sayaka chapel

痛みを想像する

2013年9月22日(日) 
某教会 主日礼拝 子ども説教


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聖書……ローマの信徒への手紙12章15節(新共同訳)

 喜ぶ人共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。


 

 爽歌さんは、12日の木曜日から19日の木曜日まで1週間北海道の札幌という街に帰っていました。先週の日曜日、爽歌さんいなかったでしょ?いなかったよね。もしいたらその爽歌さんはニセモノですからね。
 爽歌さんが生まれたのはまた別のKという北海道の東の北の方の町なんだけど、高校を卒業してその街から札幌に住んで、大学にいったんだけど、大学を卒業してそのまま札幌で働いて8年間いました。
 たった8年だけしかいなかったけど、札幌は爽歌さんにとって第二の故郷です。生まれたところじゃないけれど、それくらい大切なところで帰りたいところです。
 札幌でいろんな人に会ってきました。大学を出てからキャラメルをつくる工場で働いていたんだけど、そこでいっしょに働いていた友達に会ってきました。その工場を辞めてからもう5年もたつんだけど、会ったら昨日までいっしょにいたみたいに楽しく遊ぶことができました。大学のときの友達にも会いました。爽歌さんが今通っているお山の神学校の大先輩で去年牧師さんのお仕事をやめて札幌に住んでいるおじいちゃん先生のおうちにも遊びに行って、お山の神学校の昔のこともきいてきました。
S先生のお友達で、爽歌さんに「お山の神学校に行きなさい」とお山の神学校のことを教えてくれた牧師さんにも会ってきました。それこそ爽歌さんがこっちにきてからずっと会って無かったから、どうしても会いたくて、その先生も忙しかったんだけど、何とか会ってもらえました。みんな爽歌さんが東京に、神学校にいくことを喜んで応援してくれていて、本当にうれしく思います。
 もちろん爽歌さんがずっと通っていた教会にも日曜日に行ってきました。これが爽歌さんの教会です(玄関部分と礼拝堂の中の写真を見せる)。これなんだかわかりますか?実はパイプオルガンです。教会にあるあのオルガンと同じくらいの大きさなんだけど、中にパイプが入っていて、パイプオルガンの音がします。爽歌さんは教会に通い始めたころから聖歌隊に入っていて、こっちにくるまでずっと聖歌隊で歌っていて、5,6人の小さな聖歌隊だけど、毎週日曜日の朝このオルガンの前で歌っていました。
 こっちに来てから2年半になるけれど、こっちの町のなかを歩くより、まだ札幌の町の中の方がどこに何があるかわかってすいすい歩けます。帰ってね、やっぱり札幌が街が好きだなって思うし、札幌での友達や教会や牧師先生や教会の人みんな大好きです。

 だから、思うんです。もし、がらがらがっしゃんって、札幌にこの間の東日本大震災みたいな大きな地震がきちゃったら・・・って。札幌は海がないから津波は来ないけれど、建物がこわれたり、火事になったりして、もし爽歌さんの友達や先生がケガをしたりあんまり考えたくないけど、死んじゃったりしたら・・・。きっと「神さまなんでこんなことをするんですか?地震をとめてくれなかったんですか?なんで?どうして?」って思うと思います。

 そう思ったら・・・あの2年前の3月11日の東日本大震災のいちばん被害があって津波がきたりして大変なところにいたわけじゃないし、実際にそこにいたわけじゃないから、そこにいた人たちがどんな目にあったかは、わかったなんていっちゃいけないんだけど、「もしかしてこんな気持ちになったんじゃないかな?」「辛かったんじゃないかな?」というのは想像できると思うんです。
 そこでみんな暮らしてたんだよね。そこにいた人はみんなきっと、家族がいて、友達がいたはずです。家があって、そこから学校に行ったり、お仕事にいってたんだよね。それがさ・・・その人たちが悪いわけでもないのに、突然地震がきたり、津波がきたりして、お家や学校が壊れたりして、それだけじゃなくて、昨日まで仲良しだった人が死んじゃっていなくなったら・・・辛くて悲しくて恐ろしくて仕方がないと思います。それは、なんだかわかるような気がするし、想像できると思うんだ。
 あの東日本大震災から2年半がたったけど、まだまだ実際にそこにいた人たちは、辛い思いをしている人たちがたくさんいます。まだ2年半しかたってないんだ。地震でたいへんじゃなかったところにいたから、たくさん恐い目にあったわけじゃないから忘れちゃうけど、こわい思いをしたりつらい思いをしたりして、そのことがまだ終わっていない人たちがたくさんいることを忘れないようにしたいと思います。
 今日と明日で、教会の大人のひとたちは「研修会」で福島のいわきというところまで行ってきます。福島まで行ってきて、教会が原子力発電所の近くに教会があったから、遠くまで逃げなきゃ行けなかった教会の人たちがいっぱいいたんだけど、そこの教会の人にお話を聞きに行きます。あと、津波の被害にあった干物屋さんのお話をききに行きます。爽歌さんも行ってくるけれど、「忘れない」ってどんなことか、考えてきたいと思います。

 お祈りします。
命の源である神さま、今朝は、子どもたちとあの東日本大震災のこと、地震と津波で多くの人が犠牲になったこと、それを実際には体験していないけれど、もし自分たちが知っている人が犠牲になったら・・・ということを考えました。あの日から2年半が立ちましたが、あの時に与えられた苦しみは簡単に消えるわけではないことを覚えます。どうか、私たちがそのことを忘れることなく、また、私たちがすべきことが何かを示してください。
この祈りを、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。


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