みんたた!

「みんたた!」:みんなでたたこう聖書とメッセージ研究のコーナー

2013年5月のテーマ: 「空の墓」

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ヨハネによる福音書20章1-10節「空の墓」


4月も早や終盤となりました。
GWはみなさんいかがお過ごしになりますか?

5月のみんたたは、かねて白薔薇さんからリクエストがあったとおり、ヨハネによる福音書における復活物語を取り上げたいと思います。

以下に新共同訳のテクストを提示します。

ヨハネは他の3つの福音書と全く異なる言葉遣いで書かれていますので、みなさんからのご意見もどのようなものが出て来るか楽しみです。



*************************************


▼ヨハネによる福音書20章1−10節(日本語:新共同訳)



1 週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。

2 そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」

3 そこで、ペトロとそのもう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。

4 二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。

5 身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあった。しかし、彼は中には入らなかった。

6 続いて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。

7 イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。

8 それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。

9 イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。

10 それから、この弟子たちは家に帰って行った。

**************************************


では、みなさんご自由にご意見をどうぞ。


Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - masaki tomita
2013/05/05 (Sun) 21:48:21

ここだけ読むと、やはり、「墓が空であった」という事実はあったのだろうと思いますね。

「墓が空であった」ということだけが事実として起こり、その後、イエスが肉体をとって登場する場面というのは、後になって作られていった伝承なんだなと。
このヨハネの「それから、この弟子たちが家に帰って行った」で一段落し、その後、マグダラのマリアの前に現れるという部分が新たに付加されたことがうかがえますね。

Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - トマス
2013/05/06 (Mon) 11:29:33

ヨハネが一番史実から遠いと思われているけど、案外に史実に沿って物語を描いている、なんて言っているのは田川健三でしたっけ。

そう思って読むからかもしれないですけど、
>イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。
なんて部分は妙にリアルですね。

Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - masaki tomita
2013/05/06 (Mon) 21:46:37

田川先生に限らず、そういうことはヨハネについては指摘されているようですね。

別系統の伝承であったというだけで、案外史実に基づいた部分があると。たとえば、姦通の現場でおさえられた女性の話などもそのように言われていますね。

Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - 白薔薇
2013/05/07 (Tue) 23:35:47

リクエストしておきながら出遅れました。すみません。

そうなんですよね、なんだかリアルな感じがするんです。
ペトロや「もう一人の弟子」の動きが具体的に、妙に詳細に書いてあるからでしょうか。

それにしても、ヨハネ福音書ではどうしても「イエスが愛しておられた弟子」のことが気になります。この箇所でもペトロより優位に書かれているようにも読めますし。
他の福音書にはないから「なぜわざわざこう書かれてあるの?」と疑問を感じます。ペトロ派と分裂した人たちが必要に迫られて書いたとかでしょうか?

Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - トマス
2013/05/15 (Wed) 21:40:43

>週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに

表現は多少異なりますが、珍しく4つの福音書が揃って伝えるのが日曜の早朝(明け方)という点。春分の日の直後ないしはその後1ヶ月以内ですから、今の時刻になおすと朝の6時頃が日出という事になりましょうか。
マタイとマルコで5時半ぐらい?ルカとヨハネではもっと早いように思います。夜っぴて起きていたのでしょうか。
それにしても、そんな早い時刻に墓に行ったのは人目を避けたのでしょうか。
ここも何かと謎めいた箇所です。

Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - tomita@iChurch.me
2013/05/16 (Thu) 11:29:05

ぼくが調べたところでは、これは史実の時間ではなく、金曜日の日没~土曜日の日没までの24時間のヴィジルのあと、一晩喪に服した後の日の出を表しているので、女性たちがどのような意図でその時間帯に行ったのかは、あまり大きな問題ではないと思います。

もし早朝お墓に行ったのが史実であるならば、確か一目を避ける意図はあったかも知れませんね。
男性と違って女性は人間として扱われていなかったので、イエス派のメンバーとして追われる立場ではなく、男性の弟子たちのように逃亡する必要はなかったでしょうが、イエスの遺体が置かれている墓に尋ねるという行為が発覚すれば、ろくでもない風評を立てられたでしょうしね。

Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - トマス
2013/05/20 (Mon) 22:58:08

>女性たちがどのような意図でその時間帯に行ったのかは、あまり大きな問題ではないと思います

そうかなぁ。復活祭の典礼劇に於けるけっこう重要なファクターとして語り継がれていたように思います。でなければ、日曜とか、せいぜい日曜の朝、ぐらいまでしか共通しないのでは?早朝というところまで4福音書ともに揃っているのはいささかアヤシイ。


それとは別に、
4福音書を読み比べてみると、ヨハネだけは墓に収める時点で香油を塗る処置が終わっていますね。だから日曜の朝、マグダラのマリアは手ぶらで墓に行った。と、辻褄は合っています。日本風の墓参りのイメージを重ねていいのかどうか分かりませんけど、如何にもそんな感じではあります。
墓に入るためには墓石を動かさなきゃ、なんて考えながら墓に向かったのでない分、墓石が取りのけてあるのを見つけた時の驚きが大きかったかも。それにその方がストーリーの流れが良いようにも思えますね。



Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - masaki tomita
2013/05/24 (Fri) 17:18:11

もう5月も終盤ですが、あまり、この復活についての話題は盛り上がらなかったですね。

先日ある教会の修養会に講師として参加してきましたが、そこでやったワークショップの中でも、「知りたいこと、わからないこと」について列挙してもらったとこと、「復活というのがわからない」という質問がありまして、ベテランの信徒で実は復活についてはよくわかったいないんですね。
そして、その疑問に対して、誰もちゃんと返答もできない。こういうことが常態化しているのかなあと思います。
そして、わからないけれども、これがいちばんキリスト教で大事なところで、これが無かったらキリスト教は誕生しなかったとまで言われてしまうと、もうアンタッチャブルになってしまうんですよね。触らぬ神にたたりなしと言いますか、もう復活については、わからないなりにそっとしておこう、と。
そうしているうちに、復活とは何かということに、誰も発言できないし、実は深い関心も寄せなくなって来ていると実態があるのではないかと思います。

Re: 復活がわからない - トマス
2013/05/25 (Sat) 22:29:19

アンタッチャブルにする必要はないけど、判らないという事について、我々(?)プロテスタントはもう少し正直になってもいいんじゃないですかねぇ。人間の理解を超える出来事だったんだから分からなくてもいいんだよ、ぐらいのスタンスでいいような気がします。その意味では、自覚的になら分からないなりにそっとしておいてもいいのかも。
いつも書いていることだけど、理解出来なきゃいけないというプロテスタントの強迫観念はちょっと行き過ぎですよ。ヨブ記じゃないけど、人間には理解出来ない事がある。ってカミサマが開き直ってもいいような気がする。


と書いていたら、ひょっとして順番が違ったのかな、という気になってきました。弟子たちだってどうせ復活の何たるかを理解出来てなかったワケでしょ。あるいは、と思うんだけど、イースターの日の朝、何かが起こったんだけど何が何だか理解出来ないというそのワケワカラナサ加減を、彼らにとってやはり具体的にイメージする事が出来なかった「復活」という言葉に託したのかもね。
なんて理解はマズイんだろうか。いやこれも理解しなきゃという強迫観念のなせるわざか。


分からないという現実を素直に認めるところから、新たに関心を持つ事も出来るような気がします・・・。開き直りながらも関心を持ち続けられるといいですね。



Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - リリィ
2013/05/27 (Mon) 14:09:27
 神様の考えや意志に、人間の理解は及ばない、と何度となく牧師先生に言われました。
 教会に通う前、私が納得出来ないと感じていたのは、カインとアベルの話です。
神様はなぜカインの捧げ物をないがしろにしたのか、罪を招いた一因は神様にあるんじゃないか、と思ったからです。
神様なら、人間がそれで気を悪くして何か悪いことをしでかすとわかりそうなもんじゃないか、と。
その疑問に牧師先生から文頭の言葉が返ってきた時、それはずるいでしょ、と思いました。
それを言ったら全部それで片付くやん、と。

 復活を信じることができないんです、と言った時には、
それはそれで構わない、と言われました。事実か虚構か、それはわかりません、と。
拍子抜けしました。
復活は真実です、それはこういう理由ですって説得してくれることを期待していましたから。
「自分の友だちも、聖書に書いてあることを全て納得できたらクリスチャンになるって言ってましたが、いまだになってませんしね」、と言って笑って終わりにされました。
 なんだか突き放されたようで、それでいて、信仰への道はここじゃないってことか、と感じました。
 カインが躓いたものは小さな怒り、嫉妬を引き起こし、そこから取り返しの付かない大きな罪に走っていく。
そこに人間の罪深さがあり、弱さがある。
そしてアベルはこの世から断たれ、神様はカインが「自分には背負いきれない」と感じている罪を、それでも背負って生き続けることを求める。

カインが人間に示しているもの同様に、復活によって人々にもたらされたもの、そこに意味があるのであって、
科学的に理解できること、辻褄が合うこと、そういった事柄を集めて人間の理解の範疇に収めようとしても、
その道は信仰に至るわけではない、と今は思っています。

Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - がん子
2013/05/29 (Wed) 22:20:03

「復活ってなんだ?」
というコトに関しても、「イエスってなんだ?」というくらい多くの考え方・感じ方・受け取り方・信じ方があるのだろうなぁ・・・と・・・みんな感じてますよね?きっと。

それでも「これが答えなんだ」って示してほしい弱さを私たちは抱えているように思います。

「文字」ではいくらでも「私たちは弱い」と思えますが、実はとても律法主義的で「キリスト者はかくあるべき」というところに依りたいという人が多い・・ですよね。逆に言えば「かくあるべき」を貫くことのできる人ってある意味強いよなぁ。

ほんとは自分自身がこの世で今生きるための「確たる答え」なんて、誰も示してくれません。
結局、イエスならこうするであろう・・というとても主観的な思い込みでしか動けないのです。
だとしても・・・
ある範囲での倫理観として(宗教観?)の拠り所になっていることは確かなのでしょう。

自分にとって復活は謎です。
聖書から離れてもよいのであれば、関わり続ける、その人がそのままでもアリなんやで~っていうのこと自体が復活なのかな?と・・・むっちゃ勝手に思い込むことによって生きる力をもらっています。

…酔っ払いです(^_-)-☆

Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - トマス
2013/05/31 (Fri) 21:21:44

突飛なことを書きますけど、カミサマに全知全能なんて枕詞を付けているのがマズイのかもしれませんね。人生を掛けて神を求めた結果が全知全能に収斂するのはいいけど、最初にそう言われちゃうと厳しいんでないかな。


Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - 入谷
2013/06/01 (Sat) 08:45:14

トマスさん。
ユダヤ・キリスト教の神に「全知全能」という形容句がつくのは全世界的な現象なのでしょうか。
ちょっと、google ってみたのですが、「全能」は、エル シャダイの訳だけど、「全知」は聖書には出て来ないと主張する人もいるようですが。

Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - トマス
2013/06/01 (Sat) 21:54:33

四字熟語として収まりがいいので全知全能と書いてしまいましたけど、言われてみればいささか調べる必要アリかもしれませんね。手が空いたらチェックしてみます。
ついでながら、シャダイも一筋縄ではいかないはずです。


Re: 全知?全能? - トマス
2013/06/03 (Mon) 18:46:47

全世界的かどうかというのは私の手に余る調べ物になりますので謎ですが、たしかに新共同訳本文(続編以外)で語句検索すると「全知」は出てきませんね。

見落としもあるかもしれないので本当はもう少し多いかもしれませんけど、「全能」はヨブ記を別にすると旧約で13箇所ぐらい、新約で一応5箇所(ただし共観福音書の平行部分をまとめると3箇所)出てきます。ヨブ記は30回以上出てくるみたいです。
新共同訳でしか見ていないので、これが全部エル・シャダイかどうかも要確認です。
箇所を細かく書いた方がいいですか?

そして他の箇所はともかく、ヨブ記での使われ方を見る限りは、全知という単語を使うかどうかは別として、思想発想としては明らかに全知かつ全能の神であると(少なくともヨブ記の作者は)考えているように思われます。

「全能」で面白そうなのは出エジプト記6:3とエゼキエル書1:24でしょうか。これは他の翻訳にも当たって読み比べてもいいかも。ホントは原文に当たるべきなんでしょうけど。


Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - 入谷
2013/06/04 (Tue) 19:29:51

トマスさん。

私の疑問にあまり深い意味はありません。
「全知全能」という形容句に対して、論理学のパラドックスを持ち出す反クリスト者や、怪しげな意匠を纏うインテリジェント・デザインの主張者を念頭に発言しました。
鬱陶しい「全知」の二文字をとって、「全能」の方ももう少しフワリと捉えたらどうかなと考えた、ということです。

それはそうと、「もしキリストが甦らなかったとしたら、私たちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい」のだとしたら、「復活というのが分からない」(「イエスが復活したとは信じられない」という意味でしょうか) というのは相当えぐい問題で、「分からなくてもいいんだよ」(「信じられなくてもいいんだよ」という意味でしょうか) という答には誤魔化しがあるような気がします。パウロなんぞは糞喰らえ、マルコ福音書のみ、というのであれば、話は別ですが。

まとまりのない文章で失礼しました。

Re: 託し続けてきたという重み - トマス
2013/06/04 (Tue) 21:01:38

調べ物の続きはもう2日ほどください。ネタは挙がっているんですけど、文章になってなくて。

それとは別に
>「分からなくてもいいんだよ」(「信じられなくてもいいんだよ」という意味でしょうか) 

相当生々しい問題ですよね。ただ、理解出来るかどうかということと、信じられるかどうかということは、とりあえず私の中では別物です。理解出来なければ信じられないと仰有る方も多いのですが、それは理解する能力(その人の能力ではなく動物のしてのヒトがなべて持つ理解する能力)を過信した考えようのように思えます。難しいところではありますが。

その先は10日ほど前のレスに書いたとおりで、直弟子たちだって何が起こったのか理解出来てなかったに違いないワケで、それを復活という言葉に託した、以来2000年に渡って託し続けてきた、ということを大事に出来れば、それがすなわち信じるということであって、そこから何かが見えてくるんじゃないでしょうかね。甘いかな?


Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - 入谷
2013/06/04 (Tue) 21:33:46

トマスさん。
何が見えてくるのかはよくわかりませんが、甘くはないと思います。

Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - トマス
2013/06/09 (Sun) 17:47:23

2日ほどとか言いながら1週間経っています。すみません。

とりあえず、データとして、新共同訳で全能の神(もしくは全能者)が出てくる13箇所をリストしておきましょう。

創世記 17:1、28:3、35:11、43:14、48:3、49:25
出エジプト記 6:3
詩編 68:15、91:1
イザヤ 13:6
ヨエル 1:15
エゼキエル 1:24、10:5

ざっと原文も繰りましたけど、シャダイもしくはエル・シャダイでした。

さてそこでエル・シャダイですが、これを全能の神と訳すのは70人訳以来の伝統です。つまり70人訳の時代にはそのように考えられていたということでしょうね。

ところがこれ、原意は不明です。いろいろと言われておりますが、興味深いのは西アジア一帯の豊饒神との関係を指摘するものでしょうか。言語学的な分析と、創世記の後半でシャダイが出てくるのはアブラハム(とその一族)に対する子孫繁栄の約束の場面であること、の2点が根拠だったと思います。その指摘によるとシャダイの原意は胸(乳房)であろうとのこと。随分と思い切った理解です。言語学的な分析の方は当否を云々できるほどにヘブル語が得手ではないので何とも言えませんが、創世記に関しては成る程と思わされる部分があります。

その理解が当たっているとしたら、ヨブ記のエル・シャダイが豊饒神とは思えませんから、ヨブ記の成立年代を示唆することになるのでしょう。油断は出来ません。


ということで、
>「全能」の方ももう少しフワリと捉えたらどうかなと
それはなかなか鋭い指摘だと思います。



Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - トマス
2013/06/10 (Mon) 14:40:59

>示してほしい弱さを私たちは抱えている

同感です。
それが判っていても、判りやすく示されたものに引かれてしまうのは、現実の社会の複雑さにそれだけ疲れているということなのでしょうかねぇ。



Re: 5月のみんたた「イエス、復活する」 - トマス
2013/06/13 (Thu) 11:09:11

> それから、この弟子たちは家に帰って行った。

どの福音書の記事でも言えることなのですが、この3日間、弟子たちは誰の家に居たのでしょうね。エルサレムにも隠れたシンパだとか、親戚だとか、居た可能性はもちろん有りますが、若き預言者イエスとその弟子たち御一行様というのは基本的には一介の巡礼者であるわけで、となると…?






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