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「誇り」を大切にする
  (『2012年度「社会実習」(教団部落解放センター)を終えて』より)

2012年9月27日(木)

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これは、某神学校「社会実習」終了時に実習先に提出した報告を加筆訂正したものです。

 部落差別問題は私にとって「接点」の無いものでした。生まれ育ったところが北海道で部落差別は「ない」ところで、高校の修学旅行で京都に行ったとき、バスに「部落差別をなくしましょう」という広告のステッカーが貼ってあるのを見て、「この時代にまだあるのか?」と正直そう思ったほどでした。「部落出身」という方に出会ったこともなく、「生まれたところで差別する」「『御先祖様』で差別する」部落差別は「なんでそんなことで差別が生まれるのだろう?」という思いが先に立ち、ぴんとくるものではありませんでした。「北海道にはアイヌ差別がある。」と言われますが民族差別であって、別の問題のように思います。「人権問題」として、「あるべき人権が侵害されている」という状況としては「同じ」なのかもしれませんが、それでひとまとめにして考えてよいのかとも思っていました。また、私の叔母は在日朝鮮人3世の人と結婚して従兄弟は四世です。叔母の実親である母方の祖父母や私の母の差別発言にうんざりしておりました。そういった意味で、私も差別者の家系に生まれ育って、差別意識を十分に内包しているのかもしれないし、無知によって失礼なことを言ってしまっていることも多々あるのでしょう。私自身は両性愛の(もっと正確に言えばFtX中性〔両性かも?〕)の性的少数者です。自分自身が「生きにくさ」を抱えるものであっても、他の人の「生きにくさ」が無条件でわかるというのは驕っていると思いますし、「マイノリティだからマイノリティを差別しない」ということは必ずしもそうではありません。「多数派」の属性のところでは「弱い物いじめ」に荷担しているという面もあるということが現実にあります。しかし、部落差別に対しては、もちろん「被差別者」ではないし、「差別者でもない」蚊帳の外という感覚がしていました。何か触れられない、関わりたくても関われないものを感じていました。この実習は結果的に「部落差別と自分との接点を探す」ことがテーマとなりました。
 学びの中で「誇り」という言葉に出会いました。
 ひとつはでこの実習期間の中で読んだ、解放出版社編『INTERVIEW「部落出身」12人の今、そしてここから』(解放出版社、2003年)という本の中でした。ある若い女性が「誇りを忘れないで生きたい。部落民として、というよりも人間としての誇りというか。」と答えているところがありました。
 もうひとつは「水平社宣言」の中の「我々がエタである事を誇り得るときが来たのだ」です。京都教区部落解放夏期研修会の講演です。講師に本願寺派の僧侶の方がいらっしゃったのですが、その方のわかりやすいお話しの中で、水平社宣言のことに触れられました。「水平社宣言は『人間としての誇りをしっかり持とう』という宣言だった。かつては『いたわる』かの美名で人を殺してきた。人間はいたわるものではなく、尊敬すべきものである。尊敬するというのはあるがまままるごと認め合うこと。これがいちばんうれしい。水平社宣言はムラの人の生き様を見て書かれた。声を掛け合いながら共に生きてきた。『自分さえ良ければいい』といったら差別の中では生きていけなかった。ムラごと差別されてきた。貧しい人が迷い込んできた人を迎えて、食べさせて、着せた。そういう事ができる、人間の温かさが『誇り』である。」という趣旨のことを言われました
  「誇り」という言葉は私の中であるようでなかった言葉のような気がします。なぜ性的少数者のパレードを「プライドパレード」というのか(かつて私が毎年のように歩いていた「レインボーマーチ札幌」も最初の名称は「札幌レズビアン&ゲイプライドパレード」でした)そのことに通じるような気がしました。
 また、実際に「当事者」の方に出会えたこと、当事者の方の話を聞くことができたことで「触れられない問題」から「痛みが伴う問題」に変えられることになりました。
 ある教会の近くの被差別部落にフィールドワークに行かせていただきました。案内してくださった方の子ども時代の話、ここ10年くらいのことで結婚差別があったことを伺い、部落差別が「かつて」のことではなく「今も」厳然としてある問題だということを示されました。
 京都のある教会で部落解放青年ゼミナールという三泊四日という日程で行なわれたセミナーに出席させていただいたとき、同じ部屋に寝泊まりしている女性の参加者三人で雑談をしていました。そのうち1人が被差別部落出身の方で、その方がぽつりと「直接的な差別にはあったことないけど、ムラのことを言えないのは辛いよね。」という趣旨のことを言われました。それを聞いて、やっと「ああ・・・」という思いになりました。「どこ出身なの?」「○○です。」という「ふつうの」会話ができない、当たり前のことが当たり前のようにできない状況なるのは、差別だと思いました。この会話の中でやっと「触れたくても触れられない何か」に触れられたような気がしました。
 これらを受けて、またこの実習の中で出会えたありとあらゆることを受けた上で、これからどう生きていくのかが当然問われてくると思います。「神と人を愛する(大切にする)」ということの中に「尊敬する」「誇る」ということが含まれているということが、今回示されたことの一つです。私は今までの人生の中で自分をよい意味で「誇る」ということもできなかったし、自分に対してもできなかったのですから、他人に対してはなおさら「誇り」を持っている一存在として「尊敬する」「大切にする」ということをしていくことができなかったのではないかと反省しています。人を(そこには自分も含まれます)どのように「誇っていく」のか「尊敬していくのか」が課題です。


 

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