この愛は信じられる

2006年6月5日(月)同志社香里中学校高等学校・春季宗教教育強調週間・早天祈祷礼拝奨励

説教時間:約15分……パソコンに取り込むか印刷してからゆっくりお読みください。

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聖書:ルカによる福音書15章11−32節(新共同訳・「放蕩息子」のたとえ)

  また、イエスは言われた。
  「ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。
  そこで、彼は我に返って言った。
『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』
  そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして祝宴を始めた。
  ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』兄は怒って家に入ろうとせず、父親が出て来てなだめた。しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」

人生の危機

  今日はずいぶん長い聖書の箇所を読んでもらいました。こういう物語をひとつ読むのは、ふだんの短いショート礼拝ではできないことですから、特に今日はこの箇所を読んでもらいました。
  このお話は「『放蕩息子』のたとえ」という見出しがついていて、キリスト教圏では有名なお話です。
  この物語は、ぼくを救ってくれた、というか、ダメになりそうになったときに、ぼくを支えてくれた聖書の箇所です。
  ぼくは一回離婚したことがあります。勤めていた会社を辞めて、同志社大学の神学部に3年編入で入学してしばらくたったころのことです。今から12年ほど前のことかな。
  それまでの人生で持っていたものの考え方を全部ぶちこわして、再構築するつもりで同志社の神学部にやって来ましたから、いろんな人と話したり、いろんな人と酒を飲んだりして夜を明かしたこともありました。そんな生活の中で、ぼくはそれまでの自分のものの考え方やキリスト教に対する考え方をどんどん変えていってしまい。その時のぼくの妻はどんどん変化してゆくぼくについてゆけなくなったようでした。
  夫婦の間での会話よりも、神学部で出会う人との対話を大切にしたり、変化してゆく自分とそれを理解できない妻との間に、だんだんと深い溝ができました。
  そして、家に帰るたびに、話がズレてゆく、理解してもらえないことの連続で、あまりにやりきれず、つい他の女性に慰めを求めたこともありました。
  そのようなことがあって、「一緒に生きてゆくのは無理だ」というのが双方の唯一の合意になったときに、夫婦関係は壊れました。
  そして離婚ということになりました。

ぼくを傷つけた人びと

  当たり前のことかも知れませんが、私とその時の妻が世話になった牧師のほとんどが、私ではなく妻の肩を持ちました。私が好き勝手な人生を生き、それを理解しろと彼女に要求し、彼女のほうは何が起こっているのかもわからないままに、ただひたすらに耐えていたわけですから、当然のことです。
  しかし、今にして思えば、その人たちも大人げなかったような気もします。
  たとえば、二人の結婚の司式をしてくれた牧師は、「オレが司式した結婚式で離婚なんかしやがって!」と怒りました。まるで、自分のブランド・イメージに傷がつくかのようにです。あるいは、二人の仲人をしてくれた牧師は、「お前なんか、慰謝料の支払いで路頭に迷ってどうにでもなればええんや!」と言い捨てました。「お前なんか……」というその口調が子どものようでした。非難されている私もひどい人間ですが、非難している側も大したことないというか、レベルの低い話でした。
  教会からもらっていた奨学金は止められ、生活費にも事欠くようになりました。(その時に日雇い労働の仕事をしたのは、結局いまのぼくに役立っているのですが)。
  また深夜や早朝に電話がかかってくることもありました。電話に出ると、「おまえなんか教会で働く資格なんかない。おまえなんかに来てもらったら、そこの教会員がかわいそうや」とか、「おまえの人生は慰謝料と子どもの養育費で追われて、それでおわりじゃ」とか……。
  いまでこそ現実に慰謝料も払い終り、子どものために養育費を送り続けても、こうして生活できている職場に導かれたのは、本当に神さまが守ってくださったなぁ、いやぼくじゃなくて、ぼくの別れてしまった子どもが神さまに守られているのかも知れないなぁと思っていますが、その時は本当に貧乏学生で、夕食も牛乳1本で済ませたりというような日々でしたから、牧師になるために神学部に来たのに、「牧師になれなかったら、他に生きてゆく道がない!」、「自分の進む道、進路が無くなる!」、「オレはこの業界から追い出される!」……そのような恐怖感は並大抵のものではありませんでした。
  そうやって、その夜も「おまえはキリスト教会の世界から身を引くべきだ」という電話をもらって、ガックリと落ち込み、絶望感でいっぱいになりながら、ふと開いてみた聖書の、パラリと開いたページがこの物語の箇所でした。

救われる放蕩息子

  放蕩息子の物語……。
  父親の遺産を父親の生前に「くれ」というようなあつかましい弟。その弟が好き放題勝手な生き方をして、あげくの果てになにもかも失ってスッテンテンになってしまい、どうにもならなくなってしまったときに、ふと故郷の農場に帰ってみれば、父親は、彼の姿を見つけると同時に自分のほうから駆け寄って行って首を抱き、接吻し、温かい愛情で迎えました。
  ぼくは、ぼく自身が好き勝手やりたい放題をやってしまった放蕩息子だと思いました。「キリスト教会から出て行ってしまえばいい」とキリスト教の牧師たちに言われる放蕩息子でした。
  ところが、聖書には、こんなどうしようもない奴でも、走り寄ってきて、しっかりと抱きとめてくれる愛があると書いてありました。
  ぼくはこの聖書の箇所を読み終わると同時に涙がどっとあふれ出し、おんぼろアパートの両隣に聞こえないように、布団に顔をうずめて声の限りに泣きました。
  たとえ教会の牧師たちが「おまえなんかいなくなれ」と言ったとしても、この聖書には「そんなおまえをうけいれる愛がある」と書いてあるじゃないか、と思いました。
  大学の神学部では、どれが本当にイエス・キリストが言った言葉で、どれが本当にイエスの言った言葉ではないとか、そういう研究をします。ですから、あるいはこの物語も、このままの形ではイエスが言ったのではないのかも知れない。
  しかし、たとえイエスがこのまま語ったのではなかったとしても、この「ルカによる福音書」という本の著者は、とにかくこういう物語を書いて残したわけです。
  ぼくは教会も、牧師も、キリスト教も、イエスも、すべてが信じられなくなったとしても、少なくともこの物語を書いた人は信用できると思いました。
  ここには、「どんなに落ちぶれた人間でも、神には愛されている」、そのことがはっきり書かれています。こういう話を聖書の中に書きこんだ著者がいるのです。その著者が言いたかったことだけは信用できる。この著者が言いたかったことで、オレは救われる。そう思いました。

これを書いた人は信じられる

  いまは、私のことをいじめた牧師たちのほうがよほど変わっていて、世の中にはもっと優しい心をもったまともな牧師もたくさんいるのだということがわかるようになりました。
  また、私のように学校で働く牧師のことを見下げるような見方をする牧師も減りました。
  家庭の崩壊や機能不全になってしまった家族に対するケアに積極的に取り組もうとする牧師も出てこようとしています。
  そのような仲間と次第に多く知り合ううちに、ぼく自身も学校で働く牧師として、自分の職場を誇りに思えるようになってきました。
  しかし、あの時の、「放蕩息子のたとえ」を読んで泣いた瞬間が、自分のキリスト教信仰の原点であると思っています。
  どんなに自分の人生をメチャメチャにしてしまうようなことをした人間でも、必ず神は愛してくれる。神の愛とはそういうものだ、ということをこの聖書の箇所は言っています。
  本当に神がいるかどうかなんて、本当のところはわからないけれども、もしいるとすれば、そういう神さまこそ神さまと呼ぶにふさわしい神さまだろう、と思うのです。
  そういう物語を書いてくれた、この福音書の作者ルカという人に、ぼくは心から感謝しています。
  みなさんも一冊の小説や、1本の映画が心の支えになったりすることはあるのではないかと思います。ぼくにとっては、この物語が大切な心の支えです。
  祈ります。

祈り

  愛する天の御神さま。
  この朝のさわやかな時間に、あなたの御前に礼拝をする時が与えられましたことを心から感謝いたします。
  いつどうなるかもわからない私たちの人生でありながら、今日も平和に生かされている事を心から感謝します。
  もし、私たちが大きな人生の失敗をするようなことがあっても、どうか救い出してくださいますように。
  この祈りを、わたしたちの主、イエス・キリストの御名によってお聴きください。
  アーメン。

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