はみ出した教室より

2003年11月28日(金)同志社女子中学校・同志社創立記念礼拝奨励

説教時間:約12分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:ローマの信徒への手紙9章25−26節(新共同訳・新約・p.287)

  ホセアの書にも、次のように述べられています。
  「わたしは、自分の民でない者をわたしの民と呼び、愛されなかった者を愛された者と呼ぶ。
  『あなたたちは、わたしの民ではない』と言われたその場所で、
  彼らは生ける神の子らと呼ばれる。」

「三十番地キリスト教会」の由来

  聖書の先生というのは、牧師か、牧師の卵です。
  学校の仕事をしながら、外でも本当に教会の牧師としての仕事をしている人もいます。
  ぼくは、今のところ教会では仕事をしていません。学校だけです。
  だけど、ここ3年ほどは、目に見える教会だけではなくて、形のない教会があってもいいじゃないかと思って、先ほどご紹介していただきましたように、ヴァーチャル教会:ホームページやメールのやりとりを通じて、インターネットの中で教会のような活動をしています。
  最近は、一日平均延べ40ヒットくらいの訪問者があって、全国から質問や相談や励ましのメールをいただきながら運営しています。
  メールをくれる人は、教会ではちょっと聞きにくいような質問とかを書いて送ってこられます。
  「うちの教会の先生がこんなこと言ってたけど、ほんとですか?」みたいな質問が多いです。
  ぼくが作っているこのサイト、「三十番地キリスト教会」っていう変な名前なんですが、実はこの名前は、同志社が創立された当時あったと言われる、はみ出し教室、「三十番教室」に由来しています。

はみ出し教室

  「三十番教室」というのは、あそこらへんにあった……あの女子大と大学の間の、お寺:相国寺の前の通り沿いの女子大側、アーモスト館のあたりにあった、もともと豆腐屋さんが使ってたけど、もう使わなくなったよ、という建物。それを新島襄が個人名義で買って、何に使っていたかというと、秘密の授業の教室にしていた。
  さて、その秘密の授業とは……?
  「聖書」ですね。それから礼拝もそこで行われておりました。
  なぜ秘密にしなければいけなかったというと、ここに同志社を建てるとき、今から128年前ですが、当時の京都府から「学校は造ってもいいが、キリスト教を教えてはいけない」と言われていたからですね。
  実は、新島は、京都で学校を造る前に、一度大阪で学校を造ろうとして、やっぱり大阪府に「キリスト教はだめだ」と言われて、学校を造るのをあきらめています。
  京都に来ても、また京都府から「キリスト教を教えるな」と言われて、最初は新島は落ち込むんですが、新島の仲間になってくれた山本覚馬という人が励ましてくれます。
  「新島さん、まず学校を造ってしまいなさい。聖書の授業は、ないしょでやればいいじゃないか」
  まずはスタートしてみないと、何も始まらないよ、というわけですね。
  そこで、学校を造ってから、学校の筋向いに、秘密のはみ出し教室を作って、そこで聖書という秘密の本を読もうじゃないかと……それが「三十番教室」です。

同志社−キリスト教=ゼロ

  それでも、時々アメリカから来た宣教師たちは、うっかり学校の中でキリスト教の授業をやって、発見されたりします。
  そのたびに新島は京都府からたいへんなお叱りをうけます。「規則破りだ!」「学校を閉鎖しろ!」と圧力をかけられます。「新島、京都から出て行け!」「宣教師を追い出せ!」という人もたくさんいました。
  明治のはじめごろというのは、それぐらいキリスト教には風当たりが強かった時代なんですね。
  あんまり新島がいじめられているので、同志の山本覚馬が心配になって「大丈夫か?」と使いを出すと、新島はにっこり「私は大丈夫だと使えてください。どうぞよろしく」と言ったそうです。
  だから「三十番教室」というのは、どんなに時代が厳しくても、同志社はキリスト教を捨てないよ、という心意気の表れなんですね。
  たとえ「やめろ」と言われても、「捨てろ」と言われても、時には、秘密の教室という抜け道を使ってでも、キリスト教は捨てられない。
  なぜなら、同志社からキリスト教を引いたらゼロだからです。
  自分を超えたものを信じない人は、人間が最高だと思っています。つまり自分が最高ということです。だから最終的には自分の利益のために働きます。しかし、自分を超えたものを信じる人は、自分のちっぽけな利益よりも大きな目的や理想があるということが理解できます。
  だから、同志社に集まる人が本当に人に仕え、世界に仕えるためには、人間が中心だと考えるのではなく、人間を超えた目がわたしたちを見てくださっているという感じがわからないといけない。
  それであって初めて、同志社は本当に、人のため国のために役立つ学校になれるんですね。

苦しいときこそ黄金時代

  同志社はキリスト教の学校というけれども、その創立の時期は、キリスト教そのものをはみ出した状態にしておかないとひどい目に合うような厳しい時代だった……。
  教室をはみ出しにしてでも守らなければならないものがあった。それがキリスト教の精神です。
  しかし、考えてみると、それは苦しい時代ではあったけれども、見方を変えると黄金時代、栄光の時代だったかもしれません。
  なぜかというと、キリスト教というのは、はみ出した者、小さい者を大切にする心だからですね。たとえ自分自身がはみ出し者になってしまったとしても、はじき出された人の味方になろうとする心……。
  こんなに多くの人を前にお話しながら、ちょっと変なことを言うようですけども、ぼくはとてもお世話になっている牧師にこんなことを言われたことがあります。
  「牧師というのは、どれだけ多くの人に話を聴いてもらえるか、に値打ちがあるんじゃないんだよ」ってね。
  「そうではなくて、牧師というのは、誰にも相手をされない人のところに出かけていって、その人の話を聴く人なんだよ」
  と、そんなことを教えてくれました。
  でも、これは特に牧師だけに当てはまることではなくて、みなさんのお互いの間柄でも同じことが言えるんじゃないかと思います。
  今日、読んだ聖書の中に、
「わたしは、自分の民でない者をわたしの民と呼び、愛されなかった者を愛された者と呼ぶ」(ローマの信徒への手紙9章25節)という言葉があります。
  愛されない痛みを知っている人が、本当に人を愛することができる。
  いや、ただ愛されないだけでは傷ついてしょげてしまうだけだけれども、その愛されないつらさにも、人間をこえた方が与えてくれた目的があるのさ、と考えることのできる人は、本当に強くなれます。
  「そのつらさは、他の人のつらさをわかるために、神さまが経験させてくれてるんや」と思うことができたら、人は本当に強く、優しくなれます。
  「三十番教室」というはみ出し教室は、同志社が苦しかった時代を表していますが、同時に、同志社の強さ、したたかさをも示しています。
  同じ同志社に生きる者として、みなさんにも、この同志社で、苦しい時にこそ、強く、したたかで、しなやかな、優しい心を、磨き上げる人であってほしいな、と願っています。

  最後にお祈りをさせてください。目を閉じてくださいね。

祈り

  愛する天の御神さま。
  今日の礼拝を感謝します。
  ここに集う人たちが、みな、恵まれた時にあっても、苦しみ悩みの時にあっても、そこに隠されたあなたの導きを信じて、たくましく生きてゆくことができますように。
  この祈りを、愛する主イエス・キリストの御名によってお聞きください。
  アーメン。

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