「パン屑だけでもいただきます」

2000年5月28日(日)日本キリスト教団香里ケ丘教会・聖日礼拝説教

説教時間:約30分……ダウンロードしてゆっくりお読みください。

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聖書:マルコによる福音書 10章13〜16節(子どもを祝福する)(新共同訳・新p.81)

 イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れてきた。弟子たちはこの人々を叱った。 しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。  「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。 はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」 そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。

「未陪餐会員」?

 日本基督教団には「未陪餐会員」という言葉があります。
 幼児洗礼は受けているが、いまだ信仰告白はしていないので、一人前の信徒として扱われず、聖餐のパンとぶどう酒は口にしてはいけない、とされている人の事をさします。
 ありがたいことに、私の三人の娘たちは先日のイースターに大塚牧師より幼児洗礼を授けていただきました。そして、その瞬間から、彼女たちは日本基督教団香里ケ丘教会の「未陪餐会員」となりました。
 しかし、聖餐式に際して私は、教団の規則に反して、自分のパンをちぎって子どもたちの口に入れてしまいました。
 「おいしい?」
 「おいしい!」
 と、上の娘は喜んでおりました。
 『未陪餐会員』
 しかし、本当に陪餐「するべきではないのか」、陪餐「するに値しないのか」あるいは陪餐「してはならない」のか。それが今回のテーマであります。

聖餐とは

 そもそも「聖餐」とは何でしょうか。
 香里ケ丘教会の場合、年に3回、クリスマス・イースター・ペンテコステの3つのお祭りの際に、礼拝において「聖餐式」というパンとぶどう酒をいただく聖礼典が行なわれております。教会によっては毎月1回行なわれたりしている所もあるようですが、これはそれぞれの教会のやり方によります。
 聖餐式では、洗礼を受けた信者にパンとぶどう酒が順番に配られます。そして、「これは、わたしたちのために裂かれた主イエス・キリストの体です」、あるいは「これは、わたしたちのために流された主イエス・キリストの血潮です」「あなたのために主がいのちを捨てられた」あるいは「血を流されたことを憶え、感謝をもってこれを受け、信仰をもって心のうちにキリストを味わうべきであります」と。
 この言葉を胸にキリスト者は、イエスの死をただ心に思い描くだけでなく、舌で味わい、喉を通して、腹におさめる事で、キリストの愛が自分の中に入って染みわたり、血となり肉となって、私を生かすのだ……と実感する。そういう礼典であります。
 この礼典の起源とされているのは、イエスが十字架につけられ受難される直前の弟子たちとの食事、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画でも有名な、いわゆる「最後の晩餐」です。
 この「最後の晩餐」については、福音書がいずれも記録しておりますが、たとえばマルコによる福音書を見てみましょう。マルコによる福音書14章22節より(新共同訳・新約p.91)。
 「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしの体である。」また杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。そして、イエスは言われた。「これは多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。」一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。」
 ……そしてそれがイエスと弟子たちの最後の食事となりました。
 そしてごく初期のキリスト者たちは、この最後の食事を記念して、「主の晩餐」と呼ばれる、信徒だけの密かな食事を守り伝えました。

「過越し」と「主の晩餐」

 さて、イエスが弟子たちと最後に交わしたこの食事。元来は「過越しの食事」という、ユダヤ教においては特別の儀式的な食事でした。
 伝統に忠実なユダヤ人の家庭では、一家の主人が食卓の上のそれぞれの食べ物について、旧約聖書の「出エジプト」の出来事――つまりイスラエルが奴隷状態から解放されてエジプトを脱出し、自立した民族性を初めて確立した出来事――にちなんで説明し、家族全員でその食べ物をいただきます。そうする事で、いわば体そのものに出エジプトを覚えこませる。それが「過越しの食事」です。
 その「過越しの食事」の最中に、今度はイエスが、パンとぶどう酒の杯を取って、「ここからが私の新しい契約だよ」と始められたのが、聖餐式の起こりでした。つまり、あの「最後の晩餐」という食事は、もともと旧い契約の食事であった所に、イエスが新しい契約を付け加えた、旧約と新約のつなぎ目。また、過去と未来の転換点のような出来事でもあるわけです。
 すなわち、過去に向かっては、捕われの状態からの解放、旅立ちを思い起こさせ、未来に向かっては来るべき神の国への到着、その理想社会での喜ばしい食事の先取りを見る。そういう歴史的に大きなスケールのイメージを伴った食事なのであります。
 考えてみれば、引き裂かれた肉・流された血という、おぞましい出来事の象徴であるにもかかわらず、それはパンとぶどう酒という私たちの栄養になる良き食べ物に重ね合わせられております。十字架の死の苦しみと食べることの生きる喜びという相反する感情が入り混じった……なんとも理屈では表現し難い……だからこそ言葉ではなく、実際に食べてみて味わうしかない、そういう礼典なのであります。
 そして、このイエスご自身が招いてくださった食事を通して、「ああ、私たちは神さまに招かれているんだな」「歓迎されているんだな」「私は生かされているんだな」と確認させてもらえるという、深く複雑に入り混じった意味合いをもった食事なのであります。

「オープン」か「クローズ」か

 それでは、この食事に招かれているのは誰でしょうか。
 これには見解が二手に分かれております。一つは洗礼を受けた信者のみが招かれているという考え方。もう一つは、信者も信者でないものも皆招かれているのだ、という考えです。これを日本では「クローズ聖餐」・「オープン聖餐」という呼び方をしている人もいます。
 日本基督教団の教憲教規では、信仰告白した信者のみが聖餐に与る、つまりいわゆる「クローズ」の発想です。しかし、最近では個々の教会の判断で自主的に「オープン聖餐」を実施するところも出てきています。
 では、聖書的な根拠はどうなっているのでしょうか。
 実は、クローズにもオープンにも聖書的な根拠はあります。
 さきほども紹介いたしました「最後の晩餐」の場面ですが、これは先にお読みしましたマルコ以外にも、マタイ、ルカの福音書、またパウロがコリントの信徒への手紙Tで伝えております。
 いずれも、イエスが引き渡される夜、死を目前にして、最後の食事を弟子たちと取ろうとしている場面でありますから、この時ばかりは、お弟子さんたちとだけで食事をしているようです。場所も、命を狙われていることを意識してか、安全な秘密の家の2階部屋に用意してあります。ここで行なわれたのは、イエスと弟子たちだけで行なわれた「クローズ」なお別れの食事であります。
 ところが、よく福音書を比べて読んでみますと、ルカによる福音書とコリントの信徒への手紙は、「あなたがたのためのわたしの体」「あなたがたのために流されるわたしの血」と書いてあります。
 その一方でマルコによる福音書とマタイによる福音書は、「これは多くの人のために流されるわたしの血」と書いてあります。
 どちらが日本基督教団の式文に採用されていると思いますか? 答えはルカの方です。
 信者たちだけのクローズな食事の儀式の中で語られた言葉として、「あなたがたのために」と言うのと、「多くの人のために」と言うのとでは、全然意味が違います。
 「あなたがたのため」と言えば、イエスは信者集団のために血を流したことになりますが、「多くの人のため」と言えば、イエスは信者集団に限らず不特定多数の多くの人のために血を流されたのだ、ということになります。それが信者のクローズな儀式で語られたならばなおさら、「ここには信者だけが集まっているが、実は主は他の多くの人たちのためにも血を流されたのだ」「主は本当は、他の多くの人をも招いておられるのだ」と強調することにもなったでしょう。つまり、儀式はクローズで行なわれていたとしても、目指す理想はオープンであったということになります。
 では、「あなたがたのため」「多くの人のため」のどちらが本物なのでしょうか。
 実は、どちらも本物であろうと考えられます。

悲壮なるクローズ聖餐

 実は福音書と言う書物は、イエスの伝記という形は取っていますが、じっさいに書かれたのはイエスが亡くなられてから少なくとも40年、新しいものでは70年近くたってからです。書かれた目的も、イエスの実像を記録として残そうというよりは、著者が属した教会での信徒教育のために書かれたという要素が強いものです。
 ですから、例えば「最後の晩餐」の場面の記述が微妙に食い違っていたとしても、それは「著者の属していた教会ではそう唱えていたのだ」ということの反映であって、そういう意味では、どちらもウソではないということになります。そのかわり、生前のイエスがどのように言われたのかはわからないのであります。
 さて、パウロが旅した先々で、またルカが属していた教会の聖餐式で「あなたがたのために」と唱えられていたとしても、特に不思議はありません。信者だけの閉じた集団の中で「主はわたしたちのために血を流された」と言っても、まぁいわば当たり前の風景です。
 しかし、マルコやマタイの教会では、クローズの儀式を守っていたにもかかわらず、そこでは「これは多くの人のために流された血です」と唱えていたとすれば、そこにはあえてそう唱えるだけの意図と主張があったと考えざるを得ません。
 当初のキリスト者たちがクローズの聖餐を守っていたのは、やむをえない事でした。初期のキリスト者の群れは常にユダヤ教から、また時おりローマ帝国から激しく弾圧を加えられ、多くの仲間が命を落としておりました。信徒たちは、部外者を警戒しなければならず、もうすぐ来ると信じられたこの世の終わりを待ちつつ、ひっそりと信徒だけの共同生活を営んでいました。その共同生活のグループでパンとぶどう酒の儀式を密かに行っていたのですから、クローズなのは当たり前です。聖餐だけではなく、信徒集団そのものが基本的にクローズだったのです。
 いつ逮捕され、殺されるかも分からない。そんな状況で彼らは、「いつ殉教しても構わない覚悟でいよう」と励ましあいながら、イエスの最後の食事を再現していたのです。
 マルコによる福音書の「最後の晩餐」、最後の部分をもう一度。
 「『はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。』一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた」(マルコによる福音書14章25節)
 ここに描かれた悲壮感あふれるイエスの姿は、実は当時の信徒たちの、殉教へ立ち向かってゆく覚悟を描きこんだものでもあったのです。

オープンへの夢

 この苦渋に満ちた覚悟を伴う聖餐の場で、しかし「これは(わたしたちだけではなく)多くの人のために流された主の血である」と宣言するということは、どういうことでしょうか。
 そこには、「自分たちを迫害する人びとのためにも、主は血を流されたはずだ」という、これまた苦渋に満ちた信仰の告白が含まれているのであります。
 命の危険にさらされながらも、「主イエスの流された血は、そしていずれは自分たちも流すであろう血は、自分たちを殺そうとする者たちをも含めた『多くの人』のために流されるのだ」という告白は、殺されながらも殺す相手をなお愛し、赦してゆこうというイエスの死に様に、自分たちも同じようについてゆこうとする、究極の信仰の姿であります。
 あの主イエスが自分の血を、自分の信奉者のためだけに流すなどとケチなことを言うはずがない。
 あの主イエスが、ご自分の食事に、限られた者だけしか招かないなどという事があるはずがない。
 命を捨てる最後の夜には、弟子たちと水入らずで別れの食事を取りたかったのであろう。しかし本来は、願わくば来るべき神の国で「多くの人」と共に喜びの食事を交わすことが彼の夢であったに違いない。「神の国で新たに飲むその日まで……!」と語った彼の思いは、そうであったに違いない。
 なぜならば、生前の彼が食事を取るとき、また食事のたとえを話されるとき、そこにはいつも、分け隔てなく全ての人が招かれていた。
 いやむしろ、イエスの食卓のまわりには、罪人や障害者など当時「汚れた人間」と呼ばれた人たちであるとか、「信仰のない奴ら」と呼ばれた人たちが、あふれかえっていたではないか。
 そして、人びとが子どもたちを連れて来たとき、弟子たちがそれを妨げようとすると、彼は憤ったではないか。「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」と(マルコ10.13−16)。
 また、弟子たちがケンケンガクガク議論しているような場所でも、なぜかひょっこり子どもがいて、イエスはそのうち一人の子の手を取って「わたしの名のためにこのような子どもの一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのだ」と言われていたではないか……(マルコ9.37)。
 イエスの食卓は、いつも全ての人にオープンに開かれています。しかし迫害の世にあっては、「聖餐」どころか、信徒の集まりをオープンにすること自体が教会にとって自殺行為でした。それでも、「神の国で再び新たに飲もうではないか」と「その日」を夢見て、パンとぶどう酒を分け合った信徒たちの心には、大人も子どもも、女も男も、「多くの者」が分け隔てなくイエスのもとで喜び祝う終末の完成への切望があったのであります。

子どもを招く王はどなた

 一方、ルカの教会では、そういう切迫感は既にゆるんでおり、未来への切望というよりは、最後の晩餐を思い起こす記念会といった趣きです。
 イエスの食事、またマルコの教会での聖餐を、その本質的な精神において受け継ごうとするならば、未来の先取りとしての聖餐式はオープンになります。ルカのように信徒集団の記念の食事であることを重視するならば、クローズになります。
 日本基督教団は現在のところ、マルコ型ではなく、ルカ型をとっております。結果的に信者でない人、あるいは信仰告白をしていない人、あるいはできない人、つまり幼児や、知的障害者や禁治産者など、生前のイエスであったなら喜んで食卓に招いたであろう人びとが、食卓につくことを拒絶されております。
 「子どもを招く王はどなた、子どもの好きなイエスさまよ」という讃美歌がありますが、招かれた子どもがイエスのもとに来るのを妨げている者は誰か。
 この事は、教団でも細々と論議はされておりますが、教憲教規が改訂されるまでには、うちの娘たちはおばあさんになってしまうことでしょう。待ってはおれませんので、私は勝手に自分の信仰的判断で子どもにパンとぶどう液を分けたいと思っております。
 聖書には「食卓の下の子犬も、子どものパン屑はいただきます」(マルコ7.28)という言葉もあります。子どもは食卓には招かないというのが教団の方針なら、食卓の下の子犬になってでもいいから、パン屑だけでも拾って自分の子に食べさせてあげたいと思うのが、親の心理というものではないでしょうか。

祈り

 祈ります。
 神さま。「食べる」「飲む」という、私たちの日々の暮らしにとって最も基本的な営みを通して、あなたの御国が示されていることを心から感謝いたします。この国の最高責任者たる執政者が「神の国」をめぐる発言で非難を受けているさなか、非難をしつつ私たち自身も、「神の国」のモデルたるべき教会において、あたかもイエスを現人神のようにあがめ、まつりあげ、奉仕のために信徒を動員し、イエスの招きに参列する適格者と不適格者があるかのごとき選別の規則を作ったりしている現状を見るに、そんな教団とあの首相の発想のどこに根本的な違いがあるのか、といぶかってみたくもなる者であります。
 神さま、いま一度、私たちにイエスの食卓の招きを思い起こさせてくださいませ。そして、子どもを中心に立たせて「神の国はこのような者のものだ」と語られたイエスの思いを、私たちにも甦らせてくださいませ。誰もがあなたに創られたありのままの姿であなたのもとに憩える「神の国」が早くきますように。
 イエス・キリストの名によって、祈ります。
 アーメン。

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