sayaka chapel

喜びにあふれて旅を続ける

2013年11月12日(火) 
某神学校説教演習


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聖書……使徒言行録8章26~40節(私訳)

26:そして、主の天使がフィリポに対して語って言った。「立って、南に向かって、エルサレムから離れてガザの中へ、下り坂である道に向かって進みなさい。それ(道)は荒野である。
27:そして、彼(フィリポ)は立って、進んだ。そして、見よ、エチオピアの女王カンダケの高官で宦官であるエチオピア人の男を。彼(宦官)は、彼女(女王)のすべての財産の上にいて、彼(宦官)は、エルサレムへ礼拝するために行き、
28:帰りながら彼の馬車に座って、イザヤの預言を朗読した。
29:そして、霊がフィリポに言った。「近づいて、その馬車にくっつきなさい。」
30:かけよってそしてフィリポは彼(宦官)がイザヤの預言を朗読しているのを聞いて、そして彼(フィリポ)は言った。「朗読しているものをあなたはわかるのか?」
31:彼(宦官)は言った。「誰かがわたしを案内しなければ、一体どうしてできるだろうか?」彼(宦官)はフィリポに彼と一緒に上って座るよう頼んだ。
32:そして、彼(宦官)が朗読していた書物の部分はこれである。
「羊が屠畜に連れて行かれるように、そして毛を刈る者の前に物を言わない子羊のように、彼は彼の口を開かない。
33:(彼の)卑しくされることの中で彼の正義は取りあげられた。誰が彼の子孫を物語るだろうか?彼の命は地から取り除かれるからである。」
34:そして宦官はフィリポに答えて言った。「わたしはあなたに願う、誰についてこの預言者は言うのか?自分自身についてか、それとも他の誰か自身についてか?」
35:そしてフィリポは口を開いて彼(宦官)にイエスを告げ知らせた。
36:そして道にそって行くと、彼らは水のあるところに来た。そして宦官は言う。「水を見よ。わたしが洗礼を授けられるのに何が妨げになるのか?」
38:そして彼(宦官)は馬車を置くよう命じ、そして二人とも水の中に下りた。フィリポも宦官も。そして彼(フィリポ)は彼(宦官)を沈めた。
39:そして、彼らが水の中から出たとき、主の霊はフィリポをさらっていった。そして、もはや彼(フィリポ)を宦官は見なかった。しかし、彼(宦官)は喜びながら彼の道を進んだ。
40:そしてフィリポはアゾートスで見つかった。そして通り抜けながらすべての街に福音を伝えた。彼(フィリポ)がカイサリアに行くまで。
った。


 

 本日の聖書は、使徒言行録8章に残されている伝道者フィリポとエチオピアの宦官が出会い、この宦官が洗礼を受け旅を続けていくという物語であります。このような物語です。
 主の天使がフィリポにこのように言いました。「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」(26節)新共同訳では「そこは寂しい道である」(26節b)とありますが、直訳することで、そこが「荒れ野である」ということがわかります。フィリポはすぐに出かけていきました。すると「エチオピアの女王であるカンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官」(27節)に遭遇します。宦官は「エルサレムに礼拝に来て、帰る途中」(27b~28節)でありました。彼は「馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読」(28b節)していました。すると「霊」がフィリポに命じました。「追いかけて、あの馬車に行け」(29節)と。フィリポが追いかけると宦官がイザヤ書を朗読しているのが聞えました(30節)。そして「読んでいることがお分かりになりますか」(30b節)とフィリポは宦官に声をかけました。宦官はこれに対して「手引きをしてくれる人がいなければ、どうして分かりましょう。」(31節)といい、馬車に乗るようにフィリポに勧めました。宦官はイザヤ書の53章の7~8節を朗読していました。
 宦官はフィリポに解き明かしを求めます。「預言者は、だれについてこう言っているのでしょうか。自分についてですか。だれかほかの人についてですか。」と尋ねます。(34節)フィリポはこの箇所から解きおこし、イエスの福音を告げ知らせました(35節)。道をすすむと水のあるところにたどりつきました。宦官は「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」(37節)そして、フィリポと宦官は水の中に入り、フィリポは宦官に洗礼を授けました。彼らが「水の中からあがると、主の霊がフィリポを連れ去」りました。(39節)宦官は、ひとりになり「喜びにあふれて旅を続け」ました(39節)。
 
 フィリポとは、同じく使徒言行録の6章で「食事の世話」をするために選ばれた7人の「”霊”と知恵に満ちた評判の良い」(6:3)人たちです。弟子たちが増えてきて、ギリシャ語を話すユダヤ人たちから苦情が出たために、十二弟子がその仕事を任せるために選んだひとたちです。その中にはこの宦官の洗礼の記事に先立って記録されている殉教したステファノ(6:8~7:60)も含まれています。ここからわかることは、この7人が単に「ギリシャ語を話すユダヤ人」の世話係であったというだけではなく、ヘブライ語を話すユダヤ人とギリシャ語を話すユダヤ人との間に対立がありグループが分れていった可能性があること、また分れたグループが独自に伝道を行っていた痕跡があるということです。よってこの宦官の洗礼の記事も、このような独自の伝道活動の痕跡が使徒言行録の中に残されたものと言えそうです。
 エルサレムを詣で、その帰りにイザヤ書を朗読していた宦官は、どのような境遇にあったのでしょうか。そこで、「宦官」ということに注目したいと思います。
 宦官とは、ヘブル語ではサーリースといいます、これは古代アッカド語で「頭である者」という言葉に由来します。官職を意味する用語です。これは去勢された男性に用いられました。王の寝室で仕えたり、宮廷の女王や女性たちに接する職であったり、戦士の監督であったりと、旧約聖書の中には多数登場します。「去勢された男性」であるゆえに、王位が狙われる恐れがなく、また女性が狙われる恐れもない「完全な召使い」であると思われていたため、宦官には大きな影響力があったと考えられています。
 ギリシャ語ではユーヌーコスという言葉が使われています。この語源は「寝室の管理者」です。これも基本的には去勢された男性が就く役職であるため「去勢された男性」をさす言葉になっていきます。しかし、ユーヌーコスがすべて一律に「去勢された男性」であると言えないという説明もあります。男性に期待される行動、振る舞いの規範に沿えないために「男性」とはみなされず、「去勢された男性」と同一視されていた人がいた可能性も否定できません。
 何にせよ、この記事の宦官は、実際に去勢されていたか否かに関わらず、エチオピアの女王カンダケの「財産管理人」という高い地位を持っているのにも関わらず、また明らかに外国語の「聖典」であるイザヤ書を音読できるだけの高い教養があるのにも関わらず、「宦官」であるゆえに、一般の男性になら与えられていたはずの分相応の評価を与えられることもなく、「馬鹿にされていた」のではないでしょうか。宦官というだけでつらい思いをしていたのかもしれません。
 その宦官の境遇に思いを向けながら、宦官が読んでいたイザヤ書の53章に注目します。物語では7節と8節が七十人訳が引用されています。33節の「卑しめられて」という言葉は「低くされること」「卑しくされること」という意味の語です。これは同じルカ文書であるルカによる福音書1章のいわゆる「マリアの賛歌」の中にも登場します。新共同訳のマリアの賛歌では「身分の低い」(ルカ1:48)という言葉になっております。この言葉は「性的に卑しくされる」というニュアンスを含みます。宦官はこの語に反応したのではないでしょうか。
 フィリポはこの宦官に求められて解き明かしを行います。宦官はユダヤ人から見ると異邦人であり、申命記23章2節「睾丸のつぶれた者、陰茎を切断されている者は主の会衆に加わることはできない」という規定ゆえに、ユダヤ教に改宗することはできません。しようとすればこのようなテキストを用いて、フィリポは「あなたのような存在は神の救いからもれている」と断罪することもできたはずです。そのようなことをフィリポはしませんでした。そのように確信するのは、物語の結末で、宦官は洗礼を受けるわけですけれど、フィリポが見えなくなってひとりになった後で、宦官は「喜びにあふれて旅を続けた」とあるからです。ルカ文書の中にたびたび登場して著者が好んで使いそうな「悔い改めて」でもなくまた、「悲しんで」でもなく「喜んで」なのです。
 本文の中ではフィリポがどのような解き明かしをしたかは書かれていません。予想できることは、フィリポはこのまま続けて53章以降の記事も宦官と共に読み進めていったのではないかということです。イザヤ書56章には異邦人や宦官に神の正義と恵みを語るテキストがあります。そこにはこのように書かれています。「宦官も、言うな。/見よ、わたしは枯れ木にすぎない、と。/なぜなら、主はこう言われる/宦官が、わたしの安息日を常に守り/わたしの望むことを選び/わたしの契約を固く守るなら/わたしは彼らのために、とこしえの名を与え/息子、娘にまさる記念の名を/私の家、わたしの城壁に刻む。/その名は決して消し去られることがない。」(イザヤ56:3~5)また、「わたしは彼等を聖なるわたしの山に導き/わたしの祈りの家の喜びの祝いに/連なることを許す。」(イザヤ56:7)とも続きます。神を信じるのであれば、また具体的な方法として御心を行うならば、神は宦官に「息子、娘を持つに優る名を、わたしの家、わたしの城壁に刻む」というのです。また、神は異邦人とユダヤ人をわけ隔てることはなく、「わたしの祈りの家の喜びの祝いに連なることを許す」といってくださるのです。宦官は、このようなテキストから感銘を受けたのかもしれません。救いを感じることができたのかもしれません。
 本当にこのようなとき明かしが行われたかどうかはわかりません。なんにせよ、フィリポは宦官に寄り添い、宦官であることを否定せず、宦官の痛みを否定しないような説き明を、宣教をすることができたように思うのです。

 宦官がその後どうなったかは聖書には残されていません。伝道者フィリポもここだけにしか登場しません。宦官が帰ったのちどのような宗教生活を送ったかということもわかりません。洗礼を受けたのちも、彼は「旅を続けます」。「旅を続ける」という言葉は「彼の道をすすんだ」という直訳であり、それは「彼の道を生きた」とも訳せます。「喜びならが彼の道を生きた」とも言えそうです。
 洗礼を受けた後も、彼は「彼の道を進んでいく」し、「彼の道を生きていきます」。エチオピアの高官であり、女王カンダケの財産管理人として生きていきます。宦官がどのような事情で宦官となったのかはやはり書かれていません。自分から進んでそうなったのかもしれませんし、幼少期に彼の立身出世を願って親がそのようにしたのかもしれません。しかし「宦官である」ということは、彼の「生きてきた道」そのものであります。選んだにせよ、自分の選択ではないにせよ、宦官であるということを彼はやめることはできません。それを否定されたら彼は生きていくことができないでしょう。また、そのような彼の生き方を否定するような教えに耳を傾ける必要は、宦官にはありません。フィリポの解き明かしや宦官への関わり方は、想像するしかありませんが、それは心あるものであり「これまでの生き方もそれでよかったし、これから生きていく道もそれでいいのだ」と宦官が心から思えるような解き明かしをしたのでしょう。宦官が間違いなく自己肯定して生きていくことが出来る解き明かしです。

 教会の宣教もこのようなものでありたいと願います。私たちの在り方もこのようなものであるべきだと思うのであります。フィリポが宦官に心から寄り添い、この宦官が「喜んで旅を続ける」ことができるような解き明かしをしたように。私たちはこのような「宣教」をすることができているでしょうか。
宦官は今でいうところの「性的少数者」であります。教会がそのような人たちに、異性愛者の振りを強要することなくありのままでいることの出来る場となっているでしょうか。「性的少数者」だけではなく、ありとあらゆる「障がい」を持っている人が否定されずに福音にあずかることのできる宣教が行われているでしょうか。さまざまな事情があり「生活保護」を受けている人が、またはその他の公的扶助を受けている人が、自己否定することなく存在することができる場となっているでしょうか。その他、痛みを抱えている人に対してそれを否定せず受けいれることができているでしょうか。聖書のテキストや正統教義を用いて痛みを持つ人を断罪するようなことをしていないでしょうか。
 フィリポの宣教の記事はここにしかありません。しかし、私たちに「宣教」「解き明かし」というものについて多くの示唆を与える記事であり、その物語に残されているメッセージをないがしろにすることはできません。私たちもまた、このフィリポのように出会いの中でその人にふさわしい愛を伴う宣教を行うことができるように、そして教会もその宣教にふさわしいものとなりますように、祈りをもって歩む者でありたいと思うのであります。


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