みんたた!

「みんたた!」:みんなでたたこう聖書とメッセージ研究のコーナー

2013年8月のテーマ: 「皇帝への税金」

日本語訳聖書の版権は財団法人・日本聖書協会に帰属します。
当教会は、ホームページ上での聖書の引用に関して、
日本聖書協会の認可を受けています。

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マルコよる福音書12章13-17節「皇帝への税金」


 2013年8月のみんたたテーマは、入谷さんのリクエストによる、マルコによる福音書12章13−17節「皇帝への税金」とします。


下記に日本語、新共同訳のテクストをご紹介します。



********************************



マルコによる福音書12章13−17節(新共同訳)


13 さて、人々は、イエスの言葉じりをとらえて陥れようとして、ファリサイ派やヘロデ派の人を数人イエスのところに遣わした。

14 彼らは来て、イエスに言った。「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てせず、真理に基づいて神の道を教えておられるからです。ところで、皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めてはならないのでしょうか。」

15 イエスは、彼らの下心を見抜いて言われた。「なぜ、わたしを試そうとするのか。デナリオン銀貨を持って来て見せなさい。」

16 彼らがそれを持って来ると、イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。彼らが、「皇帝のものです」と言うと、

17 イエスは言われた。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」彼らは、イエスの答えに驚き入った。



********************************



以上です。


実は偶然にも、昨日ぼくが徳島北教会で説教したときの聖句がここでした。
いろんな切り口から読める箇所ですが、今回ぼくは、「クリスチャンは政治にどう関わるか」という主題でお話をさせていただきました。
自分なりに釈義をした結果、最初に自分が考えていたことと違う結論になり、また聴く教会員の方々にも押し付けがましくないようにする配慮も必要に感じられ、やや苦しい説教になりました。
その説教は、後日、iChurch.meのサイトのほうにUPする予定です。


しかし、必ずしも、イエスと政治の関わりについてだけが、この聖句に関連するテーマであるとは限りません。
みなさんの多彩なご意見をお待ちしています。

どうぞコメントをお寄せください。


Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - エリサベト
2013/08/12 (Mon) 20:31:36

そーですねえ。
私としては、単純に、社会のルールはまもんなはれ、と思っていたのですが、最近は、質問者が質問者であることを考え、また、イエスのキャラ考えると、あんたら金あるんやろ、ローマ税も神殿税も払うたらよろし、と皮肉ってるようにも見えてきました。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - 入谷
2013/08/12 (Mon) 21:31:44

40 年ばかり昔、この個所 : 「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」を、「人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。従って、権威に逆らう者は、神の定めに背くことになり、背く者は自分の身に裁きを招くでしょう...」の文脈で首を傾げつつ読んだ覚えがあります。 

これでは釈然としないんですが、それ以上の手がかりもなかったので、釈然としないまま、ほったらかしておきました。

15 年ほど前に「イエスとその時代 (荒井獻)」で「田川によれば、「カイザルのもの」が人頭税を意味しているとすれば、「神のもの」は神殿税を意味しているはずである。そして、この言葉の意味は、--君たちユダヤの支配者たちが神殿支配体制を容認しているなら、論理的に言つて、ロ−マの支配体制をも承認すべきであろう、ということである。ここには、いずれにしても神殿支配体制が容認されるところで、根柢から、ロ−マ支配体制を批判することはできないはずだという、質問者に対するイエスの批判が含まれている。從つて、このような神殿支配体制を認めた上での問に、イエスは彼らと同一の論理水準に立つて答えることを拒否したのだ、というのである。」を読んで、腑に落ちたように感じました。(この個所以外は大して感銘を受けませんでした。駄本というのが私の評価。)

いま net を漁ると、この文脈での解釈も結構散見されるようです。
マルコ、11, 15 の両替人とは、神殿税として受領されるヘブライ通貨への両替商だった、というのを今回始めて知ったのですが、本当ですか ? web の記事には典拠が全く示されていないので、軽々しく信じるわけにもいかず...

私の頭が悪いのか想像力に欠けているのか、福音書だけを読んでいて独力でこういう解釈は到底構想できません。
他の方々はこの辺、どう補完されているんでしょうか。
聖書辞典 (という名の書もいくつかあるようですが) を読めば、解説されている初歩的な事柄なんでしょうか。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - トマス
2013/08/12 (Mon) 21:38:01

>皮肉

もっとキツイ皮肉だと思います。
某翻訳の脚注の受け売りですけど、ヘロデ派というのは正体がよく判りませんものの、おそらくは親ローマ派でしょう。その連中に向かって神を自称する皇帝のモノは皇帝に返せ、と言い放っているのですから、イエス得意の質問返しと同じパターンの皮肉だと思います。
しかも、マルコの書く通りだとしたら、ここは神殿境内。皇帝の肖像という偶像を神殿境内に持ち込んだのが事もあろうにファリサイ派。面目丸潰れです。

「皇帝のものは皇帝へ」という言葉は、出典が新約聖書だということを抜きにして、すでに日本でも格言になっていると言っていいと思いますが、しかし福音書の一単元として読みますと、なかなかに際どい状況設定が描かれていると思いますね。

あ~、でも、あんたら持ってるんだからゴチャゴチャ言わずに両方払えよ、って皮肉は判りやすくていいですね。


あ、入谷さんの書き込みとタイミングダブっちゃいました。

両替商の件は、たぶん最近の通説だと言っていいと思います。結局聖書外資料を何処まで聖書解釈に取り込んでいくのか、ということになると思います。ローマ史だとか考古学だとか異端文書だとかユダヤ教文献だとかの研究成果をドンドン取り入れると聖書の記事が従来とは違った側面を見せてくれるようです。面白いですね。

それから、40年前に重ねられたのはローマの13章ですよね。今更わたしが書く事じゃないかもしれないですけど、やはりイエスの言うこととパウロの言うことの間には相当なズレがあるみたいです。だからこの2箇所に関しては重ねてしまうと首を傾げることになって当然かもしれませんね。


二重に皮肉?!^^; - エリサベト
2013/08/12 (Mon) 23:49:16

トマス先生、なるほどです。
それを踏まえると、
あんたらローマとつるんどるんやろ、で、神殿にも来はっておりこうさんなふりしよってに。だったら、あんたら金持ちなんやし、どっちも払うたらええ。うちの周りにいてはるもんや、出会うたもんらはな、税払うどころか、毎日の暮らしにもこまっとるもんがぎょうさんいてますよってに。
とイエスがふんっ!てな様子で言っているのが、目に浮かぶようなんですが、妄想行き過ぎ?…ですかしらん。^^;

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - ノンクリ
2013/08/13 (Tue) 09:30:19

イエスの底意地の悪い、ワナがミエミエの誘導尋問に対する切り返しとしても、痛快ですが、後の政教分離に繋がる、イエスの先見性を示した、重要な聖句とおもいますが。権威に従え的なネガティブな意味合いで解釈したことはないですね。

実際、イエスは政治的な主張は、宗教者としてはついにしませんでしたし。彼だって、反ローマの闘士でアピールすれば、ウケがいい、いずれは敗れるにせよ、もっとカッコいい最後になることはわかっていたと思うのに、あえてそのようはな行動はとらず、詐欺師呼ばわりまでされて処刑された彼の最後を考えると、決して口先だけの言い逃れ、安直な権威への従属では思えません。私がイエスに敬意を感じる一面です。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - トマス
2013/08/13 (Tue) 15:38:43

>妄想行き過ぎ?…ですかしらん。^^; 

いえ、その妄想は想定内です。
イエスはもっと暴走していたんじゃないでしょうか。
あんたらにとって神って皇帝様のこととちゃうん?
ぐらいの皮肉が籠もっていると思います。入谷さんが紹介してくださった荒井献の読みは結局そういうことを言っていますし、岩波訳(佐藤研)もそういう解釈です。

いずれにしてもイエスの本領発揮には違いなく…。


Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - 入谷
2013/08/13 (Tue) 16:23:26

M. ルターはローマ書の精神で国家権力と対峙 (迎合というべきか) したようにみえます。

ある立ち位置を現実にとってしまったとき、それに親和しない聖書の部分は捻じ曲げて読んでしまうのが、人情というものかもしれません。(ルターがマルコのこの個所をどう説教したかは知りませんが。)

「皇帝のものは皇帝に」で google と top に出てくる説教 : 
http://homepage3.nifty.com/eternal-life/preachings2006/06.10/10.22.htm 
<quote>
もちろん、政治のこと、社会のことは、この世に責任を持って生かされている者として重要なことであり、おろそかにしていいわけではありません。...... しかし教会自体や、牧師も(と言いたいのですが)、一定の政治的立場を取ることは避けたほうがよいのではないでしょうか。......「先ず神の国と神の義を求めよ」です。その上で、政治のこと社会のことにも無関心ではいない、福音派であると同時に社会派でありたいと思うのです。
</quote>
が説いているのは、勿体はつけているけれど、露骨な現状追認の精神ですよね。

現状追認はよろしくないと、いいたいわけでも、考えているわけでもありません。
ただ、おためごかしなしで率直に表白して欲しいような気はします。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - ノンクリ
2013/08/13 (Tue) 21:49:01

 私個人はキリスト教会、というか牧師や神父、信徒の個々が現状追認の体制派であろうが、革新、革命の反体制派であろうが、別にどちらでもいいです。ただ、神やイエスの名において、または「キリスト者の良心」で自らの政治観、社会観を絶対化したり、教会の中で信仰の名において同調圧力をかけたり・・というマネさえしなければ。

 もちろん、信徒さん、牧師・神父さんのそれぞれに政治や社会に対する関心、考えがあって当然で、その方が健全ですが、それは、あくまでクリスチャンとか、牧師・神父の某ではなく、某という純粋な個人単位で信仰ではなく、志を同じくする人々と活動してくれないかな?というのが個人的な率直なお願いでして・・。

 個人単位、村単位の話ならともかく、国単位、世界単位での地上の問題で何が正しいのか?何が間違っているのかは、イエスも含めた人間には容易にわからないし、予測もつかないものだと思ってます。とても、安直にこれが「神の御心」なんて言えたものではないと。

 あと、政治結社、政党ならともかく、キリスト教会は別に地上の問題に関する思想で選別された集団ではなく、右から左まで、体制派から反体制派まで、様々な考えの集まりなわけで、そんな中で、特定の立場だけを「キリスト者の良心」にしてしまったら分裂や大混乱の元になるのでは?
 実際、イエスの弟子たちも社会的立場は本当に様々な連中が集まってましたしね(反ローマの過激派からヤクザ同然、ローマの犬の収税人まで)。

 イエスはその行動や言動からして、そういう世の現実はよくわきまえていたものと思われ、そこから、こういう「神のものは・・カエサルのものは」という「政教分離」の発想が出たのではないの?と。まあ、根拠のない勝手な想像ですが。あと、安直な大衆迎合に対する危険もわかっていたのでは?と。

 反ローマの闘士を期待を裏切ったイエスの死後、ユダヤ人側はユダヤ戦争でローマに対し蜂起をしますが、結局、徹底的に叩かれ、滅ぼされて、国や民族、文化が丸ごとなくなってしまいましたし。
 一方、キリスト教側はそのローマ帝国内にたびたび発生する迫害にもめげずに広まった結果、ついにローマ国教となり、最終的に「ローマに勝利」したわけで。

 まあ、いろいろ、異論はあるかもしれませんが、これが私の考えというより、感想ですね。クリスチャンやキリスト教シンパが100人いれば100通りのイエス像があるわけで、所詮、私が勝手に考えるイエスの考え方にすぎませんが・・。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - masaki tomita
2013/08/15 (Thu) 00:53:44

ぼくは先の日曜日にここの箇所で、説教したので、もしよろしければ批判も含めてご意見をいただければ、ありがたいと思います。

http://ichurch.me/sermon2013/20130811politics.html

「クリスチャンは政治にどう関わるか」というタイトルです。


Re: Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - エリサベト
2013/08/15 (Thu) 23:33:09

ローマ税より、神殿税が問題になっている、それは意外でした。というか、考えの外でした。
でもそうなると、宗教者と富の在り方をイエスは突いている、とも言えますね。
日本のキリスト教界は一部を除けばまあ清貧だと思いたいですが~いや赤貧?~、神や仏への捧げもので生きることへの厳しさをイエスは今も求めているのでしょうか。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - 入谷
2013/08/16 (Fri) 06:47:33

富田さん。
教えを説くのではなく、聞いた人が自分の頭で考えるための素材を提供する、どう料理するもご自由にだけれど、一度は考えてみてね (この部分は押し付けもやむをえないか)、みたいな説教をこさえるのは、とても大変そうですね。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - masaki tomita
2013/08/16 (Fri) 12:17:55

>エリサベトさん

そうですね。当時は宗教者が政治と司法を全部やってたんで、「宗教者と富のあり方」という捉え方もできるでしょうが、むしろ、これを現代社会に置き換えるなら、政治とカネの動きに関する問題になるでしょうね。

今は宗教者が政治をやってはいませんから(日本では)、集めた税金を福祉に回して、弱者救済をするのか、それとも大企業ばかり儲かる構造にしてしまって、取り上げた税をじゅうぶん弱者に還元していないのか、という問題になると思います。

イエスの時代は、旧約聖書で記されたように、神への献げ物は弱者救済のために用いられるべきであって、イエス当時の祭司長たちは、それを私服を肥やすために使っているということで、イエスが憤った。
「それでは、本当に神のためになっていないではないか!」と。

これを非宗教化された現代の政治に置き換えたら、弱者救済をしない政府に対する憤り、ということになるのではないかと思います。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - masaki tomita
2013/08/16 (Fri) 12:21:06

>入谷さん

それは、私の説教が、「考えるための素材を提供する」ような説教になっている、ということでしょうか?
もしそうなら、それは誉め言葉ということで、有難く頂戴いたします。

徳島北教会は、説教の直後にすぐ「分かち合い」といった意見交換が始まるので、問いかけの方がいいんです。
でも、他の教会の説教でも、今後はそういう風にしていった方が、押し付けがましくなくてよいのではないかと思います。
何らかの刺激になったり、考えるきっかけになれば、せっかくしんどい中、教会に足を運んで来ても、来た甲斐が少しはあると思ってもらえるかな、と……

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - ノンクリ
2013/08/16 (Fri) 19:37:18

 押し付けがましくならない程度に、意見表明、考える材料を提供・・というスタンスはいいと思います。でも、それはそれで、結構神経使いますよね。

 で、政治に関心をある、というか非常に高いけど、牧師先生の思う方向とは全く真逆の人(改憲派、バリバリ自民支持者・・みたいな)にはどのように接するのか?が気になりました。

 ネットを眺めれば、保守・右派系の人はリベラル・左派系に対し人に「反日、中国の手先、北シンパ」などなど、リベラル・左派系の人は保守・右派系の人に「ネトウヨ、戦争屋、人種差別屋」などなどと互いにレッテルを貼り、非難しあってます。(分類が単純すぎるかもしれないけど、とりあえず話をわかりやすくしました)
 
 個人、私人としては人間ですから、好き嫌いは当然あるし、相手の人柄なり経歴なりをよほどよく知らない限り、立場や価値観、考え方が異なる相手に好意や理解を持て、というのは困難でしょう。また、私も含めて完全に不偏不党で公平な人間なんていうのも存在しませんから、個人・私人としては、それは当然だし、やむ得ない。

 ただ、教会という場とか牧師という立場ですと、右の人であろうが、左の人であろうが、「神の前では平等」(ですよね?)なわけだし、実際、いろいろな人がいるわけで、難しい。
 あまり、特定の立場に露骨に肩入れしたり、非難したり、好好き嫌いは出せない(出す人もいるだろうけど)。
 でも、自分には自分なりの意見、立場があるし、それを全く押し隠すというのも、不自然だ・・ということで、いろいろと葛藤があるんじゃないかな~と思うのですが、どうなんでしょうか?

 決して、牧師先生に反論・否定しているわけじゃないんですが、やっぱり、私は教会のような場で政治社会問題の話をするというのは、疲れそうで、できれば避けたい・・というタイプ。ここで、エラそうにいろいろ言ってますが、実際、私は自分の政治観とか社会問題の意見を教会で言ったことないです。
 
 私は俗世間、シャバでの立場や思想の違いはとりあえず忘れて、右も左も教会の中だけでは、同じ信仰を持つもの同士、仲良くしましょうよ・・というのが理想で、あんまりぶつかり合いのタネになりそうな政治・社会問題の話はしたくない、って方です、根が小心者なもので。
 牧師先生には叱られそうですが・・。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - ノンクリ
2013/08/16 (Fri) 19:55:36

 あ、長々とエラそうなことを述べましたが、日本のキリスト教会は政教分離って点では真面目な方だと思います。牧師先生も触れておりましたが、政党持って、信徒をコマのように、使う宗教団体もありますからねぇ。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - masaki tomita
2013/08/16 (Fri) 19:57:11

そりゃ、教会では配慮しますねえ。
とにかく自分と違う見解を持つ人を切り捨ててはいけませんからね。
それと、教会の雰囲気もあるでしょうね。
たとえば、ある教会では、だいたいリベラル系でまとまっているというような所もあれば、ある教会はどちらかというと右寄りの人が集まっている、ということがあって、相手によって多少強調点が違う説教にならざるを得ないというのはあります。

説教で政治に対して全く沈黙でいるということはできますが、そうすると、この現実の世界でどう生きてゆくのかという課題に対しては無責任になってしまうと思います。
それこそ、町内会で交差点に信号機をつけてもらおうと町役場に要求することから始まって、徴兵制になったらうちの子どもも連れて行かれるのか、ということまで、この世の生活はすべからく政治とつながっていますので。

たとえば、平和のために祈ろうといって、各自で心の中で祈るのは勝手ですが、教会として、平和のために何かできることはないか、といった問題が提起された時に、「祈りましょう」だけでは納得できない人も出て来るし、「祈りましょう」だけであったとしても、じゃあ具体的に祈りの内容はどうなるんんだといったときに、いつまでたってもあやふやな形而上学的な抽象的なことばかり言っているわけにもいかないわけです。

たとえば、具体的に憲法を改定して自衛隊を国防軍にしようという動きの中で、「平和を実現する者は幸いである」と言われているクリスチャンは、じゃあ具体的に、どう平和を実現するために力を使うのかということは、論議を避けてばかりはいられません。

しかし、その論議は、決して、牧師の個人的な政治的信念を押しつけるものであってはならず、あくまで牧師は問題提起者であり、教会に集う人のそれぞれの意見を否定することなく、互いに耳を傾け合いながら考えてゆくべきものだと思います。

ものすごく面倒で、しんどい作業ですが、それが必要ではないかと思います。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - トマス
2013/08/16 (Fri) 22:58:19

神殿税から切り込むあたりは如何にも富田先生らしい説教ですね。「メシア」が元来は極めて政治的軍事的意味合いを持っていた、なんて事も大事ですよね。

政治との距離の持たせ方は本当に難しい。


Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - ノンクリ
2013/08/17 (Sat) 20:13:40

 まあ、右寄りでも左寄りでも、結果が正しいものであれ、間違ったもので、自分なりの意見がある人はなんだかんだいってマシ・・と思ってまして。好きの反対は嫌いではなく、無関心・・じゃないのか?と個人的に思ってまして、それは政治的見解に関しても同様で・・。
 一番、ダメなのは、全く無関心とか目先の損得しか関心のない人、マスコミの報道にすぐに流される人・・でしょうね。

 キリスト教会とか宗教の場での扱いは難しいところで、慎重派ですが、決して政治や社会への無関心を肯定しているわけではないです、念の為・・。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - トマス
2013/08/18 (Sun) 15:33:37

極端なことを言えば、国政選挙の投票日(だいたいが日曜日だ)に、国民の権利行使として、市民社会のよき形成者として、投票に行きましょう。と説教台から言うのかどうか。
先日の参院選なんかは結果が先に出ちゃってたような選挙だけど、選挙によっては、投票率の高低が予断を許さない。しかも投票率の高低によって結果が如実に変わる。なんてこともあるわけです。
そうなると、投票に行きましょうという呼び掛け自体が、一面では与党も野党もないはずなんだけど、一面では与党なり野党なりを支持することになりかねない(逆もまたしかり)。そしてもちろん、会員さんには与党の支持者も野党の支持者も居る。

よく使われる言葉に逃げちゃうけど、教会が預言者であるということにどう向き合うか、常に問われているわけですよね。「不断の努力」です。ついついサボっちゃうけどね。


Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - tomita@iChurch.me
2013/08/18 (Sun) 19:09:17

家でも、学校でも投票に行くこと、それによって、どういう効果が生まれるのか、どのように自分たちの未来に関することが決まってゆくのかを、リアルに教えてくれる場がほとんどなくなっていますね。

政治経済の分野の授業でも、「特定の政党の便宜をはかってはならない」という意図かもしれませんが、あまりリアルに今の政治の状況を開設して、こうなれば、こうなる……といった具体的な会話がなされていない気がします。
衆議院の定数はいくら、参議院はいくら……といった仕組みのことは開設しても、政策論議までは踏み込まないのが学校の授業だと思います。
そうなると、子どもらは、試験勉強の対象として覚えるけれども、テストが終わってしまうと忘れてしまう。自分に関係のある問題だと思わないわけです。

そんな状況の中で、教会が預言者的に、政治への関心を持ち続ける呼びかけをするのは、無意味ではないと思いますけどね。


Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - ノンクリ
2013/08/20 (Tue) 11:33:35

 確かに、おっしゃる通り、当たり障りのない無難なことばかり言っても・・というのも、わかりますし。
 いっそのこと、気遣いはやめて自身の思うところを存分に語るというのはどうでしょう。ただし、以下の条件を満たした上で、ですが。

 ・自身の立場、思想傾向を明確に表明、周知する

 例えば、社民、共産の恒常的な支持者ではないが、その主張にシンパシーを感じることが多い人間です、とか、逆に自民に投票することが多い・・とかいった具合に。
 その際、不偏不党中立、ノンポリです、とかイエスや神の御心に従いますとか、信仰に基づいて・・(真顔で言っていたら正気を疑います、個人的に)なんていうのはナシです。
 
 人間で、かつ本気で政治なり社会問題に関心を持てば、その人の性格、経歴、周囲の環境から必ず「偏り」は出るはずだと思いますし。そんなものないって?本当に関心あるの?ですから、私からすると。
 
 例えばの話、共産党の機関紙「赤旗」や創価学会の新聞「政教新聞」に対して「左翼偏向」とか「創価学会べったり」って批判は誰もしませんよね。立場が明確なので、皆が「そういうものだ」と思ってみたり読んだりしますから、押し付けとは思わないし、改めてどうのこうのいおうとは誰も思わない。

 その辺をぼかして、キリスト者の良心に従って発言している、同じ様に考えない奴はキリスト教じゃない、といわんばかりの言動をすると反発を食らうでしょうね。

 ・意見を主張する際は対立する立場、見解の者に安易なレッテル張りをしない、イエスや神の名で断罪しない。

ブサヨ、ネトウヨ、反日・売国、戦争好き、レイシスト・・etcといった類のものですね。
 
 私も含めて人間、対立する見解の者、あまりに意見や価値観、世界観がかけ離れている者に対しては、当然、批判的になりますし、ヒートアップすれば、ついつい、上のようなレッテル張りをしたり、罵りが出そうになりますが、それをやると、もうレベル的にネットのあちこちで展開される言い争い、罵りあいと変わらなくなりますし・・、まあ、これは教会云々ではなく、公の場でのマナーの問題になりますが。
 イエスや神や信仰に基づいて断罪・・っていうのは論外でそれこそ「宗教戦争」になっちゃいます。

 直接関係ない話ですが、最近も例の徴兵制云々の話で、こんな論争というか、言い争いをネットで目撃しましたね。


https://twitter.com/asaikuniomi/status/361481257042984961 

 
まあ、いずれにしても大変で面倒なことには変わりないわけですけれども・・。

 

 

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - トマス
2013/08/23 (Fri) 23:03:06

久しぶりなのでネタを投下。

平行箇所は、マタイ22:15-22とルカ20:20-26ですけど、マルコ本文と大きな違いはありません。細かいことを言えば、マタイが若干の加筆と省略、ルカは若干の省略をしています。Qによる付加も無さそうです。
なお、この有名な格言はトマス福音書の語録100にもあります。もっとも、ルカからの改変だそうですが。


Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - トマス
2013/08/25 (Sun) 18:47:17

全然違う箇所に話を飛ばしちゃうんだけど、

メシアが元来は(当時は?)きわめて軍事的政治的ニュアンスを持っていた、というのはアドベントの受胎告知の場面を読む時にも大事なことだと思うんです。マリアがガブリエルに反問する場面なんかは、私が全世界の救い主を産むんですか?ってニュアンスで読んでしまいそうになるけど、そうじゃないですよね。ローマに反旗を翻す指導者を私が産むんですか?ってマリアは思っているはずで、そういう無意識のフィルターに気を付けて聖書を読まなきゃいけないのですよねぇ。


Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - ノンクリ
2013/08/25 (Sun) 20:57:13

>そういう無意識のフィルターに気を付けて聖書を読まなきゃいけないのですよねぇ。

 聖書を書く人も、読む人も、イエスやパウロ自身ですら、生きた時代の常識からは完全に自由になることは難しいでしょうしねぇ。
 あと、新約聖書はローマ人への布教を目指していた頃の書物ですから、当然、ローマ人を悪者にするような記述はなかなかやりづらかった・・と思われますが、どうでしょう。

 まあ、ヨハネの黙示録では、ローマ帝国を怪獣になぞらえたり、隠語を使ったりして、ローマ帝国への悪口言いまくり・・みたいですが・・。
 

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - masaki tomita
2013/08/27 (Tue) 13:49:04

政治との関わりで聖書を読むと色々と面白い解釈が出てきますよね。

ヨハネの黙示録については、ぼくは勉強不足で、あまり細かいことは言えないのですが、あの書はもう既にローマ帝国の迫害によってかなり疲弊してしまっている教会に宛てての、励ましの手紙であり、内部文書なので、それはそれで仕方なかったのかなと思います。帝国側の人間が読むことをほとんど想定していないでしょうね。
でも、もし読まれても、いくらでも言い逃れできるように、一言もローマがどうのこうのということは書かれていませんし。「あれはローマのことだろう」というのは、後代の学者が研究して割り出した説ですしね。

それを今度はローマの国教にして、新約聖書のコンテンツを確定してゆくなかで、これは「ローマのことではなく。もっと未来のやがてくる再臨のことを書いているのだろう」と解釈しなおされて、とりこまれていったのでしょう。

Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - トマス
2013/08/28 (Wed) 16:01:49

>政治との関わりで聖書を読むと色々と面白い解釈が出てきますよね

以前にも何処かのスレにチラリと書きましたのですが、天地創造物語もそう思って読むと非常に厳しい体制批判を読み取ることが出来ますね。特に1つ目の天地創造物語第6日は強烈です。アモス8章に通じる視点を神話に託して詠み人知らずで語っているように思います。

黙示録の場合は詠み人バレバレの代わりに暗号化してあるというところでしょうか。日本語で読んでいると分かりませんけど、元のギリシャ語は文法的にメチャクチャだそうですね。


Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - トマス
2013/08/30 (Fri) 22:46:19

最初の方のレスで、マルコの書くとおりだとしたらここは神殿境内、と私は書きましたけど、もう一度じっくり読み直しましたら、そうとは限らないかなぁという気がしてきました。直前の「ぶどう園と農夫」と少し後の「ダビデの子についての問答」が神殿境内なので一連の話しだとすると神殿での出来事と考えていいようではありますが…。

持って回った事を書きましたけど、この物語が神殿での出来事だとすると、その時、弟子たちは?群衆は?何を考えて、どんな表情で、どこに居たのでしょうか。想像力を働かせていくとなかなかに面白い情景が描けそうです。


Re: 8月のみんたた「皇帝への税金」 - トマス
2013/08/31 (Sat) 20:20:32

月末なのでもうヒトネタ。

某注解書(というか黙想書)の受け売りですが、
銀貨には皇帝の像が刻まれている。人間には神の像が刻まれている。だから銀貨が皇帝のものであるように、人間は神のものだ。神に返すとは、心を尽くし精神を尽くして神を愛し、隣人を愛することだ。
とのこと。なるほど次の次の単元である「最も重要な掟」までを視野に入れるとそう読めるなぁ、と思いました。

 




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