アンパンマンのこころ

2002年11月22日(金)同志社香里高等学校ショート礼拝奨励

説教時間:約8分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マタイによる福音書 26章26−30節(新共同訳・新約・p.53)

  一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。
  「取って食べなさい。これはわたしの体である。」
  また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。言っておくが、わたしの父の国であなたがたと共に新たに飲むその日まで、今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」
  一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。

  今日は、最近感銘をうけた詩を朗読したいと思います。私はそういうことをする柄でもないような気もしますけど……。
  ここに子ども向けの歌の本があるのですが、これで、うちの子どもたちと一緒に歌っているうちに見つけた詩です。きっと途中で「ああ、あれか」と気づく人もいると思います。

   そうだ うれしいんだ
   いきるよろこび
   たとえむねのきずが いたんでも
   なんのためにうまれて
   なにをしていきるのか
   こたえられないなんて
   そんなのはいやだ!
   いまをいきることで
   あついこころもえる
   だからきみはいくんだ ほほえんで
   そうだ うれしいんだ
   いきるよろこび
   たとえむねのきずが いたんでも
     あ あ アンパンマン
     やさしいきみは
     いけ! みんなのゆめまもるため」
   (やなせたかし詞「アンパンマンのマーチ」『たのしいこどものうた』永岡書店、2001、p.8より引用)

  素晴らしい詩だと思いませんか? メロディにのって歌っているときには気づかなかったのですが、ふつうに読み返してみると、すごいことを言っているんですね。
  実は、テレビでよく放映されているのは2番のほうの歌詞で、いま私が読んだのは1番です。
  そして、たぶんこれは知らない人の方が多いと思いますが、アンパンマンのモデルは、イエス・キリストなんです。
  キリストは、生前、多くの人を愛しましたが、どちらかと言えば、体の弱い人や、いじめられていたり、社会や集団からはじき出されているような人と特に愛した。そして医者がさじを投げたような病人をもっぱら癒しました。そして、命を狙う人びとから弟子たちを守り、弟子たちの殺された。しかも、自分を殺そうとする人びとをも赦しながら、死んでいった。まぁ一言で言えば、損な人生のように見えます。
  そこまで、人に自分のもっているもの、できることを、自分以外の人のためにささげきった人はいないわけで、だからこそ彼は「神の子」と呼ばれたわけですが、実はアンパンマンは、そんなキリストが原型のひとつになっています。
  テレビのアニメでは「アンパーンチ!」とか言ってバイキンマンをやつけたりなんかしていますが、もともと原作のマンガでは、アンパンマンはもっぱら、困った人や、悩んでいる人、泣いている人がいると、自分の顔をちぎって差し出します。
  「さぁぼくの顔をお食べ」。
  それは、弱っている人、困っている人を見たら、自分を犠牲にしてでも助けようとしたキリストと同じ生き方です。
  今日、読んだ聖書の箇所は、イエスが自分の死を覚悟して、弟子たちをお別れの食事をする場面です。
マタイによる福音書26章26節。読み返してみます。

  「イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。『取って食べなさい。これはわたしの体である』」

  「取って食べなさい。これはわたしの体である」。この言葉は、キリスト教の教会では、「聖餐式」という儀式に引き継がれています。キリストのことを思い起こす食事として、パンとぶどう酒を食べる儀式が教会にはあるんですが、パンを食べるときに、この聖書の言葉を読みます。

  「取って食べなよ。これはぼくの体だよ」

  これがアンパンマンの心なんですね。
  自己中心的で自分のためにしか動けないような人は、世の中で必要としてもらえるはずがありません。
  世の中で生きてゆく力というのは、人に与えるだけのものを持っているということであり、人のために奉仕する良心と手腕を持っているということです。
  人を愛し、人のために生きる姿勢がない人は、誰からも求められなくなり、さみしくなり、そんな状態では、自分自身だって本当に生きる喜びなんか味わえるはずがありません。
  自分以外の人のために自分自身をささげることこそが、生きている意味を感じさせてくれることなんだということを、アンパンマンはとってもわかりやすく教えてくれているのですね。

   なんのためにうまれて
   なにをしていきるのか
   こたえられないなんて
   そんなのはいやだ!


  アンパンマンの心を胸に、いま与えられたこの短い学生時代のうちに、しっかりと世の中で自分を提供できるだけの中身を蓄え、鍛えてください。

  短く黙祷をいたしましょう。黙祷……。
  アーメン。

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