『マギ』としてのキリスト者

2015年3月22日
日本キリスト教団某教会(爽歌*sayaka神学生出席教会)主日礼拝
爽歌*sayaka神学生



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▼聖書……マタイによる福音書2章1~12節

 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」 それを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。
 王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。 彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。 『ユダの地、ベツレヘムよ、/お前はユダの指導者たちの中で/決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、/わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」
 そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。 そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。
 彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。 学者たちはその星を見て喜びにあふれた。
 家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。 ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。



 


 この教会の礼拝に出席するのも本日を含め、あと2回となりました。受難節の折りですが、このように講壇に立たせていただきありがとうございます。講壇といっても、このように子どもへのメッセージと同じように前に出ました。説教って何だろうと考えたとき、思うことは、本当は、説教者である私もいつものように会衆席にいて、十字架を見上げながら、御言葉をきくものだとということです。本来ならば、このように十字架の方を向いて私も語り、聴く者であるべきであるかもしれません。さすがそのようにはしませんけれど、そのようなものでありたいと願います。
 2月末に行われました教師検定試験に無事合格しました。直後の礼拝で直接ご報告させていただきたかったのですけれど、2日間あった試験日程で慣れない満員電車に乗ったせいか、インフルエンザになりました。3月8日では母教会、札幌のM教会での説教奉仕、先週15日は招聘予定先である横浜のなか伝道所での「お見合い説教」で、教会に来るのが一ヶ月ぶりとなってしまいました。
 本日の聖書としてマタイ福音書2章1節から12節が与えられました。3年の夏くらいに、S牧師に「お前が何を言って出ていくのか楽しみだ。」と言われました。その直後にある一冊の本に出会い、最後の礼拝ではこのような話をするのだろうとずっと考えておりました。その後、「確信があるなら、最後の礼拝で語ることを、今語ろうではないか」と思い立ち、神学校日の礼拝奉仕の折りに原稿をつくって、神学校日礼拝や「なぜ牧師になりたいと考えているのか話してください」という依頼をいただいた折りに、繰り返し繰り返し同じ話をしてきました。M教会での最後の説教、なか伝道所でのお見合い説教でも同じ話をしました。聖書から受けたことは変わりませんけれど、同じ話といっても同じ話になるわけがありません。そのような意味で、これはこの教会の最後の礼拝での奉仕のために与えられたときあかしです。
 置きが長くなりましたけれど、このイエスの降誕物語のひとつであります東方の占星術の学者たちの来訪の物語から、キリスト・イエスがどのような働きをされた方であったのか、そして私がどのような牧師となっていくことを志すのか、お話させていただきたいと思います。
 マタイ福音書の2章1節から12節は、「東方の博士」が星に導かれて旅をして、お生まれになったばかりのイエスのもとにたどりついたという物語です。クリスマスにはよく読まれる箇所です。マタイ福音書によれば、お生まれになったイエスを最初に詣でたのは、新共同訳でいうところの「東方から来た占星術の学者」であったと証言されております。まず、この「占星術の学者」ということに着目したいと思います。今、新共同訳の翻訳に従って「占星術の学者」と申し上げましたが、みなさまはこの人たち対してどのようなイメージをお持ちででしょうか?「博士」であるとか、「外国の王様」であるとか「魔術師」であるとか、さまざまなイメージがおありだと思います。
 この「占星術の学者」とは、原典をひらきますと「マーゴイ」という言葉がそれにあたります。す。マーゴイの元の言葉は、ペルシャ語の「マギ」という言葉です。「マギ」はイスラエルから見て東の、異邦の地で、当時としては最高の学問体系であった天文学、占星術の担い手でありました。ある註解書には「ペルシャの宗教的権威であり祭司」という書かれ方をしております。
 占星術の担い手といいますと、やはり学者であったり、博士であったりというイメージでしょうけれど、今回、私はあえて「マギ」の別の働きから、イエスはどのような方であったのかに思いを向けたいと思います。それは「癒し人」としての働きです。「癒し人」「治療者」「医者」という働きを、この「マギ」たちはになっていたのではないか、ということです。
 本田哲郎神父が『釜が崎と福音』の中で治療者としての「マギ」を紹介しております。少し引用したいと思います。
 
「『マーゴイ』とは、博士でも王様でもなく、占い師です。占い師は医者やカウンセラーの役割もする、原始的な形で人の悩みを受け止める人たちです。病人がいたら、あの薬草、この薬草といろいろ試したり、病気の元とみなしていた悪霊を払ったり、病人の痛みを我が身に共有するというようなことです。すると、病人は『あ、自分だけではなく、目の前の相手もいっしょに、この痛みをわかってくれている』と気持ちが楽になる。コンパッション、つまり共に苦しむことで癒しが行なわれる。これが占い師=『マーゴイ』でした。」(p135)
 福音書を読み返すと、イエスもまたそのような癒しをなさっていたのではないか、と思うのです。そのように考えれば、イエスもまた、この点でマギ同じような働きを担われていたと言えそうです。つまりこの物語は、「マギが『まことのマギ』であるイエスをたずねた」ということになるでしょう。

 神学校での4年間で決定的に変えられたと思うことは、「なりたいと願う牧師像」でした。まさか入学前はこのような話をするなんて思っても見ませんでした。私は大学に進学してから洗礼を受けるまで3年間教会に通いましたけれど、その間ひとりで聖書を読むことができませんでした。聖書を開けば傷つくという思いがしたからです。今では、聖書の中には宝があると確信しておりますけれど、聖書に躓き続けてきた教会生活を送っておりました。ですから、神学校に入学したときは、聖書に隠されている宝を伝える「教師」なりたいと考えておりました。それを捨てたわけではありませんけれど、今招かれているのは、語ることよりも「聴くという生き方」だと感じています。

 そのように変えられた決定的な出来事は、1年目の夏休みに被災地の教会おに教会実習という扱いで送っていただいたことでした。みなさまもよくご存知のこととは思いますが、その教会は、2011年3月11日に起こった東日本大震災による津波で甚大な被害を受けた教会のひとつです。その教会の牧師の要請で、教会実習として誰か送ってほしいという依頼が神学校に来ました。その時点で先輩たちの実習先は決まっており、行けるとしたら1年生のみという状態でした。私は、「1年生も含めて派遣を検討する」ということでしたので、そこで誰も行かなければあの神学校じゃないと思い、その教会実習を志願することにしました。
 今の今まで、あの教会実習での2ヶ月間を適切な言葉で他の人に説明することはできません。話しても人には「わからない」と言われます。「わからない」と言われると何も言えなくなります。一般的には、他人にも「わからない」し、そして「自分自身でもわからない」けれど「苦しい」ということは、往々にして「ある」、と私は確信しておりますけれど、そういうことすらわからないのかと苦い思いがします。それでも、「わからないなりに耳を傾けてくださる方」にはそれでも心から感謝するのですけれど、ささいな一言で過剰に傷付けられた思いがするということをいくどとなく体験することになるのでした。あの実習は、私にとって「見てはならないものを見続けてしまった2ヶ月間」でありました。心を壊して帰ってくることになった教会実習であり、心を壊したまま、残りの神学校生活、教会生活を送ることになりました。
 あのときは震災から6ヶ月で、壊れてしまった街の中で、そろそろ震災のただ中から現実に戻っていくという状況でした。その中で、牧師も、教会堂と牧師館の一階部分が水につかってしまうという、言ってみれば自宅と職場が同時に被災している被災者であり、自分自身も傷ついているのに、混乱の中でボランティアと来客対応に負われ、さまざまな問題が起こる中でそれを処理しなければならず、疲れきっておりました。気が付いたら礼拝堂の椅子で横になっている牧師の姿を思い出します。
 自分自身が傷ついているからこそ、聴いてもらいたいという思いを持っていたからこそ、その牧師は教会の前に「赤テント」という憩いの場、傾聴の場を設けていくことになります。彼はそこをヨハネ福音書のサマリアの女の物語に出て来る、キリストが水を飲みに来られた「シカルの井戸」(ヨハネ4:6)といっていました。
実習期間中に私の母教会の牧師夫婦が来てくれました。F・T、M牧師といいます。M先生のご実家が横浜で、夏期休暇の終わりにその教会に寄ってくれました。
 その日は、M先生が私の話を聴いてくださり、F先生が「赤テント」で地元の方のお話を聴いていました。電車の時間も近づき、そろそろ出発しなければならない時間となりました。F先生が「僕そろそろ失礼します。」と丁寧に席を立とうとしたとき、F先生にお話をしていた地元の方が泣きながら「ありがとう。ありがとう」とF先生と握手をしていました。私の中では、今でも印象的な光景として、それが残っています。率直に言って「実力を見せつけられた」と思いました。

 思えば、特にF先生は、「傾聴」という言葉ができる前から、流行る前から「傾聴」によって人に仕え、弱さを抱える方と共に生きる人であり、牧師でした。
 F先生は、中学生の時に目に病気のために、弱視の障害を持つことになり、将来的には全盲になることを宣告され、盲学校の先生になるべく東京の大学に進学したのですが、その時に北森嘉蔵の『神の痛みの神学』に出会い、牧師になることを志しました。東京神学大学に入学し、卒業後は高知の須崎で仕えました。そのあたりのいきさつは、信徒の友2012年10月号「神に呼ばれて」にありますのでぜひ読んでいただきたいのですけれど、須崎での経験から「牧会カウンセリング」の必要性を感じて、アメリカに留学し、それからずっと20年以上あの教会で牧師をしております。私も知らず知らずのうちに、そのF先生の姿勢に養われてきたのだと思いかえします。

 こんなことがありました。
 私は神学校に入学する2年前から一年間、ある無認可幼稚園に勤めておりました。あるときそこを解雇されることになりました。非正規雇用で雇用保険もなく、来月から冗談でなく無一文になるという状況でした。
 解雇が確定した日のその帰り、教会に寄りました。自宅から徒歩15分ですから、行こうと思えば行けるところに教会はありました。その時は、最初M先生に話を聴いていただき、F先生が帰って来られてから、それから3時間以上泣きながら話す私の話を聴いていただきました。私のことを責めず、裁かず、非難せず、話を聴いてくださりました。
 そろそろ帰ろうかという時に、「ちょっと待っててね」と言われ、F先生が牧師館に戻りました。「これ、菓子パンとお菓子。食べてね。食べなきゃだめだよ。」と食べ物が入った袋を渡されました。音もなく涙があふれました。本当に音もなく、だったのでしょう。目の見えない牧師は「どうしたの?」という顔をしておりました。
 それから、割とすぐ仕事が見つかりました。F先生があのような関わり方をしてくれたから、文字通り死ぬことなく生き延びることができなのだと感じています。そして、「人間やりたいことをやらなければ変わることができない」という思いがわき、神学校に行くことを決意しました。そして、あの神学校に入学するに至ったのでした。
思いかえせば、被災地から帰ってきたあとにも、私の言うことを責めず、裁かず聴いてくれたのは、やはりF先生でした。もうすぐ2011年が終わるという12月30日、実家に帰る前に札幌に立ちよることができました。また教会を出る直前まで話を聴いていただきました。当然、釜石の話にもなりましたけれど、F先生には安心して話ができると思いました。F先生にも話せないことはいくらでもありますけれど、それをさらさなくても受けとめてもらえていると感じることができました。

 「話を聴く」ということで取り上げたいのは、ルカ福音書の10章38節から42節にあるマルタとマリアの物語です。K・Kさんのご葬儀でも読まれました。私も、昨年の1月の子どもへのメッセージでとりあげました。物語は、マリアの「話を聴く」という奉仕をマルタの「もてなしのために働く」という奉仕より、イエスは喜ばれたという風に読まれてきました。それを問い直したいと思います。イエスはどのような話をなさっていたのでしょうか。マリアはどのようなことを聴いていたのでしょうか。
 39節で「マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。」とあります。「その話」とあります。「話」というのが大事なのではないでしょうか。「教え」ではないのです。伝統的には、イエスはマリアに神の国の秘密であるとか、「教え」を受けていたと考えられておりますけれど、そうではないと思うのです。宣教の長旅の途中に立ちよる弟子のところで話したいと思うことは、言ってみれば「宣教活動報告」ではないでしょうか。旅の途中であったことを弟子たちと分かち合いたいと思うのではないでしょうか。もしかしたらもっと深刻な話をしていたかもしれません。「律法学者から狙われている」とか「ローマに監視されていてもしかしたら捕まって十字架で殺されるかもしれない」といったようなことです。
 仮にそのような深刻な話をしている時に「妹が手伝ってくれないんです。手伝うように言ってください。」とわって入られたら、どのように思うのか、ということです。正直、腹が立つのではないでしょうか。食事の奉仕が必要でないとは言いません。マリアに話を聴かせて付き合わせているイエスはわがままでしょう。しかし、傷ついている人とは、そのようなものではありませんか。聴いてもらいたいという思いが強ければ強い程、傷が深ければ深いほど、聴いてもらえなかったと思ったときに出てくる反応は辛辣です。
「マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」(42節)という言葉がイエスに溯るとすれば、そのような辛辣な言葉は、邪魔をされたという怒りを伴う言葉のように思うのです。傷ついた人の話を聴く、ということは大変なことです。聴いてもらえなかったと思われたら辛辣な言葉が返ってくることもあります。結果的に話している人がより傷ついて黙って離れていくということもありえます。また、聴いていて胸が痛むような話に対してどのように聴けばいいのか正直わからないということもあるでしょう。食事の準備も不可欠な仕事です。私も家事は苦手ですから楽だとは申し上げませんけれど、すべきことがはっきりしている分、気楽かもしれません。この物語に対してイエスのおっしゃることがおかしいと感じるとすれば、「マリアの方が楽をしている」からでしょう。楽をしていると感じるのは「教えを聴いている」からと考えているからです。マリアがイエスの苦しみを聴いているのだとしたら、話を聴くことは「楽なこと」ではありません。それでも話をきくことが楽なことだと考えているなら、そもそも「真剣に話を聴く」ということを私たちは軽く見ているし、侮っているということではないでしょうか。

 「癒し」とはどのようなことであるのか改めて考えたいのです。人はどのような時に「癒された」と感じるのでしょうか。「癒し」とは、癒されなければならない者が「受け入れられた」という体験ができるようにすること、だと思うのです。人が「受け入れられた」と感じるのは、自分の思いや感情が否定されず、それが届いたと思うことができたときではないでしょうか。それは、もしかしたら多少の努力と想像力があれば、できないことではないと思うのです。

 イエスは癒しを行ないました。イエスに倣うなら、従うなら、そのように願うすべての人が癒しにおけるイエスの生き方をめざさなければなりません。現代は、イエスの時代のように「悪霊がすべての煩いの原因」であると信じることはできません。イエスの時代のような、祈れば一瞬で疾病が癒されるような劇的な奇跡は現代ではそうそう起こらないでしょう。ただ、わたしたちが傷ついた人に寄り添い、その人の痛み、苦しみに対し、適切に「聴く」ことができれば、その人が立ち上がっていくという「小さな奇跡」を体験することができる、と私は信じます。

 傷ついている人に寄り添い、真剣にその痛みを受け止めるということはこの世界に必要な働きであると感じています。牧師であろうが信徒であろうが、たとえキリスト教徒でなくてもこのような働きをしていくことは必要であると確信します。この先牧師をやめるということもありえます。教会から離れることもあるでしょう。校長からは「期待してないから。牧師もただの仕事だ。やりたくないならやめればいい。」と言われました。確かにそうでしょう。しかし、私がこのように確信しているために「マギとしてのイエス」「マギとしての牧者」そして「マギとしてのキリスト者」を志したいと願います。「傷に塩を塗らず話を聴ける牧師」というのが私のテーマとなりました。この決意が全うされるように神に祈り求めていきたいと思います。

 お祈りします。
 すべての命の源である神さま、御名をあがめて賛美します。
 キリストであるイエスは、癒し人として世にあって業を行なわれました。
 それは、異邦の地からイエスを詣でたマギのように、痛むその人の痛みを身に受けることでした。人の悩み、痛み、苦しみと共に生きられた方でした。
 私たちもそのイエスの生き方に倣うことができますように、知恵と力をお与えください。
 この教会のために祈ります。これからもこの教会の宣教が祝福されますように。E・S牧師をはじめ、ひとりひとりのあり方、生き方があなたの栄光をあらわすものとなりますように、導いてください。
 語る時を与えてくださりありがとうございました。
 この祈りを、痛む者と共に生きた私たちの癒し主、キリスト・イエスの御名によって祈ります。アーメン。


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