sayaka chapel

キリスト教の厳しさ

2014年1月21日
某神学校 説教演習


 "Sayaka Chapel"入口に戻る
三十番地キリスト教会・礼拝堂に入る
三十番地キリスト教会・案内図に入る
 
 
ローマの信徒への手紙12章9-21節

 愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい。あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません。だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。「あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる。」 悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。 


 

  出席教会の研修委員会で、教会の全体の学習会に先立って、葬儀についての学びをしていたときのことでした。昨年の1月くらいのことだったと思います。学習会の最後で、委員である、ある男性の信徒さんにこんなことを言われました。
 「キリスト教も宗教なのだから、救われるかどうかも厳しくあるべきだ。」
 何を受けてその信徒さんはそのように言ったかといいますと、出席教会にて神学校日礼拝で私が語ったことでした。その礼拝で何をお話ししたかといいますと、ある女性の方がお連れ合いに先立たれて非常に悲しい思いをされているところに、求道者として通っている教会で「あなたの夫は洗礼を受けていないから、あなたの夫の魂は今どこにいるかわからない」と言われ、辛い思いをされていた。その人から相談を受けた牧師から「そういう人が安心して通えるような教会はないか」と聞かれ、その方のお住いの近くで「洗礼を受けてないからといって天国に行けないなんてケチくさいことを言わないような牧師」のいる教会を紹介したら、結果的に通い始めて3ヶ月くらいに洗礼を受けられた、ということでした。私の「洗礼を受けてないからと言って天国にいけないなんていう」という言葉に反応して、ということなのでしょう。
 そのときはそのことに対して反論らしい反論もしませんでしたけれど、この信徒さんの言葉は私にとって大変ひっかかるものとなりました。「キリスト教は厳しいものなのか?」「厳しいものであるとするならば、どのような点で厳しくあるべきなのか?」問い続けることになりました。
 パウロは本日の聖書で具体的な愛の実践について語っています。9節の「愛には偽りがあってはなりません」という言葉がこの部分のいわばタイトルになっていて、9節後半から13節までに12の勧告が並んでいます。「悪を憎み」「善から離れず」、「兄弟愛をもって互いに愛し」、「尊敬をもって互いに相手を優れた者と思い」、「霊に燃えて」「主に仕え」「希望を持って喜び」「苦難を耐え忍び」「たゆまず祈り」「聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け」「旅人をもてなすよう努める」ということです。内容に相互に関係があるとは言えないかも知れませんが、全体として神の恵みの下にある信仰者が教会の中でどのように振る舞うべきかを教えています。
 「愛には偽りがあってはなりません」というのは、神の恵みに生きるものが歩むべき道は愛でありますけれど、その愛への熱意や献身というものが、他者に向かわず「自己満足」になってしまうとき「偽り」になってしまう。それを避けよ、ということです。「悪を憎み、善から離れず」という勧めは、9節の前半とのつながりで「愛」との関連でこのことが語られています。悪を憎むことのない、善から離れた愛は、「愛」たりえないということです。
 10節「兄弟愛をもって互い愛し」ということは人間関係の基本を「兄弟愛」であるとし、その交わりは「相手を優れた者と思う」ということである、ということです。「相手を優れた者と思う」というのは、相手に仕え、相手を尊敬する関係に入る、ということです。12節の「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び」というのは終末ということが意識されているゆえの言葉です。終末があるということ、それが身近にせまっているということを肌身に感じていたのがパウロとこの手紙の宛先の人たちでした。終末のときに起こる苦難に耐え、その先にある希望を待ち望み、喜び、祈る生き方を勧めています。
 13節の「聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすように努めなさい」という言葉は当時の社会状況と密接に結びついた勧めです。当時の教会には社会的弱者や困窮する者たちが集まって来ていたのでしょう。そのような人たちに対する配慮が教会としてのひとつの責任であり、使命と考えているようです。また「旅人」をもてなすというのは当時の社会的倫理のひとつでありました。危険があり夜道を旅することはできない状況でそれこそ今夜泊まるところを求めている人を追い返すことはそれこそ「愛」に反するというわけです。また宣教活動のため、教会と教会との交流のため、必要があったことでした。よそ者に対する開かれた態度が神の国にふさわしいとするのです。
 14節の「迫害する者のために祝福を祈りなさい」という言葉はマタイ福音書の5章44節の「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」というイエスの言葉と重なります。ここではさらに、祝福を祈ること、相手を呪わないことが勧められています。どちらも観念的なもの、心理的なものではなく、具体的な行ないを伴うものであります。信仰を持つ者の役割は、呪いが呪いの連鎖を生むということを断ち切るため、呪い、という言葉がぴんとこなければ「暴力」と置き換えてもいいかもしれませんけれど、その連鎖を断ち切る責任を課されています。
 15節の「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」という言葉は、その呪いの連鎖をどのように断ち切っていくのかという具体的な実践を示しています。それは、「隣人と共にある」ということです。共に喜び共に泣くということは、単なる心理的な共感ではなく、本当の意味で「共に生きる」ということです。
 17節から21節は、終末期の迫害の時代における報復の問題に対するまとまった勧めとなっております。19節「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」という言葉は申命記32章35節からの引用です。また20節の「あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる。」という言葉は箴言25章21~22節のからの引用です。迫害の中では、信仰を持つ者は神に信頼を置き、自ら復讐することなく、敵のために祝福を祈り、誰に対しても悪を返さず(17節)、「できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮ら」すということがあるべき姿であると示されています。「すべての人と平和に暮らす」というのは、事なかれ主義ではなく、すぐに来るであろう終末を控え、できるだけ摩擦を避け、神の支配を待つという態度です。そのようなあり方によって結果的に「燃える炭火を彼の頭に積むことになる」ということをなしていくわけです。パウロは21節「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。」と記し、この部分を閉じます。悪に対抗するために、力を用いないこと、力を用いてしまうと、結局悪の連鎖から抜け出せないこと、悪の連鎖を断ち切るために、善の連鎖を始めることを勧めています。
 
 このような厳しい教えを聞いてどのように思われるでしょうか。確かに厳しいですし、耳が痛いものです。なぜ耳が痛いのかと感じるかといいますと、それは、「このような具体的な愛の実践に耐えうるものではない」ということを自覚しているからであります。
 しかし、このような厳しい「愛の実践の教え」こそ、キリスト教が今まで残って来た要因のように思いますし、また、「キリスト教に厳しさがあるとすればこういうところにこそあるべきだ」と思うのです。

 聖書学者である田川建三さんの『キリスト教思想への招待』(勁草書房、2004年)という本を読みました。その第2章で「隣人愛」についてとりあげられています。
 その中でかなり紙面を割いて「背教者ユリアノス」についてとりあげられています。彼は、キリスト教を国教としたコンスタンティヌス大帝の甥でありましたが、幼少期の不遇な待遇、自分の父親、親族を殺され、幽閉されキリスト教的教育を受けさせられたという経験からからキリスト教に対して嫌悪感を持ち、一方でギリシアの伝統的な文化に惹かれることになりました。文化的教養人であり、そのような古代文明へのあこがれから、自分が皇帝になったとき、たった2年の在位でしたが、その間キリスト教優遇政策をやめ、古代の神々を崇拝させようとしました。そのため「背教者」というありがたくないあだ名がつけられているというわけです。
 この皇帝ユリアノスにとっても当時のキリスト教は無視できない長所があり、働きがありました。彼の残された手紙の中で無神論(キリスト教)が発達した理由は「他者に対する人間愛の実践としての救護事業」「死者の弔いの丁重さ」「真面目な生活倫理」と述べられているところがあります。キリスト教を嫌悪する皇帝がこのように言わざるを得ないキリスト教の実践の影響を思い知らされます。
 ユリアノスもキリスト教徒たちがその信じるところに従って「隣人愛」を実践していることを無視できませんでした。キリスト教徒たちはその信じるところに従って「よそ者を受け入れる場所」を作っていました。うまい訳語が見当たらない言葉でありますが、旅人が宿を求めてやってきたり、病気になった人を収容したり、孤児や老人の世話をしたり、その所々で病院であったり、老人介護施設であったり、孤児院であったり、必要に応じてさまざまな働きをしていたようです。これは単に「クリスチャンが困っている人を見て助けてあげました」という次元ではなく、すでに教会の機能、組織の事業として運営されていました。それは「キリスト教とはこういうことをするものである」という基本的な了解がなければできないものでした。キリスト教が浸透し、迫害を受けても減らず数を増していったのは、そのような実践においてキリスト教というものが説得力を持ったからでしょう。
 日本の中でのキリスト教の働きを見ても、そのようなことが浮かびます。カトリック、プロテスタントに関わらず、病院をつくり、児童擁護施設をつくり、学校をつくりだしていきまいた。そのような働きから「キリスト教はなんとなくよいことをしている」というイメージが日本の中ではある程度定着しているように思います。
 ある時、こんなことを言われました。大学の時の先輩と遊びにいったときのことです。大学を卒業してからだと思います。洗礼を受けたことをだいぶ前にインターネット上の日記に書いており、その先輩もそのことを覚えてくれていました。その先輩が「キリスト教って、お金を吐き出しているイメージだよね。」その先輩も、札幌のカトリックのミッションスクールの中高に通っていて、そこでのシスターたちの献身的な働き、学校や近くの修道院や教会の働きを見ていたその上での感想としてそのようなことを言ったのだろうと思います。キリスト教をある程度好意的に見てくれている人は、このような「愛の実践を伴う宗教」としてキリスト教というものを評価してくれているのだと思います。
 以上のことを振り返ると、やはり「厳しい」と思ってしまいます。「御言葉の厳しさ」とキリスト教の歴史というものを振り返る上である「よい遺産」と「現実の評価」です。今世にある教会が、どのような歴史の遺産にあるのか思い浮かべるとき、もっというならそれがイエスの「神を愛し、人を愛せ」という言葉から始まり、イエスの生き方に倣う人たちが起こされ、その痕跡がパウロの書簡となり、福音書となり、またはその他の文書となって残され正典となり、多くの人たちを励まし勇気づけ、迫害にあっても消え去ることはなく影響力を増し、ローマの国教となり、一方で負の遺産を抱えながらもまた時空を越えて愛の実践へと招かれていることを思うとき、どのようなあり方がふさわしいのか自ずからわかるように感じます。
その上に立つとき「愛の実践」というものをまた私たちがそれぞれに応答して実践しなければなりません。キリスト教に厳しさがあるとすれば、厳しさが要求されるとすれば、「入る・入らない」とか「救われた・救われない」ではなく、「神が私たちを愛してくださっている」ということの応答としての「愛の実践」においての他はありません。またその愛の実践も、それぞれが聖書に聴き、神に従うという生き方の中でそれぞれが見出さなければなりません。組織のしての教会も「これだけやりなさい」と個人に強いることはできないのです。自分で考え、実践する、誰にも強いられずにというところにも「キリスト教の厳しさ」「愛の実践の厳しさ」があるように思います。


Clip to Evernote



“Sayaka Chapel” 爽歌*sayaka神学生のホームへ

“Big Chapel” 礼拝堂/メッセージライブラリに戻る
“Small Chapel” 小礼拝堂/ショート・メッセージ・ライブラリに戻る

「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る

ご意見・ご指摘・ご感想等はこちらまで→牧師あてメール