234のA

2006年4月18日(火)同志社香里高等学校ショート礼拝奨励

説教時間:約7分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マルコによる福音書 4章26−29節(新共同訳)

  また、イエスは言われた。
  「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かなみ実ができる。実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」

種が芽生えて

  今日歌った讃美歌は「234番のA」という讃美歌ですね。
  なぜか同志社ではこの讃美歌を歌うことが多いです。入学式でも歌いましたし、同志社は最後に「社」という言葉が入っているので、新人の先生、たとえば今年新しく専任の先生がこの同志社に就職する際にも、入社式というのをやるんですが、その入社式でも「234のA」は歌います。
  讃美歌の「234のA」をもう一度開いていただけますか。
  
「昔、主イエスの蒔きたまいし」
  文語体というか古文で書いているので、意味がとりにくいと思う人もいると思いますが、
「昔、主イエスの蒔きたまいし」というのは、「昔、イエスが種を蒔いた」と言ってるんですね。で、なんの種かというと、「いとも小さき命の種」つまり、「実に小さい命の種」。
  
「命の種」というところですでに、これは植物の種という具体的なものではなくて、何かはっきりとは手でつかめるものではないけれども、人の命を力づけるような、あるいは人の命をいたわるようなものだと考えることができます。
  そんな命の種を蒔くようなイエスの運動が、
「芽生え育ちて、地の果てまで、その枝をはる樹とはなりぬ」つまり、「世界中にひろがって大きな樹のようになったんだよ」という話ですね。

イエスの種、新島襄の種

  これは事実を言い当ててます。というのも、キリスト教というのは、はじめはイエスのたった2〜3年ほどの活動がきっかけで起こったものですが、現在はおよそ65億人いる世界人口のおよそ3分の1、つまりおよそ22億人がキリスト教の信徒です。
  こんなことを歌った讃美歌がなぜ同志社で歌われるようになったのかよく聞いたり調べたりしたわけではないのですが、同志社も同じように一粒の小さな種が、大きな樹木に成長するような歴史をたどっています。
  最初は新島襄という一人の人の中に、学校をキリスト教を基礎にした学校をつくりたいという志が生まれました。そしてその志が山本覚馬という人物とDavisという宣教師に伝わり、3人で同志社が結成されます。やがて学校を本当に開いたときは、生徒の数はたったの8名でした。
  現在はどうでしょうか。いま、この同志社の幼稚園から大学まであわせた、園児、児童、生徒、学生ぜんぶ合わせて、だいたい何人くらいになると思いますか? およそ3万6千人です。
  たった一人の夢がこんな風に大きくなるということがあるんですね。
  ぼくはなにも、「そういう夢を持て!」ということをお説教する気はありませんが、そういうことはあるのだ、ということは知っておいてもいいと思うんです。
  小さい夢があって、それを実現させようと、ちまちま努力や工夫を重ねているうちに、いつの間にか、大きくなっていたり、花が咲いていたりする。人生生きている間にやることというのは、ことごとくそういうもんじゃないかと思います。
  人生は短いですが、何か夢を持って、それをかなえるために日々何かをコツコツとやっている。そんな人生を過ごせるような人になってくれたらうれしいな、と思います。
  祈りたいと思います。

祈り

  愛する天の御神さま。
  今日もあなたの守りのもと、日々の学校生活が送ってゆけますことを心から感謝します。
  ここにいる一人びとりが、あなたの大きな愛に守られて、平和で夢のある人生を歩んでゆけるように、どうか導いてください。
  イエス・キリストの御名によって祈ります。
  アーメン。

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