神の汚れた手

2009年4月8日(水) 日本キリスト教団香里が丘教会 受難週祈祷会奨励『手を汚す神』を改訂

説教時間:約25分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:ヨハネによる福音書12章24〜26節 (新共同訳)

  はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。
  自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。

自分の命を憎む者

 私はずいぶん前から、「どうしてイエスの話の中には大工の仕事に関連するものがないのだろう」と不思議に思ってきました。イエスが話すたとえは、貧しい農夫や羊飼いの話が多いです。これは、イエスの話を聴く側の人たちのなかに、農夫や羊飼いが多かったからかも知れません。聴き手のよく知っている世界に合わせてイエスは語ろうとしたのでしょう。
 今日の聖書の言葉の冒頭部分を、もう一度読んでみたいと思います。
 
「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネ12章24節)
 これは、イエスが農夫に話そうと思って、農作物にたとえながら、人間社会の真実のひとつを言い当てて話したものと思われます。
 人間の行う事業というものは、自分の身を粉にして献げきり、自分の利益など一切顧みずに、最終的には自分がそのために死んでもいい、という気持ちで事に当たったときにこそ、その事業は成功する。あるいは、実際にその事業を成し遂げる途上で、殉死とも言えるような死に方をしたとき、その事業は初めて成し遂げられるのだ、という真理であります。
 自分はその企ての完成した姿を見ることはないだろう。しかし、自分がこの仕事に骨をうずめることで、残された人びとには大きな恵みを与えることができるだろう。それを夢見て働く人こそ、真の価値ある人生を送った人と言えると思います。
 そういう考えを押し進めてゆくと、これに続く聖書の言葉が理解しやすくなります。
「自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る」(同25節)と書かれてある言葉が理解しやすくなります。
 ここで
「自分の命を憎む人」が賞賛されていますが、こういう文言を学校の礼拝などで、十分な説明もないままうかつに朗読したりすると、ある先生がつかつかつかと歩み寄ってきて、「これはよくないんじゃないか。自分の命を憎めというのは、自殺願望を正当化しているように聞こえる」と言われたことがあります。
 しかしここは、命を粗末にしなさいと言っているわけではないんですね。これは、何か尊い目的のために粉骨砕身努めなさいという意味です。自分の利益を求めず、自分を捨てて取り組むことが、その使命を完成させる大きな鍵となります。そのためには自分のなかにある一切の欲望(金銭欲や名誉欲や快楽欲や権力欲などなど)から自由な者となりたい。自分への執着というものから解放された者でありたい。したがって、使命を完遂するためには、自分の存在そのものさえ邪魔になるのだ、と。そういう気持ちの表現として、「自分の命を憎む」という言葉が飛び出してくるのではないかと思います。

命を捨てた人たち

 このような、自分の命をささげきった生き方というものは、ある意味クリスチャンの憧れ、遥かな理想なのではないかと思います。と同時に、クリスチャンとしての信仰があったとしても、たいていの人間には不可能な境地なのであろうと思います。私自身、自分のことを完全に打ち捨てて、伝道のために、宣教のために、自らの命をささげきる覚悟で生きているのかというと、そうあれたらと願いはしますが、実際には「死をも恐れず」というようなレベルに達しているとはとても言えません。
 
「一粒の麦」として地に落ちて死ぬということは、本当に難しいことです。ほとんど不可能に近いです。しかし、絶対に不可能なのだと断言することもできません。なぜなら、実際にそうやって「わが身を死に引き渡そう」(Tコリント13章3節)とした人たちも、少数ながら存在するからです。
 たとえばそれは、アメリカのマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師。この人は、最初は優秀な学究肌の牧師でしたが、やがて過酷な人種差別の現状に引きずり出されるように黒人解放運動のリーダーとして活躍し始め、晩年にはベトナム戦争に対する反対運動に尽力し、39歳の若さで銃によって暗殺されました。
 または、彼と同じ39歳で殺された牧師、ディートリッヒ・ボンヘッファー。この人は21歳で神学博士の学位を獲得した組織神学の天才です。しかし、ヨーロッパ各国への侵略戦争を拡大し、ユダヤ人を絶滅させようとするナチス・ドイツの暴走を止めるために、ヒトラー暗殺計画に加わり、逮捕され、ドイツが降伏して第二次世界大戦が終結するわずか1ヶ月前に、収容所で絞首刑に処せられて死にました。
 あるいは、同じくナチスの収容所で死んだ、マキシミリアノ・コルベ神父。この人は、ポーランド出身で、日本の長崎にも一時期やってきて、これは今も刊行が続いていますが、『聖母の騎士』という冊子を発行して宣教活動を行いました。アウシュヴィッツの強制収容所で、死刑を言い渡された人の身代わりを申し出て、餓死牢に入れられました。この牢獄からはコルベ神父を中心に聖歌を歌う歌声が聞こえてきて、ドイツ軍の看守たちを気味悪がらせたといいます。一人また一人と餓死してゆく中でも、囚人たちは精神的な平安を保っていたといいます。そして、この餓死牢で最後に生き残ったコルベ神父は、薬物注射を打たれて殺されています。

殺された理由

 今ここにあげた3人のキリスト者は、もし別の時代に生きていたら、殺されずに済んだ人たちかもしれません。しかし、事実として彼らは、権力や武器を持つ者たちに、否応なく命を奪われました。そして、その死は自らの信仰ゆえの死であったので、彼らは「現代の殉教者」と呼ばれることがよくあります。
 しかし、この3人の中で、「殉教者」として認めたくないという人が時折現れ、議論の対象になるのが、さっき2番目にあげたディートリッヒ・ボンヘッファーです。
 なぜなら、例えばキング牧師の場合、完全非暴力主義、すなわち暴力を決して使わずに抵抗運動を進めていこうとしていました。キング牧師は、キリストの理念とガンジーの方法論をミックスしたとも言われますが、ガンジーがインドを解放したときの、非暴力による抵抗という運動から影響を受け、自分たちの運動も一切暴力を用いないで進めよう。たとえ白人たちが自分たちに暴力を振るい、自分たちの間に怪我人や死者が出たとしても、絶対に暴力によって報復せず、「敵を愛しなさい」という御言葉を実践しようということを明確に打ち出していました。キング牧師は、白人の暴力によって黒人が殺されたとき、その死はイエスの十字架の死と同じ、贖いの死なんだ、ということも説いていたほどです。
 コルベ神父も、暴力に対して報復をしようという考えはみじんもありませんでした。この人の場合、報復しないだけでなく、自分の命を投げ出して身代わりになることで、処刑を宣告された一人の人を救おうとしました。コルベ神父の死を知らされた彼の母親は、「マリアさま、あなたに感謝します。息子マキシミリアノ・コルベは、あなたのお望みのように天に昇ることができました」と言ったそうです。ここにも、自分の死をキリストの贖罪の死に連ねてゆこうとする信仰が顕れています。
 しかし、ボンヘッファーはどうでしょうか。彼は完全非暴力主義であるとは言えません。ヒトラー暗殺計画に加わったということは、たとえ相手が差別と虐殺と戦争を引き起こしている張本人とは言え、その邪悪な企みを止めるという目的があったとしても、殺人という方法をとろうとしたわけです。実はボンヘッファー自身も、ガンジーを尊敬する平和主義者であったといいます。そのような牧師が暗殺計画に加わって処刑された、ということに大きな衝撃を受ける人は多いと思います。しかも、ボンヘッファーの中では、神に仕え、イエスに従うことと、この暗殺計画に加わるということは矛盾なく論理的に位置づけられていたことに驚き、多くの神学者たちがその謎に取り組んできました。

手を汚す神に服従する

 その謎を解くようなまねは私にはとうてい無理ですが、ボンヘッファーについて書かれた入門書のひとつには、このような言葉が引用されています。
 
「可能な範囲にある現在のどんな二者択一も一様に耐えがたく、生に逆らい、無意味である」(1942年末、逮捕される数ヶ月前に書かれたエッセイ『十年後』より)。
 つまり、「善か悪か」の二者択一はもはや不可能な状況であり、悪の中からどれか1つを選ばなくてはならない状況だという彼の現状分析です。この最悪の事態を前にして、あえて1つの行動を選ぶ際、その行動によって罪を犯すことになることも辞さない、という構えです。
 他にもこんな言葉があります。
 
「車にひかれた犠牲者に包帯をしてやるだけでなく、車そのものを停める」(1934年に書かれた論文『ユダヤ人問題に直面する教会』より)。
 その目的のために、邪悪な方法の中から1つの邪悪な方法を選び、罪に手を汚すことになろうとも、それがキリストに服従することになるのだ、とボンヘッファーは考えたようです。
 なぜなら、イエス・キリストその方が、愛のためにはあえて手を汚し、罪びととして裁かれて十字架にかかったからです。
 イエスはなぜ十字架につけられたのか。それは彼が、罪びとだったからです。当時、ユダヤ教の律法/ユダヤ人の掟を守らない者、あるいは守れない者は、罪びとでした。たとえば、祭司によって「汚れている」と診断された者に触れるのは罪でした。また、徴税人などのユダヤ人社会における反逆者と見なされている人と交わるのも罪でした。また、病気にかかった人は神に呪われていると言われていましたので、祭司に無断で病人を癒すことは、神に対する反逆なので、罪でした。また、病人にかけられた神の呪いを解くために、祭司に無断で勝手に赦しを宣告するなどというのは、大変な神への冒涜でした。
 イエスの行ったことの全ては、人間に対する愛であった。そういうことは、後の時代になって、パウロや福音書作家たちが、イエスの生涯の意味を解釈してから、初めて理解できるようになったのです。しかし、イエスと同じ時代に生きていた者たちのほとんどは、イエスに愛されながらも、イエスが「この男は神への反逆者、冒涜者、犯罪者だ」と祭司長や律法学者たちに告発されても、イエスをかばう言葉さえも見つからなかったわけです。イエスに直接出会って癒された人、救われた人でなかったとしたら、私たちでも、あの時代に生きていたら、「イエスを十字架につけろ!」と叫んでいたかも知れません。
 「いや違う。暗殺計画は暴力だが、イエスは決して暴力を振るわなかった」と言いたくなる人もおられるかも知れません。しかし、イエスは決して完全非暴力者ではなかったですね。少なくとも福音書作家たちはいずれも、イエスが神殿で商人たちを暴力的に追い出したことを記録しています(マルコ11・15〜19、他マタイ、ルカ、ヨハネにも)。イエスにもそういう激しい面があったわけです。そして、そういう行いも全て見られていて、彼を死刑に処する有力な証拠として利用されていったわけです。
 罪びとであることを恐れなかった。むしろ犯罪者であることを引き受けてでも人を救おうとした、そのイエス・キリストに服従するとは、具体的にどういう生き方をすることなのか。イエスに従って生き、この世に対する責任を果たして生きるとはどういうことなのか。ボンヘッファーは考え悩み抜いて、最良の方法が見つからない閉塞した時代状況の中で、ヒトラー暗殺という邪悪ではあるがその時点で最善だと思われた選択肢を選んだわけです。
 そうでなければ、彼はこの侵略戦争とユダヤ人抹殺というとてつもない犯罪を停めることができない。また、停めるために実力を行使しないで、ただの非暴力的な言論人、机の前の神学者として終わることは、結局この許されざる国家の犯罪が進んでゆくのを容認することになる。それも神の前に大きな罪ではないか、とボンヘッファーは考えたのではないでしょうか。

自らの命を罪に引き渡す

 状況をただ傍観する罪と、ヒトラーを殺す罪と、どちらを選択するか。それを考えた時、ボンヘッファーは自分が犯罪者として罰せられる方法をとりました。そこに彼は、罪びととして地上の権威に裁かれ、犯罪者として十字架にかかったイエス・キリストへの服従を見出したわけです。
 死刑宣告を受ける直前、彼は自分の死を予見して、こんな言葉を残しています。
 
「これが最後です。――わたしにとっては生命の始まりです」
 ここに、自分の死がイエスの死につながるものなのだ、という彼の信仰が顕れているのではないかと思います。
 イエス・キリストの受難ということを、この世に対する自分の責任とつながっているのだと考えない人は、キリスト者の中にもたくさんいます。イエスは私のために死んでくださった、これで私は救われた、ありがとうございます、ハレルヤ、アーメン……。しかし、そういう「福音ただ乗り」というか、もらいっぱなしの恵みを、ボンヘッファーは
「安価な恵み」と呼びました。そして、そういう「安価な恵みは、教会の宿敵である」(1937年『服従』)と言いました。
 そうではなく、愛のために罪にまみれることもいとわなかった、そしてその結果、十字架の苦難を受けねばならなかったキリスト。そのキリストに習って生きる「服従」の道を歩むことで、もっと深くキリストとのつながりを実感し、苦しいけれど満たされている、つらいけれど幸せであるという「高価な恵み」を受け取ることができるのではないかと思います。
 いま、私たちは、イエス・キリストの受難を思う日々を迎えております。ここで、キリストにつながり、キリストと共に歩んでこの世で主を証しするというのは、そうそう甘いものではないのだ、ということを確認しておきたいと思います。「キリストの受難によって救われる」と安易に言ってはなりません。キリストの受難に習って、この世のさまざまな悪魔的な力に鞭打たれることを覚悟で生きてゆく、自分もキリストと共に受難する覚悟で生きなさいと、そういう道も開かれております。安直な覚悟で、キリストの受難に「服従」することはできません。
 たいていの人にとって、このキリストの受難に従ってゆく、ということはたいへん困難なことです。「無理です」と正直に白状したほうがいいかも知れません。しかし、自分では逃げ出したくて仕方がないのに、否応なしに苦しい立場に放り込まれ、逃げることができない状況に陥ってしまったら、その時は覚悟を決めて、手を汚してでもキリストの愛を証しする人間となる可能性を保留しておきたいと思います。いかがでしょうか。
 お祈りをいたします。

祈り

 創り主、贖い主、助け主なる、神さま。
 今日ここに、主イエスの受難を偲び、私たちのために主が苦しみを受けてくださったことの意義を、深く思うために、ここに集められましたことを感謝いたします。
 また、敬愛する同信の兄弟姉妹と共に祈りを合わせることのできる恵みを感謝いたします。
 あなたの恵みを「安価な恵み」として気軽に受けて、その恵みを個人の心の中の問題に閉じ込めたりせず、この世に対して責任ある者として、あなたの愛を実践することができますように、どうか私たちをこの世に対して押し出してください。そして支えてください。守ってください。
 イエス・キリストの名によって祈ります。
 アーメン


 
参考文献:村上伸 『ボンヘッファー 人と思想92』 清水書院、1991

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