sayaka chapel

神さまとケンカしにきました

2013年10月29日(火) 
某神学校学内礼拝


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招詞……ヨブ記40章2節(新共同訳)

 全能者と言い争う者よ。引き下がるのか。
 神を責め立てる者よ、答えるがよい。

聖書……創世記32章23節~32節(新共同訳)

 その夜、ヤコブは起きて、二人の妻と二人の側女、それに十一人の子供を連れてヤボクの渡しを渡った。皆を導いて川を渡らせ、持ち物を渡してしまうと、ヤコブは独り後に残った。そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。ところが、その人はヤコブに勝てないとみて、ヤコブの腿の関節を打ったので、格闘しているうちに腿の関節がはずれた。「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」とその人は言ったが、ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは放しません。」「お前の名は何というのか」とその人が尋ね、「ヤコブです」と答えると、その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」「どうかあなたのお名前を教えてください」とヤコブが尋ねると、「どうして、わたしの名を尋ねるのか」と言って、ヤコブをその場で祝福した。ヤコブは、「わたしは顔と顔とを合わせて神を見たのに、なお生きている」と言って、その場所をペヌエル(神の顔)と名付けた。
 ヤコブがペヌエルを過ぎたとき、太陽が彼の上に昇った。ヤコブは腿を痛めて足を引きずっていた。こういうわけで、イスラエルの人々は腿の上にある腰の筋を食べない。かの人がヤコブの腿の関節、つまり腰の筋のところを打ったからである。



 

 「神さまとケンカしに来ました。」
 私の某神学校入学式の礼拝のあとの挨拶で、こんなことをいったのを思い出しました。

 9月に1週間だけ、こちらにくる直前まで8年間住んでいた札幌に帰りました。東京に戻る飛行機に乗るために移動しなければならない直前まで、母教会の牧師に会っていました。F・T牧師といいます。ご夫婦そろって牧師ですから、いつもF先生とお呼びしています。札幌に帰るたびに母教会の牧師夫婦に会いにいっているのですが、今回は私の滞在期間中にご葬儀が入ってしまって、あまりゆっくりお会いする時間がなくて非常に残念だったのですけれど、その日は、F先生に、ご葬儀が終わった直後だったのにも関わらず、教会の近くのショッピングモールのファミレスで夕食をご馳走してくださいました。
 あまりどぎつい話もしなかったのですけれど、名残惜しいけれどそろそろ席をたたなければならないというそのときに、牧師はいつも通りに微笑んで、こんな風に言われました。
 「爽歌さんを見ているとね、ヤコブが御使いと取っ組み合いしてるみたい。祝福してくださるまで離さないって。」
 「あれ、神さまじゃなくて、御使いでしたっけ?」「あれは御使いですね。」なんてやりとりをしながら思い出していたのは、冒頭の自分の入学式のときの言葉でした。そして、何のためにここに入ったのか、そう、「聖書と、パウロと、イエスと、そして神さまとケンカするために来たのだった」ということを思い出しました。札幌から離れがたくて、帰りたくなくて、飛行機が飛ばなければどんなにいいかと思っていましたけれど、そのことを思い出して、覚悟を決めて札幌を後にしたのでした。
 入学式礼拝の後、挨拶を求められて、校長のヨブ記の説教に触発されて、説教を聴きながら、やはり入学式を迎えるまでの経緯というものに思いをめぐらせていたのでしたけれど、その説教を聴いて、その日までの自分の人生の中のひとつひとつのことが報われたような気がして、号泣したのでした。そして泣きながらここに招かれた経緯を述べたのでした。あまりに長く話してしまったようで、校長から「爽歌さん、もうそろそろ・・・」と止められました。止められました。その長い挨拶の最後に出て来た言葉が「神さまとケンカしに来ました。」でした。自分の中で、「ここから人生をやりなおす」という決意のもとから出た言葉でもありました。そしてその言葉を発するにあたり脳裏によぎったのは、やはりこの、ヤコブが神とも人ともわからない者とヤボクの渡しで取っ組み合いをした物語なのでした。
 
 この物語を読んでいて不思議に思うことがあります。「ヤコブは誰と闘っていたんだろう」ということです。ヤコブと相対した者は、何者だったのでしょうか。
 新共同訳を見ますと、26節では「その人は」、27節も「その人は言った」です。
 ヤコブと格闘した者、ヤコブを祝福しますけれど、そのときの言葉は、「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」(29節)です。その言葉をいったのは、「その人」(29節)です。ヤコブは「わたしは顔と顔とを合わせて神を見たのに、なお生きている」(31節)と言います。ヤコブにとっては、それは間違いなく「神」だったのでしょう。ただ、ヤコブと格闘した者は、自分自身のことを神とも人ともいっていないように思います。ただ「神と人と闘って勝ったからだ」と言ったのみです。この格闘した者は神であり人だったのでしょうか?
 その点、註解書を開きましたけど、はっきりしたことは書いてありませんでした。母教会の牧師は「あれは御使いですね」といっていましたし、私は神とケンカした話だと思っていました。他の人に聞いても読む人の印象によって変わります。しびれをきらして改めてヘブライ語のI先生に「29節のお前は神と人と闘って勝ったからだ。」の「人」って何をさしているんですか?とフェイスブックのメッセージで聞きました。「ねえ。ありゃ誰なんだろうな。」と返ってきました。思わず爆笑してしまいました。学問的には「わからない」というのが正確なのかもしれません。
 もしかしたら、「人と相対しているように見えて実は神と格闘していた」ということも生きているただ中にはあるのかもしれないということを、この記事は伝えているのかもしれません。過ぎ去った後に振り返って「顔と顔を合わせて神を見た」と言えるのかもしれません。

 だとしたら、なおのこと私は自分の入学式の挨拶の言葉「神さまとケンカしに来ました」という言葉の中に、「人と本気で真正面からぶつかる」ことを含めたいと思います。神とケンカをするということは、人とも本気でケンカするということです。
 3年の初めからを振り返って、「F先生になろうとして」無理をしていました。「柔和で謙遜」ということを絵に描いたように生きておられる、そして人の傷に塩を塗らずに話を聴くことを宣教の課題にされている、F先生のお姿に感銘を受け、それに近づきたいと願っています。F先生のような、一見地味で、華々しいことを言わないし、よく勉強されていることも普段は表にでないような、でも大切な働きをされていることを思うにつけ「そういう人が増えてほしい」とも思います。自分でそう思うなら、まず自分がそうならなければならないとも思わされます。その一方、どう考えても人格モデルが違いすぎるということにも気がついていています。どうしたらあのようになれるのかというのもわかりません。
 人格モデルがかけ離れているということに気がついているにも拘わらず、「F先生ならこんなこと言わないだろうよ」ということを考えたりして、自分をそこに納めようとしていました。F先生になっていくために、まだまだケンカをしたりないのかもしれません。また自分自身の中にもケリをつけなければならないことがあるようです。少なくとも、今、ここでは「自分」を生きることを願います。「祝福されるまで離しません」という覚悟を持って。

 祈ります。
 いのちの源である神さま、御名をあがめて賛美します。
 私は、聖書と、そして何よりもあなたと格闘するために神学校に来ました。
 私にこの初心を思い出させ、自分を偽ることなくあなたと向き合い、格闘し、また人とも向き合うようにさせてくださいますように。
 またそのことが、闇雲に格闘することではなく、神と人を愛していく道につながっていくように導いてください。
 この祈りを、鳩のように率直であり、また蛇のように感性するどいあなたの子、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。


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