みんたた!

「みんたた!」:みんなでたたこう聖書とメッセージ研究のコーナー

2011年3月のテーマ: 「律法の一点一画をも」

日本語訳聖書の版権は財団法人・日本聖書協会に帰属します。
当教会は、ホームページ上での聖書の引用に関して、
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マルコによる福音書10章17〜31節

2011年3月の「みんたた!」は共観福音書3つに並行記事がある「金持ちの男(青年、議員)」を取り上げたいと思います。
ノンクリさんのリクエストです。
日本語の新共同訳のテクスト(マルコ版)は以下の通りです。

********************************

マルコによる福音書10章17〜31節

17 イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。」
18 イエスは言われた。「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。
19 『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ。」
20 すると彼は、「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と言った。
21 イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」
22 その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。
23 イエスは弟子たちを見回して言われた。「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。」
24 弟子たちはこの言葉を聞いて驚いた。イエスは更に言葉を続けられた。「子たちよ、神の国に入るのは、なんと難しいことか。
25 金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」
26 弟子たちはますます驚いて、「それでは、だれが救われるのだろうか」と互いに言った。
27 イエスは彼らを見つめて言われた。「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ。」
28 ペトロがイエスに、「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」と言いだした。
29 イエスは言われた。「はっきり言っておく。わたしのためまた福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者はだれでも、
30 今この世で、迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、後の世では永遠の命を受ける。
31 しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。」

********************************

以上です。
マルコでは「金持ちの男」になっていますが、マタイでは「金持ちの青年」、ルカでは「金持ちの議員」となっています。
「永遠の命」「律法」「天に積む富」「施し」「神の国」「捨てて従う」「父」「後の者は先に」など、いろいろなタグをつけることができ、いろんな話し合いのテーマがあると思います。
どうぞみなさん、ご自由にたたいてください。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」
2011/03/03 (Thu) 20:29:11
自分はうまくたたくことができないですが質問します。この青年がへりくだってイエスさまに善い先生といったのは理解出来ますが、永遠の命をえるためとは、不老不死のことなのですか。それとも神の国に入ることを望んでいるのでしょうか?あと31節の意味が自分のような学のない人間にはわかりません。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - ノンクリ
2011/03/05 (Sat) 07:25:48
 私自身は、この「金持ちの青年」の話は、イエスの意地悪、ブラックユーモア、と思っています。
 要するに、金持ちの青年だか男だか議員だかの考える信仰とか「永遠の命」とイエスの考えるそれとが全く違っている、話がかみ合っていないんだと思います。
 どうも、この青年は「永遠の命」をマニュアル的に「善いこと」をすれば、御利益のように与えられるものと思っているフシがある、ことに対する皮肉でしょうね、多分。
 イエスは守るべき掟として「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え」を上げてますが、ちょっといっていて恥ずかしいですが、イエスの考えるそれは、日々の人との関わりの中で「愛」を実践せよ、というもので、機械的に守れば良し、というものではないし、こうすればよい、これはダメだというマニュアル的な「正しい答え」があるわけではない。
 そもそも、世間一般でいうところの「いい人」「模範的な人」になることを目指しているわけではない、その証拠にイエスの弟子は当時の世間常識からすれば、胡散くさかったり過激だったりする連中ばかりですし。
 ましてや財産の多い少ない、俗世間での社会的地位はまったく意味をなさない・・。
 どうも、そこらへんの感覚がイエスとこの青年の間で徹底的にズレている、そこで、イエスはこの青年が絶対に実行不可能だろうと思われる
 「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」
 という課題を出し、意地悪をした、というところでは?と思うのですが、いかがでしょう?
 でも、本気でいっている可能性も捨てきれないなぁ・・。

Re: Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - et
2011/03/05 (Sat) 09:17:18
金持ちの青年は、律法を完全に守って永遠の命を得ようとしていたが、律法を守ることによっては、その確信を得ることが出来なかったのでしょう。
だから、イエスは、この青年に律法を守ることによっては、救いは得られないことを悟らせるために、お金という青年の弱点をついたと考えられます。
「後の者が先になり」というのは、一般的には、ユダヤの民より異邦人が先に救われるという意味でしょう。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - 毛利
2011/03/05 (Sat) 09:39:33
前半部分は(金持ちに対する偏見を持っているという意味でも)イエスらしい発言だとは思いますが、良く分からないのが26節に対する返答となっている27節。
答えになっていないのではないですか、これは。
結局最後は神が決めるから自分達が何を考えても、要は分からないと言っているように聞こえるので、イエスの前半の説明を自分自身で全否定しているように見受けられます。
「後の者が先になり・・・」も「何に対して後」で「何に対して先」なのか分からないので、どうとでも解釈できてしまいますね。

Re: Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - et
2011/03/05 (Sat) 10:08:21
毛利さん
これも、あくまで一般的な解釈ですが、27節のイエスの答え(神にはできる)は、十字架を暗示していると思われます。
何に対して後の者が先になるかというと、やはり、救いと考えるのが、妥当でしょう。
異邦人に救いが伝えられて後、ユダヤ人にも救いが伝えられるということでしょうか?

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - 毛利
2011/03/06 (Sun) 00:02:18
etさん
「神には出来る=十字架を暗示している」とのことですが、弟子達の「それでは、だれが救われるのだろうか」という質問の答えになっていますか?
十字架、と言う部分でも解釈が一意に定まらないのですが(仮に「十字架での処刑と、その後の復活を信じること」や「イエスが十字架にかかって全ての人の罪を代わりに償った」という意味だとして)要は金持ちの男性は天国に行けるのでしょうか?
「一般的な解釈」が出来ていなくてすみません。

Re: Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - et
2011/03/06 (Sun) 08:58:23
毛利さん
イエスは、自分は律法を守っていると考えている金持ちの青年に対して、財産を全て売って貧しい人に施して、律法で一番大事な隣人愛を実行するように言われました。
そして、この青年に、律法は完全に守れないことを悟らせようとしたのでしょう。
周りの人たちが、このやり取りを聞いて、律法を良く守っているこの青年でさえ天国に行けないなら、誰も天国に行けないと思ったのは自然なことではないでしょうか。
イエスは、十字架によって、律法を守ることによる救いから、信仰のみによる救いに変わるということを言いたかったのでしょう。
律法による救いは律法を100%守ることを要求します。
これは、誰も達成出来ない要求です。
十字架による救いは、神様の側で成し遂げられたことですので、律法の実行等、人間の側の行いは、救いとまったく関係ありません。つまり、「神にはできる」というのは、神が十字架にかかって救いを成し遂げるという意味ではないでしょうか?

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - 旧友
2011/03/06 (Sun) 14:23:39
解釈の是非を議論する場所ではないようにも思えるので、横から口を挟むのは気が引けますが、「一般的」というのがちょっと気になりまして。
> イエスは、十字架によって、律法を守ることによる救いから、
> 信仰のみによる救いに変わるということを言いたかったのでしょう。
というのは、「イエス」のところが「パウロ」だったらあり得る解釈かなと思います。イエスには、救いをめぐる「律法」と「信仰」の対立という発想は見られませんから。ここに「十字架」を読み込むのがどこで「一般的」な解釈なのかがわかりませんが、少なくとも私は初めて見ました。
27節は、「人間たちのところでは不可能だが、神のところではそうでない。神のところでは全てが可能だから」というのが直訳ですから、「神が何かをできる」という意味かどうかはわかりません。神様のもとではあらゆることが可能なのだから、人間世界では考えられないようなことも起こる、ということでしょうか。それ以上は推測にしかならない気がします。
ですから、「「神にはできる」というのは、神が十字架にかかって救いを成し遂げるという意味」という解釈は、極めて不確かであると同時に、(救済論的な意味を持った)十字架という、イエス自身が言ったとは考えられない上、また今の文脈にもないものを持ち込んでいるので、あまりありそうにないように思えます。
31節はもともと単独で言い伝えられていたもののようです(マタイ20:16やルカ13:30にも出て来ます)。イエスが言ったとして、元々の意味は最早わかりませんが、今の文脈(おそらくマルコが作ったもの)だと、「最初の者」=最初にエルサレム教会を築いたペテロたち、に対する皮肉のように聞こえます。「ユダヤの民より異邦人が先に救われる」という発想は、パウロならあるかもしれませんが、マルコ福音書には異質なものです(したがって「一般的」ではないでしょう。「一般的」の意味にもよりますが)。
僕が「たたきたい」のは、「財産のある者が神の国に入るのはなんと難しいことか」(23節)、また、「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだやさしい」(25節)とイエスに言われて、なぜ弟子たちが驚かないといけないのかということです。誰も入れないと言っているわけではなく、「財産のある者が」「金持ちが」と言っているだけですから。弟子たちは「金持ち」だったのか?と突っ込みたくなります。ましてやペテロさんたちは「何もかも捨てて」従ってきたのですから、心配する必要などなかったはずですが。
きっと、28節以下は後から付け加わったエピソードなのだろうという「伝承史的」説明はつきますが、それでも今の文脈を作った人(マルコさん?)はヘンに思わなかったのかな、と。

Re: Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - et
2011/03/07 (Mon) 10:35:04
一般論というのが、言い過ぎなら、訂正いたします。
ただ、私の信仰は、まず、パウロありき(ローマ、ガラテヤ)なのでご指摘のような解釈になります。
できれば、他のすっきりした解釈を教えていただければ、幸いと思います。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - 旧友
2011/03/07 (Mon) 12:32:19
いや〜、どのみちすっきりした解釈ってのは難しいような気がします。私も、すっきりは出来ません。話自体がどことなくごちゃごちゃしてますし。だから「みんたた」の題材になってるのでは?
私が感じるところは、ノンクリさんが仰っていることに近いです。
「永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいか」という問いを、
しかも金持ちが発しているところにイエスは「ズレ」を感じているような気がします。だから、まともに取り合わず、話が噛み合っていないような。
十戒の後半部分の挙げ方だって、「あんた知ってるでしょ?」というような、ちょっと斜めな物言いですし、「行って持っている物を売り払い...」というのも、この人には無理なのを承知で言っている感じがします。
そんな話に後から「まじめな」意味を色々読み込んで話が膨らんだのではないでしょうか(誰が救われるか、とか、全てを捨てた人がどうだとか)。
etさんの仰る解釈を否定するわけじゃないんです。この金持ちが、自力で「永遠の命を受け継ぐ」(あるいは神の国に入る)ことを得ようとしているのをイエスが批判しているということは確かなので、そこにパウロの律法批判と通じるものを見ることはできると私も思います(そこまではこの物語からの「読み取り」ですから)。
ただ、信仰vs律法の対立とか、十字架による救いといったことを(パウロから借りてきて)ここに読み込むのは行き過ぎかな、と(それはパウロ的教説をこの物語に「読み込み」しているので)。イエスもパウロと同じことを言っているはずだと前提してかかると、イエスが違うことを言っている可能性(はこの場合高い)が失われてしまいます。
ただ、たとえ読み込みでもそういう解釈もあり得ることは否定しません。私が気になったのは、「一般的」というところだけです。つまり、そういう解釈はあまり説得的には響かず、それゆえたぶん少数派だということが言いたかったわけでして。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/03/08 (Tue) 12:24:57
今月もまだちゃんと読めていないのですが、
とりあえず
旧友さんの解説に1票

Re: 個人的な読みですが - 入谷
2011/03/08 (Tue) 21:27:00
40 年前、17 歳の私は、この言葉:
「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」
をイエスの本気と受け取りました。
別に金持ちでもなんでもなかったけれど、「ごめんなさい。私はあなたに躓きます」といいました。
少ない小遣いをはたいて、買い込んでいたカミュとか、ニーチェとか、ポルノグラフィーを放棄できなかったからです。
この言葉をブラックユーモアと受け取れる心の余裕は、当時も今も私にはありません。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - がん子
2011/03/08 (Tue) 22:39:00
私たちは天国に行きたいのでしょうか

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/03/09 (Wed) 20:25:34
>私たちは天国に行きたいのでしょうか
あらためてそう聞かれると、とても深い質問ですね。いや、疑問か。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - 入谷
2011/03/09 (Wed) 22:10:38
救われてある状態を天国というのであれば、私は天国へゆきたいです。
地獄にいることだけは確かなように感じられても、ではそこから救われてあるということが、どうもよくわからない。
で、場違いかもしれない投稿を繰り返しております。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - 富田@iChurch.me
2011/03/10 (Thu) 11:03:13
持っているものを全て売り払えと言われて、自分を責めてしまう人にかぎって、豊かな生活をしていなかったり、ということはないでしょうか?
ここでイエスが「全て売り払え」と言ったのは、金持ちの男だからで、そんな事ができるようなら、こんなに金持ちにはなれませんよ、というブラックユーモアが感じられるように思います。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - 富田@iChurch.me
2011/03/10 (Thu) 11:09:42
天国や、神の国といった世界が、死後に行く所だという考えも、普遍的なものではありませんよね。
むしろ、たとえばイエスの「神の国は近づいた」という呼びかけも福音書の冒頭にあったりするわけで、神の国というのは「行く」所でなくて、「来る」もんだという考え方もあるわけでしょう。
そうなると神の国は死後の世界ではなく、この世に出現する楽園という考え方もできるわけですよね。
金持ちが財産を売り払って貧しい者に施し、働く先がなかった労働者がぶどう園で一人前の給料をもらい……といった所が神の国というのなら、早くそういう世界が来てほしいです。
死後の世界については、全く別の分野の話とぼくは思っているのですが、映画『ヒアアフター』みたいに安らかになれるんなら、死後の世界があってほしいですねえ。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - 旧友
2011/03/10 (Thu) 13:50:37
「行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。」
とは書いてあるけど、「全て」売り払えとは書いてない。
そこに、金持ちに対する皮肉があるような気がします。
「あんた、たくさん持ってるんだから」というような。
でもこれは、「ブラックユーモア」というよりも、結構真面目な「皮肉」のような気もします。
(ちょっと怒りが入っているというか。)
「全て」と言っているのは、同じ話のルカ版の方です(18章22節)。
ルカさんはこれを、財産放棄という「倫理」として解釈したわけですね。
だけど、これをマルコの方にも読み込んで解釈する、という場合が多い。
聖書研究を(学問的にという意味で)やる人の多くは、
マルコ福音書が最初に書かれた福音書で、マタイ福音書とルカ福音書は
マルコの「増補改訂版」だと考えていますから(私もですが)、
それが正しければ(そうでないという人もいます)、
マルコ版の方がイエスの実際の発言に近いということになりますね。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス URL
2011/03/10 (Thu) 17:12:48
>だけど、これをマルコの方にも読み込んで解釈する、という場合が多い。
いやぁ、気をつけなきゃいけませんねぇ。言われてみると私もついついやってしまいそうなのに気が付きます。ここだけじゃなくて、他の箇所でも。
>死後に行く所だという考えも、普遍的なものではありませんよね
これは混ぜっ返しのようになりますけど、加えて言えば、死後の世界だとしても、それが何処にあるのかという事が明確ではない。すぐ近くなのか、とても遠い何処かなのか。
それはともかく、たしかに主の祈りでも「み国が来ますように」と祈りますものね。この世に出現する楽園だという考え方はあるでしょうね。というか、元来のユダヤ教の考えでは、神の介入によってこの世に出現する楽園のつもりだったのでは?なんて気もしますが、どうなんでしょう。

Re: Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - et
2011/03/10 (Thu) 20:23:59
聖霊派や福音派の人は、天国や地獄が実際に実存し、死後に行く場所と考えている人が多いようです。
ところが、リベラルな信仰では、天国とは、キリストに支配された状態、地獄は、キリストから離れた状態であり、死後に行くところではないと考えています。
もし、天国や地獄が死後行くところなら、復活は必要ないように思います。
確か、パウロ書簡(第2書簡を除く)では、死後行く場所としての天国や地獄は、まったくと言って良いほど言及されてないと思います。
つまり、パウロには、死後行く場所としての天国や地獄という発想が元々なかったのではないでしょうか?
ユダヤ教では天国や地獄をほとんど問題にしてないからかもしれません。
パウロが、力説しているのは、やはり復活ですね。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - にじは
2011/03/11 (Fri) 03:28:42
神の国と言うのは働いている人も、いない人も、金持ちも貧しい人もお互いに分け合って
同じ様なレベルの生活ができると言う事なんでしょうか?
だとしたらそれに対して不満を訴える人がいない状態は確かにすごいです..。
前に富田先生が言ってましたが(また違うかも)今金持ちで幸せだからずっとこの状態での
永遠の命が欲しいんだろうけど、今貧しくて苦しんでいる人の事を考えてみろ!みたいな
貧しい者の味方であるイエスの怒りがあったんでしょうね。
「後に来る多くの者が先に来る」ですが、イエス様が十字架につけられた時に隣にいた罪人が
最後にイエスを信じてあなたは明日楽園にいると言われたので、最後にイエスを信じた人が
一番最初に神の国に行ったと言う予言だと思ってたんですが違うんですか?また的外れかな?

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - tomita@iChurch.me URL
2011/03/11 (Fri) 09:53:12
>にじはさん
たぶんイエスは隣の十字架の男に「あなたは『今日』わたしと一緒に楽園にいる」だったのではないかと……(笑)(ルカ23:43)
でも、今日っていうと、死んだ直後のことだとイエスは思っていたのか、それとも今まさに楽園なのだ、と言ったのか、解釈が分かれるとは思いますが……
死後のことについては、パウロがどこだったか、死にかけて「第3の天」まで登った人の話をしてませんでしょうか。
1コリント12章1〜3節で、14年前に第3の天にまで上げられた、身体のままか、身体を離れてかはわからない、しかし彼は楽園にまで引き上げられ、言い表し得ない言葉を聞いた、言っています。
これを臨時体験と呼ぶ事もできるし、またこれは実はパウロ自身の体験をもとにしゃべっているのだという人もいます。
その反面、パウロはギリシア人たちと「死者の復活」について語ろうとして、敬遠された事も記録されています(使徒17章32節)。
なので、パウロの中で、「楽園」と「復活」というものが、つながっていたのかどうか、あるいはパウロ書簡と使徒言行録の著者(ルカ)とが食い違っていたのか、問題が残りますね。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/03/11 (Fri) 11:33:45
>最後にイエスを信じた人が一番最初に神の国に行った
そういう読み方があったか。
タイミング的にはたしかにそうかも。
本文の読みとしてその読み方ができるかどうかは判りませんけど、メッセージの組立としてそう読むと面白いのができそうですね。
>パウロとルカ
なんか随分と食い違いがあるようですね。(福音書の受難物語も4福音書混合のイメージを持っていることが多いですが)パウロ書簡と、ルカを通したパウロ像と、パウロの名前を使った書簡と、食い違う中で自分なりのパウロのイメージを作っていることは私も多いのだろうな、と思わされます。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/03/20 (Sun) 21:18:43
震災で「みんたた」どころではない?
たまには違うことを考えるのも頭休みになるかと…。
ということで
>24 弟子たちはこの言葉を聞いて驚いた。
>26 弟子たちはますます驚いて
旧友さんが書いておられますが、確かにここで何故弟子達が驚かねばならないのか? 簡潔な説明は難しそうですねぇ。 私も先日来この部分をチラチラ考えておるのですが、たしかにピンと来ません。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/03/26 (Sat) 10:37:58
3つの福音書を読み比べてみました。
マルコ福音書では(でも)たしかに質問してきた金持ちの男とイエスとの間に永遠の命とか神の国とかについてかなり意識にズレがありますが & イエスは相当に厳しいことを皮肉混じりに言っていると思いますが、
同時に、まだしもマルコでは
>17 走り寄って、ひざまずいて尋ねた
>17 善い先生
>21 イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた
というあたりにまだ細いけど糸が1本繋がっているような気がします。 この部分がマタイやルカでは「ひざまずいて」「慈しんで」が無くなってくるのですね。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - にじは
2011/03/29 (Tue) 00:23:56
ずっとご無沙汰で久しぶりに覗いております。
富田先生
>たぶんイエスは隣の十字架の男に「あなたは『今日』わたしと一緒に楽園にいる」だったのではないかと……(笑)(ルカ23:43)
すみません、それです(汗)調べずに書く癖を何とかしなければいけません。
そうか、この解釈はあまりないものなのですね。
トマスさんの仰っていた
「み国がきますように」と言う祈りの様に、天の国が死後の世界ではなく現実のものなら
こんな状況の今こそ「み国」が来て欲しいとただ願うばかりです。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - 富田@iChurch.me
2011/03/29 (Tue) 11:28:37
死後の世界についてイエスが語っている事は、そう多くはありません。
ヨハネ福音書で、「わたしの父の家にはたくさん部屋がある」と言っているところはよく引用されます。
もちろんこれが死後の世界の事だというのもひとつの解釈に過ぎないのですけれどね。
それ以外は、どちらかというと、「神の国は近づいた」とか「死者の葬りは死者にやらせておきなさい」「人が自分の命を失ったら全世界を手に入れても何になるだろうか」とか、割と現世志向が強いなと感じます。
神の国は「行く」ところではなく、「来る」ものなのです。
つまり、この世に実現する、神の愛の支配の世界です。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/03/29 (Tue) 12:19:08
>割と現世志向が強いなと感じます
私もそう思います。 その一方で、キリスト教として発展していく過程で来世志向が強まっていく。 もちろん、ローマ帝国と角突き合わせた殉教の歴史があるからですけど、ローマの国教となって以降も(もちろん国教としての現世志向の性格も強く持つようになりますけど)何かDNAが発現するように折々に来世志向が吹き出してくるというのが興味深いですね。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/03/30 (Wed) 12:20:21
何やら最後の方は私ばっかり書いていますが(ネタがあるなら月初めから参加しろよというツッコミは無しで)
>17 永遠の命を受け継ぐ
の部分をマタイは
>永遠の生命を得る
としていますね。
これはどういう違いなのかな?と考えたりもします。
ジックリ考えたら何か出てくるのでしょうね。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/04/02 (Sat) 09:22:38
これって、親鸞に通じるものがあるんですかね。
曰く
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をば」

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - にじは
2011/04/02 (Sat) 23:55:47
>永遠の命
これって何なんでしょう?
得る物なのか、手に入れば幸せになれるのか。
でも「命」って一度きりだから大切だし、尊いんですよね。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/04/03 (Sun) 00:47:00
>永遠の命 
最初にも長谷川さんが質問しておられましたが、物凄い難問だと思います。 教義的に説明することは出来るでしょうけど、それが腑に落ちる説明になるかどうか。 あるいはそれを考えなさいというのが落とし所なのかもしれませんし、考え抜いた結果が、 
>「命」って一度きりだから大切だし、尊い 
であったとすれば、それがいわゆる教義とは違っていてもいいのかな? という気がします。 

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - ノンクリ
2011/04/03 (Sun) 12:13:34
 真面目な話の中、悪いんですが、「永遠の命」っていうと、往年の人気アニメ・漫画の「銀河鉄道999」を思い出しちゃいました。
 哲郎という少年が、謎の美女メーテルと地球から、機械の体をタダでくれるアンドロメダ星まで、宇宙列車「999」に乗って旅する話・・・、ですけど。
>でも「命」って一度きりだから大切だし、尊いんですよね
 劇中にもそんな話出てきますねぇ。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/04/20 (Wed) 15:16:21
まだ書き足しOK?
大先輩である旧友さんにケンカを売るつもりはありませんが、ある教会の月報に載っていた説教にちょっと違った読み方@ルカ版を発見。
いわく、
自分の財産を処分して貧しい者たちに施せますか?を問うたのではなく、たとえ自分の財産がなくても神を信頼して歩むことができるか?という問いである、と。
ちょっと深読みのような気もしますけど、なるほど状況によってはそういう読みがあるな、と感心した次第。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - 旧友
2011/04/22 (Fri) 09:07:00
もう4月も下旬なので、3月のお題に投稿するのは気が引けますが。
>たとえ自分の財産がなくても神を信頼して歩むことができるか?という問いである、と。
いかにも教会の説教らしい解釈ですねぇ。ある種の精神論に還元しているあたりが。でも、「状況によってはそういう読みがある」ということは、仰る通りかと思います。それに、ペトロが「わたしたちは...」と語り出す後半部分については、その解釈も大いにあり得るでしょう。
「貧しい人々に施せ」というのは、この話の(少なくとも前半部分の)結構重要なポイントじゃないかと思うんです。キリスト教がその最初期から、貧しい人々への施しや生活扶助に力を入れたのは、たぶんイエスのこの言葉(以外にもあるかもしれませんが)が基盤にあったからではないかと想像できるものですから。まだ確証はないんですが。

Re: 3月のみんたた「金持ちの男」 - トマス
2011/04/22 (Fri) 12:03:49
返信おねだりしてしまったようですみませんでした。
御意見伺えて有り難かったです。
今さらの書き足しですが、世界全体を見渡せば日本に住んでいること自体がとても豊かではあるのですが、日本の中で見た時に、処分するほどの財産があるとは言えない人にとって先の月報の解釈というのは有り得るな、と思ったのです。
>貧しい人に施せ
きっとそうですね

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