生きているうちにこそ

2007年1月18日(木)同志社香里中学校 ショート礼拝奨励

説教時間:約10分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マタイによる福音書 16章26節(新共同訳)

  人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。
  自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。

震災の日

  昨日は阪神淡路大震災が起こってから12年目を迎えた日でした。12年前の昨日、阪神淡路大震災が起こり、恐ろしい数の人が亡くなりました。
  ここにいる皆さんは、あの大地震が起こったとき、赤ちゃんだったか生まれたかどうか、という頃だと思います。だから記憶にはないことでしょう。でも、ぼくにとっては、12年前の昨日の記憶は鮮明に残っています。
  そのとき、ぼくは京都に住んでいました。会社員を辞めて同志社の神学部に入りなおして勉強しなおしていた頃でした。京都でも揺れました。グラグラグラッときたとき、ぼくは飛び起きて、子どもが倒れてきた家具につぶされないように覆い被さりました。
  あまりにひどい地震だったので、揺れが収まると、次に気になったのは両親のことでした。ぼくの両親はその頃、神戸の須磨に住んでいました。揺れが収まってすぐに須磨の実家に電話すると、母親が泣き叫んでいました。「めちゃくちゃやーっ!! めちゃくちゃやーっ!!」。家のなかのものが全部ひっくりかえって、めちゃくちゃになっていたのと、やはり母親も恐ろしかったと思うんですね。
  でも、あの地震の本当の恐ろしさはそんな程度のことではありませんでした。すぐにテレビをつけてニュースを見ると、時間がたつごとに被害のひどさがわかってきて、それからまた家に電話をしようとしましたが、もうつながりませんでした。

現地へ

  ぼくはその日のうちに中古のバイク屋に行って、一番安いボロっちいバイクを買い、夜どおし走る覚悟で須磨の実家に向かいました。テレビで何キロにもわたって横倒しになった阪神高速道路を見てしまったので、大阪経由で神戸に入るのは不可能だろうと思い、京都から国道9号線という道路に入り、三田の裏山から神戸に降りてくるルートを走ろうと思いました。
  国道9号線は案の定、名神高速と阪神高速を迂回する長距離トラックでいっぱいになっていて、何キロにもわたって車が動かない状態になっていました。その横を、小さなオンボロスクーターですりぬけて走りました。
  三田から神戸に降りてゆく途中、神戸から逃げてくる車の列に出会いました。実はぼくはそのときバイクというものを運転したのが初めてだったので、運転が下手で、その車の1台にぶつけてしまいました。これが普通の事故だったら、「おまえ、なにしとるんじゃ!」と怒鳴られて、警察を呼ぼかということになります。しかしそのときは、車の人が飛び出してきて言いました。「兄ちゃん、こんな時に、今から神戸に向かって、何しに行くんや!」
  「神戸にうちの両親がおるんです!」
  「そうか。わかった! 早く行ったれ!」
  そんな感じで見逃してくれました。

「生きている」という感じ

  ぼくが生まれ育った家は、半分つぶれかかっていました。母親が泣き笑いしながらめちゃくちゃに散らかった部屋のなかを片付けていました。
  昔行ったことのある近所の教会は、牧師の家族が住んでいた建物が部屋が倒れて、そのまま道に投げ出されていたら、2階で寝ていた家族全員死んでいただろうところを、たまたまそこに立っていた電信柱に建物がもたれかかる形で止まり、それで助かっていました。そこの牧師さんは顔面蒼白で動けずにいるところでした。
  家の近くにある体育館は遺体の安置所になっていて、昔、卓球でよく遊んだフロアには、数え切れないほどたくさんの亡くなった方の遺骸が積み上げられていました。
  父親の知り合いが近所で葬儀屋をやっているというので、「葬儀屋に行けばロウソクぐらいあるだろう」と言いながら(電気が止まっていたので)、その葬儀屋に行ってみると、社員全員が駐車場いっぱいにひろがって、トンカントンカン数え切れないほどの棺おけを作っていました。それはそれで、なんともすさまじい光景でした。
  道路は信号機が壊れていて、警察官が交通整理をしていたのですが、みんな言うことを聞かないで、ブイブイとバイクを飛ばしまくってました。みんな、たくさんの人が死んでしまっている中で自分が生きてる、ということを必死に主張しているようでした。
  ぼくもそんな中で、同じように現場にかけつけた弟といっしょにバイクを飛ばしながら、「おれは生きてる!」「おれらは生きてる!」ということを強く強く意識して、まるでその雰囲気に酔ったようになりました。

生きているうちにこそ

  しかし、今思うのは、それは実は恐ろしいことなのかも知れない。
  「たくさんの人が死なないと、命の大切さがわからない」というのは実はたいへん情けないことなのかも知れない、と思うんです。
  本当は平和なときにこそ、生きている間にこそ、自分の命も、人の命も大切にしていないといけません。
  昨日はあちこちの場所で、追悼のセレモニーが行われました。「自分の命も大切、あなたの命も大切。命は大切にして、生きなさいよ」と、亡くなった人たちは今もぼくらに語りかけているのではないかと思いました。
  祈ります。

祈り

  愛する天の神さま。
  今日も生かされて、ここにあることを感謝します。
  私たちが互いに、いつも自分の命も、人の命も大切に扱うことができますように、私たちを導いてください。
  イエス・キリストの御名によってお聴きください。
  アーメン。

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