「見えないものを見に行こう」

2001年2月14日(水)同志社香里高等学校・同和教育アッセンブリー・アワー講演

説教時間:約25分……ダウンロードしてゆっくりお読みください。

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聖書:コリントの信徒への手紙T 13章12節(そのときには顔と顔を合わせて見る)(新共同訳・新約・p.317)

 わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。

ごあいさつ〜ちょっとしたカン違い

  同和アッセンブリーの時間です。
  この時間は、主に人権、あるいは社会にある差別や不公平・人権侵害についてとか、ボランティアについてのお話を聞く、こういう感じの会になることが多いです。
  今日は、ぼくが講師ということですが、これは多分、ぼくが学校で釜ケ崎のボランティアなんかのまとめ役をやらせていただいたりとかしてるんで、こういう機会を与えられたんだと思います。
  何とか30分以内でお話を終わろうと思っていますので、みなさん協力して、がんばって聞いてくださるようにお願いします。
  実はつい最近まで、ぼくは自分でもちょっとカン違いしていたことがあります。というのは、ぼくは「自分がクリスチャンだから、ここはキリスト教学校やし、ボランティア活動は率先してやらんといかん。社会の問題にも取り組まんといかん」と思っていたつもりなんです。
  が、最近人に、「よう釜ケ崎なんかなんべんも行きはりますねー」とか「いつ頃からこういうボランティアをしてるんですか?」と聞かれる機会が、何度か続けてありまして、それに答えているうちに、なんかちょっと違うな、という気がしてきました。
  よく自分のことを思い出して考えてみると、確かにさっき言ったキリスト教うんぬんという動機もあるんですが、それよりもむしろ、好奇心で行ってるとか、面白いから行ってる、行って結構楽しいというか、うれしいというか、いい経験をさせてもらって帰ってくることが多いから。
  もっとはっきり言うと、そういう自分が好奇心や面白みをかきたてられるようなボランティアしかやってきてない、というのが本当なんです。

ウラを見るのが面白い

  で、どんなボランティアが面白いのかというと、たいがいぼくが面白いと思うのは、普段見えてない社会の裏側とか、普段着飾っていてきれいげに見える社会の常識が崩壊しているようなところに行くのが好きなんですね。
  たとえば、釜ケ崎はとても典型的です。JR環状線の「新今宮」駅の北側はフェスティバル・ゲートです。反対の南側は釜ケ崎です。フェスティバル・ゲートというのは、遊ぶところあり、食べるところありの、大阪のオモテの顔です。釜ケ崎というのは、大阪のウラの顔です。
  でも、釜ケ崎にたくさんいるおっちゃんらのうちの大半が、日雇いの建設労働者で、この人たちがいなかったら大阪どころか日本中のビルや高速道路や地下鉄や発電所などは造ることができません。ひょっとしたら、フェスティバル・ゲートの建設工事にも、釜の労働者がたくさん関わっているかも知れません。
  日雇い労働者というのは、日本の土木建築工事には無くてはならない人たちですけど、景気が悪くなると、一番先に仕事を奪われて食べるものも住むところもなくなってしまう、いわば使い捨てにされる人たちです。
  ぼくらはその労働者の人たちが仕事をして建てた街で、飲み食いしたり遊んだりしますが、その陰には使い捨てにされた労働者たちの犠牲があるという、それが現実なんですね。
  でも、そういう陰というか裏側というのは、普段から意識して見ようとしないと、なかなか見えてきません。

ウラを見るきっかけ

  ぼくがそういう物事の裏側の方が好きになったきっかけは、たぶん、幼稚園から小学校時代にかけて、ずいぶんクラスメートにいじめられた、そのイジメられ体験が出発点になってると思います。
  ぼくは幼稚園の時に引越して明石から神戸に来たんで、言うなれば転校生というか転園生です。で、なじみのない友達の中にポンと放り込まれてイジメられて、そのままの人間関係が小学校にも持ち上がって、ずっと6年生までイジメられてたんですね。
  今から思い出せば、あのイジメられ体験というのは自分にとっては貴重でしたね。イジメる人間というのがどれだけ卑怯な論理で言い訳するかもよくわかったし、またイジメられた自分がさらに弱い奴をいじめていた経験から、「イジメというものは、どこかで誰かが自分で停めないと、どんどん連鎖していってしまうものだ」ということもわかったし、また何より身にしみたのは、「先生はぜんぜんぼくがイジメられていることをわかってない」、ということでしたね。イジメの世界というのは、言うなれば先生には見えないウラの世界です。
  中学は家から遠い私学に入ったので、小学校時代の人間関係からも解放されて、一方的にイジメられるということはなくなりましたが、イジメられたり、イジメかえしたり、まぁ中間的な位置づけでした。けれども自分が小学校時代よくイジメられたということもあって、どちらかというと、その時その時でイジメられてる子と連合軍を組むことが多かったように思います。そんな事をしていて、イジメも集団化・組織化してきた高校では、自治会がらみで政治的にハメられたりとか、より高度なイジメを経験したこともあります。
  まぁそんな経験をしてきて、さすがにそういう高校生活も2年、3年と上級生になるにつれ、アホらしくなってくるというか、必死になって誰かをイジメてのし上がろうとしている奴がとことん愚かに見えてきて、だんだん冷めた気持ちになってきました。その頃から、学校の中に限らず、一般の日本社会の中のイジメの構造にも目が行くようになってきました。

ウラ日本社会:大人のイジメ

  そして、大学に入ってから、最初にボランティアとして参加したのが、ハンセン病の療養所のワークキャンプです。
  ハンセン病というのは、病原菌自体はものすごい感染力が弱いので、いまの日本で発病する人はまずいません。発病しても具体的な自覚症状が出ないうちに菌を殺すことができます。けれども、特効薬が日本で使われ始める1950年頃以前は、手足の先から麻痺してくる、体や顔の形が崩れてくる、しかも治らない、世にも恐ろしい呪われた病気だという風に、言われていました。
  長いことハンセン病を患った患者さんは、手足も不自由だし、目も見えなくなっている人が多い。だから、我々ワークキャンプのボランティアの仕事は、療養所内の道路の補修や、白い柵の修理などがメインでした。
  それに加えて、療養所の患者さんの訪問というプログラムもありました。療養所に入っている人のほとんどは、ハンセン病は恐ろしい病気やと思われていた時代に発病したので、家族や地域から縁を切られて来ている人が多い。しかも、療養所自体も離れ小島にあるので、まったく一般社会からも切り離されている場所です。さらに、いまはもう新しくハンセン病になる人もいないので、ほとんどお年寄りばっかりです。
  そのお年寄りもみんな特効薬で病気そのものは治っているので、療養所はほとんど老人ホーム化しています。天涯孤独なお年よりたちが、離れ小島の老人ホームで暮らしているというわけです。
  いろいろ、元患者のじいさんばあさんのお話を聞く内に、日本という国が明治以降、ハンセン病の患者をまるで犯罪者のようにひっとらえて離れ小島や山奥の療養所に収容していったことがわかってきました。
  病気ってのは本来治療するもんですよね。重い病気だったら入院すればいいわけです。ところが、ハンセン病に関しては、明治政府は一般社会から排除して、どこか無人島か山奥に閉じ込めるようにしたんですね。戦争に負けて戦後の政府になってからも、この法律は長いこと続けられました。
これは西洋に追いつけ追い越せで近代国家になっていく過程で、こんな醜い病気は街中から見えないようにしたい、という政府の意図があったと、一般的には言われていますけど、どう説明したって、患者にしてみればたまったもんじゃないですよね。
  この法律、「らい予防法」って言ってたんですけど、いまこれと同じ発想の法律が施行されてます。「エイズ予防法」です。もしあなたが、エイズウイルスに感染している、と医者が診断されたら、今の時代は離れ小島に連れて行かれたりはしませんけど、その代わり、あなたのプライバシーは都道府県知事に逐一報告されて管理されます。そういうことになるのがイヤだから、誰も診断を受けに行かないし、だからエイズが蔓延していくんですけどね。
病気の時ってのは、自分の家族や親しい人にそばに見守ってほしい、世話してほしいと思うもんじゃないですか。でもそうじゃなくて、誰か知らん保健所のおじさんか、ひどい場合には警察官までやって来て、見知らぬ遠い島とかに連れて行かれるとしたらどうでしょうか。そして、地元では、自分らの家族からハンセン病の患者が出たことを隠すために、名前を変えたり、夜逃げしたりするケースもあったらしいんですね。療養所に住んでいる元患者の人も、名前を変えている人がたくさんいます。
  そういう話を、療養所のじいさんばあさんにいろいろ聞く内に、
  「これはイジメとちゃうんかい……」
  と気づいてきたわけです。これは、学校のイジメなんかよりはるかにスケールの大きい全国レベルのイジメとちゃうんかい、と……。
  国家レベルで大人が率先して弱い者イジメやってんのに、世の中からイジメがなくなるわけはないやろうと、そう思いました。

立場の逆転

  大学を卒業して、就職したぼくは、名古屋駅周辺の再開発がらみの仕事につきました。
  これはなかなか面白い仕事でした。一度に何億、何兆というお金が動きますし、しかもお金がお金を生むような転がしではなくて、じっさいに街がきれいになり、ビルが建ち、地下街ができていく、いわば自分たちの仕事が町の景色として、作品として残っていくわけですね。そして新しい店ができ、新しい娯楽施設ができ、街がどんどん明るくなっていくわけです。
  じっさい、再開発前の名古屋駅ってのは暗いところも多いし、臭いし、危なかったです。例えばいまの大阪駅なんかもけっこう暗くて小便くさいところがたくさんありますけど、あれの倍くらいひどかったんですね。そんな駅や駅周辺の町を自分たちの企画で変えてゆけるわけです。これはなかなかやりがいのある仕事でした。
  ある日、行きつけの教会の牧師に、「おい、年末に笹島のボランティア行くからお前もけーへんか」と誘われました。「笹島」というのは、名古屋駅近辺の、大阪でいえば釜ケ崎のようなところです。
  じっさいに笹島に行ってみてびっくりしました。
  野宿者が集まって焚き火に当たっていたその公園は、ぼくがその時、商売で関わっていたプロジェクトで、公園を取り壊してビルにする計画が進んでいた土地でした。公園にはテントやバラックの小屋に住んでいる人もいました。
  ぼくは牧師に聞きました。「この公園、取り壊したら、この人らどこに行くんでしょうね?」。
  牧師は、「さぁ……この人らも駅のほうから流れてきてるからなぁ」。
  既に名古屋駅も改装工事に入っていたので、ホームレスの人たちはどんどん追い出されていました。そこの公園がつぶされると、今度はこの人らの生活はどうなるんかなぁ、と思いました。
  その後、牧師と一緒に、名古屋駅の地下に行き、駅周辺のホームレスの人たちへの食糧配給と医療相談の手伝いに行きました。寒い中で野宿を続けて体を壊し、ボロボロになっているおじいさんなんかを助け起こして担ぎ上げ、雑炊のおなべの前まで連れて行って、食べさせたりとかしました。
だんだん行列が長くなると、駅の職員がゾロゾロ出てきて、人間バリケードを作って、「はい、どいてどいてー! もっと端っこの方に寄ってー!!」「邪 魔だよ、邪魔ー!」と追い詰めてきました。
  地下道を行く人も、我々をまるで汚い者を見るかのように、見下ろしながら、足早に去っていきます。その時ぼくは、
  「あー、オレもホームレスのおっちゃんらと同じように、汚いもん見るような目で見られてるわー」
  と思いましたが、それと同時に、スーツを着てネクタイ締めてカバン持っていそいそと地下街を歩いているのは、普段のオレやないか、というとにもすぐに気づきました。
  普段の自分と同じ立場の、いわば同類の人間が、今は自分を、汚物でも見るかのように見下ろしている……。これはなかなか摩訶不思議な体験でした。
  「そうか、オレは普段はあっちの立場で生きているのか……」と。
  自分が普段、何を無視し、どういう人たちを踏みにじって、のうのうと生きてきたのかが、よく見えてくるような体験でした。
  街がきれいになるのも、にぎやかになるのも、それ自体悪いことじゃない。けれども、そうなるために一部の人間が排除されたり、捨てられたりする。しかもそういう仕事に自分も加わっている。それでいいのか……。自分は加害者ではないのか……。
  ぼくは行き詰まってしまいました。

見えるもの・見えないもの

  いまも、相変わらずボランティアという形式を通して、釜ケ崎に定期的に通っているのは、ふだんそこそこの給料をいただいて、住む家もあり、とりあえず飯も食える、街で映画を見ることもできれば、買い物もできる、このありがたい生活が「当たり前だ」とは思わないように、自分の感覚を正常に戻すために、自分の生きている場所からは見捨てられがちなところに行っているという面もぼくにはあります。
  ただ、最近つらいなと思うのは、教師という仕事についてしまったことで、見えないものが多くなったな、という事です。
生徒でいたときには「先生は何もわかっていない」と思っていましたが、いざ自分がどういうわけか教師になってしまうと、本当に見えないことが多いですね。一時期はぼくも、逆に「オレは教師なんだ」と自分の立場に開き直ってしまったこともあり、その被害を受けた人もこの中に何人もいると思います。悪い事をしたと思います。
  そして、最近思うのは、何歳になっても、どんなに経験を積んでも、どんな立場に立っても、その立場にこだわりつづけようとすれば、見落とすものは大きいということです。
  これは教師と生徒という関係に限らず、どんな社会でも、自分の置かれている立場が、当たり前だと開き直ってしまったら、物事の裏側はよく見えないですね。
  ぼくだけではなく、皆さんも、学校の中だけではなく、もっと広い範囲で見ると、いまの自分の暮らしが当たり前だと思っていたら、見落としているものは大きいはずだと思います。
  いじめられたり、排除されている側の立場から物を見る事で、我々は自分たちが住んでいる社会の本当の姿が少しは見えてきます。そして、その方法のひとつが、ボランティアではないかと思います。
  いろいろ学校や自治会からもボランティアの誘いがあると思いますが、見聞を広める意味でも、参加してみてほしいと思います。
  これで、ぼくのお話を終わります。
  長い時間聞いてくれてありがとう。マイクを司会の先生にお返しします。


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