みんたた!

「みんたた!」:みんなでたたこう聖書とメッセージ研究のコーナー

2013年12月のテーマ: 「信仰に生きる」

日本語訳聖書の版権は財団法人・日本聖書協会に帰属します。
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コリントの信徒への手紙(二)4章16節~5章10節

12月の「みんたた」は入谷さんのリクエストにより、コリントの信徒への第2の手紙からテキストを取り上げます。
入谷さんのリクエストは5章10節ということでしたが、新共同訳の小見出しに沿って4章16節から5章10節までを掲出します。見出しもとりあえず新共同訳の通りにしておきます。




*********************

▼コリントの信徒への手紙(二)

>16 だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。

>17 わたしたちの一時の軽い艱難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。

>18 わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。

>01 わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。 

>02 わたしたちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に願って、この地上の幕屋にあって苦しみもだえています。 

>03 それを脱いでも、わたしたちは裸のままではおりません。 

>04 この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために、天から与えられる住みかを上に着たいからです。 

>05 わたしたちを、このようになるのにふさわしい者としてくださったのは、神です。神は、その保証として“霊”を与えてくださったのです。 

>06 それで、わたしたちはいつも心強いのですが、体を住みかとしているかぎり、主から離れていることも知っています。 

>07 目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです。 

>08 わたしたちは、心強い。そして、体を離れて、主のもとに住むことをむしろ望んでいます。 

>09 だから、体を住みかとしていても、体を離れているにしても、ひたすら主に喜ばれる者でありたい。 

>10 なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです。

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第2コリントについて少しだけ教科書的な説明を書いておきますと、複数の手紙が纏められた物であろうと言われています。ただし具体的にいくつに分けられるのか、それぞれがどの順番で何処で書かれたのか、いくつかの説があるようです。


Re: 12月のみんたた「信仰に生きる」 - 入谷
2013/12/09 (Mon) 19:14:44

えーっと、発議者の私の疑問は、「なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです」って、行為義認ではないのというものです。
いろいろ護教論的な議論はあるのかもしれませんが、素直に読めば行為義認でしょう。
筆が滑って、本音が出たな、といったら意地が悪すぎましょうか。

内面的なだけの信仰なんてありえない、真の信仰であれば外面的にも表現されてあるはずだ*1、と言う文脈でこの一節を解釈するのは私には困難です。

*1)「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は・欲な狼である。あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。」

Re: 12月のみんたた「信仰に生きる」 - トマス
2013/12/11 (Wed) 12:18:04

どこで段落を区切って小見出しを付けるかでニュアンスが変わるのでしょうかねぇ。手紙というのは論文ではないので、首尾一貫していなかったり、本来の受け手以外には意味が通じにくかったり、なかなか一筋縄ではいかない箇所のようではあります。

Re: 12月のみんたた「信仰に生きる」 - トマス
2013/12/17 (Tue) 16:10:02

どこかで区切って掲出しないといけないので、とりあえず新共同訳の見出しに沿って前後を切り出したのですが、これが絶対的な区切りというわけではないのはもちろん、他にも色々な区切り方や小見出しの付け方があるようです。

岩波訳では
・4:1-18 宝を土の器の中に
・5:1-10 地上の幕屋と天にある家
・5:11-21 和解の努め

バルバロ訳だと
・4:7-18 使徒職の艱難と希望
・5:1-10 天の住まいへの憧れ

塚本訳では
・4:16-18 外の人と内の人
・5:1-5 天の住まい
・5:6-10 主のお気に入ることが名誉

GNT(1992年アメリカ聖書協会)は新共同訳と同じで
・4:16-5:10 Living by Faith

いろんな翻訳の小見出しを見比べるだけでも面白いですね。

Re: 12月のみんたた「信仰に生きる」 - 入谷
2013/12/19 (Thu) 05:11:05

<quote>
どうもパウロにおいては神学的な議論や信仰については非常に高度な議論を展開していながら、現実的なことになるととたんに因習的・常識的になってしまう。この矛盾をどう理解したらいいのだろうか。
(http://blog.goo.ne.jp/ybunya/e/d3d58996bd23333ace34bf7a0926f868)
</quote>
を読んで、フンフン、です。

 




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