つながり合ういのち

2003年10月6日(月)日本バプテスト医療団・朝礼メッセージ

説教時間:約7分……パソコンに取り込む、または印刷してからゆっくりお読みください。

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聖書:創世記 2章7節(新共同訳・旧約・p.2)

  主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

引き取りあう命

  さきほどお読みいただきました聖書の箇所。人の命の成り立ちを描いた古代の神話で、この天地創造の物語を書いた紀元前のヘブライ人たちが、人の命というものをどのようにとらえていたかがうかがえるお話です。
  神さまは人間を造るとき、土から造られた器である肉体に、鼻から
「命の息を吹き入れられた」(創世記2章7節)というわけですが、この古代のヘブライ人の感じ方は、わたしのような日本人にも受け入れやすいもののように感じています。
  吸って、吐いて、「息」をしていることを「生きる」と言ったり、人が亡くなることを「息を引き取る」と言ったりするので、「息」こそが命があることの証拠なんだという感覚は、医学的にはともかく、古来の人間の感覚としては長く根付いてきたもののような気がします。
  この「息を引き取る」という言い方ですが、これは、誰が息を「引き取る」のか、みなさんご存知ですか?
  これはわたしも別のある人から聞いた話なんですが、息を引き取るのは残された人びとなんだそうです。
  一生を終わられる方は、神さまからいただいた息をお返しします。しかし、個人として神に返すのではなく、その人を囲む人びとに息を託すんだよ、とわたしは教えられたんですね。命というのはそういうつながりを持っているものだということです。
  これは医学的な話ではなく、心のあり方の問題ですが、人というものは、そうやって思いを受け継ぎ、また受け継いでもらいながら生き、死んでゆくものではないか、と思うのです。

つながり合う命

  もうひとつ、これは聖書に書いていることではないのですが、自分のところに子どもが生まれてから特にそう思うのですが、子どもたちの命というのは本当にさずかりもの、預かり物だと感じます。
  たしかにわたしと妻がいて、それで生物的には子どもはできてくるわけで、肉体的にはその子を形作っているのは、たしかにわたしと妻の一部づつですし、わたしよりももちろん妻の方が自分の分身のようにいとしく感じているのですが、やはり、そこにいる命というか存在というか、この個性を持った実存までは、親が造ったのだとは言えないのであって、どうも「おおー、君もこの世にやってきたのかね」という感覚があります。
  わたしら教師は、医師の方もそう呼ばれていることでしょうが、「先生」「先生」と生徒に呼ばれます。
  たしかに先に生まれたから「先生」なわけですが、生まれるといっても、自分の意志でこの世に現れた者は一人もいないわけで、やはり、気がついてみたらこの世に送り出されていたわけです。
  自分は先に生まれ、子どもたちは後に生まれてきた。いわば先輩・後輩です。自分の子どもや学校の生徒たちを見ていると、自分はたまたま先に生まれてきた者、この人たちはたまたま後に生まれてきた人たちなのだなと思います。そして、それはまるでタケノコのようだなぁと思うわけです。
  タケノコは地中でつながっていますが、その見えない地中が神の居所だとするならば、そこからひとりひとりの一生が地上に送り出されてくるのであり、見えない地下ではひとつの命につながっています。
  そして、先にこの世に目を覚ました者のつとめは、
  「君はこの世に生まれてきてよかったんだよ」
  「この世は生きるに値するところだよ」
  ……ということを、後からこの世に送られてきた魂たちに、空元気をふりしぼってでも伝えることだと思って、日々仕事をしているつもりです。

始まりと終わり

  病院で働くみなさんは、わたしのようなもっぱら限られた一部の年齢層だけを相手にするような仕事とは違い、人ひとりの命の始まりから終わりまでをお世話する仕事ですので、わたしは心から尊敬しています。
  どうか土の器と、器の中に息づく命が、器に宿っていることを許された時間を、よき人生として送ることができるために援助するお仕事をされている皆さんを、神さまがお支え下さることを願ってやみません。

  最後にお祈りをさせていただきます。
  造り主なる愛する天の御神さま。
  本日は、日本バプテスト医療団のみなさんと、短い時ではありますが、出会いのときを与えていただいてありがとうございます。
  医療団のみなさんの日々の働きを祝し、貴い働きをお守りくださり、重荷を軽くしてくださいますように。
  この感謝と願いを、愛する主イエス・キリストの御名によってお聴きください。
  アーメン。

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