ベツレヘムの痛み

2002年12月1日(日)日本キリスト教団香里ケ丘教会・待降節第一主日礼拝説教

説教時間:約35分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マタイによる福音書 2章1−12節(新共同訳・新約・p.2)

  イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。
  『ユダの地、ベツレヘムよ、
   お前はユダの指導者たちの中で
   決していちばん小さいものではない。
   お前から指導者が現れ、
   わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」
  そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、「ヘロデのところに帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

幻想のベツレヘム

  アドヴェントを迎え、今年もクリスマスを待ち望み、イエス・キリストの降誕を祝うための、備えの4週間が始まります。
   ♪せかいで はじめの クリスマスは、
     ユダヤの いなかの ベツレヘム
     やどにも とまれず さむいこやで
     マリアと ヨセフと イエスさま♪
  娘が通う幼稚園のクリスマス会でおこなわれるページェントのなかでうたわれる歌です。
  私たちが毎年、心に思い浮かべるベツレヘムの主イエスのご降誕の場面はもっぱら、ロバや馬に見守られ、マリアとヨセフの優しい眼差しにのもと、すやすやと眠るみどり児……といったような、どこか牧歌的で、のどかで、安らぎに満ちた風景であります。
  しかし今年は、私は子どもたちが「♪ユダヤのいなかのベツレヘム〜♪」と歌う声を、聞き流しながら、なんとも歯切れの悪い、落ち着かない思いでおります。
  それというのも、私たちの幻想の中のベツレヘムではなく、「いま現実に、ベツレヘムでは何が起こっているのか」ということが気になってしかたがないからであります。

いま、ベツレヘムでは

  いまベツレヘムでは、何が起こっているのか。
  いまベツレヘムでは、イスラエル国防軍の戦車が市街全域を征圧し、キリストの降誕を記念する聖誕教会の入口は装甲車で封鎖されています。
  今回のイスラエル軍によるベツレヘム侵攻は、つい9日前、先々週の金曜日、11月22日から始まっています。その3ヶ月前に撤退合意を結んだはずなのに、もう破っている。それはなぜかというと、11月21日にエルサレムで自爆テロがあり、その首謀者のパレスチナ人がベツレヘムの出身だったからで、今回のベツレヘム侵攻はその自爆テロの報復措置だということなのであります。
  その後3日以内に、イスラエル軍はパレスチナ人の自爆テロ志願者6名を含むテロリストを31名逮捕したといいます。また、ベツレヘムを含むヨルダン川西岸地区でテロリスト拘束作戦を展開する中、火炎瓶を投げていたとされる8歳の少年が銃殺されたりしています。
  27日の木曜日には、イスラエル軍の侵攻、および聖誕教会の封鎖に抗議して、パレスチナ自治政府のアラファト議長は、今年はベツレヘムではクリスマスも新年祭も中止させる宣言をしました。バチカンの法王庁を動かしてイスラエルに圧力をかけるのだろうという見方が広まっています。
  いま、ベツレヘムでは何が起こっているのか。そんなことを気にする私の感性はおかしいでしょうか? いまのベツレヘムと、イエスがお生まれになったベツレヘムとは、時代も違うし、社会状況も違うのだから、何の関係もないと言えるでしょうか? 私たちにとって重要なのは、聖書の中のかつてのベツレヘムなのであり、信仰のなかの永遠のベツレヘムなのであって、現実の現実のベツレヘムは関係ないのでしょうか?
  聖書を読み、親しむ者なら、一度は聖地に足を踏み入れてみたいと思うものです。たとえ2000年近くも時代の隔たりがあったとしても、やはりそこは特別な意味を持つ場所です。だから現在でも、その場所に憧れ、訪れてみたいと願う。
  そういう気持ちで、あの場所のことを思う者にとって、その特別な場所が自爆テロとミサイルや機関銃による報復という、殺し合いの場になっている、そのために、イエスの降誕を祝うべき教会で、クリスマスを祝うこともできなくなりそうになっているとの報に接したとき、心が痛まないわけはないのではないでしょうか。

なぜベツレヘムなのか

  本日読みました聖書の箇所、マタイによる福音書2章1節には、「イエスはヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった」と記されています。
  キリストの誕生が本当にベツレヘムであったかどうかは、実ははっきりとしておりません。むしろそのことは疑われております。
  というのは、イエスはもっぱら「ナザレのイエス」「ナザレの人」と旅する先々で出会う人に呼ばれており、イエスもそれを否定せず、むしろ彼自身もナザレのあるガリラヤ地方の田舎医者としてのライフスタイルを貫いていること。また、マタイはイエスが「ダビデの子」としてのメシアであることを言いたいがために、「ベツレヘムでお生まれになった」というお話を作ったであろうからです。
  当時、ユダヤ人の間では、「メシアはベツレヘムから出る」という期待が広まっていました。それは今日の聖書の箇所でも、マタイが引用しているように、旧約聖書に「ユダの地、ベツレヘムよ……お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである」と書かれてあるからです。これはミカ書5章1節で、ユダヤ人の間では、メシアの到来を指す言葉とされてきました。
  
イザヤ書11章1節にも、「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで」という言葉もありますし――エッサイとはダビデのお父さんのことですから――やはり、メシアはダビデの家系から、そしてダビデが生まれ育ち、油を注がれて王となったベツレヘムの土地から、生まれるのだという信仰が行き渡っていたのでした。
  福音書の記者たちはそんなユダヤ人社会に対して、イエスがメシアであるということを弁明してゆく使命を帯びていました。そのときマタイは、「このイエスこそが、あなたがたが待ち望んでいるダビデの子孫、油注がれた者、メシアなのである」と説明する方法をとりました。さらには、「なぜならばこの人はダビデの出身地、ベツレヘムの生まれである」とまで、いきおい書いてしまい、ごていねいにも、イエスがダビデの子孫であることをあらわす系図までこしらえて、福音書の冒頭に配置してしまったのであります。
  このマタイのやり方は、ユダヤ人に対する弁証として、即効性というか、手っ取り早くわからせようとした意図は理解できるのですが、長い目で見ると、根本的にはマズかったのではないかと言わざるを得ません。

マタイの矛盾

  なぜなら、イエスがメシア=救い主であられるということは、当時のユダヤ人が期待していたようなメシア像と決定的に違っていたからです。
  ユダヤ人たちは、にっくきローマ帝国の支配をはねのけ、ユダヤ人を独立させるメシアを待ち望んでいました。この当時、世界最強の軍事力を誇るローマ軍が、エルサレムをはじめユダヤ各地に駐留している、その軍隊を残らず粉砕し、撤退させ、この世界帝国にユダヤ地方から手を引かせ、夢の独立を勝ち取り、かつてのダビデ・ソロモン王朝のような栄華、イスラエル民族の黄金時代を取り戻す……そんな非現実的な大それた願望を実現させてくれるのは、神からのメシア以外にありません。だから彼らはメシアを待ち望み、ローマ軍に抵抗するテロリストが現れるたびに、「あれはメシアではないか」「これはメシアではないか」ともてはやしては、そのテロリストが逮捕されるたびに落胆したりしていたのでした。
  そして、イエスが北部地方のガリラヤから首都のエルサレムに出てきたとき、イエスの周りには、やはりイエスをメシアにかつぎあげて、あわよくば彼がエルサレムで引き起こす対ローマのクーデターを見てやろうと考えていた群集がついてきていましたし、イエスの評判をあらかじめ聞いて知っていたエルサレムの人びとも、イエスが都に入るときには、木の枝を道に敷いたり、自分の服を道に敷いたりして、
「ダビデの子、ホサナ!」(マタイによる福音書21章9節)と叫んで彼をもてはやしたのでした。
  イエスの弟子たちでさえ、イエスがローマと闘って、この支配国の軍隊をユダヤから追い出してくれるリーダーとなるのではないかと期待していました。もしイエスが神の力でローマ軍を吹き飛ばし、栄光の神の王国を来たらせて、その王座につくときには、どうか自分たちをその王座の右と左に座らせてくれと願った弟子たちや、その家族もいたくらいです(
マタイによる福音書20章20−28節参照)。
  しかしイエスご自身は、そういう目で見られることを望んではいませんでした。彼は人びとが熱狂的に歓迎する中、ロバに乗って都に入りました(
マタイによる福音書21章5−7節)。ロバは平和の象徴です。彼は柔和で平和を愛する自分の姿勢をこうして示す事で、万軍の主である「戦うメシア」を期待する人びとの思いと自分がしようとしている事がズレていることを、それとなく示し始めていました。
  また、王座についたときにはその側近としての座を要求する弟子たちやその家族に対して、イエスはローマでは
「支配者が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間ではそうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように」(マタイによる福音書20章25−28節)と語りました。
  最終的に、イエスがローマ総督ピラトに死刑の判決を下されるときにも、エルサレムの群集がだれ一人イエスの味方をせず、むしろイエスを処刑するように求め、代わりに名うての政治犯バラバの釈放を要求したのも、イエスが人びとの期待に全く応えない、人びとが望んでいたようなメシアとしては全く役立たずで、非常に大きな失望を民衆に与えたからであります(
マタイによる福音書27章15−26節)。
  というわけで、「イエスがメシアである」ということは、イエスがベツレヘムで生まれ、ローマ軍を撃退し、ユダヤ人国家を樹立するダビデの再来であるという意味では全くありません。
  他ならぬイエス自身が、「メシアはダビデの子孫ではない」と言っています。「どうしてメシアがダビデの子孫なのか。そんなわけないじゃないか」とにべもなく断言しています。
  事もあろうに、マタイ自身がその言葉を福音書の
22章41−46節に記録して伝えている。ここにマタイの抱える大きな矛盾があります。

メシア=イエスとはどんな人か

  イエスは、弱く小さな者を助け、打ち捨てられている者を受け入れ、貧しさの中で分け合い、癒されなかった人を癒し、嘆き悲しむ人と共に嘆き、苦しみの中にもささやかな喜びを得た人と共に腹の底から笑う、そういう方でした。
  「イエスがメシアである」ということは、イエスはこの世の最も弱い人、小さな人、悩む人、病んでいる人、痛めつけられる人、孤独な人と、その苦しみをいっしょに苦しんでくれる方だということなのであり、同時に自分の苦しみをイエスといっしょに分かち合おうとする者は、イエスとつながっていることで逆に自らの抱える重荷が意味のあることに変えられてゆく、苦しみが喜びに変えられてゆく。イエスはそのような奇蹟を起こす方だということです。
  イエスは選民思想に洗脳された民族主義者たちの守護神なのではなく、この世のどこにでもある人間の苦しみを贖い、苦しみの中にある人間自身を内面から変えてゆく、そうして救いをもたらす救い主=メシアなのであります。
  その事は、イエス自身が十字架にかかられて、敗北者、挫折者として恥と苦しみを味わいきったあげくその命を奪われ、しかし死んで後、彼を見捨てて逃げた者たちの間に現れ、一度は逃げた弟子たちが、今度は死をも恐れずイエスの言葉を宣べ伝える者に変えられてゆく、という決定的な大転換に証明されているのであります。

いと小さき者の神

  もちろんマタイは、そんなことは充分わかっていたのかも知れません。しかし、彼が自分の読者となるであろう人々の顔を思い浮かべ、ダビデの再来としてのメシアを待ち望む彼らユダヤ人たちの期待をも取り込みたいと思ったとき、彼は失敗をおかしたと言えるでしょう。
  マタイは明らかにやりすぎました。
  本日の聖書の箇所では、マタイは
「ユダの地、ベツレヘムよ、お前はユダの指導者の中で決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである」と、ミカ書5章1節を引用しています。
  しかし、実は本当の
ミカ書5章1節には、こう書いてあります。
  
「エフラタのベツレヘムよ。お前はユダの氏族の中でいと小さき者。お前の中から、わたしのためにイスラエルを治める者が出る」(ミカ書5章1節)
  もともと預言書には「ベツレヘムは『いと小さき者』であるが、そこから指導者が現れる」と書いてある。しかし、マタイはこれを『いちばん小さい者ではない』と書き換えてしまっているのです。
  考えてみれば、もともと旧約聖書にも、たとえば申命記の7章6節以降にはこう書いてあります。
  
「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である、あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のその民よりも貧弱であった」(申命記7章6−7節)
  ダビデ王にしても、「いと小さき者」と呼ばれたベツレヘムの、羊飼いエッサイの8人の息子たちの中でも、最も軽んじられた末っ子でした。
  もともと旧約聖書、あるいはユダヤ教の信仰の本筋は、このように「『いと小さき者』、『誰よりも貧弱な者』をこそ、神は選ばれる」ということだったのです。そしていわば、「小さき者」「誰よりも貧弱な者」と共に生きようとしたイエスこそが、実はもっとも果敢にユダヤ教の本筋を貫こうとしていた、実はいちばんまっとうなユダヤ教徒であったとさえ言えるわけです。
  そのイエスを、当時の腐れ切ったユダヤ教指導部たちは、危険分子として抹殺してしまったし、ほとんどのユダヤ人民衆も、イエスを助けようともしなかった。マタイはそういうユダヤ人民衆に、イエスがメシアであることを訴えようとして、逆に民衆の期待するメシア像に合わせてイエスの実像を改ざんしてしまった。いわば「ミイラ取りがミイラになった」わけであります。

暴力と結びつく幻想

  いまから2年と少し前、アメリカのクリントン大統領の仲介のもと、旧約聖書「コヘレトの言葉」3章から「戦いの時、平和の時」という言葉を引用し、中東和平のために握手を交わしたはずのパレスチナとイスラエルが、いま血みどろの争いを行っているのは、その中東和平会談の2ヵ月後の2000年9月、現在は首相の座についている右派政党リクードのシャロン党首が、パレスチナ人の自治区にあるユダヤ教の聖地訪問を強行し、パレスチナ人を刺激して武力衝突を誘ったことから始まっています。
  私はその時、シャロン党首がテレビカメラに向かって、「あの神殿の丘は俺たちのもんだ!」と絶叫している映像を観ました。イスラエル人の民族意識は一気に爆発して、その翌年2001年の3月、シャロンを首相に当選させました。その後、シャロン政権はパレスチナに対する強硬姿勢を弱めず、パレスチナ人の自治区に再々国防軍の侵攻を繰り返しています。
  このイスラエルの圧力に対し、昨年の12月以降、とくにパレスチナ人の自爆テロがエルサレムなどで相次ぎ、今年の4月2日にはベツレヘムの聖誕教会でパレスチナ人123人が立てこもり、礼拝していたクリスチャンたちを人質に、39日間の篭城戦を行いました。5月10日にとりあえず篭城戦は終結し、立てこもったパレスチナ人たちの中でも特に過激なメンバーは、EUのいくつかの国に移送されました。しかし、この彼らが教会に立てこもったのも、もとはと言えばこの4月2日にイスラエル軍がベツレヘムに侵攻したことが直接のきっかけでした。同じ4月にはジェニンという北の町で、軍によるパレスチナ住民の虐殺があったのではないかという疑惑も払拭されていません。
  国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、イスラエル占領地のパレスチナ住民の栄養失調が進んでおり援助を拡大する方針だそうです。しかし、イスラエル政府はそれを「テロの支援につながる」と言って反対しています。
  イスラエル軍は次から次へと自爆テロ志願者を逮捕しています。パレスチナ自治区では、男女を問わず続々と自爆の志願者がでてきているそうです。いかに彼らが絶望的に追い詰められ、この世に生きることに何の希望も見いだせていないかを示しているようです。
  そして、今日もベツレヘムでは、戦車や装甲車が町を制圧し、自爆志願者を軍が追跡し、自爆があればいつでもミサイルと銃撃で報復する準備を整えて、兵士が待機しています。
  「この土地は我々ユダヤ人のものなんだ」と主張するシャロン首相の支持率は高く、しばらくはパレスチナへの圧力は弱まることはないでしょう。その背景にあるのは、もはや旧約聖書に記された本来の神の選びとは無関係な、「自分たちこそが選ばれた神の民である」という思い上がりです。そしてそれは「ベツレヘムから出たダビデの再来が、異邦人を蹴散らして、この地にユダヤ人の国家を打ち立てるのだ」という幻想と同じ根から出てつながっています。その幻想がミサイルと機関銃を伴ったとき、どのような事態が起こるのか、それが今日のベツレヘムの姿が示しているのであります。

暴力を放置する幻想

  この冬、私たちはどのような顔をして「ベツレヘムに平和の君がお生まれになりました」と祝えばよいのでしょうか。私たちは、今年も歌をうたい、ケーキを食べ、お祝いをするでしょう。それをやめてしまうのは私たちの子供たちにもかわいそうだなと思う。しかしその一方で、今現実にベツレヘムで起こっている悲劇に目を閉じて、耳もふさいで、笑って平気でいるわけにもいかないのではないか。
  いまイスラエルが、追い詰められたパレスチナ人を、抵抗する者は大人であれ子どもであれ殺している。その現実の一方で、マタイによる福音書は――今日読んだ箇所の少しあと、2章の16節以降で――イエスがこの世にお生まれになったときにも、そのイエスを抹殺するためにベツレヘム周辺の子どもを一人残らずヘロデ王が殺害したと記録しています(
マタイによる福音書2章16−18)。
  昔も今も、クリスマスの背後には残忍な虐殺がある。私たちがそういう記事をさらりと読み流して済ませるようであるならば、ヘロデに殺された子どもたちや、その子の親たちにとって、いったいイエスの誕生とはなんであったのかということに配慮もしないで福音書を書き流してしまったマタイと同じ轍を踏むことになります。

アドヴェントをいかに過ごそう

  私は、これから本日も含めて24日間の待降節をどのように過ごそうかと悩んでいます。
  子どもたちとは、とりあえず、偶然にも、奇跡的に、平穏無事な暮らしがかろうじて与えられていることを感謝しつつ、楽しく愉快なクリスマスの準備をしたいと思います。子どもたちに、平和で喜びに満ちたクリスマスを経験してもらうのは、大人としての責任だと言えるかも知れません。
  しかし同時に、自分がそうやって明るく楽しいクリスマスを味わうことが可能なのは、実はもっと大きな忌まわしい現実を無視しているからかも知れない、という罪の可能性にも、思いをめぐらせてみたいと思います。
  そしてベツレヘムを含むパレスチナ地方で、さらにはそこを含む西アジアを巡って世界を巻き込んで起こっている対立が少しでも平和に向かうために、いま自分たちに何ができるのか正直言って検討もつかないけれども、しかし何かできることを見つけたい。
  少なくとも「ベツレヘムにキリストがお生まれになった」と祝うクリスチャンは、ベツレヘムの嘆きから目を、耳を、そらすことは許されないのではないでしょうか。
  今年のアドヴェントは始まったばかりです。イエスが何のために生き、誰のために死なれたのか、その重い問いを胸に抱きつつ、クリスマスの備えの時期を過ごしてまいりたいと思います。
  皆さんはこのアドヴェント、どのような心持ちで、いかにお過ごしになられますでしょうか……。

祈り

  お祈りしましょう。
  愛する天の御神様。
  今年もあなたの御子、イエス・キリストのご降誕を待ち望む季節を迎えることができます恵みを感謝いたします。
  しかし、このような恵みがこの世のすべての人に与えられているわけではないことに、私たちは畏れと悩みを抱く者でもあります。
  神さま、感謝と共に、私たちにこの世において与えられた重い課題を受け止めつつ、浮かれ騒ぐ世のクリスマスに倣わず、私たちキリスト者にふさわしいクリスマスの迎え方を、いま一度思い起こさせてください。
  そして同時に、世を切り離して思い上がるのではなく、世に仕え、地の塩となる教会となるためのアドヴェント、クリスマスとして、この季節を謙虚に過ごす私たちとさせてください。
  この祈りを十字架にかかられたキリスト・イエスの御名によって、お聞きください。
  アーメン。

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