みんたた!

「みんたた!」:みんなでたたこう聖書とメッセージ研究のコーナー

2012年6月のテーマ: 「敵を愛しなさい」

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マタイによる福音書 5章43-48節

2012年6月のみんたたテーマ。ついにリクエストがありませんでしたので、従来やっていたように、マタイ5章の「山上の説教」の続きに戻りたいと思います。
以下に新共同訳の日本語テクストを提示しますので、みなさん、どこからでも突っ込んで、かじりついてください。

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マタイによる福音書5章43-48節

43 「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。
44 しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。
45 あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。
46 自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。
47 自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。
48 だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」

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以上です。では、みなさん、どうぞ。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しな - 爽歌*sayaka
2012/06/02 (Sat) 12:33:30
相変わらず引っかかる御言葉です。
一瞬耳障りのいい言葉ですが、そのために殉教できるのかとか、いろいろ考えてしまいます。
「敵」って何?
「愛する」って何?
「敵を愛する」ってどういうこと?

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - 村人
2012/06/03 (Sun) 17:21:52
自分が思うに、この場合の「愛」とは、ただなんでもしてやる、ということではなく、敵を見捨てずに、悪いことは注意し、また、神を信仰するという心をつくってあげなさい、ということではないでしょうか。どこに書いてあったか忘れて申し訳ないのですが、「あなたの行いを見て、他の人も神を信じるようになるためである。」というようなことも書いてあったと思います。つまり、敵にも優しさと厳しさをもって接し、神を信仰する人の行いによって、救いの道へと導け、ということだと思います。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - 毛利
2012/06/03 (Sun) 21:18:06
敵を・・・と言いながらも徴税人や異邦人を差別している・・・それはイエスの中に既に差別の気持ちが込められているのではないでしょうか、という突っ込みはありますし、Sayakaさんの仰る通り「敵」の定義が分からないですが、恐らく「自分にとって不快感を抱かせる相手に対してでも誠意を込めて接しなさい」ということなのでしょう。私なりの「敵」の解釈です。
ただ、愛する=従順になって文句を言わずに従う、ということでもないでしょうね。どうすれば「愛する」ことになるのでしょうか。そこは分からないです。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - OldSheep
2012/06/05 (Tue) 22:12:47
昔から引っかかっているのは、「あなたがたも完全な者となりなさい」です。
私は、イエス自身は自分が完全だとも、自分「だけ」が神の子だとも考えていなかったのではと想像していますが(そのこともあって信仰告白には至っていません)、それはキリスト教から完全にはずれる見解になってしまうので強く主張するのは控えるとして、もしイエス自身が「完全」だったとしても、「人びとが神様のように(あるいはイエス自身のように)完全になるのが可能である」とは考えていただろうか、という疑問があります。
もっとも、「どんな人もそのままですでに完全である」という視点はありえますが、そういう文脈でもないですし。
で、メインの「敵を愛しなさい」については、「うん、そうですよね、なるほど」という感じで、それほど引っかかりはありませんが、もちろん、それができるどころか、誰よりも難しい私ではあります。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - tomita@iChurch.me
2012/06/06 (Wed) 08:20:45
ユダヤ人の間で「敵を憎み、隣人を愛せ」と言われたら、まず「隣人」とは同じユダヤ人同胞のことで、「敵」というのは、ユダヤ人以外の人びと、つまり「異邦人」を指すというのが一般的です。
民族主義とか自民族中心主義というのは、こういうものかもしれませんが、まずこのイエスの言葉はそういう民族の壁を越えようとしたこのである、ということは単純に言えると思います。
ところが、毛利さんがおっしゃっているように、この聖句の後半には「徴税人」や「異邦人」に対する差別意識がにじみ出ています。
なので、イエスがこれを言ったか、言わなかったか、言ったとしても別の場面で別の文脈で言ったかも知れないし、マタイの創作なら、マタイはイエスの「民族主義の超越」というテーマを換骨奪胎して、抽象的な愛の美しいスローガンにすり替えた上で、ユダヤ人読者の差別意識を利用して読ませようとしたとも考えられます。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - 毛利
2012/06/08 (Fri) 15:50:21
割とイエスは「異邦人」というくくりで同胞を叱咤激励している傾向があるとは思います。確か、パンのたとえ話でも差別的な言い方をしていましたので、イエスは常日頃から異邦人に対して何かしらの差別か区別をしていたのではないでしょうか。
しかし、自分を愛してくれる人を愛したところで・・・とイエスはあっさりと流していますが、愛してくれる人を愛することは、決して容易ではないと思います。愛してくれていても、その人に対して正しく接することは現代人でも難しいのではないかと私は思います。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - tomita@iChurch.me
2012/06/08 (Fri) 16:17:04
「敵を愛せ」ということはとどのつまり「異邦人を愛せ」となるはずなので、「異邦人」うんぬんのところは、イエスの元来の言葉とは思いたくないですねえ。
それに、これはマルコとマタイによく見られる言葉遣いであって、必ずしもイエスが口癖のように「異邦人にようであってはならない」と言ったかどうかは疑わしいと思います。
善いサマリア人のたとえ話にもあるように、イエスは民族間のいがみ合いには嫌気がさしていたんではないかと思うのです。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - トマス
2012/06/11 (Mon) 21:45:16
「隣人を愛しなさい」はレビ記にありますけど、「敵を憎め」は律法になかったですよね。クムランの文書に

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - tomita@iChurch.me
2012/06/12 (Tue) 08:44:42
ああ、そうでしたっけ?
では、「敵を憎め」というのは、「敵を愛せ」を強調するための、枕詞として作ったものなんでしょうかね?

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - ノンクリ
2012/06/12 (Tue) 19:56:27
>敵を・・・と言いながらも徴税人や異邦人を差別している
 まあ、私もそう思わないでもないですけど、それは所詮、現代の基準でみた話であって、イエスにはチト酷な批判ではないか?と。
 イエスとて当時としては非常に進歩的な考えを持つ人物であったにせよ、結局のところ人間(ここでこんなこといっていいのか?とは思うけど)ですから、生きていた時代の常識や偏見から完全に自由になることは難しかったでしょうし。
 そのイエスを開祖とする、キリスト教国である欧米諸国が、いわゆる帝国主義の時代にどうしてアジア・アフリカの先住民を平気で虐殺したり奴隷にしていたりしたのか?といえば、要するに彼らの目から見て醜く(あるいはもの珍しく)非文化的で野蛮だと思えた人種は、「隣人」じゃない、人間ではない、すなわち、魂がない、救済すべき魂がない、と見なしていたわけで。
 ところが、異文化接触の経験が増え、神学論争なども経て、ある時期から、他の人種もみな「魂の救済に値する人間」だと見なされるようになると、奴隷貿易のような人身売買はダメということになったわけで。
 つまり、簡単にいえば「敵」とか「隣人」の範囲をどこまで広げるか?ということに関してキリスト教世界では昔から喧々諤々の論争とか確執があったし、それは現在進行形の話なんじゃないですかね?
 同様に今では当然、とされる「区別」も、遠い未来にはトンでもない「差別」であった、とか「虐待」であったということになる社会制度、習慣もいろいろあるかと思いますよ。
 この話をして思い出したのは、英国のH・G・ウェルズの1895年の作品、「宇宙戦争」原題「THE WAR OF TWO WORLDS」ですね。いうまでもなく、これは、地球人よりはるかに文明の進んだ火星人の地球侵略の話ですが、始めの方で「(火星人に文句を言う前に)ここで我々は、地球上の下級民族にいかにむごい仕打ちを加えてきたか、思い起こさねばならない(中略)タスマニア人はその人類学的相似にも関わらず、ヨーロッパ人の仕掛けた侵略により絶滅させられ・・・」なんてくだりがありますね。
 確かに、ウェルズはウェルズなりに当時の帝国主義、植民地主義に真摯に向き合い、過ちについて反省を促してはいるのはわかるのですが、下級民族とか人類学的相似、なんていっているところに、時代の限界、そして、ウェルズもそれから完全に自由ではなかったことが伺えますね。それとも、日本語訳が悪いだけなんでしょうか?
 それにしてもタスマニア人は哀れ極まりないです。雄々しく戦って滅ぼされたのならまだしも、ほとんどハンティングの的として殺されて滅ぼされたんですから。いくら帝国主義の時代とはいえ、というか当時の基準でもかなりひどい話ではないでしょうか、これ。
 クジラほどの情けもかけられなかったんですね。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - tomita@iChurch.me
2012/06/14 (Thu) 10:48:25
教育実習生からお土産にクジラの大和煮の缶詰をいただいた富田です。
ウェルズの『宇宙戦争』にそういうくだりがあったんですか。それは意味深長ですね。
スピルバーグがこれを映画化したので、観てみたら、明らかに彼はユダヤ人の虐殺をほのめかして映像化していますね。まあ、それは「A.I.」でも同じですし、「シンドラーのリスト」の監督で、自分自身がユダヤ人ですから当然でしょうけど。
ぼくの連れ合いが学生時代にトルコだったかに旅行した時に地下鉄で痴漢に遭ったそうです。
それも混雑した電車じゃなくて、ガラガラにすいた電車で、ニヤニヤ笑いながら堂々と触るんだそうです。
それで頬をひっぱたいて反撃したらしいんですが、要するに人間と思われてなかったんだろうということでした。
イエスに関して言うと、「シリア・フェニキアの女性の娘の癒し物語」は、ぼくはイエスがユダヤ人のことしか考えていなかった視野の狭さを、異邦人に改められたという風に解釈していて、この解釈は「正統派」の方からは評判が悪いんですが、そういう糾弾されるプロセスの中で、視野が開かれて行くということはあると思います。
ぼく自身もいくつかの差別意識を糾弾によって改めさせられた記憶があります。
福音書の中のイエスの言葉も、かなり複雑に編集されていますから、この言葉の後にあの言葉が続いているとか、この場面でこういう事を言っているが……などというのは、かなりゴタゴタになっています。
ですから、ある台詞がイエスの生涯のどの段階の、どの場面で、誰に対して言われたのか、ということは、福音書を読んだとおりであるとは限らないと思うのです。
ですから、私たちは福音書を読む時に、そういうことをある程度想定して、「現代の自分たちにとって」有益なメッセージを読み取ってゆかないといけないと思います。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - ノンクリ
2012/06/14 (Thu) 21:20:29
>宇宙戦争
 ちなみにご紹介したくだりは創元推理文庫版のものです。早川文庫とかその他数多ある子供向けの「宇宙戦争」では、そのくだりは現代風に改変されてます。つまり、「下級民族」みたいな言葉が消えてたり、タスマニア人絶滅の話自体がカットされてたり・・で。
 なんで、そんなことするかなぁ?です。あれは19世紀末の英国の風潮、風俗、ムードがよく出ているから面白いし、価値がある作品なのに。
 「火星人」なんていない、とわかっていても面白いです。ちなみに、火星人の戦闘機械(トリポッド)は、日本のアニメによく出てくる人が乗り込む巨大ロボットの元祖みたいなもので、19世紀によくこんなもの発想できるよなぁ、とウェルズの想像力には改めて驚く次第です。
 また、話をそらしてしまいました。すみません・・。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - トマス
2012/06/15 (Fri) 22:25:40
>枕詞
そのへんがですねぇ、すぐ上の富田先生のレスにある話しと被りますが、
強調の意味合いの枕詞になっているのはその通りだと思いますけど、クムラン文書にあるということが一体どの程度に「あなたがたも聞いているとおり」と言えるのか?口伝としてどの程度に一般的だったのか?あるいは枕詞の部分は本当にイエスに遡るのか、福音書記者の付加ではないと言い切れるのか?どうもよく判らないことが多いみたいです。
そうすると、
>私たちは福音書を読む時に、そういうことをある程度想定して、「現代の自分たちにとって」有益なメッセージを読み取ってゆかないといけない
ということになりますよねぇ、どうしても。
もっとも
>「しかし、わたしは言っておく。」
この引っ繰り返し方はイエスらしい言い方だそうですね。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - ノンクリ
2012/06/16 (Sat) 21:16:41
>「現代の自分たちにとって」有益なメッセージを読み取ってゆかないといけないと思います。
 それが簡単なようで難しいような。ただ、今の価値基準で、イエス、あるいはその他の人物の言動について「あれは差別」なんて「裁いて」もしょうがないし、逆に昔の常識で、機械的に「イエスはこういったから**はダメ」っていうのも、私個人の考えとしては意味のない話かと・・。**に入るのは離婚だとか、ホモだとか、いろいろですが。
 まあ、難しいことは脇において、現代の視点では不十分にしても、当時なりに「民族」の枠を超えようとした、「愛」の範囲を広げようとした・・という「精神」とか「勇気」が汲み取れれば、それで充分ではないでしょうか?って気もします。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - tomita@iChurch.me
2012/06/19 (Tue) 10:53:30
ぼくが思っているのも大体そのような事なんですが、「それで充分」と言えるほど、その「愛」とか「民族を超える」とかいった「精神」や「勇気」を実際に現代社会において実現するのは、イエス時代と同じくらい困難なことなんだと思うんですよ。
まあ多少は暮らし向きが豊かになった国はあるだろうけど、それにしてもものすごい貧富の差があって、相変わらず貧困と飢餓に喘いでいる人はたくさんいるし、環境汚染という新しい問題もあるし、武力紛争だって刀を持ってやあやあとやってた頃に比べたら気が遠くなるくらいのジェノサイドが起こっているわけで、そういうことを考えると、「聖書を読んで、それであなたはどうするの?(私はどうするの?)」と問うことは、なかなか取り組みがいがあるテーマなんだと思うんですよ。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - トマス
2012/06/25 (Mon) 07:19:22
今月のタイトルどおりで、「敵を愛しなさい」に目が行くことが多いのですが、
>自分を迫害する者のために祈りなさい。
って何かな?と思います。初代教会による付加、だとするとそれなりにすんなりと理解できるのですが、イエス自身の言葉だとすると、具体的にどんな状況や経験を背景として想定できるんでしょうかね?

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - tomita@iChurch.me
2012/06/25 (Mon) 11:45:04
ぼくは、これがイエス自身の言葉には思えないなあ、と思ってしまうと、そこでブロックしてしまいます。そういうのは、よくない態度なのかも知れませんね。
イエスの言葉であるかないかだけではなく、読者の自分にとってどういう文脈に適用でき、どういう意味を読み出すのかということも、大事なことのように思います。
「自分を迫害する者のために祈る」というのは、具体的に職場や家庭で自分に圧力をかけてきたり、虐待を加える人のことですよね。そういう加害者のためにも祈ってやれ、ということです。
自分に対する加害者のためにも祈る。
イエスの十字架上で「この人たちをお赦しください」という言葉と相通じる部分があるかも知れません。

Re: 6月のみんたた「敵を愛しなさい」 - トマス
2012/06/25 (Mon) 19:43:04
そうそう、メッセージとして読むという意味では、現代人である我々にどう響いてくるか、如何にアダプテーションできるか、が基本だと思います。だた、一介の読者としては、どんな歴史的事実を反映しているんだろう、とか思っちゃうんですよね。
ところで、この部分に関していえば、パッと見の印象ですけど、ルカの方が古い形を残しているのかも。という気がします。。





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