生きている意味なんて

2009年6月14日(日) 日本キリスト教団札幌北光教会 聖日礼拝説教

説教時間:約25分……ただし、実際の礼拝では、時間の関係で、一部聖書解釈についての言及はカットしました。

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聖書:ローマの信徒への手紙13章8〜10節 (新共同訳・新約)

互いに愛し合うことのほかには、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。
「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約されます。
愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。

死んだらどうなりますか

 みなさま、はじめまして。今日、この聖日、ここ札幌北光教会のみなさまと共に礼拝をささげることができます恵みを、心から感謝いたしております。そして加えて、こうして説教の奉仕の役割を与えられ、更に感謝であります。今このひと時、聖書の言葉に立って、人の生き方をいっしょに考えることができたらと思っております。
 さて、私はキリスト教学校の教員でありまして、毎日中学生や高校生たちと礼拝をしたり、聖書の授業をしたりしています。
 ある日、突然ある生徒が、私が仕事をしている部屋を訪ねて来て、やぶからぼうに私に向かって質問しました。
 「先生、人間は死んだらどうなるんですか?!」
 「やっぱり、死後の世界とか、天国とか、あるんですか?!」
 「天国や地獄が本当にあるって先生は信じているんですか?」
 こういう質問に対しては、私は、いかにもキリスト教的な言葉で答えるというこができません。ひとつの宗教から離れた素の自分の実感から語らないと、借り物の言葉では、どのような返事をするにしても、生徒からの信用を得ることはできません。
 私は正直に「死んだ後のことは、誰にもわからへんよ」と答えました。そして、普段から考えている本音を話しました。「今ぼくらがこうして自分があると思っているのは脳があるからでしょう? この脳は、たとえば眠くなって眠ってしまっただけで、意識を失うでしょう? お酒を飲んだだけで認識が狂ったり性格が変わったりするでしょう? それに、生まれる前の記憶は無いでしょう? だから、死んだ後も生まれる前と同じように、何も見る事も聞く事も無くなってしまうんとちゃうかな。つまり、この肉体の一部としての脳が死んでしまったら、その先にあるのは永遠の『無』やと思うよ。まあ、二度と目覚めることのない眠りやね。『永眠』という言葉もあるやろ? 仮に生命とか霊とか、何かが残るとしても、それを自分で意識する事はできひんのとちゃうかな」
 そうすると、彼女は言いました。「いつかは何もない世界に行って、もう二度と目覚めない眠りに入ってしまうとしたら、今の私は一体何のために生きているんですか?」
 私は、「さあ、それも決まった答はないなあ。自分が『生きていてよかった』と死ぬ時に思えるようなことを見つけなね」とは言いましたが、そうこうするうちに授業開始のチャイムが鳴り、「また来ます!」と走り出して行きました。
その後、「また来ます」と言ったきり、彼女は私の部屋に訪ねてはきませんでした。たぶん私の答では物足りなかったのでしょう。今思っても、答になってなかったなと思います。でも、礼拝のときの真剣に食い入るように話し手を見つめて聴くその眼差し、あるいは授業のときの教師の話にうんうんとうなずくその態度などを見ていると、彼女はどんどん色々なことを吸収し、その感受性はものすごいスピードで突っ走っていることが感じられて、私はとても頼もしく思いました。

食べてゆくこと

 しかし、大人になってしまうと、そんな「何のために生きてるんだろう?」みたいな問いを改めて考えることを許さないような、「そんなこと考えても一銭の得にもならん。そんなこと考えてるヒマがあったら働け」と言われてしまうような、そういう日常の現実というものも確かにあります。
 なぜ生きているのか……そういう答のないことを考える事ができるのは、生活の心配が無い子どもやモラトリアムな人なのであって、毎日の飯を食うために働いている人間はそんなことを考えている余裕は無い。人間はなぜ生きるかやて? 生き物なんやから生きるのは当たり前やろ。三度三度のご飯が食べられるだけでもありがたいと思いなはれ、と。
 個人的な話ですが、実はこういう言葉をずっと、私は父親からさんざん聞かされて育ちました。「人間、商売ができんと一人前やない」とか「自分で飯も食えへんような奴に口をきく権利は無い」とか、私はよく父に怒鳴られ、家で自分の考えを口に出すことも許されませんでした。
 父は、今風に言えば、言葉による虐待がひどい人で、母も弟も私も、父親の扶養家族でありながら、扶養されている人間は一人前ではないと激しく侮辱され、怒りや恨みを抱えながら暮らしていました。母はよく「私に仕事があったら、離婚できたのに」と言いながら泣いていました。
 ですから私は早く大人になりたい、早く大人になって自分で飯を食えるようになって、こんな親父のところから出て行きたい、と思うようになりました。そして、実際に経済的に独立してからは、基本的に自分から父親に連絡をすることはありませんでした。年に1度、里帰りをするだけでも精神状態が不安定になり、体の調子もおかしくなりました。今思えば、父には申し訳ない事ですが、「早よう死ね」と思っていたことも事実です。

父の死

 実はその父は、昨年の4月に本当に他界してしまいました。2月にガンが発見されて、あっという間に全身に転移して、入院してから2ヶ月で天に召されました。
 入院後、末期ガンに侵された父の体はみるみるうちにやせ衰え、内臓以外にも体のあちこちに転移したガンによる固いコブができ、まさにガンに体を「むさぼり食われていく」といった表現が当たるくらい、無惨に蝕まれてゆきました。
 最期の10日間程度は、いよいよ寝たきりになり、弟と私は交代で仕事の帰りに病室に泊まり込んで介護しました。そして最後の夜は私が泊まっておりました。
 父は喉のリンパ節に転移したガンが固く膨張して、次第に呼吸困難になっていきました。血痰が大量に出て息が詰まるので、何度も何度も口の中の痰を取ってやりました。痰を吐き出そうとする父と、それを取る息子の共同作業です。眠る間もありませんでしたが、父の世話をしながら、なんとなく私は幸せでした。
 朝になり、父はいよいよ呼吸が苦しくなりました。酸素マスクが取り付けられ、家族を呼ぶように看護師さんから指示を受けました。家族といっても弟しかいません。会社に出勤する途中の弟の携帯に電話をかけ、すぐに病院に向かうように伝えました。それから弟は高速道路に入り、渋滞に巻き込まれて、なかなか病院にたどり着けなかったのです。
 弟を待ちながら、父は必死に呼吸を続けました。弟の顔を見るまでは死なないでくれ、と私も頼み込みました。時間は刻一刻と過ぎてゆきます。父はさながらマラソンランナーのように、時折走っているように手を動かしながら私を笑わせようとします。今まさに死のうとしている人間が笑いを取ろうとするのです。これぞ関西人というべきでしょうか。
 しかし、さすがに自分でも限界を感じたのでしょう。「あと5分」と、5本指を見せました。弟に電話をかけます。「あと5分で来れるか?」「ムリやあ!」「頼むオヤジ、もう少し、せめてあいつが来るまで待ってくれ!」。親父はうなずきながら必死に走り続けます。しかし、やがて苦しそうに「あと2分」。「頼むから、もう少し待ってやってくれ」。そしていよいよ時間切れかと思われた時、弟が病室に飛び込んできました。「おう親父、まだ生きてるか!」。
弟の姿を見た時、父はほっとしたように微笑みました。それから2時間くらいかけて、私と弟は、父の手を握ったり、体をさすったり、頭を撫でたりしながら、仲の良い時間を過ごしました。その2時間の間に、もう努力して自分で呼吸しなくてもよいと思った父の息はどんどん細くなり、心拍も不規則になり、目が上を向いてゆきました。時々「親父、眠いんか?」と聞くと、少し目が戻ってきますが、それもやがてなくなり、そしてしばらくたってから、父の心臓は止まりました。

何のために生きたか

 私は幸せ者だと思いました。あんなに「食わせてもらってる分際で偉そうな口をきくな」と、さんざん息子をこき下ろしていじめた父親。息子たちが自分で食べていけるようになると、電話をかけてくるのは金を借りに来るときだけだった。そんな父親が、死に際には「息子の顔を見ないうちは死ねない」と思って、がんばってくれました。
 何のために生きているのかわからないような、決して幸せとは言えないような人生を送ってきて、何を残すというでもなく、莫大な借金だけを残して人に迷惑をかけたまま世を去ってゆく、そんな人でも、最期には息子に会いたいと思ってくれた。息子に会うために最期の数分間を必死に生きようとしてくれた。少なくともその数分間は私たちのために生きてくれた。それがとてもうれしかったのでした。
 父の死に際をしっかり看取って、私は思ったのですが、実は生きている意味なんて、やっぱり本当は何でもいいのかも知れません。何でもいいという表現が乱暴なら、こういう言い方もできます。生きている意味は、考えてわかるものではなくて、人と人とのつながりのなかに体験するものなのかも知れない。そう思います。
 父は、最期の数分間を、何か意味があるからという理屈ではなく、ただ息子に会いたいという気持ちだけで死に自分を任せるのを思いとどまってくれました。「会いたい」という気持ちだけで、人は生かされることもある、ということを私は父に教えてもらった気がしました。

愛は律法を全うする

 ……さて、本日の聖句として読んだ、ローマの信徒への手紙13章8〜10節を、もう一度読んでみましょう。
 
「互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。『姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな』、そのほかどんな掟があっても、『隣人を自分のように愛しなさい』という言葉に要約されます。愛は隣人に悪を行いません。だから、律法を全うするものです」
 ここでパウロが引用しているのは、明らかに十戒の戒めです。十戒からの引用ですが、その中でも、直接対人関係に関するものだけを4つ抜き出しています。
「姦淫するな」というのは第7の戒め、「殺すな」というのは第6の戒め、「盗むな」が第8戒、「むさぼるな」が第10戒です。信仰についての戒めや、裁判で偽証するなとか、安息日を守りなさいというのは一切省略されています。そうやって、人間と人間の関係にテーマをしぼった上で、それを総括すると、「そのほかどんな掟があっても」、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉になるのだと言っています。
 では「隣人」とは誰なのか。聖書には「私の愛するべき隣人とは誰ですか」と質問して、イエスに「善いサマリア人のたとえ」を話させることになった人のことも書いてありますが(ルカ10章25節以降)、じっさい「隣人」とは誰なのでしょうか。
 「隣人」と書いてあるこの言葉は、直訳すると「近い人」です。物理的に近くにいる人です。それをユダヤ人社会では民族的な意味での同胞という意味に解釈するのが常になり、ユダヤ人は「隣人」、異民族は「異邦人」という分離した呼び方に慣れ親しんでいたところを、イエスは民族の違いなどとは全く関係なく、あなたの出会った人に、あなた自身が「隣人」になるんだよと教えてくれたわけです。
 イエスは、私たちが自分の近くにいる人、自分の出会う人を自分のように大切にしなさい、とおっしゃる。そしてパウロは、この他者を大切にする行いで、律法のすべてが達成されるのだと言い切ります。「律法を全うする」とは、律法の求めているものが満たされるという意味です。

最初に伝えられた言葉

 この「隣人愛によって律法の求めが満たされる」という考え方は、たとえば福音書のなかでイエスが、律法というのは2つの戒めに要約されると述べていた記事とは対照的です。
 マルコによる福音書は新約聖書のなかに収められている中では最初に書かれた福音書ですが、それでも本日のローマの信徒への手紙よりは10年ないし20年は後の作品です。この年代の異なる2つの文書の間でも、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉は、ギリシア語でも一言一句同じです。ですから、この言葉は当時の信徒たちの間でも、おぼえやすくインパクトあるイエスの言葉として、広くしっかりと記憶されていたのでしょう。
 このインパクトあるイエスの言葉をもとに、
「そのほかどんな掟があっても」、パウロはこれで律法のすべてが達成されるのだ、と書きました。しかも、「人を愛する者は、律法を全うしている」(8節)、「愛は律法を全うする」(10節)と2回も繰り返して強調しています。
 しかしマルコは、このパウロの手紙を読んで、共感を覚えると同時に、物足りなさを感じたのでしょうか。あるいは、隣人愛が全てだと言わんばかりのパウロの大胆な見解に戸惑いをおぼえたのかもしれませんが、この隣人愛の奨めの前に、
「心を尽くし、思いを尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」(マルコ12章30節)という文言を置き、こちらのほうが「第一の掟」(29節)だとしました。
 そういうわけで、福音書作家がそういう編集をするから余計に私たちは、そもそもイエスの言葉として、イエスの死後残された人びとの間に言い伝えられたのは、
「隣人を自分のように愛しなさい」という、率直でシンプルな奨めであったのではないかと推測できるのであります。
 
「愛は律法を全うする」。それが、最初のクリスチャンの信仰だったのではないかと思われるのです。

スローな命のささげ方

 学校の生徒でいる間はどうもパッとしなかったのに、卒業して社会に出ると急に生き生きとしだす人がいます。もちろんお金を稼ぐという明確な目標が与えられて、動機づけがなされたためかも知れないのですが、しかし、仕事を通して誰かのために役に立てるということを知った人は目の輝きが違ってきます。これもまた一つの愛です。
 また愛は、発する側の人だけではなく、受け取る側の人にも、生きがいを与えます。自分が愛されていることが実感できた人は、「生きていてよかった」と思う事ができます。
 これをさらにひっくり返すと、「あなたを愛しているよ」「あなたが大事だよ」「あなたが好きだ」と伝えるだけでも、人は人に生きる意味を与えている、それは尊い業なのだと言えるでしょう。
 そして、そんな照れくさい感情表現も何もない。ただ「会いたい」と思うだけでも生きる力になるのだ、ということを、私の父は証明してくれたのだな、と思います。
 最初にお話しましたように、私は「死んでしまったら、この『私』は存在しなくなるのに、どうして生きる意味があるのか」という問いをぶつけられました。
 この問いに、相変わらずきれいに答えることは私にはできません。しかしこれも、「私」という個人の限界を越えて、人と人とのつながりの中に希望を託すしかないのではないかと思います。
 人は生きて、やがて死にます。これだけはどうしようもありません。しかし、同じ死ぬのなら、自分のためだけに生きて死ぬより、自分以外の人のために死んだ方がいいのではないでしょうか。
 もちろん、「人のために死ぬ」なんてことを軽々しく言ってはいけませんし、人のために死ぬという状況が、今ここにいる私たちにそう頻繁にあることではないとは承知しています。ヨハネの福音書には、
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」という言葉がありますが(ヨハネ15章13節)、多くの平凡な人間には、とうていそんなことはできません。ですから、「人がその友のために命を捨てる」という言葉そのものにインパクトを感じながらも、実感はわかないという人が多いでしょう。
 でも私は、命を捨てるのは、今死ぬとか、これから死ぬとか殺されるとか、そういうことではなくて、一生をかけてゆっくり命を捨てていってもいいのではないかと思っています。命を一瞬にして捨てることは無理ですが、じっくりと時間をかけて少しずつという方法はあります。
 毎日少しでも、自分以外の人のために自分の時間と労力を費やす人は、時間と労力、すなわち自分の人生の一部を削って、確かに人のためにささげている人だとは言えないでしょうか。そんな毎日の積み重ねは、人のために自分の命をゆっくりとささげていると言えるのではないでしょうか。そして、自分が死ぬ時、その「与える人生」が完成する。それが、いわゆる「スローな命のささげ方」であります。

生きている意味なんて

 生きる意味なんて無いとか、何のために生きるのかわからない、という人はたくさんいます。でも、それと同時に、誰をどんな風に愛するのか、その気持ちや形は百人百様です。だから生きている意味なんて百通りもあるとも言えるし、結局人の数だけ生きている意味はあるんです。
 イエスは「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉を残し、それに基づいてパウロは「人を愛する者は、律法を全うしている」と断言しました。律法を全うするとは、神からの要求を全て満たしている、ということです。
 たとえば、私たちは挨拶ひとつからでも、人を愛する事ができます。「ここにいてくれないか」と願うだけでも、人を愛する事ができます。何もしていないようでも、人のために祈ることはできます。いつでも、できることをする人でありたいものですね。
 祈ります。

祈り

 愛する天の神さま。
 今日ここに、敬愛する兄弟姉妹がたと共に、あなたの御前に礼拝をささげることができます恵みを、心より感謝いたします。
 どうぞ、私たちをあなたの愛のわざに参加させてください。
 あなたの愛を私たちに与えてくださってありがとうございます。
 主イエス・キリストの御名によって祈ります。
 アーメン。



付記……

 その後、しばらくたってから、この説教の冒頭で紹介した女子生徒は、「文化祭の劇で『デス・ノート』やりたいんですけど、いいですか?」と質問しに来ました。「人が死んだりとか、そういうのはだめですか?」
 「いや、いいんじゃない?」と答えました。
 彼女はいま、死について自分のテーマを深めつつあるのです。


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