彼女を記念して

2005年11月7日(月)同志社香里中学校高等学校 秋季宗教教育強調週間 早天祈祷礼拝奨励

説教時間:約15分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マタイによる福音書 5章38−42節(新共同訳)

  「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。だれかが、1ミリオン行くように強いるなら、一緒に2ミリオン行きなさい。求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。

パークス夫人

  先々週の1週間、高校2年生の修学旅行に付き添って、ハワイに行っていました。
  2日目の朝、ホテルの部屋に届けられた新聞を見て、思わず「あっ」と言いました。
  この新聞です。(右図参照)
  一面に黒人のおばあさんの写真が載っていて、その上に、"Civil Rights Pioneer Dies"と書いてあります。「公民権の先駆けとなった人が亡くなった」という意味ですね。
  写真の下には、「アラバマ州で、彼女が白人に席を譲らなかったことが、アメリカの歴史のなかで、力強く画期的な瞬間となった」というようなことが書いてあります。
  この92歳で亡くなった黒人の女性は、ローザ・パークス(Rosa Parks)という人です。知っている人は知っている、知らない人は全然知らないでしょうが、このローザ・パークスという女性は、アラバマ州のモンゴメリーという町で起こった「バス・ボイコット運動」という黒人運動のきっかけを作ったことで有名な人で、時々英語の教材にも取り上げられているので、その教材の文章を読んだことのある人は知っていると思います。
  この人が最初の抵抗を始めるまで、アラバマ州には「人種隔離条例」という法令が定められていて、街中のあらゆる場所で黒人を差別することを規則で決めていました。
  たとえば、モンゴメリー市のバスは、前の4列のシートは白人専用席で、たとえ一人の白人も乗っていなくて、バスが黒人で満員であったとしても、その席には座ることを禁じられていました。
  あるいは、もし白人専用席がいっぱいになった場合に、さらに白人が乗ってきた場合には、黒人は席をゆずることが命じられていた。そして、その運転手の命令に従わなかった場合には、条例違反で逮捕されることになっていました。
  黒人は前の運転席の横で乗車賃を払ってから、わざわざ後のドアまで歩いていってそこから乗ることにもなっていましたが、時々運転手が、料金だけ払わせてそのままバスを発車させてしまうこともあったそうです。その上、運転手は黒人の乗客に対して「黒んぼ」とか「黒牛」とか「黒猿」といった風に差別的な呼び方で呼んだりする場面も多く見られたそうです。
  1955年12月1日のことですが、このローザ・パークスという人は、あるバスの白人専用席のすぐ後ろの席に座っていました。他の席にも全部乗客が座っていました。そこへ一人の白人の乗客が乗ってきました。
  そこで運転手はパークスさんに「席を譲って後ろに行け」と命令しました。しかし、パークスさんはこの命令を静かに断ったわけです。乗り合わせていた黒人たちの証言によれば、彼女は、静かに威厳に満ちた態度で断ったといいます。その立派な態度で彼女は非常に尊敬を集めました。そして、この席をゆずることを断ったことによって、その日彼女は逮捕されました。
  この逮捕の知らせを受けて、モンゴメリーの黒人たちはすぐに抗議団体を組織し、4日後にはかの有名なマーティン・ルーサー・キング・ジュニア、つまりキング牧師を抗議団体の会長に選任しました。そしてこの抗議団体「モンゴメリー改良協会」は、黒人は一切モンゴメリーのバスには乗らない、という「バス・ボイコット運動」を実行してゆきました。
  この出来事が、キング牧師が本格的に黒人公民権運動のリーダーへと押し出されてゆく出発点になったので、パークス夫人はキング牧師に黒人差別と戦うきっかけを与えた人だとも言えるわけです。
  その歴史的な意義を持つ人が、この10月24日に亡くなったという記事を、ぼくはハワイで読んだわけです。日本でもいくつかの新聞には取り上げられていたそうです。

キング牧師

  ぼくが記事を読んで「あっ」と言ったのは、ちょうど高校3年生の授業でこの人のことをやっていたから、ということもあります。
  今日読んだ聖書の箇所は、「復讐してはならない」、
「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイによる福音書5章39節)と書いてありますが、この記事のところを授業で取り上げたときに、キング牧師のことに関連付けてお話ししました。その時に、まぜキング牧師が黒人公民権運動の最前線に立つようになったのか、ということを話すなかで、このローザ・パークスという人のこともお話していたからです。授業でとりあげている最中の人だったので、その人が死んだと聞いて「あっ」と思ってしまったわけです。
  その授業の中でも話したのですが、「右の頬を打つ」ということは、普通の殴り方ではありません。普通、人の顔を殴ったり、ひっぱたいたりするのは、やはり右利きの人が多いですから、どうしても左の頬を叩いてしまうということになります。
  ところが、「右の頬を打つ」と書いてある。これは、右手の甲で相手の顔をはねのけるようにはたく、という仕草を表しています。聖書が書かれた時代には、これはひどく相手のことを見下したり、馬鹿にしたりするときに、こういう態度で示すのだそうです。じっさいに相手の顔をはたかなくても、右手の甲ではらうような仕草をするだけで、相手を侮辱することになったのだそうです。
  差別のきつかった時代には、黒人は「右の頬を打たれる」ような侮辱を思い切り受けてきたわけですが、キング牧師のような反差別の運動家たちは、「目には目を、歯には歯を」でもなく、「右の頬を打たれたら、右の頬を殴り返せ」でもなく、「右の頬を打たれたら、左の頬をも出してやれ」という聖書の言葉どおりに、暴力に対して暴力で報復しない、非暴力的抵抗運動に徹したのだそうです。
  そして、キング牧師のそのような働きのおかげで、アメリカにおける黒人の地位はずいぶん改善されました。まだまだ完全ではなく地域によっては差別は根強く残っていますが、それでも、公に黒人を差別する法令などは、あきらかに合州国憲法違反であるということは行き渡るようになりました。

彼女を記念して

  私は、世界を変えてゆくためには、こういう一人の人の勇気が必要なんだな、と思いました。
  そして、そんな一人の勇気を一人のままに終わらせない仲間が存在していることも大切だな、と思いました。
  今のぼくらの周りの世界は、一人の勇気を一人のままに終わらせてしまうような冷たい、冷めた空気が支配しがちな世の中です。
  しかし、勇気をもって一言を発し、一つの行動を起こしてゆく人を、決して見捨てないような、そういう空気を作ってゆける人間でありたいし、みなさんもそういう人であって欲しいと思います。
  それから、私は、小さな行動ではあったかも知れないけれど、最初の勇気を示した人物を、このように取り上げて、その人が生きていたことをきちんと伝えて記念する記事をのせる新聞があることも、とても大事なことだと思いました。
  こうやって、小さな一人の人の勇気を決して忘れないようにする、ということも、人間にとっては大切なことだと思います。
  一人の勇気をみんなのものにする、そういう気持ちをみんなが持っていることが、逆にまた勇気ある新しい一人を生み出す母体になる。そんな風に世界を変えてゆけたらな、と思います。
  お祈りをいたしましょう。

祈り

  愛する天の御神さま。
  今朝のこのさわやかな時間に、あなたの御前に礼拝をする時間が与えられましたことを心から感謝いたします。
  わたしたちを、正しいことは正しい、なすべきことはなすべきこと、として正義を求める心を与えてください。
  もしわたしたちが不公平や不正義を発見したときには、それはおかしいと声をあげる勇気をお与えください。
  また、そのような勇気を持つ者を見捨てない絆をどうかお与えください。
  暴力に暴力で報いず、敵をも愛する心の落ち着きを、わたしたち一人ひとり、またわたしたちの住む社会、国家に、どうかお与えください。
  この祈りを、わたしたちの主、イエス・キリストの御名によってお聴きください。
  アーメン。

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