傷つける自由、赦された自由

2004年1月22日(木)同志社香里中学校・ショート礼拝奨励

説教時間:約10分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マタイによる福音書4章18−22節(新共同訳・新約・p.5)

  イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。この二人もすぐに、舟と父親を残してイエスに従った。

勇気ある選択

  いまさっき司会の藤本先生に読んでいただいた聖書のお話ですが、イエス・キリストが、最初の弟子をとる場面――湖のほとりで仕事をしていた漁師のシモンとアンデレ、ヤコブとヨハネ、という4人の人にイエスが声をかけると、この4人は船も家族も捨ててイエスについて、新しい人生を始めていったという場面です。
  ぼく、これ思うんですが、これ、ものすごい自由を求めてとった勇気ある行動だと思うんですね。
  というのは、イエスが生きていた時代――といっても、我々のこの日本も百数十年前まではそうでしたけど、昔は親の仕事は子の仕事、子の仕事は孫の仕事、という風に、職業は代々息子が継いでゆくもので、職業選択の自由とか、将来何になりたいですかとか、そんな自由は一切無かったわけです。
  だから、親父といっしょに漁師の仕事をしていた若者が、その仕事を捨てて、尊敬する先生といっしょに、人の病気を治したり、食べ物に困っている人にパンを与えたり、人生にとって大切なことを教えたり、というような仕事に転職しようとしたのは、当時としてはものすごく勇気のいることだったと思うんですね。

自由が与えるショック

  と同時に、彼らが自由を求めて旅立った背後には、大きな犠牲もあったと思うんですね。
  彼らに仕事を継いでもらって、立派な漁師として育て上げようと、息子の将来に期待していたお父さんや、彼らの稼ぎに期待していた家族のみんなを捨てて、自分の求める自由の方向へ、彼らは突き進んでしまったわけです。
  当然、捨てられた人は大きな失望を味わい、またたいへんな迷惑を受けたはずです。特に自分の思い通りに育てることができなかった親は、たいへんなショックを受けます。
大人から見れば、子どものやることはわがままにしか見えない。けれども子どもからしたら、それは自由を求める脱出なんですね。しかし、いくら自分にとっては必死に求めた自由であったとしても、それは自分に期待している人たちを傷つける判断であったりするわけです。
  もちろん自分に期待している人の、その期待は、ぜんぜん自分が求めている方向と違っていたりするわけで、そんな期待なんか勝手に自分に押し付けているだけやろ、と思いたくもなるんですが、やっぱりその期待を裏切って自分の求める道を進む、その結果だれかが悲しむ、というのを見るのはつらいものです。

新島襄の場合

  明日、1月23日は、同志社の創立者・新島襄の亡くなられた日です。
  新島襄という人も、自由のためにずいぶん人を傷つけた人です。
  おじいちゃんの弁治さんに、生まれた瞬間から「しめた!!」と叫ばれ、「おまえが跡取り息子や」「おまえが新島家を継いでいくんだぞ」と言われて、かわいがられて育ったわけです。武士の息子は武士として生きていくのが当たり前の時代です。
  それだけ自分に入れ込んで、かわいがってくれていたおじいさんを捨てて、函館に向かい、アメリカに行ったのですから、おじいさんも大変なショックだったと思いますし、また「おじいさんにショックを与えたに違いない!」 と思うと、新島自身もつらい思いをしたのだと思います。
  そんな風に、自由を求める行為というのは、時に人からわがままだとしか受け止められなかったり、時に大きく人を傷つけたりします。

わがままが赦されるとき

  しかし、そのわがままがいつか赦される時、というか、わがままをわがままでなくするチャンスの時が、いずれやってくると思うんです。
  ぼくは、それはわがままで傷つけた人に恩返しをするときだと思います。あるいは恩返しとまで行かなくても、その時は一見わがままな選択が、最終的には自分のためではなく、自分の周りの人のためのためになる、回りの人がハッピーになるような仕事や活動につながっていった時に限って、わがままで迷惑をかけた人たちもわかってくれると思うんですね。あるいは人がわかってくれなかったとしても、神さまはきっとわかってくれるわけです。
  新島襄は、親を見捨てて海外に密航までして脱出したわけですが、日本に帰ってきてから、まず先に行ったのは親元です。そして、自分のわがままから10年間もほったらかしていた家族に、その10年間の学びの成果を報告します。それから、彼は47歳で死ぬまで、その学びを生かして自分のためではなく、人のために尽くす生涯を貫きました。
だから、新島襄の若いときのわがままは赦されていると、ぼくは思います。
  新島が家を飛び出して、家族を裏切ったとき、彼の家族、両親は大きく傷ついたはずですが、いまは、京都の若王子山の上にある同志社墓地で、新島襄といっしょに眠っています。
  明日の朝は7時から、その同志社墓地で新島襄の永眠を記念する礼拝が行われます。時間と体調の許す限り多くの人が集まってくれて、いっしょに新島襄の残した熱い思いを分け合う礼拝ができたら、と思い、山の上でお待ちしております。
  お祈りします。目を閉じて下さい。

祈り

  愛する天の御神さま
  今朝のこの身の引き締まる寒さの中にも、こうして健康を許され、学校に集い得ますことを感謝いたします。
  同時に、今日も体を痛めて病に伏している友たちのことを思います。どうかあなたが一日でも早く癒してくださり、その苦しみを取り除いてくださいますように。
  わたしたちは時に自分の自由のために、他者に犠牲にしてしまう欠点のある者ですが、どうか、人を傷つけざるを得ないときでも、常にそれを反省し、謝り、迷惑をかけた人にしっかりと感謝しながら、恩返しの人生を生きることができますように、どうかわたしたちをそのような立派な大人にしてください。
  主イエス・キリストの御名によって祈ります。
  アーメン。

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