sayaka chapel

アドベントという「冒険」

2013年12月8日(日) 
某教会 主日礼拝子ども説教


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イザヤ書9章5節より

 ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。

ヘブライ人への手紙11章1節より

 
信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。


 

 2本目のろうそくがともりました。教会のクリスマスのお仕事で、毎年このアドベントクランツのろうそくつけお当番があります。Hさんに「ろうそくをつける人は一張羅を着てください」と言われました。そうだよな~アドベントって大切だよな~って思って、じゃあ爽歌さんも一張羅着てこようと思ってこんな格好をしています。さっきの子ども会でAちゃんに「一張羅じゃないじゃん」って言われたけれど、爽歌さんにとっては一張羅です。札幌で幼稚園の先生みたいなお仕事をしていたときに、いっしょに働いていたおばあちゃんにお洋服をつくるのが得意な人がいて、つくってもらいました。一緒に布を選んでもらったりして。世界にひとつしかないからね。地味かもしれないけれど、一張羅です。
 今、アドベントを迎えているけれど、アドベントってどういうことなのかな~って考えてみました。クリスマスが来るまでの間に、いろんなことを考えながら準備をするけれど、その間心を落ち着けて待つ時間がアドベントです。この「アドベント」っていう言葉だけど、「待つ」って意味の他に「向こうからやってくる」という意味があります。びっくりするようなことがむこうからやってくるんだって。それとね、アドベントって言葉から「アドベンチャー」という言葉ができました。知ってる?アドベンチャーゲームとかって言わない?「冒険」って意味だよね。これ聞いたとき、すごいなって思いました。アドベントは「待つ」ことであって「冒険」なんだって。
 それこそユダヤの人たちは500年待っていました。「ひとりの赤ちゃんがわたしたちのために生まれました」ってイザヤさんって預言者がみんなに伝えてからずっとユダヤの人たちはずっとずっと待っていました。昨日の子ども会のクリスマス会でもS先生が言っていたけれど、大事なことだから何回でもいいます。昨日S先生は「一年は365日だから500年だと・・・」と言って誰も答えられなくて、悔しかったからおうちに帰ってから計算しました。18万2千5百日、だって。計算したら余計にわけがわからなくなっちゃいそうだけどそんな頭がおかしくなりそうになるくらいの時間です。人間はどんなにがんばって長生きしておじいちゃんおばあちゃんになっても100才くらいしか生きれないよね。待っていてもその前に死んじゃった人はたくさんいました。そんなに長い時間待たされたら「もう来ないんじゃないか」って疑ったり、あきらめたりした人もたくさんいたんじゃないかなって思います。でも神さまは、赤ちゃんの姿になって人間のところに来てくれました。
「待つ」ってことはただ「何もしない」ってことじゃなくて、そのことを信じて「冒険」することなんだと思います。

 お祈りします。
 すべての命の源であり、イエス・キリストの父であり母である神さま、御名をあがめて賛美します。今アドベントのただ中を私たちは歩んでいます。「待つ」ということは消極的なことでではなくそのことが実現していくということに賭けていくという冒険です。私たちがそのことを確信して忍耐して歩むことができますように。この祈りを私たちに与えられたみどりごであるイエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン。


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