ノーブレス・オブリージェ

2007年6月28日(月)同志社香里中学校 ショート礼拝奨励

説教時間:約7分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:ローマの信徒への手紙 15章1−2節(新共同訳)

  わたしたち強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません。おのおの善を行って隣人を喜ばせ、互いの向上に努めるべきです。

釜ケ崎にて

  こんなポスターを最近、学校のあちこちの壁に貼っています。ボランティア募集のポスターです。これを貼りまわっているのは私です。
  もう10年以上続いているボランティア活動なんですが、大阪市西成区の釜ケ崎に、仕事につけない日雇い動労者の人たちのために、おにぎりを作ってくばるという簡単なボランティアを、年に4−5回くらいしに行っています。
  朝の8時半に集まって、9時からおにぎりを握り始めます。だいたい500個か600個おにぎりをつくります。そして11時ごろから、行列を作って待っている、失業者の人びとに、おにぎりを配っていきます。一人一個です。並んでいる人は最近では300名から400名なので、最初のほうから並んでいた何人かの人には2個目が当たります。
  いちばんつらいのは、最後の1個が渡されて、その次の人に「はい、ここまで」と言って列を切る瞬間が、なんとも言えずつらいですね。

同じこの世に生きているのに

  私が10年近くもこのボランティアを続けているのは、ひとつには自分が日雇い労働者になった経験があるから、ということがあります。
  私は会社を辞めて同志社大学の神学部に入ったんですが、その在学中に、離婚をしました。仕事をやめて大学に入ったとき、私はその妻の稼ぎで食べていました。しかし、離婚してしまったので、私は一文無しになりました。そこで、日雇いの肉体労働をしてなんとか食べつないだということがあります。
  もうひとつは、神戸でお店をやっていた父親が、阪神淡路大震災で店を失い、店を再建するまでのしばらくの間ですが、やはり日雇い労働をやったことがあります。とてもつらくて、とてもじゃないが普通の人だったら毎日やれるもんじゃない、と言っていました。
  そんなこともあるもんですから、日雇い労働のしんどさ、あまりにしんどいので疲れすぎてしまったり、体を壊してしまう人があったり、ということもよくあることもわかりますから、たとえば釜ケ崎のおじさんたちが、昼間からブラブラしているように見えるのも、仕方がないことかな、と思うんですね。
  そして、たとえば社会に出て仕事に行き詰まったり、震災のような災害にあったときには、誰でもそういう境遇になると思うんです。だからひと事ではないんですね。
  同じこの世に生きていて、同じ大阪近辺に生きていて、片方には今日食べるものにも困っている人がおり、片方には毎日食べるものも寝る場所も確保されている。この不公平に心の痛みを覚えなかったとしたら、それは人として非常に冷たい心の持ち主ではないかと思うんです。

恵まれた者の義務として

  「ノーブレス・オブリージェ」という言葉があります。
  「恵まれた者の負う義務」という意味があるそうです。
  私は、今は衣食住に恵まれた生活をしています。みなさんもそうだと思います。しかし、こういう恵まれた生活を当たり前のようにただむさぼっているだけでは、罰当たりのような気がします。
  恵まれた暮らしをしている者は、恵まれていない者に対して、自分ができることをする。困っている人には、困っていない者が手をさしのべる。それがノーブレス・オブリージェという生き方の美学ではないかなと思います。
  みんなもそういう生き方の美学を持ってくれたらと思います。
  祈りましょう。

祈り

  愛する天の神さま。
  今日も私たちを養ってくださり、ありがとうございます。
  私たちが豊かな自分の生活の中から、少しでもその恩恵を恩返しできますように、その方法と勇気をお与えください。
  主イエスの名によって祈ります。
  アーメン。

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