sayaka chapel

傷によって共に生きる

2013年6月13日(木) 
某神学校 学内礼拝説教


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招詞……ホセア書6章1節(新共同訳:旧約)

 さあ、我々は主のもとに帰ろう。
 主は我々を引き裂かれたが、いやし、
  我々を打たれたが、傷を包んでくださる。

聖書……ヨハネによる福音書20章19-29節(新共同訳:新約)
 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を畏れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そういって、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そういってから、彼らに息を吹きかけて云われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」
 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れて見なければ、またこの手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹にいれなさい。信じない者ではなく。信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」


 

 本日与えられた聖書は、みなさんもよくご存知の「疑い深いトマス」の物語です。ディデイモ、これは双子という意味だそうですけれど、そうあだ名されているトマスというイエスの弟子のひとりがイエスのみ傷を示され、信じない者ではなく、信ずる者に変えられた、という多くの人の心をひきつける、美しい物語です。
 
 この物語を読むにつけ、私は不思議に思うことがあります。それは、「なぜ、よみがえられたイエスのみ体には傷が残っていたのだろうか」ということです。神が全能であるなら、また人知を越える奇跡を起こされる方なら、傷を残さないで、傷跡など消してよみがえられてもよかっただろうにと思うのです。

 よみがえられたイエスの肉体に傷が残っていることがはっきりとわかる記事は、ヨハネ福音書のここにしかありません。他の福音書にも、パウロの復活のキリストの証言の中にも、他の手紙の中にもありません。ヨハネ福音書独特の記録です。これは手話のできるわたしの友達から伺ったのですが、手話で「イエス」を表現するにはこのように「手に傷のある男」とするようです。また多くのキリスト教絵画の中でも、その絵の中で描かれる「よみがえられたイエス」にはやはり傷があります。ヨハネ福音書の中にしかない記述であっても、それが殊の外大きくわたしたちのイエスのイメージの中にあり、わたしたちの心をとらえるものであることに疑いの余地はありません。

 この記事を読みながら、思い出すことがあります。それは、もうそろそろ2年前になろうとしておりますけれど、神学校1年の夏休み、東日本大震災の被災教会のひとつである、ある教会に教会実習として派遣して頂いたときのことです。みなさんもすでによくご存知のことだとは思いますが、その教会は、その震災による津波で会堂と牧師館がそれぞれ一階部分が全浸水するという甚大な被害を受けました。そこで8月から9月、結局の夏休み期間ずっとそこで過ごすことになったのですが、その二ヶ月は、わたしにとってなかなか過去の記憶にならなかった出来事で、「忘れられないなら一生苦しむ覚悟を持とう」と決心しなければならない程に、忘れない傷として残る出来事でした。永遠くらい長い2ヶ月でした。
 あるとき、外でその教会の会堂を眺めながらその教会の牧師と立ち話をしているときに、彼はわたしにこんなことを言いました。「この教会を『傷跡の残る教会』にしたいんだよ。傷は癒えても傷は残るんだよ。元通りには戻れないんだ。復活したキリストさんにも傷はあっただろ?」彼自身もいわば自宅と職場が同時に破壊された被災者であり、その被災体験の中からの実感として「津波が来る前には戻れない」ということを味わっていたのだと思います。
 また、外の世界から来たボランティアにも、「今までの人生の中で『津波にあった』といっていいような引き裂かれる体験があったからこそ、あの場に招かれた」という人が少なくありませんでした。本人にその自覚があるかないかを問わずそのように感じることがありました。その実習中に与えられた主日礼拝の説教奉仕で、このようなことを語りました。
 「津波による被災でこの教会も大きな傷手を負いました。もう見ればわかると思うくらい・・・壁がはがされているところまで波が来たという説明を外から来る人にはしています。傷ついた教会、傷ついた礼拝堂で今日もこうして私たちは礼拝を守っています。この一ヶ月で思わされたことがあります。それは、この教会に招かれる人は、牧師も、教会員も、津波で被災した人も、実際津波をかぶらなかった地元の人も、そして外から来るボランティアも、それぞれ多かれ少なかれ傷を持っている、傷を負っているということです。津波で被災をしなかったとしても、傷つかなかったとしても他のことで被災をしているんだ・・・、外から来たボランティアも人生のいろんな場面で、津波といってもいいのかもしれないですね・・・波をかぶっている、連れ去られていく、引き裂かれる、そんな体験をどこかで持っているのではないかと思わされました。傷を持っているという点で私たちは集められるべくして集められたと思います。」
 その礼拝後、ある女性のボランティアの方とお話しました。「なんでわかったの?」と言われました。その方は息子さんを交通事故で亡くされたという過去を抱えている方でした。礼拝の前にはそのような話は全くする機会がありませんでしたので、驚いたことを覚えています。
 あの2ヶ月のおかげで、あらゆる人が傷を抱えて生きているということに気がつきました。そしてその傷に敏感に反応するようになりました。そして、被災地の外に出てからも、出会うあらゆる人が傷を抱えて生きていることに気がつきました。そしてお互いの傷で支え合い、励まし合うことも、また傷付け合うことも、両方とも体験することになるのでした。

 わたしたち誰もが傷を負っているのです。そしてその傷は、よみがえられたイエスに傷が残っているように、癒えても残りつづけるものであります。誰もが生きる中で傷を負い、残りつづける傷があるという点で、わたしたちは兄弟姉妹であり、家族であります。わたしたちはそれを忘れがちではないでしょうか。傷を見ないことでなかったことにしようとしているのではないでしょうか。そして、自分自身の傷にも、他の人の傷にも、その傷に対して無頓着すぎるのではないでしょうか。よみがえられたキリストには傷はあるのです。その傷跡は残っているのです。
 キリストが傷を残してよみがえられたのは、わたしたちが傷を残して生きなければならないからだと私は思うのです。キリストが傷のない姿でよみがえられたのなら、もしかしたら傷のないキリストとわたしたちは関係がないといってもいいかもしれません。傷が残らずよみがえるということは、わたしたちの生きていくただ中ではありえないからです。
 キリストが傷を残してよみがえられたのは、それぞれに傷を持つわたしたちが「傷によって共に生きる」という生き方に招くためだったのではないでしょうか。わたしたちには傷があります。なら、その傷によって共に生きることはできないのでしょうか。傷によって傷付け合うのではなく、それに対して思いやりをもって、愛し合うことはできないのでしょうか。決してそうではないと信じています。

 傷を残してよみがえられたキリスト・イエスは、トマスに、そして弟子たちに傷の残る手と脇腹をお示しになったように、わたしたちにもその傷を示してくださっております。そして傷を残してよみがえられたこのキリストは、今もわたしたちと共におられるのです。

 お祈りします。
 すべての命の源であり、イエスを死から起こされた神さま、御名をあがめて賛美いたします。よみがえられたキリストには傷があること、そしてその御傷がわたしたちにも示されていることを感謝します。わたしたちがキリストの傷によって、そしてわたしたちがそれぞれに抱える傷によって共に生きることができますように、導いてください。そして、わたしたちがそのことを、見ないで信じることができるように、信じ続けることができますように。
 この祈りを死んで起こされたわたしたちの友であり主であるキリスト・イエスの御名によって御前にお捧げ致します。
 アーメン。


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