「実は『彼』はそこにいる」
  ……チルチル&ミチル、マルティン、そしてイエス

2001年5月20日(日)日本キリスト教団香里ケ丘教会・聖日礼拝説教

説教時間:約25分……ダウンロードしてゆっくりお読みください。

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聖書:ルカによる福音書 24章28−35節(イエス、エマオで現れる)(新共同訳・新約・p.161)

 一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

青い鳥はいつ青くなったか?

  メーテルリンクの『青い鳥』というお話をご存知でしょうか?
  二人の子ども、チルチルとミチルが、「しあわせの青い鳥を探してくれないか」と、おとなりのベルおばあさんに頼まれますが、二人の家には、お父さんがつかまえてきた鳥しかいません。そこで、二人は青い鳥を探して、いろんなところに旅をすることになります。
  最初に訪れたのは「おもいでの国」です。そこで二人は、亡くなったおじいさんやおばあさんと再会し、おみやげに青い鳥のかごをもらいます。しかし、そのかごを家にもって帰ると、青い鳥は黒い鳥になっていました。
  次に二人が訪れたのは「夜の宮殿」でした。そこで二人は戦争や病気や不幸の悪魔に襲われます。しかし、光の部屋に逃げ込むと、そこまでは悪魔たちは入ることはできませんでした。そして、世の中のいっさいの不幸から隔離されたこの部屋で、二人は再び青い鳥を見つけるのですが、この部屋から出してしまうと青い鳥は死んでしまいます。
  続いて、二人は「しあわせの御殿」や「しあわせの森」など、次々に旅をしてゆくのですが、それらの場所で見つけた青い鳥は、持ち出そうとしたとたんに、青い鳥ではなくなってしまうのでした。
  そして、最後に訪れた、空の上の「未来の御殿」から転落した二人が悲鳴をあげて目を覚ますと、二人は家のベッドの上にいて、そこにはお父さんがクリスマス・プレゼントに持って帰ってきてくれた青い鳥がいた、というわけです。
  「あんなにさがしたのに、青い鳥はうちにいたんだね」
  とチルチルとミチルは喜びます。
  そして、二人は青い鳥をおばあさんの家に連れてゆき、病気の孫娘を癒した後、青い鳥をかごから出して、青空へと離してあげたのでした。
  「本当の幸せは、実は身近なところにあるんだよ」という通俗的な解説が加えられることの多いこの物語ですが、それ以上に、この物語はキリスト教を知るものにとってはかなり意味深な物語であると解釈することもできます。と言いますのは……
  「本当の幸せとは、そこには姿を見せない『父』がクリスマスに与えてくれたはずのプレゼントであり、それが本当の幸せであることを人は最初は理解できないが、それを悟った人びとは癒され、やがて、その幸せは人びとのもとを離れて天に昇ってゆく……」という筋立てが、イエスその人の生涯を下敷きにしているようであるからであります。『青い鳥』は、キリスト教を知る人にとって、「なるほど」と膝を叩くべき物語ではないかと私は思うのですが、みなさんはいかがでしょうか?
  さてここで、みなさんに質問いたします。
  
青い鳥はいつ青くなったと思われますか?
  この青い鳥は、もともと青かったのに、チルチルとミチルがそれに気づかなかっただけなのでしょうか……? 
  それとも、チルチルとミチルが苦しい旅路から経て、帰ってきたとき、この鳥は青く変わったのでしょうか……?
  ある哲学者は、このように言っています。「青い鳥は、もともと青かったのでもなく、後で青くなったのでもない。そうではなく、チルチルとミチルが帰ってきたときに、
『もともと青かった』ということに『なった』のだ」と。
  「もともと青かった」ということに「なった」あるいは「変わった」……。
  この謎めいた物語が、本日の聖書の箇所、エマオで復活のイエスがあらわれたという不思議な出来事を理解するための鍵となります。

その人はイエスではなかった

  イエスが十字架につけられて壮絶な死を遂げた3日目の夕暮れ時、二人の弟子がエマオという村へ向かって歩いていたといいます。
  エルサレムから60スタディオンという距離が聖書に記してあります。およそ11キロ程度の距離ですから、歩きなれた人、特に昔の人にとってはたいした距離ではありません。
  二人は、他の多くの弟子たちと同じように、イエスに、「この方こそ自分たちの民族を解放してくれる方だ」と期待をかけていました。「この方こそ、昔から周りの国々にとっかえひっかえ征服されつづけ、差別を受け、民族の誇りも主権も失わされたユダヤ人の独立への悲願を、かなえてくれる英雄ではないか」、「このイエスこそ、希望の光ではないか」と信じ、すがってきたのでした。
  しかし、そのイエスが無抵抗のまま、政治犯として捕らえられ、さらしものにされ、侮辱されながら惨めな死に様を辿ったことで、彼らはただ師匠を失った悲しみだけでなく、ユダヤ人としての未来への希望も、日々の生活の張り合いも生きる目的も見失って、落胆の極みを味わいながら、がっくりと肩を落として歩いていたのであろうと思われます。
  その上、イエスの墓がからっぽになっていたという報告を、生前イエスにつき従っていた女性たちから受けていて、彼らは余計に混乱していました。
  女性たちの、「『イエスは生きておられる』と天使たちが告げていた」(ルカ24章23節)という報告を、この二人の弟子は信用していません。女性だからという見下した意識で信用しなかったのか、「そんなことは非現実的だ」と思ったのか、とにかく信用していない。だから、彼らは「イエスは生きている」と知らされたにも関わらず、暗い顔をして歩いていたのでした(17節)。
  そんな二人が、ここ数日間のことを話しながら歩く道々、いつの間にか、イエスご自身が近づいてきて、いっしょに歩き始められた、とあります。しかし二人は、その人がイエスだとは分からなかった(16節)、と。これは不思議な話であります。
  イエスは歩きながら、二人に何を話しているのかたずねるのですが、それでも二人はそれがイエスであるとは気づかなかった。直弟子ではなかったにしろ、イエスのグループに加わって行動していたはずの弟子たちが、です。そんな事がありうるでしょうか?
  イエスご自身を前にして、「先生の遺体が見つからないのです」と悲しそうな顔をしてみせる弟子たちに、「ああ、物分かりが悪い」とわたしたちの聖書には書いてありますが、じっさいにはここでこの人物は、「ああ、ばか者」と嘆息しているのであります(25節)。
  そして彼らに「モーセとすべての預言者」(27節)と書いてありますから、それこそモーセ五書とすべての預言書、つまり本当に旧約聖書の全体にわたって、こんこんとイエスに関連のある部分を説明する。
  そこまで深く話し込んで、さらに旅を続けていこうとするこの人を、もう日も暮れるのでということで、二人は「無理に引き止め」、「ぜひ一緒にお泊まりください」(29節)と誘うほどに彼らは親密になっている。そして同じ家に入り、いっしょに食事の席についても、二人はこの人がイエスだとは認識していないのであります。
  ということは……、この二人の弟子たちの道連れとなり、聖書を解説してくれ、いっしょに宿を取ることになったこの親切な人物。この人物は、ひょっとしたら本当はイエスではなかった、のかも知れません。
  少なくとも、私たちが目の前にいる人を、たとえば「大塚さん」、たとえば「富田さん」という風に識別する、その普通の意味ではイエスではない、顔も形も別人だったのでなかろうか、と思われるのであります。

しかしその人はイエスだった

  彼らが、「これはイエスだ!」と分かったのは、この人が「パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった」瞬間であります(30節)。
  これは明らかに、イエスが敵の手に渡される夜、弟子たちとともにとった最後の食事。すなわち「最後の晩餐」の再現であろう、と気づかれる方も多くいらっしゃると思います。
  しかし同時にルカは、同じような言い回しを、イエスがべトサイダで男性5千人を含む大群衆を、たった5つのパンと2匹の魚で満腹させたという報告においても、使っております。奇しくも、この5千人の給食も、エマオのときと同じように、日が傾きかけて、弟子たちが宿や食事の心配をしはじめた際に起こった出来事であります。
  つまり、エマオで共に食卓についたとき、二人の弟子の脳裡には、イエスがたくさんの人たちと共に食べ、みんなが満腹になったあの出来事と、イエスが死に渡される夜、使徒たちとともに交わした新しい契約の食事の、両方の場面が重なり合って見えたことでしょう――。
その瞬間! この人物は『イエスであった』ということに、弟子たちは気づいた。青くないと思っていた鳥が、実は青い鳥であったことに気づくように。それまでは彼らにとってイエスではなかった人物が、今、「実はイエスだった」ということに「変わった」わけです。
「この人はイエスではない」という状態と、「実はこの人はイエスだったのだ」ということになる状態の違いとは何か? いったい何が変わったのでしょうか?
  それはこの人物に対する、弟子たちの関係の変化とでも申しましょうか。より深く出会いなおした……。あるいは、カタイ言い方をすれば「関係の内実が変化した」とも言えるでしょう。
  そして次の瞬間、イエスの「姿は見えなくなった」と記されております。正確には「彼らからは目に見えないものになった」。肉眼で見ようとしても、そのイエスは見えない、のであります。

こころが燃えるとき

  さて、先ほどから私は、「この人は実はイエスではなかった」という前提でとりあえずお話をしておりますが、イエスとの出会いが、肉眼でイエスを見る事ではなく、心眼でイエスを見出す出会いであるとするならば、あるいはこの物語は、「このエマオへの道で彼らに近づいて来た人物がもし本当にイエスだったとしても、彼らはイエスと本当の意味で『出会う』ことはできなかったのだ」とも言いたいのかも知れません。
  エマオに向かう二人の弟子たちは、「どこにも遺体が見つからない」と悲しんでいました。しかし、墓の中やその他の場所にいくらイエスを捜しても見つかるはずがありません。なぜなら復活というのは、死体がお墓から出てきてひょこひょこ歩き出す現象のことではないからです。
  そして、たとえイエスの遺体が息を吹き返して目の前に現れたとしても、それでは復活のイエスと出会ったということにはなりません。それどころか、墓から出てきた本物のイエスが聖書を解説してくれたって、イエスとは出会えない。イエスについて、どんなに見たり聞いたり知ったりしても、イエスの事が分かるというわけではない。「二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった」(16節)とは、そういうことだったのかも知れません。
  しかし、全く逆に、イエスではない、普通の人との偶然の出会いの中で、人は突然イエスと出会うことがあります。心の眼が開かされて、「実は目の前にいるこの人がイエスなのだ」と悟る瞬間が与えられることがあるのであります。
  それは、私たちが自分の妻や、夫や、子どもや、親や、近所の人や、お客や、生徒や、部下や、上司や、あるいはひょっとしたら道を歩いているときに、偶然近づいてきた人と、それは前から知っている人かも知れないし、あるいは新しく出会う人かも知れないけれども、その人と「私」との関わりが変化を起こすとき。それまでとは違う深い関わりに足を踏み入れるとき、
 
 「私がいま出会っているのは、イエスなのかも知れない……」
  という認識が開かれるのであります。
  その時、人と人の心は一つになります。
  そのとき、
「わたしたちの心は燃えていた」と二人の弟子は語ります(32節)。「わたしたち」と言いながら、ここでの「心」という言葉は単数形。すなわち、心は「ひとつになって燃えていた」のであります。

あれはわしだったんだよ

  それでは、どのようにすれば私たちの心の眼が開くのでしょうか? どうすれば、私たちは「私」と「あなた」の出会いを、より深い関わりへと進ませることができるのでしょうか。そして、どのように、このエマオの出来事のようなイエスとの出会いを体験できるのでしょうか?
  それを解く鍵となるもう一つの物語が、『靴屋のマルチン』という童話になったことでも有名な、トルストイの民話であります。
  ――靴屋のマルティン・アヴジェイチは人もよく仕事も確かな男でしたが、妻と子どもたちを相次いで亡くし、ひとりぼっちになってからというもの、生きる望みを失い、神を恨み、教会にも行かなくなり、早く死なせてくれと祈る毎日でした。
  しかしある日、マルティンと同郷の老人が彼を訪ねてきて、「おまえに読み書きができるのなら、聖書を買ってきて読め」と強く勧めます。そこで彼は大きな活字で刷った新約聖書を買い求め、毎晩読むことになります。そして、聖書を読むたび、マルティンは自分の生き方と照らし合わせて、深く考え込むようになっていきました。
  そんなある夜、考え込んでいるうちに眠り込んでしまったマルティンの耳のうしろから、不意に声が聞こえます。
  「マルティン、マルティン! 明日は通りを見ていなさい。わしが行くから」
  あくる朝、マルティンは仕事も手につかず、窓越しに往来ばかりのぞいていますが、いっこうにキリスト様が現れる気配はありません。その代わり目に入ったのは、体をガタガタに痛めた老人スチェパーヌイチが雪かきの途中でくたびれ果て、たたずんでいる姿でした。
  マルティンは「あの男にお茶でもごちそうしてやるか」とスチェパーヌイチを招き入れます。そして、一杯飲んでもまだ欲しそうにしている老人に、何杯でも注いでやりながら、聖書の話をして聞かせるのでした。
  次にマルティンが家に招きいれたのは、寒い中を夏物の服を着て、赤ん坊を抱いたまま震えて立っていた貧しい女性でした。彼は、朝から何も食べていないこの母親に食事を取らせ、赤ん坊をあやし、古い上着を小銭を持たせてやります。
  その次に彼が出会ったのは、りんごが入った籠を持ったおばあさんと、そのりんごを盗もうとした少年でした。少年を警察に連れて行くといきまく老婆をなだめ、逃げようとする少年を引き止めて老婆にあやまらせ、マルティンは少年のためにそのりんごを買ってやりました。
――その晩、いつものようにマルティンが仕事をかたづけ、棚から聖書を取り出すと、皮のしおりを入れておいたところと別の箇所が開きます。そして薄暗い部屋の片隅に人が立っている気配に気づきます。
  「マルティン、マルティン、おまえはわしに気づかなかったのか?」
  「誰に?」とマルティンは言いました。
  「わしに」と声が言います。「あれはわしなんだよ」。
  そして、暗い片隅から、スチェパーヌイチが進み出て、にっこり笑ったかと思うと、雲のように消えてしまって、影も形もありません……。
  「あれもわしだよ」
  すると、暗い片隅から、赤ん坊を抱いた女性が現れました。女性がにっこり微笑み、赤ん坊が笑い出したかと思うと、これもまた消えてしまいました。
  「それから、あれもわしなんだよ」
  すると、おばあさんとりんごを持った男の子が出てきて、二人ともにっこり笑ったかと思うと、やはり消えてしまいました……。
  このトルストイの民話、もともとの題名は、
「愛のあるところには神がある」というものです。それは、私たちがどこでイエスに出会えるかをそのまま示しています。
  最後に、マルティンがこの夜開いた聖書の箇所をお読みして、終わりたいと思います。そこには、私たちがどうすればイエスに出会えるのかが書いてあります。
  
「汝ら、わが飢えしときに食らわせ、かわきしときに飲ませ、旅人なりしときに宿らせたり……」(マタイ25章35節)
  「わが兄弟なるこれらのいと小さき者の一人になしたるは、すなわちわれになしたるなり」(同40節)

  ……お祈りいたしましょう。

祈り

  神さま。
  感謝いたします。今日もこうして今日の分の命を与えられて、こうして生きております。
  この生かされてゆく日々、出会う人、関わる人の中に、あなたの御子のお姿を見出してゆく、謙虚さと、信仰と、愛の行いを実際に行なう勇気をお与えください。
  目が開け、心が燃える時を握っておられるのは、あなたであります。己を空しくして、その時を受け入れることができますように。
  イエス・キリストの御名によって祈ります。
  アーメン。

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