隠れたところで、聞こえぬ声を

2001年11月15日(木)大阪女学院・伝道週間・中学校礼拝奨励

説教時間:約20分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マタイによる福音書 6章6節(新共同訳・新約・p.9)

 だから、あなたが祈るときには、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

まさか戦争が……

  おはようございます。
  ご紹介にありましたとおり、私、同志社香里中学校・高等学校で、聖書の先生をしています。担任は高校2年生のクラスを受け持っています。
  毎年9月の中ごろに、各学年、校外学習というか遠足に出かけます。私のいる高校2年生は、今年の遠足は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行きました。
  他の学年の先生から、「遠足に行くような所やない」とか「何を考えとんのや」と叱られながら、同じ学年の先生と「まぁええやんか、どれだけ早くたくさん回れるかを考えるのも社会勉強や」とか何とか言って、計画を立てて行きました。
  出かける前の晩は早く寝ました。だから、世界で何が起こっていたのか全然知りませんでした。翌朝、妻から新聞を見せられて、愕然としました。一面トップの写真で、ニューヨークの世界貿易センタービルのツインタワーが火を噴いておりました。
  USJのゲート前の集合場所で、ぼくら教員は生徒の出席を取るのも忘れて、一心に新聞を読んでいました。すると、USJの係員がやってきて、ゲート付近にはためいているいろんな国の旗を全部、半分に下ろし始めました。「半旗」といって、亡くなられた方に対して追悼の思いを示す時に、旗を半分の高さに降ろすことをしていたんですね。
  USJに入ってから、いろんなアトラクションに並んでいる間も、携帯電話からニュースを読んだり、テレビを見ている家族に連絡をとって状況を教えてもらったりしました。その日の午後には、犠牲者が5千人を超えたことを、『ターミネーター2』の列に並びながら知りました。
  『ターミネーター2』は怖かったです。あのアトラクションは、ビルの中に閉じ込められて、「このビルはもうすぐ爆発する! みんな早く逃げて!」という内容なんですよね。あれは、テロのニュースを知った者にとっては、大変怖かったです。
  テロの犠牲者は最終的に6000人を超えたと言われますが、それから約1ヵ月後の10月7日から、今度はアメリカが犯人の確たる証拠もないのに、アフガニスタンへの爆撃を始めました。いま、ここで私たちが礼拝をしているこの瞬間にも、空爆に巻き込まれて、一般市民の大人や子どもが死んでいっているのでしょう。
  ぼくのクラスの生徒たちは、みんな、「まさか自分が生きている間に本当に戦争が起こるとは思ってなかったー」と言ってました。しかし私が「なに言うてんねん、君らが生まれた頃はイラン・イラク戦争の真っ最中やってんで。10年前には湾岸戦争が起こってるし、ここ10年間で、アフガンでも、旧ユーゴでも、アフリカのスーダンでも、ルワンダでも、コンゴでも、アンゴラでも、インドネシアの東チモールでも内戦が起こってるんやでー」と教えてあげたら、みんな目を丸くして、それからハアーッってため息ついて、「先生、いったいどうしたら、平和になるんですか? 日本はどうなるんですか?」と質問が出ます。
  「さぁ……どうなるんやろね。オサマ・ビン・ラディンは、アメリカに協力する国は攻撃するって言ってるしねぇ……」
  そう言うとみんな、「いやーん、こわいー」言うてます。

神はどこにいるのか

  授業でこんな質問を受けたこともあります。
  「先生、アメリカはキリスト教の国じゃないんですか?」
  「うん、みんながキリスト教ってわけではないけど、まぁ8割以上はキリスト教の信徒かな。ブッシュ大統領もクリスチャンやろ」
  「はぁ……じゃ、キリスト教って戦争していいんですか?」
  「う……あ、あかんのや。あかんけど……やってるなぁ、戦争……」
  いや、じっさいキリスト教会は今までの歴史の中でもたくさんたくさん戦争を行なってきています。
  もちろん、聖書には「剣を取る者は剣で滅びる」、「復讐してはならない」、「平和を造る人は幸いだ」と書いてあります。聖書にちゃんと従っていたら、戦争はしてはいけないことになっているんです。
  でも、じっさいにはキリスト教は他の宗教と戦争をしてきましたし、キリスト教の内部でも殺しあったりしたこともあります。
今のところ、アメリカのブッシュ大統領も、テロリストのオサマ・ビン・ラディン氏も、自分のやっている戦争を「聖戦」だと言っています。どちらも「神さまは自分の味方だ」と言っていて、相手を邪悪な悪魔の手先であるかにように呼んでいます。
  いったい神さまはどちらの味方なんでしょうか?
  ブッシュ大統領の耳には「あのイスラム教徒をやっつけろ」とささやく神の声が聞こえているのでしょうか。あるいはビン・ラディンの耳元で神は「あの偽善的なアメリカ人どもに罰をくだしなさい」とささやいているのでしょうか。
  「だいたい神さまなんているんですか?」
  そう聞かれたこともあります。
  神さまが本当にいるのなら、こんな戦争はとっくにやめさせているはずじゃないですか。こんなにたくさんの人が死んでいるのに、どうして神は放っておくんですか……。
  ボストンを飛び立った旅客機がハイジャックされても、神さまは止めて下さらなかった。もうダメだと思った乗客たちが、携帯電話で家に電話をかけて、最後の別れを告げているときにも、神さまは助けて下さらなかった。マンハッタンにそびえる高層ビルに旅客機がで突っ込む瞬間も、崩れ落ちるビルの中で何千人もの人が押しつぶされて死んでいった時も、神さまは助けて下さらなかった……。
  その神さまが、実はアメリカの味方で、だからこの戦争は必ず勝つんだ、とアメリカの大統領が叫んでいるのをテレビで見ていると、私はなんだかとても間違っている、とてもインチキだ。そんな気がして仕方がありません。
  テロが起こったとき、いったい神さまはどこにおられたのでしょうか? そして今、神さまはどこでなにをしておられるのでしょうか?

耳を傾ける神

  ちょっと話は変わりますが、私は映画が大好きです。いちばん好きな映画監督は、スティーブン・スピルバーグという人です。USJにもスピルバーグの作品がいくつもアトラクションになっています。『ジョーズ』も『E.T.』も『バック・トゥ・ザ・フューチャー』も『ジュラシック・パーク』もそうです。スピルバーグがいなかったらUSJはできてなかったんじゃないかと思うくらいです。
  でも、スピルバーグの作品の中で、私がいちばん好きなのは『シンドラーのリスト』という映画です。今から56年前の第二次世界大戦の終わりまで、ナチス・ドイツがユダヤ人をこの世から一人残らず抹殺するために実際に大量虐殺を行っていた強制収容所が舞台です。そして、ある一人のドイツ人の実業家が、自分の会社にユダヤ人を雇う事で、ユダヤ人たちの命を一人ずつ救っていった、という実話をもとに映画化したものです。
  この映画を作るために、スピルバーグは一家で、収容所のあったポーランドのクラクフという街に引っ越して、そこで生活しながら映画を撮影したそうです。私自身は行った事はありませんが、そこに行った事があるという、うちの学校の先生に聞くと、ユダヤ人を殺した毒ガスのシャワー室などが当時のままに残されていて、今歩いても恐ろしくて、体が震えるところだと言います。
  スピルバーグ監督は、彼自身ユダヤ人です。自分と同じユダヤ人が、ここでこうやって何百万人も殺されていったんだ、ということを肌で感じながら、泣いたり怒ったりしながら映画を撮っていったといいます。そしてそれを、そばで彼の子どもたちも見ていたそうです。
  あるテレビ番組でスピルバーグが、映画監督や俳優などを目指す若い人たちに囲まれてインタビューを受けていました。そこで一人がこんな質問を彼にぶつけました。
  「あなたが、きらいなタイプの人はどんな人ですか?」
  彼は「耳を傾けることのできない人だ」と答えました。
  そしてその番組の最後でも、彼は「ずっとこのぼくに耳を傾けてくださっていた神さまに感謝する」とも言っていました。
  おそらく、クラクフで『シンドラーのリスト』を撮影しながら、殺されていった多くのユダヤ人のことを思い浮かべながら、彼は自分の怒りや泣き言を神さまにぶつけて、聴いてもらっていたんだと思います。

絶望のただ中に

  ユダヤ人のお祈りには、本来、お願いというものがほとんどないそうです。みなさんも礼拝でお祈りとか当たったりする事があるんじゃないですか? それで、お祈りというのは基本的に「感謝」と「願い」でできている、ということも知っている人も多いと思います。
  でも、ユダヤ人のお祈りは、願いと言うのが少なくて、ほとんど感謝ばっかりだそうです。神さまに、自分にばかり都合のいいお願いしたって聞いてもらえるわけがない、ってわかってたのかも知れませんね。
  人間にできるのは神さまに感謝することだけ。嬉しい時にも、悲しい時にも感謝するのみ。幸福をも、不幸をも、感謝する。
  強制収容所でガス室に送られて死んでいく時にも、信仰の深いユダヤ人は、感謝を献げながら死んでいったと言います。自分が殺される時にも感謝を献げるときの気持ちというのは、いったいどんなものだったんでしょうね。
  泣いても、叫んでも、誰も助けてくれない。どうしようもない状況。自分がここで殺されたことさえ、世界中の誰もが知らずに毎日を過ごしてゆくだろう。そんな、誰も知らない隠れたところに見棄てられた状況で、まだそこに、自分のそばで最後まで耳を傾けてくれる方がいる。それが神さまなんだろう、と。それを知っているから、どんな絶望的な状況でも、とことんまで独りぼっちにはならずに、感謝しながら死ぬこともできたのかも知れません。
  神さまはどこにいて、何をしておられるのか――。
  神さまは、隠れたところで隠れたことを見ておられる。誰にも知られないような嘆きに耳を傾け、いっしょに苦しんでおられる。神は「戦え」とも言わないし、「助けてあげよう」と手をさしのべるわけでもない。そうではなく、神はただ黙って、沈黙のうちに、人の嘆きに耳を傾けておられる。どうしようもない絶体絶命の危機に陥っている時、実は神はまさにその場におられるのです。
  だから、今回のテロと報復戦争に関して言えば、神さまは大統領のそばにはいないのです。また、テロリストのそばにもいないのです。
  そうではなく、神さまは、あのビルに突っ込む旅客機の中にいた……。
  そして、ニューヨークの崩れたビルの瓦礫の下で、多くの遺体といっしょになって痛い思いをされ、傷だらけの体を引きちぎられたまま、今もそこに埋もれたまま眠っておられるのだ……と。
  あるいは、いまアメリカとイギリスが打ち込むミサイルの下で、爆発に巻き込まれて死ぬ人々と一緒に、また、激しくなる一方の内戦の中を逃げまどう人々と一緒に、神も吹き飛ばされ、日々死んでおられるのだ……と。あの人たちを守ることは、神さまを助けることになるんだ、と。
  そういうところに神さまを発見することができるのもまたキリスト教なのであると、私は思います。
  いちばん苦しいところでいっしょに苦しんでくれている神さま。
  だからもちろん、たとえばみなさん自身が、誰にもわかってもらえないような苦しみを抱えている時には、神さまはみなさんのそばにおられるでしょう。
  みなさんが一人でお祈りをされるときには、奥まった部屋で誰にも見つからない場所でお祈りをするのがいいと思います。きっと神さまは、黙って耳を傾けてくださるでしょう。

祈り

  私の話はこれで終わります。お祈りをいたしましょう――。
  天地の造り主であり、また私たちに大切な命を与えて下さった神さま。
  今日も目覚めることを許され、生かされてこの場所に集い、新しい出会いが与えられましたことを感謝いたします。
  ここに集う一人一人が、喜びの時にあっても、悲しみの時にあっても、変わらずそばにおられるあなたのお支えによって、感謝の人生を送ることができますように。
  このつたなき祈りを、主イエス・キリストの御名によってお献げいたします。
  アーメン。

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