狭い門から入ろう

2008年4月28日(月)同志社香里高等学校 ショート礼拝奨励

説教時間:約5分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マタイによる福音書 7章13−14節(新共同訳)

  狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。

今月の聖句

  この同志社香里では、毎月、「今月の聖句」というのを決めて、礼拝で読みます。ときどき、お話をする先生のなかには、ご自分で聖書の個所を指定される方もいらっしゃいますけれども、一応、月ごとの聖句というのは決めています。
  4月の聖句はおぼえてるでしょうか。4月は
マタイによる福音書7章7節「求めなさい。そうすれば、与えられる」という言葉でした。
  この言葉はよく誤解されやすいんですが、「欲しがりさえすれば、誰かが与えてくれる」という風に誤解している人がたくさんいるんですね。
  この言葉は、更に聖書を読み進むと、
「探しなさい、そうすれば見つかる。門をたたきなさい、そうすれば開かれる」という風に続いていきます。つまり、受動的な態度では何も得られないよ、という意味なんですね。自分から一生懸命に探し、門をたたく努力があれば、その努力はきっと報われるよ、という意味なんです。
  今日で、高校の4月の礼拝は終わりですが、来月には5月の聖句として、今日読んでいただいた個所を選んでいます。
マタイによる福音書7章の13〜14節です。「狭い門から入りなさい」という言葉です。

狭い門

  この学校の入り口、高校生の通路って狭いですよね。中学生は広びろとした通路で靴ロッカーのところに行けますが、高校生は生活指導室と香真館の間の狭い通路を抜けていかないといけません。これを見るたびにぼくは、「ああ、高校生のみんなは、『狭い門』から入っているんやな、と思います。でも、それが一番近道だから仕方がないですよね。
  ところで、聖書でも「狭い門から入りなさい」と言われています。この場合は、広い道と狭い道のどちらかを選べるとき、狭いほうを選びなさい、という意味なんですね。この門をくぐるのは、人生という道です。生きていく上で、誰でもが通りたがる広い道を選ぶのではなく、選ぶ人が少ないような、厳しい道を通りなさい、という意味です。
  楽な方向へ、楽な方向へ、と何でも我々は選びがちです。しんどいことをできるだけ回避しながら、逃げながら、要領よく生きてゆきたい。これが普通の人の感覚だと思います。
  しかし、たとえばクラブ活動や、ボランティア活動や、もちろん勉強にしても、楽に楽に生きることを選んでいたら、結局自分の実力はつきません。
  顧問の先生の目を盗んでサボったり、何でも友達まかせにしていたり、宿題はたいてい人のを写させてもらう……そういう生き方をしていると、自分で生きてゆく力というものが身につきませんし、いっしょに苦労した仲間がいないというのは、長い目で見ると、つまらない、さびしい人生です。
  やはり本当の喜びというのは、一人のときでも、集団のときでも、楽をしない方法を選んだときに、つかめるのではないかな、と思います。
  要領を悪くしなさいとは言ってません。しかし、楽に流れる生き方はお互いやめましょう。

祈り

  主なる神さま。
  今日もこんなにさわやかな朝を与えてくださって、本当にありがとうございます。
  我々、この同志社香里に学ぶ者が、互いに互いを研きあいつつ、成長してゆけますように。
  主イエス・キリストの御名によって祈ります。
  アーメン。

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