人生のしめきり

2008年9月8日(月)同志社香里中学校 ショート礼拝奨励

説教時間:約7分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:コヘレトの手紙 9章7−10節(新共同訳・旧約)

 さあ、喜んであなたのパンを食べ
 気持よくあなたの酒を飲むがよい。
 あなたの業を神は受け入れてくださる。
 どのようなときも純白の衣を着て
 頭には香油を絶やすな。
 太陽の下、与えられた空しい人生の日々、愛する妻と共に楽しく生きるがよい。
 それが、太陽の下で労苦するあなたへの、人生と労苦の報いなのだ。
 何によらず手をつけたことは熱心にするがよい。
 いつかは行かなければならないあの陰府には、仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ。

人生を楽しもう

 さっき開けた聖書の箇所を、開けたままにしていてくれますか? 旧約聖書の1045ページです。今日選んだ聖書の箇所は、旧約聖書の「コヘレトの言葉」という題名の書物ですが、ぼくが好きな文書のひとつです。人間一度しかない人生なんだから、存分に楽しんで生きなさい、というようなことが書かれていて、宗教というのは本来こうでないとあかんなあと思わされるところです。
 今日読んだ聖書の箇所をもういっぺん見てみると、
7節には「さあ、喜んであなたのパンを食べ、気持よくあなたの酒を飲むがよい」と書いてあります。お酒を飲めというのは、未成年であるみんなにはちょっと早い話ですが、とにかくこの世でお腹いっぱい飲み食いできること以上に幸せな事はありませんから、その幸せをかみしめて、楽しく喜びの人生を歩みなさい、と言っています。
 
8節には「どのようなときも純白の衣を着て、頭には香油を絶やすな」とあります。人前でことさらにだらしない格好をするな、ということです。頭に香油を絶やすな、というのは、昔の人は香りのついたオリーブオイルでヘアスタイリングしていたので、髪の毛もボサボサではなくて、きちんと身だしなみをしなさいよ、ということなんですね。
 
9節「太陽の下、与えられた空しい人生の日々、愛する妻と共に楽しく生きるがよい。それが太陽の下で労苦するあなたへの、人生と労苦の報いなのだ」「空しい人生の日々」と書いてあるところが気になりますね。この著者は「人生を楽しめ」と言いますが、その人生は「空しい」のだから、という人生観を持っています。なぜ彼は人生を「空しい」と言ったのか。それは人生というものは一回きりで、一度失ってしまえば、二度と戻ってこないはかないものだという感覚があるからなんですね。そのことはこのあとに続く言葉にも反映されています。

人生のしめきり

 10節「何によらず手をつけたことは熱心にするがよい。いつかは行かなければならないあの陰府には、仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ」
 「陰府(よみ)」というのは、死んだあとの世界のことです。でもこの文書を書いた著者は、陰府の世界で死後の人生があるというようには考えていません。死んでしまったら、もう何もない。意識もないし身体もない。永遠の眠りがあるだけだ、と思っているのですね。だから、とにかく生きている間存分に生ききれ! というわけです。
 ここでは「どうせ人間いつかは死んでしまうんやから、人生なんか死ぬまでのひまつぶしや」といったような、マイナス思考の考え方は出てきていません。そうではなく「生きている限りは、やれることはせいいっぱいやろう」というプラス思考の姿勢です。
 人間はいつか死にます。ここにいるみんなも、必ずいつかは死にます。たぶんぼくより先に死ぬ人は少ないとは思いますけど、なかにはぼくよりも早く死ぬ人がいないとは言い切れません。しかし、長く生きるにしろ、短く生きるにしろ、必ずいつかは終わりがきます。つまり人生には〆切りがあります。
 この夏休みが終わって、君らの中でたくさんの人が、宿題の期日を守れない人がいるのも見ました。また中には、「こんな宿題遅れたってかまへんわ」と開き直っている人もいました。それらを見ていてぼくは、「そんな生き方をしていていいのかな」と思いました。
 新約聖書には
「小さなことに忠実な人は、大きな事にも忠実である」(ルカによる福音書16章10節)という言葉も書かれています。宿題を〆切りまでに出すというのは小さなことです。しかし、そういう小さなことにまじめな人は、やがて大きくなってからも大きな仕事の約束を守る人になるでしょう。逆に小さなことにまじめでない人は、大きな仕事もできません。
 宿題の〆切りを守らない人にも、人生の〆切りは必ずやってきます。しかもそれはいつのことがわかりません。80年先かもしれないし、今日かも知れない。いつ〆切りが来てもかまわないような一日一日を送っていきたいと思いませんか?
 一言祈ります。

祈り

 愛する天の神さま。私たち一人一人にこの世を生きる命を与えてくださってありがとうございます。
 これからもあなたに与えられた限りある命を大切にしながら、終わりまで悔いのない生き方ができますように、どうかお導きください。
 この祈りを、イエス・キリストの名によっておささげします。
 アーメン。

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