ひとりから平和を造る

2003年9月5日(金)同志社香里高等学校・ショート礼拝奨励

【オリジナル版】じっさいのショート礼拝では5分しか時間がないので、大幅にカットしました。
説教時間:約12分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。


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聖書:マタイによる福音書 5章9節(新共同訳・新約・p.6)

  平和を実現する人々は、幸いである。
  その人たちは神の子と呼ばれる。

イスラームとの出会い

  この夏、わたしは、初めて、たった1週間ではありますけど、海外でのホームステイを体験することができました。
  今でこそ学校で、たとえば語学研修に行く子に「おう、がんばって行って来いよ」とか言ってますが、わたし自身は高校時代、あるいは大学時代は、家の経済的な事情もあって、たとえ短期のホームステイであっても海外に行くなんて事は考えられなかったわけで、正直同級生の中でも行ける子を見ながら、うらやましいなぁと思っておったわけです。
  今年38歳になって、初めてホームステイというものを経験いたしました。それも一人で行って一人で帰ってくるホームステイです。
  その研修の趣旨は、マレーシアのクアラルンプールというところで、ムスリム(イスラームの信徒)の家庭で生活を共にしながら、ふつうのイスラームの人たちの姿に触れる、というものでした。
  「イスラーム」と聞くと、みなさんどういう印象がありますか?
  たぶん「危ない」「怖い」「テロ組織」「過激派」「原理主義」というイメージが強いんと違いますか?
  実は世界のキリスト教の中にも「原理主義」というのはあるんですね。たとえば、聖書を文字どおりに読むあまり進化論を否定したり――アメリカの一部の州では生物の授業も創世記にのっとって指導要領が作られていたりするところもありますし、あるいは、妊娠中絶に反対するあまり中絶手術をやっているお医者さんを爆弾テロで殺害するグループもいたりとか、まぁそういうのは大体アメリカの一部のグループだけですけど、あるわけです。
  でも、ぼくらはクリスチャンというのは、大部分はそういう人間ではない、ということは知っていますよね? まぁ世界には20億人というクリスチャンがいるわけですから、日本にいろんな日本人がいるように、世界にもいろんなクリスチャンがいます。そして同じように、ムスリムも世界に14億人いると言われていますので、いろんなムスリムもいて、中には過激な人びともいる。しかし、大部分のムスリムは平和的な、要はふつうの人たちです。
  で、そのふつうの人たちに出会いに行きました。

清潔で平和でまじめな人たち

  マレーシアに住んでる日本人のムスリム、マレーシア人のムスリム、国際イスラーム大学にいろんな国から留学してきているムスリム……いろんなムスリムといっしょに飯を食ったり話したり、礼拝に参加したりするなかで、イスラームというものに対してある印象を持ちました。
  ぼくが持ったムスリムの印象というのは「清潔」で「平和」で「まじめ」な人びとだということです。
  ムスリムの礼拝って、みんなテレビで見た事があるかもしれないけど、マッカの方向に向かって、お辞儀したり、ひれ伏したりしてますね。あの礼拝を一日5回やるんですが。
  あの礼拝の前に、ムスリムは必ず沐浴と言って、水で口をすすぎ、右手、左手、顔、右足、左足、首と耳の後を洗ってから礼拝に参加します。ぼくもやったんですが、服から出ている両手両足と顔、首に水で洗ってから、渇いたきれいなモスクのじゅうたんの上を歩くのは気持ちがいいです。その気持ちのいい状態で礼拝する。ここの礼拝堂はちょっと辛いですね。イスラームの礼拝は清潔で気持ちがいい。
  次に、イスラームの礼拝は一日5回あるので、たとえば買い物の途中で礼拝の時間が来たら、ショッピングセンターの近くにあるモスクに行って礼拝する。ムスリムだったらどこのモスクでもすぐ入れる。で、その時偶然居合わせた人が、どんどん並んでいって礼拝を始めてしまう。ひととおりの短い静かな礼拝が終わったら、その時初めて会った人と握手をして
「あなたに神の平和がありますように」「あなたにこそ平和がありますように」(「アッサラーム・アライクム」「ム・アライクム・サラーム」)と声を掛け合って三々五々別れていきます。それが外国からの旅行者でも、地元の人でも、どんな人種、民族、どんな肌の色の人でも、です。イスラームの礼拝は平和な礼拝やと思いました。
  そういう短い礼拝を一日5回やると、いやでも生活が規則正しくなります。1回目の礼拝は夜明け前の礼拝です。2回目は正午から昼過ぎのうちにやる。3回目は午後のうちにやる。4回目は日没のとき。5回目は夜です。休みの日は寝坊する人は多いと思いますが、まず1回目の夜明け前の礼拝をしてから、二度寝します。ぼくが泊まっていた家の子らも、学校休みの日は夜明け前の礼拝やってから、お昼まで寝てました。そういう生活が身についていると生活が規則正しくなります。夜昼逆転して生活リズムが乱れると言う事がないから健康にもいい。お酒もムスリムは飲みません。ムスリムは健康でまじめな人たちやと思いました。
  清潔で、平和で、まじめな人たち……。今まで自分が持ってたイメージとすいぶん違うのですが、いっしょにいて、見て、まねをしてみて感じたイスラームの印象です。

一人一人と出会うこと

  「平和を実現する者は幸いである」(マタイによる福音書5章9節)と聖書に書いてありますが、本当に戦いをやめて、憎しみや偏見も捨てて、国境や人種、民族や宗教を越えて仲よくなるためには、違う国籍や人種、民族、宗教の人と、個人的に知り合いになるのが一番大事と違うかなと思いました。
  個人的な知り合いや友達ができたら、「あーあの国にはあいつがおるんやな。あいつ今ごろ何してるんかな」と思い浮かべることができる。そういうところとは戦いたくありません。
  また、たいてい、偏見とか憎しみとか敵対心というのは、相手のことをよく知らない。特に国際紛争では、会ったことも話したこともない人のことを悪く言っている場合がほとんどです。
  わたしは、短い間でしたけれど、今まで出会った事のない宗教の人と出会い、友だちができたので、イスラームを悪いイメージで見ることから自由になることができました。
  38歳になってやっとホームステイができたわたしは、帰りの飛行機の中で、向こうでもらってきた書類に書いてある「Student Exchange Programme」(交換留学生プログラム)という文字を読んで、「ああオレはこの歳になって(たった1週間だけど)留学生になれたのか」と思うと涙が出てきましたね。
  みなさんにも、一度は日本の外に出て、日本人以外の友だちを作ることをすすめます。すでにやっている人も多いと思います。そうやって一対一のつながりから平和を作っていく人になってくれたら、と思います。
 祈ります……。

祈り

  愛する天の御神さま。
  この世界は狭いようで、まだまだわたしたちの知らない世界があり、知らない人びとがたくさんいます。
  どうか知らないままで敵意を持つことのないように、わたしたちを賢くしてください。
  知らなかった人とも仲よくでき、誰も争いで命を落とすことのない幸せな世界をわたしたちに造らせてください。
  主イエス・キリストの御名によって祈ります。
  アーメン。

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