あいさつをしよう。

2009年4月20日(月)同志社香里中学校 ショート礼拝奨励

説教時間:約7分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:ヨハネによる福音書 20章19〜20節(新共同訳)

 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこで、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手をわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。

 はい、新学期の授業が始まって、2週間目に入りましたが、みなさん新しい学年にもう慣れましたか?
 私はずいぶん前から、この2009年度の初めの礼拝では、みんなに「あいさつをしよう」ということを言おうと思っていました。そうしたら、ちょうどこの4月から、生活指導部からも「あいさつ運動」の呼びかけがあったので、ちょうどタイミングがよかったな、と思いました。
 さっき読んだ聖書の箇所は、イエスが弟子たちに挨拶する場面です。イエスという人は十字架につけられて死んだあと、3日目によみがえった:復活したという伝説が言い伝えられていて、そのお祝いをするのが「復活祭」または「イースター」といって、今年はついこの前4月12日に行われたんですね。
 それで、今日読んだのは、その復活したイエスが弟子たちの前に現れる場面です。イエスの弟子たちは、先生のイエスが十字架で殺されたので、自分たちも捕まって殺されるかも知れないと思って、ある家に逃げ込んで、鍵をかけて隠れていました。
 そこへ、鍵をかけているはずなのに、なぜか弟子たちの集まっている真ん中に、殺されたはずのイエスがすうっと現れて、「こんばんは」と言ったので、弟子たちが「ギャー! 出た〜!」と驚いたわけです。
 聖書の文章ではイエスが「あなたがたに平和があるように」と言ったと書いてあります。この翻訳は、ぼくはあまりよくないなと思っています。なぜなら、たとえば英語で「Good morning!」という言葉を、誰も直訳して「良い朝だ」と言ったりはしないでしょう? アメリカ人は、毎朝人と会うたびに「良い朝!」「良い朝!」と言っている。でも、それを我々は「おはよう」と訳しますよね。
 それと同じで、ここでイエスが言った言葉は、ヘブライ語で「シャローム」という言葉だったと考えられます。シャロームには確かに「平和」とか「完全」という意味があります。だから、確かに直訳すると、「平和がありますように」となりますけれども、もし日本語の会話に直すんだったら、これは日暮れ時の話なので「こんばんは」です。暗くなった部屋の真ん中に、殺された男がすうっと現れて、「こんばんは……」と言ったら、そりゃあ気持ち悪かっただろうな、と思います。
 まあでも、イエスとしては怖がらせるつもりじゃなくて、普通に挨拶しただけなんでしょうね。誰が敵で、誰が味方かわからくて怖がっている弟子たちに、まず挨拶することで「私は仲間だよ」と伝えたかったのだろうと思います。
私たちは、挨拶をしても、しなくても、相手に何らかのメッセージを自分でも気づかないうちに伝えていることになると思います。

 挨拶をするということは「私は怪しい者ではありませんよ」「私はあなたと平和にやっていきたいんですよ」ということを自分以外の人に伝える大事なメッセージになります。
 反対に、すぐ近くを通っているのに、あえて挨拶をしないで通り過ぎてしまうことは、「あなたはわたしにとってはどうでもいい存在です」「あなたと仲良くしたいとは思いません」というメッセージを伝えることになってしまいます。これは、大変相手を傷つけるし、相手が感情的になったら、争いの原因にもなりかねません。
 でも、私たちは挨拶をするというそれだけで、自分以外の人の気分をよくすることができますし、場の雰囲気を和ませます。ですから、ただ挨拶をするというだけでも一種のボランティアだな、と思ったりもします。
 今年、私はみんなにあいさつのできる人になってほしいし、特に、友達や先生に挨拶するのは当たり前ですが、それ以外の人、たとえば普段私たちの学校をきれいにしてくれている、美化や営繕のおばさん・おじさんには挨拶をしてほしいと思います。
 また、首からネームタグ(名前を書いたカード)をかけている人は、学校に正式に入ってこられたお客様なので、この方々にも、ぜひ挨拶をしてほしいと思います。
 「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」。
 私自身も、自分からいろんな人に挨拶をしていこうと思っています。挨拶をするようになると、きっといいことが起こります。どうぞみなさんも挨拶をして毎日を過ごしましょう。
 お祈りします。手を組んで、目を閉じてください。

 愛する天の神さま
 今日もこうして生かされていますことを感謝いたします。
 私たちが、学校でも、学校のまわりでも、人と挨拶をしあい、自分から平和な環境を作ってゆけるような、そんな人間になれますように。
 この願いをイエス・キリストの名によってお聞きください。
 アーメン。

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