ドクター・ジーザス

2004年6月21日(月)日本バプテスト医療団 朝礼メッセージ

説教時間:約7分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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■聖書:マタイによる福音書 9章1〜8節(新共同訳・新約p.15)

  イエスは舟に乗って湖を渡り、自分の町に帰って来られた。すると、人々が中風の人を床に寝かせたまま、イエスのところへ連れて来た。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、元気を出しなさい。あなたの罪は赦される」と言われた。ところが、律法学者の中に、「この男は神を冒涜している」と思う者がいた。イエスは、彼らの考えを見抜いて言われた。「なぜ、心の中で悪いことを考えているのか。『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に、「起き上がって床を担ぎ、家に帰りなさい」と言われた。その人は起き上がり、家に帰って行った。群集はこれを見て恐ろしくなり、人間にこれほどの権威をゆだねられた神を讃美した。

イエスは医者だった

  いまお読みいただきました聖書の記事は、ご存知の方も多いかと思いますが、イエス・キリストが病人を治癒させたという場面のひとつです。
  よくイエスが「奇跡で病気を治した」と言われますが、実は、神の赦しを宣告したり、祈祷をしたりして病気を治そうとするのは、2000年近くも前の古代中東では、お医者さんの仕事としては特別珍しいことではありませんでした。
  お医者さんとは言っても、その当時の病気と医療に関する人々の考えは、現在人が考えるようなものとは大きく違いました。
  病原菌やウィルスといったものの存在を想像すらし得なかった時代、病気は神から与えられた試練、あるいは罰でした。予想もしなかった、しかも治る見込みもない病気に襲われたとき、本人も周囲の人びとも、これは何らかの罰なのだ、と考えるのが常でした。まぁこれは現代でもそういう考え方(「バチがあたった」という心理)にとらわれる人はたくさんいますが、古代の人びとにとっては、まさにそのような天罰、神罰こそが唯一の現実だったわけです。
  ですから、医者の仕事は、もっぱら神に赦しを請うたり、罪を贖うためのいけにえを屠って祈祷をささげたり、罪によって「ケガレた」と考えられた患者に対して、水や泥やオリーブ油やいけにえの動物の血などで清めの儀式を行ったり、といった類のことになるわけで、そういう意味ではイエスのやっていたことは、当時の医者としては普通の仕事だったと言えるわけです。

医者は冒涜者だった

  ところが、病気の治療を試みるという事自体は、非常に蔑まれた行為でありました。
  というのも、当時の人びとにとって、病気というのは人間の罪に対する神の罰であります。つまり、その人に病気の苦しみを与えたのも神の意志であると。ということは、その病気を治そうとか取り除こうとする行為は、神の意志に反逆する行為だと受け取られる。
  それで当時、「医者は神への反逆者」というレッテルが貼られていたわけで、お医者さんは表通りを堂々と歩ける仕事ではなかったわけです。
  しかも、イエスという人は更に踏み込んで、「あなたの罪は赦される」と患者に宣告して回りました。これでは、神や運命に反逆するだけでなく、自分が神にも等しい存在だと言っているようなものです。それで、イエスは「この男は神を冒涜している」という非難を受けることになったわけです。
  しかし、イエスという人物は、神に反逆していると言われようとも、信心を冒涜していると言われようとも、人が運命論であきらめきっていたとしても、それでも目の前の人間を救いたかった人だったのだと言えますし、何より彼は「あなたの罪は赦される」と宣告することで、「あなたが病気になったのは、あなたの罪が原因ではない」。「それは運命のせいでもないし、あなたのせいではない」、「あなたは治ってよいのだ」、「治りなさい」というメッセージを発し続けることで、彼の患者を勇気づけようとしていたのだと言えると思います。

「わたしは見捨てない」

  後々キリスト教会は、「イエスというお方は神の子で、神の力を使って癒したのだ」と言い広めましたが、実は当のイエス本人は生前「神への冒涜だ」「運命への反逆だ」と非難されながら人間を癒そうとしていた人物であったということが、本日お読みした聖書の箇所を丁寧に読むと浮かび上がってきます。
  そして、神を冒涜しないことが、本当に神に忠実な行いなのではなく、人間をとことん大切にし、人間に配慮することが、その人間を造られた神を本当の意味で敬うことになるのだ、ということを、私たちはイエスから学ぶことができるのであります。
  それでは、お祈りをいたしましょう。

祈り

  愛する天の神さま。
  本日は、日本バプテスト医療団のみなさんと、ひと時聖書を読み、祈るときを与えてくださったことを、心から感謝いたします。
  医療団のみなさんの日々の働きを祝し、貴いわざをお守りください。
  働くみなさんの重荷を軽くしてください。喜びを与えてください。
  この感謝と願いを、愛する主イエス・キリストの御名によってお聴きください。
  アーメン。

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