本当に、この人は神の子だった

2007年4月5日(木) 日本キリスト教団香里ケ丘教会 受難週祈祷会奨励

説教時間:約25分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マタイによる福音書27章62〜66節 (新共同訳・新約)

  明くる日、すなわち、準備の日の翌日、祭司長たちとファリサイ派の人々は、ピラトのところに集まって、こう言った。
  「閣下、人を惑わすあの者がまだ生きていたとき、『自分は三日後に復活する』と言っていたのを、わたしたちは思い出しました。ですから、三日目まで墓を見守るように命令してください。そうでないと、弟子たちが来て死体を盗み出し、『イエスは死者の中から復活した』などと民衆に言いふらすかもしれません。そうなると、人々は前よりもひどく惑わされることになります。」
  ピラトは言った。
  「あなたたちには、番兵がいるはずだ。行って、しっかりと見張らせるがよい。」
  そこで、彼らは行って墓の石に封印をし、番兵をおいた。

マタイ受難曲

  今年の受難節、私はたまたま、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの『マタイ受難曲』を生で聴く機会がありました。
  バッハの『マタイ受難曲』といえば、彼の最高傑作であると同時に、中世音楽からバロック音楽にかけての総活とも言うべき作品だと言われています。
  テノールのソリストによる「福音史家」によって福音書の言葉が歌われ、バスのソリストによってイエスやピラトなどの言葉が歌われて、オペラ風にイエスの受難の物語が語られてゆく中に、時折「コラール」と呼ばれるルター派教会の賛美歌が、バッハの巧みなアレンジを加えられて合唱で入ってきます。
  中でも何度もくりかえし歌われるのが、今日歌いました『讃美歌21』の311番のコラールです。私個人は前の『讃美歌』の136番の歌詞のほうが馴染んでいるのですが、とにかくこの賛美歌が好きです。『マタイ受難曲』を聴くなかでも、このコラールが流れてくるたびに、胸がしめつけられるような感情がわいてきます。なんというか、イエスの受難を見ている者のつらさですね。目の前でイエスが苦しんでいる、それをどうすることもできず、ただ胸をたたきながら見つめている人間のつらさ、そういう感情がわきあがってきます。そんな感情を300年近くもの時を超えて現代人の私に注ぎ込んでくるわけですから、バッハという作曲家はおそるべき天才だという気がします。

違和感のある聖句

  さて、この『マタイ受難曲』を聴いている間、コンサート・ホールでは舞台の両脇に電光掲示板のようなディスプレイがあって、歌詞の日本語訳をじっさいの歌にあわせて表示してくれているので、意味がとりやすかったのですが、聴いているうちに、なんだか全体の文脈の中で違和感を感じる歌詞がありました。
  歌詞というか、福音史家が歌う部分ですから、マタイ福音書の言葉そのものですけれども、どうも「本当にこんな箇所が福音書にあったかな?」と感じさせるような箇所がありました。それが、今日お読みいただいた、マタイによる福音書27章62〜66節です。
  「本当にこんな箇所が福音書にあったかな?」と思ったのは私の勘違いで、ちゃんとマタイ福音書にこうして載っているわけですが、どうも違和感を感じたのは、マルコ・マタイ・ルカ・ヨハネの4つの福音書のなかで、この記事を載せているのはマタイだけだったので、どうも私の頭のなかでできあがっていた受難物語のイメージのなかで見落としていたらしいのです。マタイしか書いてない珍しい箇所なので、ちょっと違和感を感じたのだと思います。
  『マタイ受難曲』は、マタイによる福音書の26章から27章までをクッキリ切り取って物語に仕立てたものです。26章の始め、イエスを殺す計略を祭司長たちが立てているところから始まり、ベタニアで香油を注がれる事件、過ぎ越しの食事、ゲツセマネの祈り、逮捕、裁判、ペトロの否認、ユダの自殺、ピラトの尋問、そして十字架における死と埋葬までを描き、その流れは他の福音書ともだいたい内容的には重複しているのですが、この番兵が墓を見守るという話は、マタイだけが書き残しています。

遺体を盗み出す弟子たちの話

  ちょっと変なエピソードなんですね。祭司長たちやファリサイ派の人たちが、ピラトにこんなことを言います。
  
「閣下、人を惑わすあの者がまだ生きていたとき、『自分は三日後に復活する』と言っていたのを、わたしたちは思い出しました。ですから、三日目まで墓を見守るように命令してください。そうでないと、弟子たちが来て死体を盗み出し、『イエスは死者の中から復活した』などと民衆に言いふらすかもしれません。そうなると、人々は前よりもひどく惑わされることになります。」(マタイによる福音書27章63−64節)
  『マタイ受難曲』のように、マタイ福音書の26章から27章までだけを切り取るということをしますと、イエスの復活について書かれているのは、この部分だけということになります。それだけに、この弟子たちの墓泥棒の話が妙に生々しく印象的に浮き上がってきて、「こちらのほうがよほどありそうな話ではないか」「本当は、イエスの遺体は弟子たちが掘り出して持っていってしまったのではないのか」と逆に勘ぐりたくなってしまうような効果を物語上持ってしまうんですね。「いらんことを書くから、余計に疑われる」というような類の書き込みに感じるわけです。
マタイがこの記事を書いた当時、おそらくユダヤ教サイドから、イエスの復活について、「それはイエスの弟子たちが墓からイエスの遺体を盗み出したのだろう」という噂が流されていたのでしょう。ですからマタイはこれに対抗してこのような記事を書いたのだと推測されていますが、噂をかき消そうとして、かえって噂を広める結果になっているような気がします。

空の墓にこだわるマタイ

  ページをめくって、28章の11節以降にも、「婦人たちが行き着かないうちに、数人の番兵は都に帰り、この出来事をすべて祭司長たちに報告した。そこで、祭司長たちは長老たちと集まって相談し、兵士たちに多額の金を与えて、言った。「『弟子たちが夜中にやって来て、我々の寝ている間に死体を盗んで行った』と言いなさい。もしこのことが総督の耳に入っても、うまく総督を説得して、あなたがたには心配をかけないようにしよう。」兵士たちは金を受け取って、教えられたとおりにした。この話は、今日に至るまでユダヤ人の間に広まっている」(マタイによる福音書28章11−15節)と書かれています。これも、マタイしか書いていない話です。
  マタイが福音書を書いたのは、早くても紀元後80年代、遅くとも1世紀末だと言われています。すでに70年にユダヤ戦争でエルサレムが陥落したあとです。ですから、言い方は悪いですけれども、エルサレムでユダヤ教の祭司長たちや長老たちがやったことについて何を書こうがマタイの勝手で、何も証拠は出ないという状況だったわけです。
しかも、「もし兵士たちが寝ている間に全てが起こって、誰もそれを見ていないのだったら、本当に弟子たちがイエスの死体を盗んだか、誰にもわからないじゃないか。だから『墓泥棒説』は、なおさらデマの可能性が高いのだ。こんな簡単なウソは誰にでも見抜けるだろう」と読者に思わせようという、なかなか凝った細工をマタイはここに施していると思われます。
  このようにして、マタイは彼の時代に、ユダヤ人の間で広まっていた「墓泥棒説」を必死になって打ち消そうとしているわけですが、私などが「変だな」と思いますのは、マタイがこだわっているのは、「復活したイエスが弟子たちの前に現れた」ということではなく、「墓が空だった」ということなのですね。
ユダヤ教徒によって流された噂も、「弟子たちがイエスを見たというのはただの幻なのだ」という内容ではなくて、「墓が空だったのは、弟子たちが遺体を盗み出したからだ」という内容です。
  ということは、逆に考えると、80年代ごろの初期のキリスト教徒たちが主張していたのは、「イエスに会った」という内容ではなくて、「イエスの墓は空っぽだったのだ」という内容にとどまっていたのではないか、と考えたりもするのです。
  たとえば、最初の福音書であるマルコも、もともとは16章の8節で終わっていたのだ、ということが今日の聖書学の定説になっています(他に、13章で終わっていたという説もありますが、ここでは触れないことにします)。じっさい今私たちが使っている新共同訳聖書で97ページを開けてみましょう。そこで、16章8節でいったん物語が終わり、9節以降は2種類の結びがあるんだ、ということがわかるようなつくりになっているのは、そういう最近の研究結果を反映してのことです。
  マルコ福音書が16章8節で終わっていたとすると、物語は「空っぽの墓」の話で終わりなのであり、それ以降の復活したイエスの登場はあとで付け加えられた話だということになります。初期のキリスト教徒の元来の伝承が「墓が空っぽであった」ということにとどまっていたのではないかと考える理由は、ここにもあるわけです。
  そして、「墓が空っぽであった」とキリスト教徒たちが声高に言い募るものだから、ユダヤ教サイドから「それは弟子が盗んだのだ」という噂が流され、それに対抗するためにマタイが、「墓が空だった」で終わっているマルコ福音書に、番兵たちの話や、弟子たちの前にイエスが現れる話を付け加えた、というのが実際の物事の順序だったのではないかと思われます。

「しるし」を欲しがるマタイ

  ある注解書によれば、このように「空っぽの墓」にこだわり、そこにイエスが復活した証拠を求め、だからこそイエスは神の子なのだ、という証拠にするということに、マタイの限界が現れている、ということなのだそうです(『新共同訳新約聖書注解』日本キリスト教団出版局)。イエスは「しるしは与えられない」と言っているのに、マタイは「しるし」を求めてしまっている、というわけです。
  この点について、マルコとマタイを読み比べると面白いです。
  
マルコ福音書8章11−13節(新共同訳では76ページです)を見ると、こう書いてあります。12節のイエスの台詞だけ読みます。
  
「どうして、今の時代の者たちはしるしを欲しがるのだろう。はっきり言っておく。今の時代の者たちには、決してしるしは与えられない」
  イエスが神から遣わされた者なのか、証拠を見せろという人びとに対して、おそらくイエス自身が、そしてマルコも「一切しるしは与えられないのだ」ときっぱり言い切っているわけです。
  しかし、
マタイ16章1−4節(新共同訳では31ページ)では、これをちょっと書き換えているんです。マタイの16章4節だけ見ると、「よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」と書いてあります。
  「しるしは与えられない」というのが元来の伝承なのに、マタイは「ヨナのしるしだけはあるのだ」と書き換えてしまうわけです。「ヨナのしるし」というのは、3日間魚の腹の中にいて、その後出てきたというヨナの物語が(ヨナ書2章)、イエスが3日間死んだあと復活することを予言している「しるし」なんだということです。
  こんな風にマタイは「しるしがない」ということに耐えられない。ヨナの物語はイエスの復活の「しるし」であり、イエスの復活がイエスが神の子であることの「しるし」なんだ、と言わずにはおれない。そこがマタイの限界なんだ、という考え方があるわけです。

「しるし」を求めぬ信仰

  本来、当初のキリスト教徒が伝えようとしたことは、おそらく「しるしを求めるな」ということだったのだろうと思われます。復活や奇跡のような「しるし」がなくとも、イエスが神の子であることを理解しなさいということだったのだと思います。
  たとえば、イエスが死んだ瞬間、その死を見届けたローマ軍の百人隊長は「本当に、この人は神の子だった」と告白しています。
  そのことを、最初の福音書であるマルコは、こう記録しています。
  
「百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、『本当に、この人は神の子だった』と言った」(マルコによる福音書15章39節)
  これを、マタイはこう書き換えています。
  
「百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、『本当に、この人は神の子だった』と言った」(マタイによる福音書27章54節)
  マタイにとっては、イエスが神の子だと人が理解するためには、
「地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返」り、「墓から出てきて、聖なる都に入り、多くの人々に現れ」るという(52−53節)「いろいろの出来事」(54節)が起こることが「しるし」として必要だったのでしょうね。
  けれども、もともとは「しるし」などなくても、イエスの生き様と死に様を目の当たりにして、直感的に「本当に、この人は神の子だった」と悟るのが元来のあり方だったわけです。
  イエスがどんな風に生き、どんな風に死んだのか、それをしっかりと受け止めることで、イエスが何のためにこの世に来て、生きて、死んだのか、わかるだろう。だから「この人を見よ」ということだったのではないかと思います。
  最初にバッハの『マタイ受難曲』のことをお話ししましたが、受難曲はイエスの苦しみと死のみを描き、復活についてはその予告も伏線すらも描きません。それでも、多くの人の魂をとらえ、癒しと救いを与えています。それも、クリスチャンであるかどうかということと関係なしにです。受難の物語だけで、現実に人は救われているわけです。
  私たちが、イエスの苦しみを覚えるこの受難週において、「どうせイエスは復活するのだから」という安易な気持ちや、「受難は悲しいことだが、復活によって喜びに変えられる」というようなハッピーエンド的な気持ちで過ごすならば、それはイエスの受難の意味を損なうことになるのではないかと思います。
  受難はそれ自体に完結した意味があるのではないでしょうか。一人の人間が、その命を捨てるほどまで他の人間を愛しぬいた。一人の人間を陥れ、死に至らしめる、そんな人間の罪を赦しながら、敵を愛しながら死んだ人がいるという現実。その出来事において「人間に対する救いというのは、受難においてすでに完成している」、「イエスの救いのわざは、受難においてすでに完結している」と考えてもよかろうと、私は思います。
  それが、「しるしなど与えられないのだ」と言ったイエスに続く道であり、「しるしなどなくても、イエスは神の子であると悟れ」と伝えた最初のキリスト者たちに続く道なのではないかと思います。

イエスほど苦しんだ人はいない

  「復活」というもの考えは、それらのごく初期の信仰から見れば、比較的あとから生まれたものではないでしょうか。「復活」に意味がないとはいいません。「復活」にどんな意味があり、それが私たちにどのような喜びを与えてくれるのかは、来るイースターの日に説き明かされることでしょう。
  しかし、「復活」以前に「受難」のみにおいて、救いのある一面は確実に完結しているのであります。
  イエスが受けられたのは、人間としての最大の痛みと苦しみと恥です。死に至るまで、救いのない苦しみを受けられた。イエスはこの世に生きている誰よりも苦しんだ人です。だから、私たちが生きている限り、イエスよりも苦しんだということはない。イエスなら私たちの苦しみをわかってくれるはずだ。そこに私たちの癒しがあり、救いがあります。
  イエスが私たちと共に苦しんでくださっている。そのことが、私たちの終わりなきように見える苦しみに与えられる喜びなのであります。
  一言、祈らせていただきます。

祈り

  愛する天の御神さま。
  今日も生かされ、あなたの御言葉を学び、祈りをささげることができます恵みを感謝いたします。
  受難週を迎え、御子イエス・キリストが受けられた苦難を思い起こす時を与えられております。
  主が受けられた苦難において、わたしたちの罪が贖われ、わたしたちが罪深い存在であるにも関わらず、生きることを赦されていることを、今一度確かな思いとさせてください。
  この祈りを、われらの主、イエス・キリストの御名によってお聴きください。
  アーメン。

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