自分の足で歩けるように

2006年8月13日(日) 日本キリスト教団高槻日吉台教会 聖日礼拝説教

説教時間:約25分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:使徒言行録3章1〜10節 (新共同訳・新約)

  ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。すると、生まれながらに足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日「美しい門」という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。
  彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しをこうた。
  ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、ペトロは言った。「わたしには金銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。
  すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩き出した。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。
  民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。彼らは、それが神殿の「美しい門」のそばに座って施しをこうていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた。

あるしょうがいの治癒

  本日お読みしました聖書の箇所。
  「美しい門」あるいは以前からの聖書では「美しの門」と呼ばれていた場所での出来事です。イエスの弟子であったペトロとヨハネが、神殿に礼拝をささげに出かけてゆきます。
  その頃はまだ自分たちが「キリスト教」という新しい宗教としてユダヤ教から離脱することになるとは全く考えもせず、自分たち自身まじめなユダヤ教徒のイエス派だというくらいの認識でいたので、彼らは当然のようにユダヤ教の神殿に祈りをささげに入っていきます。
  するとそこに、生まれつき足の不自由な男が運ばれてきます。今風に言いますと、身体しょうがい者ということになります。
  彼は毎日施しを乞うために「美しの門」のそばに置いてもらっていたと言います。つまり、毎日彼が「美しの門」に行くために、介護なり介助をする人がいたということになります。そしてこの男の人は、目の前にいる二人の人に、いつもしているように施しを乞いました。
  ペトロとヨハネはこの男をじっと見ました。男も「何かもらえる」と思って、じっとペトロとヨハネを見つめました。しかも、ペトロたちは「わたしたちを見なさい」とまでこの男に言います。ここで3人の人間の間に、ひとつの関係ができあがります。通りすがりの赤の他人ではなくなってしまいました。
  もう赤の他人ではないこの関係のなかで、ペトロは言います。
  
「金銀は我になし、されど、我に有るものを汝に与う、ナザレのイエス・キリストの名によりて歩め」(文語訳:使徒行傳3章6節参照)
  そう言って、右手をとって男を立ち上がらせると、彼は躍り上がって立ち、歩き出しました。そして踊りながら神を賛美しました。そのことで周囲のいた人々も非常に驚いた……とあります。

この男は自立したのか

  この男は、それまで他人の施しで生きるしかない生活でした。ですから経済的な意味では自立しておりません。
  自分で食べてゆくことができない。人によって運ばれてきて、毎日物乞いをしながら、人の施しによって食いつないでいる人なわけです。
  しかし、今このペトロたちと出会い、そしてペトロがイエス・キリストの名において命じた瞬間、彼は自分の足で歩けるようになりました。
  この聖書の物語を読んで、私が最初に連想したのは、時折職場の学校から生徒たちといっしょに訪れる。大阪市西成区の「釜ケ崎」と呼ばれる地域での日雇い労働者のおじさんたちの姿です。
  私が勤めている学校では、年に何回か、釜ケ崎に炊き出しのお手伝いのボランティアに行きます。いつも500個ほど、多いときは700個のおにぎりを作り、昼前の11時に、1時間以上も前から、夏はジリジリ太陽に焼かれながら、冬は寒風吹きすさぶ中、列を作ってならんでいる、高齢者であることや体調を壊したことで、その日仕事にアブレてしまった労働者のおじさんたちに配ってゆく。そんなボランティアを続けて10年近くになります。
  いつも作業の最後に反省会というか、振り返りのときを持つのですが、そこで生徒たちは、「『ありがとう』と言ってもらえてうれしかった」というようなことを言ってみたりするわけです。
  しかし、ぼくら教師は、うつむき加減に恥ずかしそうに「ありがとう」とおにぎりをもらってゆくおっちゃんの姿が釜ケ崎の姿だと思ったら、それは違うんだよ、というようなことを話します。
  たとえば、バザーで下着や石鹸や古着などを買い求めるおじさんたちの姿は、炊き出しの行列に並んでいるときの姿と全く違い、明るくて、威勢がよくて、冗談のひとつやふたつポンポンと出てくるような、そんなバイタリティにあふれています。
  炊き出しのときとバザーのときと、何が違うのかというと、炊き出しはタダで食べ物をもらうのですが、バザーでは自分でお金を払ってものを買うことができるという点、これが違うわけです。
  もちろん、自分で買うといっても、寄付で集められた下着一枚50円とか石鹸一つ10円という、たいへん安い値段ではあるのですが、それでも、50円玉一つ出して、「釣りはいらんで。とっとけやー! はっはっは」と笑っている姿を見ると、やはり、たとえ小銭程度の金額であったとしても、自分でかせいだお金を使って、ものを手に入れるということが、人間として大切なプライドに結びついているんだなということがよくわかるわけです。
  釜ケ崎の人びとはサボっているとか、自業自得だとか、「ホームレスは3日やったらやめられへん」とか、さまざまに言われるけれども、私はそれはウソだと思います。やはり人間は自分の力で自分の暮らしを立てることのほうがうれしいに決まっているのです。
  ですから、経済的自立ということは、人間が生きて行く上で、とても大切なことだと言えるでしょう。
  そして、ペトロがこの足の不自由な男を癒して、歩けるようにしたということは、この男が誰の施しも受けず、介助も受けず、自分の足で立って歩いて働き、自分の生活を自分で立てるように押し出したということであり、これが人間として当然の権利を獲得することにつながるのだ、と思いました。この物語は、一人の人が、イエス・キリストの名によって、自立した人間に変えられたお話だ、と考えることができます。

ペトロの功罪

  ところが、しばらく考えてみますと、どうも、物ごとはそう単純なものでもなさそうだな、と私は思い始めました。
  と言うのも、当たり前のことですが、私たちの現実の生活において、たとえば、先天的にしょうがいを持っていたり、病気や事故で体や頭脳を痛めてしまったり、歳をとることでだんだんと心身ともに不自由になっていったり、というのが私たちが実際に抱えている状況です。
  私たちのまわりで、身体的にしょうがいを持った人に、「イエス・キリストの名によって、立ちなさい」とか「治りなさい」とかお互いに言い合ったところで、何も起こらないというのが現実です。言葉一つで治るものなら医者も介護もいりません。
  私たちは、そして特に大人は、「治らない」あるいは「これからどんどん能力が退化してゆく」という現実の中で生きています。そして、そのようなしょうがいを抱えながら、どのように介護サービスを利用して生きてゆこうか、それにかかるお金はどこまで自己負担しなければならないのか。自力でお金を稼ぐことができなかった場合、福祉はどれほど受けられるのか、その福祉で食べることと介護を受けることがまかなえるのか、などなどといったことが切実な問題として迫ってきます。
  そんな状況のなかでは、「自立して生きる」ということは、必ずしも経済的自立のことだけをさすのではないと、社会福祉の分野では言われているようです。つまり、たとえば、経済的には福祉をフルに利用し、肉体的には介護サービスをフルに利用して、自分にとっていかに充実した時間を作り出すか、ということのほうが、本当の「自立した生活」ではないのか、という考え方もあるようです。もっともそういう生活が可能な国の制度になっているのかというと。まだまだ課題が多いようなのですが……。
  ですから、そんな私たちにとって、ペトロの行った奇跡というのは、いったい何の意味があるんだろうか、と思うわけです。
  聖書のほうの物語では、「この男のしょうがいは治りました。めでたしめでたし」で終わりますが、こんな物語は私たちの現実とは程遠い絵空事でしかないのではないか。
  あるいは、たとえば、ペトロがこの男を癒す前は、この男には、いつも「美しの門」のところに連れていってくれる、つまり介助をしてくれるヘルパーが毎日ついている生活だったわけです。そして、この男は何歳かとは書いていませんが、少なくとも子どもではない。生まれつき足が立たないのに、大人になるまで、人が体に不自由な者には施しをするという美徳に依存して、なんとか生き長らえてきている。これはこれで、ひとつの社会福祉が成り立っていたのではないだろうか、と。
  このしょうがいが治ったところで、この男がその後、どこかで働く口を見つけて生きていける場所があるかどうか、ということは全く保証はないわけです。
  ほんの数ヶ月前に、街のはずれで犯罪者として十字架で処刑された、「あのイエスの名によって歩き始めたんだ」と言って、どこのユダヤ人が彼を歓迎してやとってくれるでしょうか。
  ペトロは、彼がしょうがい者でなくなったときに、それから先、どんな風に生きてゆけばよいのかを考えることなく、さっさと癒してしまったわけですが、これは考えようによっては非常に無責任なことをしたのかも知れないわけです。

イエスの福祉

  私は、イエスの思想のなかで、もっとも社会福祉としては望ましい姿をさしているのは、イエスが語った「ぶどう園の労働者」のたとえだと思っています(マタイによる福音書20章1−16節)。
  夜明けに雇われた日雇い労働者たちは、一日1デナリオンの契約で働きます。一日働いたということは食事のまかないもあったでしょうが、そのような経費やショバ代も取り立てることなく、額面どおりの賃金1デナリオンを払ってくれるのですから、このぶどう園の主人は、たいへんな優良経営者だと言えます。
  その上、このぶどう園の主人は夜明けの寄せ場で仕事をつかみそこねてアブレてしまい、何もすることもなく広場でたむろしている人びとを連れて来ます。
  寄せ場で仕事にアブレたということは、高齢であったか、病気やしょうがいを抱えて充分働ける状態になかった人だということです。ぶどう園の主人は、そういう人びとも連れて来て、同じ1デナリオンのお金を渡しました。
  働ける能力のある者には契約どおりの賃金を払い、働ける能力のない者も同じだけの一日を生きてゆくことのできる福祉をもらえるような、そんなぶどう園。これが福祉の理想だと思うのですね。
  ぼくは、「2000年も前にこんなことを考えたイエスという人は、本当にすごいと思わんか?」と、いつも生徒には言っているのですが。残念ながら、そんな生徒たちも私たちも、そういう理想の世の中には生きていません。しかし、このような理想を2000年も前に、イエスがはっきりと示してくれていたということには、本当に感謝すべきだろうと思うし、社会に福祉を向上させて行くために必要な理想が示されているということは、大事なことなのではないかと思うのです。

望んでいるような人生に

  さて、本日の聖書の箇所で、大切なことは何かというと、結局のところ、足を癒してもらった本人が、心から喜んでいるということなのだろうと思います。
  彼は歩きたかった、だから歩いた、ということ。彼は施しを受けて座り続ける生活が嫌だった。そして歩くことができて、うれしくてたまらず、踊りまわったということ。
  「彼は歩きたかった」、彼は自分の望んでいたような生活を手に入れた、つまり彼は自由になった、ということが大切なことなのだろうと思います。
  毎日人の施しによって生きていたこの男は、歩けるようになったことで、もう人の施しを受けることができない状態に変わりました。これからは自分の力で生きてゆくように、押し出されたといっていいでしょう。
  それは何の保証もない厳しい世界に放り出されることを意味しています。しかし、それでも彼にとってはそのほうがよかったのでしょう。
この物語を何度も読むたびに、この物語を書いたり読んだりした昔の人びとにとっては、しょうがいを持つ人が「治る」ということにしか希望を見いだせなかったのだろうということが読み取れるように思います。そこに一抹の切なさのようなものを感じます。
  しかし、私たちの置かれた現実はどうでしょうか。歩けないままで生きて行くしかないというのが多くのしょうがい者、あるいは高齢者の現実です。治らない、いや、治らないどころか、どんどん悪くなっていくか能力が退化してゆくという前提で生きてゆくしかない人が大多数ですね。
  そのような現代の私たちの状況で、本日の聖書の箇所を読むとき、私たちはどこに希望を見出せばよいのか。「彼は治りました。めでたしめでたし」では何の問題の解決にもなりません。そうではなく、イエスの御名によって彼自身が「自由な者としていただいた」ということに着目するしかないのかな、と思います。
  本当に自分が望んでいる生活とはどういうものなのか、日々おとろえてゆく体、思うように動かなくなってゆく体を抱えて、自分はどんな生き方をいちばん望んでいるのか、それを考え、工夫し、実行する自由がある。イエス・キリストはそんな私たちの自由を励まし、後押ししてくださる方だ。だから、私たちはイエスが後押ししてくれることを信じて、どうすれば私たちの時代なりに、いちばん思い通りの生き方ができるのかということを考えよう、という姿勢を読み取る以外にないのではないでしょうか。
  私たちは、イエス・キリストの名によって、自分の一度しかない人生を、自分らしく自由に生きる権利を主張することができる、またしなければならないし、もし自由を奪われている人を発見したならば、ただちに自由を手に入れることができるために、手をさしのべることが要求されているのだ、と、本日の聖書の箇所から学ばなければならないのではないでしょうか。
  お祈りをいたしましょう。

祈り

  愛する天の神さま。
  この高槻日吉台教会において、敬愛する教友の方々と共に礼拝を守ることができます恵みを、心から感謝いたします。
  私たちがいつもあなたのことを思い、あなたの恵みに感謝し、あなたに励まされて生きてゆくことができますように。
  あなたが私たちに得させてくださる自由を、いつも大切にして生きて行くことができますように。
  イエス・キリストの名によって祈ります。
  アーメン。


(今回の聖書の箇所から得られた着想にあたっては、弘前学院聖愛高校の石垣雅子先生のメッセージ「持っているものをあげる勇気」を参考にさせていただきました)

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