするみたいです。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - にじは
2010/12/10 (Fri) 00:14:00
山上も説教もそうでしたが、その時苦しんでいる人に寄り添ってはいるものの
豊かな人を羨むような言葉が多いですよね。まあ神様が「ねたむ神」ですから
それに模って作られた人間が妬まないはずがありません(笑)
マリアも
>身分の低い、この主のはしために
と自分の事を言いながら
>権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ
なんて言っちゃって良いのだろうか?と思ったり。
(これがヘロデの事を表しているのだったらアリ?)
あなたを迫害する者の為に祈れとか隣人愛とか言いつつ、じゃあ律法学者も愛したれよ!
と思うのですが、やっぱり金持ちには並々ならぬ気持ちがあったんでしょうか。
でも、放蕩息子みたいに富んでいたけど使い果たして悔い改めると宴会してくれるあたり
富んでいたり満腹していても自分の罪に気がついていれば良いのではないでしょうか。
「周りを見れば苦しんでいる人がいるのに満腹で笑えるなんて、あなたは不幸だね」
と言うニュアンスなのかなぁ?

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 富田@iChurch.me
2010/12/10 (Fri) 19:55:35
「周りを見れば苦しんでいる人がいるのに……」というのは、大阪にいるとリアルです。
うちの学校の生徒もぼく自身も、よくJRの環状線に乗っていて、この駅の目と鼻の先に、仕事を失って路上で寝起きしている人がいる。
自分もその人も同じ人間なのに、なぜこんなに違いがあるのか、ということを考えます。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/10 (Fri) 21:52:56
>だから、なんだか自分のことを責められているような気がするみたいです。
ある意味とても健全な反応かもしれませんね。

>聖書自体はやはり報復の論理は残ってしまっていると思いますよ。
そうなんだよなぁ。
ま、そのあたりが「聖書」の持つ限界の一つでしょうかね。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 毛利
2010/12/12 (Sun) 08:18:12
久々の書き込みになります。
51〜53については、弱者の願望と言うかマリアの個人的な意見であって、この部分が「神の意志を代弁している」ということではない、と思いました。
そもそも富んでいる人が全て悪い訳ではないと思っています。素晴らしい製品を次々に提供していることで社会に大きく貢献しているCEOもいれば、盗作を繰り返して大金持ちになった挙げ句、偽善団体を作っている会長もいる訳で、中には良い金持ちも居れば悪い金持ちも居る、それをひとくくりに富んでいる人は飢えさせられるなんて言いきるのは乱暴以外の何物でもないと思います。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/13 (Mon) 12:56:01
>弱者の願望と言うかマリアの個人的な意見
夢のない話しですが、歴史的にはマリアには遡らないだろう、というのが定説のようですね。じゃぁ全くのルカの創作かというとそのあたりはよく判らないみたいです。ある人が言うには、マリアを神が憐れんだことに共感した「身分の低い」「はしため」たちが歌い継いできた詩をルカが取り込んだのではないか?だそうです。

>憐れみ
8月のみんたたの時にもネタにしましたが、ルカ1章は「憐れみ」が5回も使われています(1回は慈しみと訳されています)。ルカ全体では10回です。
マリアの賛歌の中にも2回出て来ます。50節と54節、賛歌の前半と後半のそれぞれまとめの部分に出て来ます。そう考えてみると、「憐れみ」がマリアの賛歌のキーワードあるいはテーマなのかな?という気がします。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - もりもり
2010/12/14 (Tue) 00:54:37
ご無沙汰です。
ルカは、弱い者の味方としてキリストを描いています。
(逆にマタイは王としてのキリストを描いています。)
そういう流れからすると、マリア賛歌はルカらしいのでしょうね。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/14 (Tue) 13:02:24
さすがにアドベントで忙しいのかな?あんまり盛り上がりませんね。
53節ですが
>飢えた人を良い物で満たし、
>富める者を空腹のまま追い返されます。
私なりに敷衍するとこんな感じかな?
 飢えた人は価を払うことなく食べ物を得、
 富める人は自分の金で買えと言われて追い返される。
こう読むと逆転とはちょっと違った読み方になる?
どうでしょ。
震災直後にコープ神戸が、通常店舗は営業する。ミニコープは外部からの救援物資の配布拠点にする。という2段構えの態勢を取ったことをちょっと思い出しています。コープは追い返したわけじゃないけど。

追記
議論を蒸し返すのが目的ではないので追記にしておきますが、志村説に沿う感じで他の箇所も私なりに敷衍して(逆転ではなくフラットになる読みを)書いてみるとこんな感じですね。
思い上がる者は打ち散らされるけど、討ち滅ぼされるわけではない、
権力ある者は引き下ろされるけど、奴隷にされるわけではない、
身分の低い者は高く上げられるけど、王になるとか、天にまで挙げられるとかではない、
ついでながらイザヤ55章参照ください。
いやまぁ、フラットで読みかけたので区切りまで書いておこうというだけです。私個人的には両方の読みが可能だと思います。もっと他の読みもあるでしょうね。

Re: Re: 12月のみんたた「マリア - もりもり
2010/12/14 (Tue) 21:43:21
俺は、具体的に人を追い出したりする訳じゃないと思います。
この世に執着していては、天の国には入れないと言うことを表現しているんだと理解しています。
金持ちでも、心正しい人はおられますから。
と、皆さん分かっていながら、いろいろな解釈ができるって事を楽しんでおられるのかな?
とすると、シラケさせましたね。すみません。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - にじは
2010/12/15 (Wed) 00:40:03
>トマスさん
富める人は自分の金で買えと言われて追い返される。
私が子供に「お菓子買って」と言われ「おうちにあるでしょ」と言うやりとりを思い出しました。
贅沢はいけませんよ、みたいなニュアンスだったらそんなに厳しい感じではないですよね。

>もりもりさん
この世に執着していては、天の国には入れないと言うことを表現している
そうかも。永遠の命を得たいと言う金持ちの青年が財産を処分しなさいと言われましたもんね。
私は分かってないままあれこれ解釈してしまった(汗)でも楽しいですけど。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 富田@iChurch.me
2010/12/15 (Wed) 01:57:37
「富める者を空腹のまま追い返す」というのは、「富める者を空腹のまま追い返す」ということでしょう。
「自分の金で買え」と言われたら買えるだけの金を持っているのですから、買ったら一件落着でしょう。
「富める者を」「空腹のまま」「追い返す」のです。
これは富んでいる者に対する怒りそのものですよ。
鳩山前総理が「最近のサラリーマンの方は収入が減ってるんですってね。1000万くらいに下がったんですか?」と言ったという噂が広がったり、菅首相がハローワークで「就職を探しているんですか?」みたいな間抜けな質問を一般人にしたとか、そういうことに対する素朴な怒りってわきませんか?
永遠の命なんか欲しがるのは、よっぽど生きることに苦労してない連中ですよ。
毎日ただ暮らすことに必死で、死ぬまで楽にはなれないんだと思ったら、そんな状態に永遠に生きたいと思う人がいるわけないじゃないですか。
そんな寝言を言ってる若者に、イエスは「おまえ、そんな事よりおまえの財産よこせ」と言っているのですよ。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/15 (Wed) 06:17:46
>永遠の命なんか欲しがるのは、よっぽど生きることに苦労してない連中ですよ
う~~ん、そうかなぁ。
今を生きることに苦労しているから天国という別の世の命に希望を託していると思っていたんですがねぇ。聖書(というかユダヤ教)において復活とか永遠の命とかの思想が出て来たのも、宗教的弾圧のさなか死んでも死に切れんという思いからだったと思うんだけど。

>富める者
追い返されるんだけど、「幸いな者の教え」と違って富んでいる者は貧しくなるとは書いてないわけで、そうすると「財産よこせ」は如何にも富田先生らしい読み方だな、と思います。その人らしい読み方という意味では私の自分で買えというのとどっこいどっこいかな。

>贅沢はいけませんよ
もう少し厳しいつもりでは居るんですけどね。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 毛利
2010/12/15 (Wed) 08:25:43
富める者を追い返す、なら、「医者は健康な人は追い返す」程度に取れますが、「空腹のまま追い返す」というニュアンスを読む限りは、「健康な人を病人にして追い返す」という意味合いに近いかな、と思いますね。
非常に痛烈な皮肉を込めた厳しい言い回しをしている気がします。
ただ、それだと「万人を愛する神」に大きく食い違うため、教会関係者の方々はそこをどう「折り合いを付けて話す」のか苦労しそうですけれど。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 桜泉
2010/12/15 (Wed) 12:56:57
時々オジャママン(あ、まるで歳が知れた…)の桜泉です。
マニフィカートことマリアの賛歌……。
やっぱり、ルサンチマンのにおいを感じるのは私だけではないようですね。(?)
すごいきっついことを言っていますが、「貧しい者、弱い者が、富める者、強い者をどういう目で見ているか、ちっと思い知りや~!」という、どこか啖呵めいたものを感じます。
どちらかというと、よい意味でです。
それこそ、マリー・アントワネットが舞踏会にふける間にも、この個所をちゃんと読んでいたら、…革命は起きなかった…かもしれません、なんて思ってしまいました。自分以下の生活をし、自分とは違う惨めさを抱えた人の思いも状況も、人は、得てして思い至らないものだという、そこへの強い戒めかなと、受け取りたいです…。
あと、48節は訳しようによっては、この女の辱めを省みてくださった、みたくも受け取れるとか聞いたことがあります(フェミニズム神学系の本で)。とすると、やっぱりまあいろいろあって、望まぬ妊娠をしたけれど、……という苦痛の底から、一挙発想転換して立ち上がる、めげない女性の歌とも言えますね。だとすると、桜泉としてはちょっと余りにむごくてけなげな歌に思えますが。
ちなみに3ヶ月滞在したというのは……マリアさん、つわりがきつうて帰れなかったのかもしれませんよ。(笑)自分の体験を思い出しても、…ううっ思い出したくありません。思い出すと吐きそうになりますので。(すみません変なオチで。)

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 富田@iChurch.me
2010/12/15 (Wed) 17:06:08
>トマスさん
違います。富んで恵まれている者が「永遠の命が欲しい」というのは、今の自分の生活を失いたくない執着から来ているんですよ。
でも、どう考えても理不尽な死に方をする人が「永遠の命」という話をする時には、死んだ後、改めて復活してこの地上での暮らしをやり直すか、あるいは死後の世界なり天上で慰めを得るか(ルカ福音書には確かラザロの話がありましたっけ)という発想になるんじゃないでしょうか。
そういう人は、たとえ永遠の命を得たいにしても、とりあえず現在の自分の状況を甘受はできないはずです。
よくクリスチャンは「あなたはそのままでいいのですよ」とか「今のままのあなたが愛されているのですよ」とかいう言い回しが好きな人がいますけど、そういう言葉遣いもケースバイケースですよね。
それを言うのがふさわしい時と、そうでない場合がある。
「がんばれ」も一緒ですけどね(笑)。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/16 (Thu) 09:26:09
つまり永遠の命という言葉の使い方にも複数あると?
あ~、そういうことだったら判ります。富める者が執着しているというのはそれはそれでとてもよく判るんですね。

>そのままでいいのですよ、(中略)がんばれも一緒
その辺りはとても同感。

>48節
岩波訳ではたしか「このはしための悲惨を顧みてくださった」になっていますね。いろいろな訳し方が可能ということは解釈の問題もあるでしょうけど、日本語にしたときにいろいろなニュアンスがあるということなのでしょうね。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - にじは
2010/12/20 (Mon) 00:36:14
う~ん...。最近ここのレベルの高さに書き込む自信がなくなってきた今日この頃。
また的外れかもしれないんですが貧しい人も富んでいる人も悩みはありますよね。
金持ちで永遠の命、なんて言う人はそりゃ「贅沢言うな!」と言いたくなって当然ですが
教会に通う人は、家があって三食食べれる人は多いわけで「富んでいる」人ですよね。
辛い事があったりして「イエス様だけでも辛さを分かって欲しい」と思っている時に
追い返されるなんて、やっぱり嫌だなぁ。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 富田@iChurch.me
2010/12/20 (Mon) 10:32:35
だから、イエスと同じ事をやれば、みんなが幸せになるかと言ったら、そうではないのだと思います。
イエスでは手が届かなかった問題もあるんですよ。
しかたないです。だって人間だもの。生まれた時の環境や時代背景などから、イエス自身も完全に自由ではなかったということです。
イエスと違う環境で生きている人間も救いが必要なわけで、そういう人には、我々はイエスだけではなく、他の要素も取り入れていかないといけないし、実際それがキリスト教という大きな宗教を作り上げていったんだと、結果的にはそういうことだと思います。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - にじは
2010/12/20 (Mon) 23:03:41
>生まれた時の環境や時代背景
そうでした。
この頃は「今日の糧」を祈らないといけない人が大多数を占めた時代。
2000年後に「家もご飯も困らないけど心が満たされない」人が
こんなに沢山いるなんて想像しなかったかも知れませんね。

多くの人を救う為に、キリスト教と言うものが少しずつ変化していくのは大切な事だと思います。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - もりもり
2010/12/21 (Tue) 00:19:06
救いとは何ぞや?
人それぞれですよね。それを求めるのは自由です。
その救いをもたらしてくれたのが、キリストですよね?
それを信じているのが、キリスト教信者ですよね?
金持ちが、救いを求めてもいいじゃないですか。
貧しい人が永遠の命を求めてもいいじゃないですか。
この世の表面的な金を持ってるかどうかじゃないと思います。心がどこにあるかだと思います。
イエスは人間の体でこの世に来られただけで、脳みそまで人間レベルだと思うのは違うと思います。
神性と人性を持たれた人ですから、能力は神様と同じレベルですよ。
イエスが完全に自由ではなかったはずがない。
イエス以外のものを取り入れないといけないなんてことを言う時点で、キリスト教信者ではなくなりますよ。
申し訳ないですが、富田さんの仰ってる意味がわかりません。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - ノンクリ
2010/12/21 (Tue) 13:16:05
 イエスの誕生エピソードやその御両親に関連する話についてちょっと気になること・・。
 宗教画とか伝承を見たり聞いたりすると、お父さんのヨゼフはなぜか、高齢のおじいさんになっている場合が多いんですが、私が聖書を読んだ限りでは、そのような記述は見当たらないんですよね。
 イエス出産後に二人がセックスしてもっと子供をつくった、という事実をボカしたいのかな?と邪推してますが、どうなんでしょうね?

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/21 (Tue) 16:58:58
>ノンクリさん
そのネタ最近何処かに書いたなと記憶をたどれば、11月みんたたの最後に書いていました。
カトリックの信仰では聖母マリアは終生処女なんですね。そのために一番手っ取り早い方法はヨセフをおじいさんにしてしまうことだったようで、中世の聖画ではそういうことになっております。イエス成長後にヨセフの記事がないこともあって、ヨセフは早くに死んだのであろう。だとすると既に老人であったとしてもおかしくない。というロジックも働いたのかもしれません。
その関連で、福音書に出てくるイエスの弟や妹はイトコ達だということになっています。言語的には兄も弟も従兄弟も同じ単語だそうです。逆に聖書には出て来ませんが、ヨセフには既に子どもが居た(つまりイエスの兄や姉)、ヨセフは妻に先立たれた老人であった。ということになっています。
その辺りのこととか、ヨセフとマリアの出会いとかは外典の『原ヤコブ福音書』にある話しだったりします。マリア誕生のいきさつとかも書かれていて面白いですよ。外典ながら、広く親しまれて読まれていたようで、イタリアの某有名教会にはこの伝承を元にしたジヨットの一連の聖画が堂々と掛けられているのだとか。ええんかい、とか思いますが…。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 富田@iChurch.me
2010/12/21 (Tue) 17:14:18
>もりもりさん
おわかりいただけないなら、仕方ないです。
もりもりさんがそういう信仰をお持ちなのも、それはそれでいいと思います。
そういう信仰があるということは、よくわかります。
ぼくの今の考えとは違いますけど。

>ノンクリさん
福音書には、イエスには兄弟が4人いたと書かれていますね。
だからヨセフとマリアの性的な関係を隠そうとはしていないと思います。
クリスマスの物語でも、「イエスが生まれるまでは関係しなかった」と書いてあるわけで、ということは「イエスが生まれた後は関係しましたよ」ということなので。
ヨセフが老人に描かれているのは、イエスの12歳の時の話以降、ヨセフが登場しないので、イエスが幼いうちに死んだのだろうと推測されているからです。
もちろん全くの推測なので、根拠は薄いですけどね。
イエスが馬小屋で生まれたとか書いてないのにそうなっていたり、博士が3人とは書いてないのにそうなっちゃっているのと同じです。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - ノンクリ
2010/12/21 (Tue) 18:57:47
 なるほど、(兄弟がいる)プロテスタントでは、ヨセフとマリアの性的関係を隠す必要はないけれど、(いないことになっている)カトリックではその事実をぼかす必要がある、ってことですね、結論からいえば。

>イエスが馬小屋で生まれたとか書いてないのにそうなっていたり、博士が3人とは書いてないのにそうなっちゃっているのと
 我らが聖母・マリアの年齢も聖書にはっきりしたことは書かれていないのですが、「おとめ」と表現されてますから、かなり若いことは間違いない、教会の伝承では16~7歳の少女ってことになっているみたいですね(私が先日、礼拝に出た教会の説教でそういっていたし、映画「マリア」でもそうなってました)。

 とすると、ヨセフとマリアのカップルは高齢の夫とその娘、下手をすると孫のような妻という夫婦なわけで。
 うーん、別にいけなくはないですけど、なんだかスキャンダラスな想像をあれこれしてしまいます。すみません、品がなくて・・。
 先行き長くない老人の体で、娘、あるいは孫のような妻を相手に何人ものイエスの兄弟を産ませたヨセフ氏。聖書でも伝承でも存在感のない地味な扱いをされるヨセフ氏ですが、実は大変な艶福家、精力的な人物なのかも??

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/21 (Tue) 20:56:37
>ノンクリさん
プロテスタントの理解では若夫婦で問題ないですよ。ヨセフ早死説を取るとしてもヨセフ老人説まで自動的に引っ付いてくるわけでもないですし、何も老人が孫みたいな娘を相手に子供を作ったと考える必要はないわけで…。最近出た某教団出版局の絵本でもちゃんと若夫婦になっております。先日の礼拝ではその絵本使いました。
あれ、そーいえば数年前に女子パウロ会(!!!)から出た絵本でも若夫婦になっていた気がする…(笑)
カトリックの理解でもヨセフがその気にならなければ若夫婦でもよい、のかな。理屈としてはそうですよね。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - ノンクリ
2010/12/21 (Tue) 21:34:25
>カトリックの理解でもヨセフがその気にならなければ若夫婦でもよい
 いや~、それは何かの病気に罹ってでもいない限り、さすがに無理があるような(笑)。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/23 (Thu) 09:54:22
>さすがに無理があるような
そこを乗り越えるのが信仰の力です。神様に出来ないことはありません。
と大真面目に言ってみる。
いや、古代以来連綿と続く修道生活の話しを聞くと(そうじゃない事例もたくさんありますけど)その可能性もあるかな、と。でもヨセフはマリアを抱いてはいけないというお告げは受けてないから無理かな。だけどガブリエルはマリアに向かっては神に出来ないことはないとか言ってましたしね。
あ、これはカトリックの信仰を揶揄したりしているのではないので御気分を害された方が居られましたら申し訳ないです。私自身はかなりカトリックに近いところに軸足があると自分では思っています。オフラインではこんなこと言えませんけどね。
話題を変えますが、
マリアの3ヶ月滞在つわり説が出ましたけど、ということはエリサベトの5ヶ月引き籠もりもそうだったんでしょうかね?
その辺りが私では感覚的に全然判らないのですけど。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 毛利
2010/12/23 (Thu) 14:01:04
トマスさん
ふと思い立ったので質問ですが、当時の3ヶ月と今の3ヶ月って、同じ単位なんでしょうか?さすがに1日の長さは今と同じですが(単位は24時間だったかどうかは別にして)1ヶ月=28日 or 30日 or 31日だったのかな、と。
もしも単位が違ったら、○○ヶ月という換算自体、意味をなさない気がするのですけれど。
無茶振りしてすみません。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/23 (Thu) 14:38:36
>○ヶ月
ユダヤ暦は(日本の旧暦と同様の)太陰太陽暦ですから、1ヶ月は29日か30日でしょうねぇ。新月~新月がおおむね29.5日なのです。
でもルカの念頭にあったのは何暦だったのでしょう?言われてみるとアレ??と思います。ローマ暦でしょうか?だとすると太陽暦(ユリウス暦)ですかね。ルカが使ったのはちょっと調べてみないと判りません(調べても判らないかも)。
ユダヤ暦はそんなわけで閏月もあったと思います。イースターの日取り(=過越祭の日取り)が年によって変わるのも太陰太陽暦の関係です。
もっと言えば、日本では十月十日と言いますけど、同じ言い方が聖書の世界で通用したかどうかは不明です。そう考えるとクリスマス物語でルカが3ヶ月とか5ヶ月とか言うのがどういう暦(いわゆる妊娠カレンダーみたいなモノを含めて)のつもりで書いたかというのは厳密には判らない、ということかもしれませんね。
ただ、最短28日~最長31日、の3ヶ月とか6ヶ月とかですから、さほど問題にすることでもないかなという気もします。上に書いた理由から28日というのはあまりなさそうですし。
あ、そういうことじゃないのかな。
1年はだいたいにおいて12ヶ月か13ヶ月です。その点はユダヤ暦もローマ暦も同じですから、1年=24ヶ月で1ヶ月=15日ずつとかいうトンデモなことになる可能性はとりあえず無いです。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - 毛利
2010/12/23 (Thu) 16:40:01
トマスさん
ありがとうございます。確かに「そんなに桁違いに違う」ことはないと思いたいのですけれど、ただ、一部の宗派によって(?)は単位の換算が聖書を通してコロコロ変わるじゃないですか、創世記の1日は24時間ではないとか(億の単位で換算するとか)、アダムが生きた期間は今の時代に換算するとどうとか。
なので、この聖書箇所も字義通りに現代人と同様の換算をして大丈夫なのかな、と思ったのでした。
申し訳ないです、茶々入れてしまった感じがします・・・。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/23 (Thu) 19:30:52
>ただ、一部の宗派によって(?)は
あ~、ありますね。そういうこと。
でもルカはそういう難しいことはやってないと思います。むしろルカ文書の冒頭の言葉をそのまま受け取るならば、とりあえずはキリスト教に関心を持つローマの知識人に向かって書いているわけですから、その知識人に合わせてローマ暦かユダヤ暦でしょう。それを装っている可能性もゼロとは言い切れないでしょうけど、あまり現実的ではないと思います。あるいはルカの居た都市の独自の暦の可能性もありますけど、それだとしても普通の(!?)暦だと思います。
確認していませんけど、そういう独自の換算系を使いたがるキリスト教の宗派なんてものはかなり後の時代じゃないですかねぇ。ユダヤ教ではエッセネ派なんてのはたしかにイエスの時代に既に独自の暦を使っていましたけど、これも太陰太陽暦の枠内でズレてきているだけだったと思います。桁違いにズレたりはしておりません。

>茶々
そんなことないですよ。

追記
ユダヤ暦の話が出たついでですが…
ユダヤ暦は春から始まります。過越祭(キリスト教の日程ではほぼイースター)はニサンの月の満月の時です。これが第1の月。以下、他の月の名前は省略しますけど第12の月がアダルと言いまして、閏月が入るときはその後に第2アダルが入ります。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - にじは
2010/12/23 (Thu) 21:30:42
トマスさんの
>マリアの3ヶ月滞在つわり説&エリサベトの5ヶ月引き籠もり説
そうかもしれませんね。つわりは人によって期間が違いますが3ケ月位が多いようですし。
それで思ったのですが、エリザベトはかなり高齢だったので、大事を取って引き籠っていた
可能性もありますよね?年を取ったら誰でも足腰は弱るし、その状態でお腹に赤ちゃんがいたら、
あまり動けなかったのではないでしょうか?
マリアも大変でしたけど、産後で(しかも高齢出産)まだ小さい赤ちゃんを連れての
住民登録をしたエリザベトもしんどかったでしょうね。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - ノンクリ
2010/12/23 (Thu) 21:43:35
>エリザベトはかなり高齢だったので
 サザエさんのフネさんを思い出してしまいました。フネさんってもうタラちゃんという孫がいる歳なのに、まだ小学生のワカメとカツオという娘と息子がいるんですよね。
 計算すると(しなくても)かなりの高齢出産。
 その辺がエリザベトと重なって・・。いや、余計な話、失礼しました。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/24 (Fri) 13:10:26
>エリサベトの住民登録
そういえば、ルカ福音書には書かれていませんね。
私は住民登録自体はルカが書き加えたと思っておりますが、それにしてもネタとしては気になりますね。ザカリアとエリサベト(とヨハネ)がルカ福音書の状況で住民登録するとしたら何処の町に行ったのでしょう?
ザカリアはアビヤの組の祭司ですから、アビヤの組で調べると見当つくのかな?

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - ノンクリ
2010/12/24 (Fri) 21:35:31
 イエス誕生のエピソードの話をする際、いつも思うことなんですが。
 イエス誕生にまつわる話のツッコミどころ(というかキリスト教の教義の矛盾自体)ってイエスの存在や教えを無理にユダヤ教の枠組みに押し込もうとして、ヘンなこじつけをするせいで生じるものがほとんどだと思うんですよね。
 でも、キリスト教の歴史をみるとかなり早い段階でユダヤ教会とあえて連続性を持たせる必要はなくなっていたはずなんですよね。
 それなのに、どうして、それがずっと維持されてきたのか?私個人は、その辺り、うまい説明があれば知りたいな、と思うのですが・・。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - tomita@iChurch.me
2010/12/25 (Sat) 12:03:44
うまい説明ができるかはわかりませんが、もともとユダヤ教の一派から次第に分離されていった、というか、キリスト者と後に呼ばれるようになった人たちは、自分たちが新しいユダヤ教とは異なる宗教を立ち上げようとはしてなかったからではないですかね。
むしろ、ユダヤ教の方から、イエスの神格化や律法の相対化などで嫌われて、はじき出されたでしょう。
だから、まずはユダヤ人信徒の教育や、ユダヤ人信徒の獲得が重要だったから、ユダヤ教的なメシア預言と関連づけて説得する必要があったのだろうと思います。
昨日、礼拝で話した説教にも関連した内容を少し入れましたが、マリアの賛歌というのも、強烈にユダヤ的ですよね。
そういう内容が書かれるということは、読者に多くのユダヤ人を想定していたことを示すと思います。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - ぴーめん(^^♪
2010/12/28 (Tue) 01:03:59
お邪魔します
正教会はぐれ信徒のぴーめん(^^♪です。
富田先生の書き込みでピンと来ましたのが、
正教会の聖歌でのマニフィカートの中に、
「イズライル(イスラエル)の誉れなり」
というくだりがありまして、たしかにマニフィカートが”ユダヤ教的”ですね。
日本人の自分たちがなぜ”イスラエルの誉れなり”
と歌うべきなのか?内心ツッコンで歌ってましたね。
そこから古代のユダヤの”失われた10部族”と大和民族との関わりに思いをはせますが、それは別の問題。
福音書もマタイはユダヤ人向け 
マルコはギリシャ人向け ルカはローマ人向け 
ですか? ”神”とか”天”とか表現を使い分けている。正教会は古いだけにユダヤ教の色彩を残しているような感じがしていましたが、やはりそうかもしれない、と感じました。
イエス自身も、まずはユダヤ人向けの伝道を優先されたようですね。病気の子供を抱えたギリシャ人の女性に向かって、
「子供に与えるパンを犬に与えるのは良くない。」
なるほどマリヤはあくまでもユダヤ教徒なのでそういう表現になるでしょうね。
一方、のち宣教の主体がユダヤ人(ペテロ、ヤコブら)から異邦人(パウロ、シラスら)に変わって行く。その間にパウロもギリシャ人の弟子に割礼受けさせたり、逆に割礼をたしなめたりずいぶん苦心して
”すり合わせ”をやっている。
これが神が使徒をして
あえて”伝道というおろかな手段”で伝えようとされた・・・ということか知らん???
(長くなってスミマセン!<m(__)m>)
でも各々、自由な発想でディスカッションできるの
いいですね。お仲間に入れて頂ければ幸いです。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - ノンクリ
2010/12/28 (Tue) 09:29:10
>だから、まずはユダヤ人信徒の教育や、ユダヤ人信徒の獲得が重要だったから、ユダヤ教的なメシア預言と関連づけて説得する必要があったのだろうと思います。
 その辺りの事情はわかるんですが、もう、ユダヤ教会とは完全に無関係となり、信者もユダヤ人とは無関係な民族がほとんどとなっても、聖書の内容を変えようとしなかったのはなぜでしょうね?
 ユダヤ教にこだわらなければ、ベツレヘム生まれだとか、ダビデの末裔とか、極めつけは処女懐胎なんて、部外者からすれば(言い方は悪いけど)、バレバレのウソつかなくても済むのに・・、との思いが立ちますね。
 ところで、このスレで、「ヨセフ&マリアのカップルは高齢の夫と孫のような妻の夫婦疑惑」を呈ましたが、それを地で行くカップルが海の向こうで誕生したようですね・・。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/101227/tnr1012270832004-n1.htm
「プレイボーイ」創刊の84歳ヘフナー氏 60歳下のプレイメイトと婚約
2010.12.27 08:26
 地味なイメージなヨセフさんですが、本当はこんなダンディーなおじいちゃんだった??

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - ぴーめん(^^♪
2010/12/28 (Tue) 10:11:13
ノンクリさん
ユダヤだけの一民族宗教が、世界宗教になっていく過程で色々矛盾点も出て来たのかも知れませんね。
ギリシャ正教にしてからが、古代ギリシャの風俗習慣はヘブライと”水と油”のものもあったはず。一説のよるとギリシャでは当たり前だったホモ・セクシュアルがヘブライでは禁止されており、ヘブライでの割礼に対しギリシャでは、男性器の包皮はかぶっていた方が上品とみなされていたとか。ギリシャ哲学、神話とのすり合わせをどうするか?
ユダヤ人もヘブライ語を忘れちゃって、ギリシャ語しかわからない人たちもいたことが使徒行伝(だったかかな?)に記述がありますね。
世界の正教会では、ギリシャ人もロシア人もグルジア人もブルガリア人もセルビア人も・・・みな奉神礼(礼拝)では、各国語で”イズライリの誉れなり”
と唱えているのであれば、正教会はユダヤ教の残滓
(と言って良いか?)を引きずっていることになりますね。
あるいは”イズライリ”というのが地上の特定の国ではなく、天使と格闘して組み伏せたヤコブに与えられた名前が、”普遍的な神の国”を意味すると”深読み”するべきなのか?
キリスト教国でユダヤ人が迫害された原因のひとつに
「キリストを十字架に架けたけしからん民族だ。」と言うならば当のナザレのイエスも(地上では)”正真正銘のユダヤ人”。正直未だに疑問は解けていませんね。だから”私はクリスチャンだ!”というアイデンティティを正直持ちきれずにいるんですけどね。
しっかし84才にして24才の婚約者ですか・・・
”プレイボーイ”地で行ってますね。
その意味ではヘフナー氏は常識に縛られない、
”神がめぐり合わせてくれた連れ合い”
という確信~信仰を持った人なのか知らん???
あと、そうですね。”部外者から見ればバレバレのうそ”はユダヤだけじゃなくって、各国の伝説や神話にもあるのではないでしょうか?”民俗学”の分野かしらん?ギリシャ神話だって”トロイの木馬”(現代ではPCの敵?)など実際にトロイの遺跡がシュリーマンによって発見されましたが、ホメロスの詩そのものは現実離れした話ですよね。
わが国でも、古事記、日本書紀という”神話”
処女が懐胎した事がバレバレのうそならば、
陰陽道・安倍 晴明の母親は、女狐の”くずのは”。
・・こういう”神話”が各民族のアイデンティティに
なっていて、こういうものがないと、民族・国家が
成り立たないそうですよ。
(もと外交官でクリスチャンの佐藤優氏曰く。)

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - ノンクリ
2010/12/30 (Thu) 22:44:01
>わが国でも、古事記、日本書紀という”神話”
処女が懐胎した事がバレバレのうそならば、
陰陽道・安倍 晴明の母親は、女狐の”くずのは”。
 しかし、古事記も日本書紀にしても、「これは科学的にも事実なんだ、日本はいざなぎと??(なんでしたっけ?)が造ったんだぁ、学校の理科の時間に教えるべきだ」なんて主張する日本人はまったく、といってもいいくらいいませんよね。
 ところが、キリスト教の世界には、こういう「神話」を事実である、進化論はけしからん、学校でも創造論を並行して教えるべき、という主張をする人が後を絶たないわけで(私が関わっている方にもいます)。
 この辺の精神構造がどうしても理解できなかったりします。

Re: 12月のみんたた「マリアの賛歌」 - トマス
2010/12/31 (Fri) 16:01:54
誰も指摘しないな~と思いながら見ていたのですが(人が悪い)、50節1行目は
>その憐れみは世よに限りなく
じゃなくて
>その憐れみは代々に限りなく
ですよね。誰も何も言わないと言うことはロクに本文見てない?まさかね。

>プレイボーイ
さすがですね~。そういえばプレイボーイのシンボルって来年の干支じゃなかったっけ?そういう問題じゃないか。

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