友だちの話 〜震災で壊れた家族〜

2008年1月17日(木)同志社香里中学校 ショート礼拝奨励

説教時間:約10分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マタイによる福音書 11章28節(新共同訳:新約)

  疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。

友だちの話

  今日は、私が幼い頃から親しくしている友だちの話をしようと思っています。
  さて、その前に、今日は1月17日です。今から13年前の1月17日に何が起こったか、みんな知っていますか?
  ……そうですね、阪神淡路大震災が起こった日です。ここにいるみんなが生まれたころか、まだ生まれてなかった人もいるかもしれません。
  今日お話しようと思っている友だちも、この震災の被害者の一人でした。
  その友だちは小さい頃は神戸で育ち、そのお父さんは神戸の三ノ宮で飲食店――まぁ食べたり飲んだりするお店を経営しておられました。
  しかし、あの阪神淡路大震災で、当時2つ経営しておられた店の両方ともが、お店の入っていたビルが倒れたり、つぶれたりして、完全に壊滅してしまいました。
  その後、そのお父さんは日雇い労働に出て、日銭を稼ごうとしました。
  よく我々の学校からも年に何回か、釜ケ崎のボランティアに行って、日雇い労働者や失業者の人のためにおにぎりを握りに行ったりしますね。だから日雇い労働者ってのは大変なんだろうな、なんて勝手な想像してましたけど、いやほんとに日雇い労働というのはきついんだそうです。
  そのお父さんは、たった二日間、日雇いの肉体労働に出ただけで、ギブアップしてしまったそうです。
  そうこうするうちに、お父さんも20年、いや30年近く商売をしてこられた方なので、銀行の信用もあり、お金を借りてお店を再開することができました。
  それはよかったのですが、お客さんが戻ってきませんでした。お父さんのお店のお客さんは、三ノ宮のサラリーマンの人たちが多かったのですけども、神戸ではたくさんの事務所が地震でこわれてしまって、震災後復興しても、別の場所に事務所を移転したところが多かったのですね。そうして、お客さんたちが離れていってしまったので、店はなかなか以前のようにはうまく回転しなくなりました。
  そのうち、借金がかさみ、店の家賃も、従業員の給料も払えなくなり、そのお父さんはいわゆる消費者金融というところにお金を借りるようになりました。しかし、すぐに業績があがるわけではないですから、借金を返すあてもありません。
  やがて、その消費者金融の取立て屋が家を訪ねてきて、「金を返せや」と詰め寄ってくるようになります。朝といわず、夜といわず、扉をドンドン叩いては「カネ返せ! おら!」と脅すように言われる日々が続きます。
  こんな毎日には耐えられないと、その友人のお母さんは、お父さんと別れたいという話を持ち出しました。息子である彼も、それに反対はしませんでした。お父さんもお母さんを守りきることはできないと思い、離婚届に判を押しました。
  そしてお母さんは、そのお兄さん(つまり彼から見るとおじさんにあたる人です)が経営するアパートに住まわせてもらうことになったのですが、ある日突然、そのお兄さんが「マンションに建て替えるから、出て行ってくれるか」と言い出します。その1室にでも住ませてもらえたら助かるのに、と思うところですが、人の世というのは冷たいものですね。「悪いけど、出て行ってくれるか」ということだったそうです。
  完全に行き場を失ったそのお母さんは、高齢者向けの結婚相談所に登録します。そして、再婚相手を見つけ、関西から離れてゆきました。そして、今まで住んだこともない土地で、歳をとっているにもかかわらず、全く新しい生活を慣れないながらも、始めようとしています。
  お父さんのほうはというと、お母さんと別れて天涯孤独で、つぶれる寸前のお店をなんとか切り盛りしてやっています。そして、店で働いている女性を頼って、住む場所の家賃の負担を少しでも減らすために、いっしょに住みはじめています。
  一家が住んでいた家は金融業者に取り上げられ、他の人に売り払われてしまいました。ですから、ぼくの友だちは、帰るべき実家も失ってしまったわけです。
  そんな話を、年末、友だちと飲みながら、延々と聴かされました。
  もし、震災がなかったら、お店もそれなりに続けられて、一家はバラバラにならずに済んだかもしれない。もちろん家族の中に死者が出なかったことはありがたいこと。しかし、彼の家族は震災から10年以上だった今にいたるまで、だんだんと時間をかけて崩壊していったわけです。
  13年かけて、こんな風にじわじわと壊れていった家族もあるのです。
  ひょっとしたら、君自身は震災のときまだ生まれていなかったか、生まれたばかりだったかもしれないから、君自身は震災の思い出などないんだろうと思う。しかし、君の家族や親族のなかには、なんらかの悲劇を抱えた人はいるんじゃないだろうか。
  もし、そのようなことでつらさを自分で抱えている人がいたならば、「自分はひとりではないんだ」ということをおぼえてほしいと思います。
  また自分の友だちの中に、何らかのつらさを抱えている人がいたなら、「同じような苦しみを負っている人は他にもいるよ。君はひとりではないよ」と伝えてあげてほしいなと思います。
  そういう優しさを持っていてくれたら、うれしいです。
  お祈りをします。

祈り

  愛する天の神さま。
  阪神淡路大震災から13年、私たちが、その記憶をいつまでもとどめておけるように、どうか私たちを支えてください。
  私たちが互いに思いやりを持ち合って、互いに支えながら生きてゆくことができますように。
  イエス・キリストの名によって、お祈りいたします。
  アーメン。

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