分けても減らない火のように

2006年7月30日(日) キリスト教学校教育同盟 第50回事務職員夏期学校 第2日目 キャンドル・ライト・サービス説教

説教時間:約20分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マタイによる福音書13章31〜33節 (新共同訳・新約)

  イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。
  「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」
  また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」
ホールの照明が消え、周囲は一瞬真っ暗になる。
そこへ2人の点火係がロウソクに火を灯して登場。
まずは講壇の上の燭台に火を灯し、
それから参加者全員で囲んだ中央のキャンドルスタンドに
火を灯してゆく。
時間をかけて、ゆっくりと炎は広がってゆく。

キャンドルの炎

  炎は不思議ですね。
  最初はひとつの炎であったものが、1本から2本、2本から4本、そして、やがてたくさんのキャンドルへと炎は移されてゆきます。
  これは普通の物体とは違いますね。ふつうは、あの物を2つに分け、4つに分け、としてゆくと、分けた物のサイズはどんどん小さくなってゆくわけですが、炎はこうして多くに分けていっても、もとの火が小さくなったりすることなく、どんどん無限に広がってゆきます。炎とは本当に不思議なものです。
  今、まったく光のないゼロの状態から、光がひろがりましたね。これはすごいことだと思います。
  皆さんは今日の午後、気賀健生(けが・たけお)先生(青山学院大学名誉教授)の特別講義を通して、この日本でいかにキリスト教の火が吹き消されようとしたか、とても恐ろしい歴史の話をお聞きしました。
  ろうそくの炎を吹き消すのは一瞬です。
  (――と言って、講壇上の6本のロウソクを一気に吹き消す)
  ……これが暴力というものではないでしょうか。
  (再び、中央のファイヤーから火をいただき、講壇上のロウソクに火を灯す)
  このように一度消えた火を再びつけるのには、たいへん時間がかかります……。

天の国のたとえ

  さて、イエスは、さきほどお読みしました聖書の言葉のように、天の国とはどういうものかを説明するときに、小さなからし種が大きな木になるというたとえや、パン種(パンを膨らませる酵母のことです)が、パンを大きく膨らませることのたとえなど、たとえ話を使いました。
  いずれも、最初は小さな種のようであったものが、次第に大きく大きく成長して広がってゆくのだ、ということを表しています。
  それらのたとえと同じように、キャンドルの炎も「神の国がどんなものであるか」ということも目に見える形で私たちに教えてくれます。
  天の国、神の国というのは、死んだ後に行くところではありません。むしろ天の国、神の国とは、この世に実現して現れるものだとイエスは言っています。
  神の「国」という言葉がよくないのかも知れませんが、それはある「場所」のことではなくて、「状態」のことをさします。私たちが本当に心から人を大切にすることをお互いにできれば、そこに広がってゆく状態を、イエスは天の国、神の国と呼びました。
  一人の人が愛の炎を次の人に託し、いただいた愛を間違いなく次の別の人に伝えてゆく。そうすれば、そこにはだんだんと神の国が広がってゆくということをキャンドルの火は教えてくれるのです。

『ペイ・フォワード』

  みなさんは、『ペイ・フォワード』という映画をご存知でしょうか。もう新しい映画ではなくなりましたけれども、レンタル・ビデオのお店では、名作コーナーに今もあるのではないかと思います。
  ある小学校に赴任してきた新任の先生が、社会科の授業で子どもたちに「世界を変える為に、自分たちには何ができるか」を考えてくること、という宿題を出します。
  主人公の少年は、「まず自分が3人の人に何か親切をしてあげる。親切をしてもらった人は、そのおかえしを元の人にする(つまりペイ・バックする)のではなく、「ペイ・フォワード」、つまりおかえしを次の別の人に親切をするという形で伝えてゆく。親切をされた3人の人には、それぞれに別の3人に親切を「ペイ・フォワード」するように約束をしてもらいます。それが約束どおりに実行されると、次に親切を受けた人は9人に増えます。9人の人がさらにそれぞれ3人の人に親切をしてあげると、親切を受けた人は27人になる。そういうことを続けてゆけば、いつか世界はもっと住みやすいすばらしいところになる。そういうアイデアを主人公の少年はクラスメートの前で発表します。そして、自分でも実行してみようとします。
  この映画は、イエスが唱えた神の国がどのように広がってゆくのかということを現代風に表した物語でした。主人公の少年は、あるシングル・マザーの家庭に育つのですが、そんな設定にも父親なしに子どもを産んだ母マリアのもとで育つ少年イエスの姿をダブらせています。
  少年は自分で考えたこの「ペイ・フォワード」の方法を実行し、貧しいホームレスの男性を助けて自分の家で食事を与えます。その男性は自殺しようとして橋から飛び降りようとしている女性を助けます。なぜ自分を助けてくれたのかと聞く女性に、ホームレスの男性は、自分も助けてもらったからだと答えます。
  しかし、そうやって少しずつ神の国が広がってゆく矢先に、この少年は、少年をやっかむ他の少年たちに刺し殺されてしまいます。まるで、神の国運動が始まったばかりのときに、イエスが殺されてしまったように、です。
  しかし、映画のラストシーンは、彼の死を悼むキャンドルの列がアメリカの各地から集まってきて、壮大なキャンドルの列になってゆく……というものでした。つまり、少年の思いは彼が死んでそのままで終わるのではなく、遺された人びとの心のなかに生き続け、彼の愛をあらゆる人が受け継いでゆくことを、多くの人が分けても減らないキャンドルの火で表していったのでした。

イエスの志を受け継いで

  イエスというたった3−4年ほどの短い活動しかしなかった人が示した愛は、彼が十字架で殺されたあとも、キリスト教という形で現在まで受け継がれています。
  確かにキリスト教会は、長い2000年間の歴史のなかで、十字軍や魔女狩り、異端審問など、たくさんの過ちを犯してきました。しかし、聖書に描かれたイエスの姿に立ち返るたびに、私たちは、「いちばん大事なことは、たとえ小さくても、愛を自分以外に人に伝えることなのだ」という基本に戻ることができます。
  キャンドルの火が、一人また一人と伝わってゆくように、私たちも毎日の仕事のなかで、そして暮らしのなかで、火を分け伝えるように、愛を伝えあいたいものです。
  まずは私から、愛を3人の人に伝えよう。もし誰かから大切な扱いを受けたならば、次は3人の別の人を大切に扱ってみよう。そうすることによって、この世は住みやすく、すばらしいところになってゆくと思います。そうすることで、私たちはイエスが伝えようとした天の国、神の国というものを、この世に実現させてゆくことができるのであります。
  ゼロになる前に、あるいは、今はゼロであったとしても、少しずつでも火を灯してゆきませんか。
  お祈りをいたしましょう。

祈り

  愛する天の御神さま。
  今日も私たちが一日のわざを終えてここに集い、あなたの御前に礼拝をささげることができます恵みを感謝いたします。
  分けても減らない火のように、他者を愛する心を私たちに与えてください。私たちが私たちの生きている場所を、自らあなたの国へと変えて行くことができるように、人を愛する力を与えてください。
  この祈りを、イエス・キリストの名によってお聴き下さい。
  アーメン。

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