平和の祈り ー傷ついた兵士によるー

2004年1月13日(火)同志社香里高等学校・ショート礼拝奨励

(完全版:じっさいの礼拝では、最初のセクション「死が身近になった君たち」はカットされています)
説教時間:約10分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。


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聖書:マタイによる福音書5章9−10節(新共同訳・新約・p.6)

  平和を実現する人々は、幸いである。
    その人たちは神の子と呼ばれる。
  義のために迫害される人々は、幸いである。
    天の国はその人たちのものである。

死が身近になった君たち

  みなさん、あけましておめでとうございます。
  いよいよ日本の軍隊が戦場に派遣されるような時代になりました。
  総理大臣も元旦早々、靖国神社に初詣に行ってます。
  靖国神社というのは日本の国のために死んだ軍人をカミにして祀る宗教施設ですから、新年のお参りに首相がそこに行ったということは、今後日本人の死者が出ることを前提にしているということではないかな、と推測している人もいます。じっさい、昨年はイラクで死んでますしね。
  そうやってほんとうに死者が出始めると、自衛隊の志願者がぐっと減るでしょう。ぼくと同世代の人なんかは、自衛隊に入ったら、大型免許は取れるし、体は鍛えてくれるし、除隊後は就職しやすいから、戦争がなければラッキー、と言って入隊を考える人がけっこういました。
  しかし、こうして実際に危険地域に派遣されて死者が出て当たり前という状況になってくると、たぶん入隊志願者はぐっと減るでしょう。
  そうなると、人数確保のために徴兵制が復活するかもしれない、ということが恐れられているわけです。
  ぼくは、まだまだ若い君らが、あるいは自分の子どもらが、これからの激しく速い時代の変化の中で、自分は危険な地域には一歩も踏み入れないような政治家の命令で、気が付いたら戦闘地域に派遣されていて、死の恐怖と戦うという未来を経験することになるんじゃないか、とそんな心配を抱きながら新年を迎えました。

フランシスコの祈り

  今日はひとつのお祈りを、みんなに紹介したいと思います。
  お祈りというのは、自分で言葉を考えるお祈りもありますけど、昔から伝わってきた、決まった言葉のお祈りや、有名なお祈りもあるんですね。
  有名なので、ひょっとしたら雑学知識の広い人は、知っているかもしれません。アシジのフランシスコの「平和の祈り」というものです
(※)
  さっそく読んでみます。

  「平和の祈り」(フランシスコの祈り)
   わたしをあなたの平和の道具としてお使いください
   憎しみのあるところに愛を
   いさかいのあるところにゆるしを
   分裂のあるところに一致を
   疑いのあるところに信仰を
   誤っているところに真理を
   絶望のあるところに希望を
   闇に光を
   悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください
   慰められるより慰めることを
   理解されるより理解することを
   愛されるより愛することを
   わたしが求めますように
   わたしたちは与えるから受け
   ゆるすからゆるされ
   自分を捨てて死に
   永遠のいのちをいただくのですから


傷ついた兵士

  この祈りの精神そのものを生きたと言われるアシジのフランシスコという人は、今から800年ほど前のイタリアの人で、いまもあるカトリックの「フランシスコ会」という修道会を創った人です。
  もともと金持ちの道楽息子で、当時男の子だったら誰でも憧れる騎士になることを夢見て、十字軍に参加して、血みどろの地獄を見ました。
  11世紀から13世紀にかけて行われた十字軍は、ヨーロッパのキリスト教徒が、イスラームによって占領された聖地を取り戻すための聖戦だとか言って、派手に繰り広げたわけですが、「聖地奪回」なんてカッコいいスローガンはただの看板文句で、じっさいにはほとんどヨーロッパの金持ちが利権を拡大するために、領土を奪回したい政治家と結託して、イスラーム世界にふっかけていった戦争でしたし、利害が一致しないとヨーロッパ人同士でも殺しあったり、裏切って敵に売ったり、あるいはイスラーム軍と組んで同じヨーロッパ人を攻撃したり、というようなことが起こって、ハチャメチャの大混乱になりました。
  アシジのフランシスコが参加したのは1202年の第4回十字軍で、利権のための戦争での手先として出てゆき、結局、アシジとペルージャという町との戦い、つまり同じイタリア人同士の戦闘で、血みどろの修羅場を経験したわけです。そして、敵に捕まって1年間捕虜にされ、釈放されたと思ったら、今度は病気になって再び死にかけ、そして神の声を聞いて悟って、やっとたどり着いたのが、さっき読んだ平和の祈りの言葉です。
  そして彼は、一切の財産を捨てて、貧しい人に与え、自分自身も貧しい生活をしながら、当時の乱れた教会を建て直したり、改善したりしていきました。そして、やがて同志が集まり、フランシスコ会が創立されてゆきます……。

平和の道具として

  「私を平和の道具にしてください。……慰められるより慰めることを。理解されるより理解することを。愛されるより愛することを」と祈った人物は、きれいごとの言葉を並べて自分に酔っていた非現実的な人間ではなくて、利権争いの戦争に巻き込まれて傷ついた一人の兵士でした。
  血みどろの現実を知った人だからこそ、本当の平和のありがたさ、平和を造ること、人を愛することの大事さを身にしみて感じたのかもしれません。
  日本からも軍隊が派遣され、死者も出るかもしれないという状況で、これから先の激しく速い世の中の変化の結果、ここにいる皆さんの中からも、そういう血みどろの修羅場を見なくてはいけない人が出て来る可能性もあります。
  どうか、君らの世代からは、自分は危ないところに行かない政治家に命令されるがままに危険なところに行かされて命を落とすのではなく、むしろ「理解されることより理解することを心がけ、愛されることよりも愛することを実践する」という方法で、自分を平和の道具にしてゆくような人が出てきてくれることを願ってやみません。
  祈ります。

祈り

  愛する天の御神さま
  今日ここに安全を守られて生きておれますことを感謝いたします。
  どうかここにいるたくさんの若い命が、ひとつも不当な暴力によって失われることにないように、どうか末永く幸福な人生を送れますように、切に願います。
  この短い願いと感謝、主イエス・キリストの御名によって、お献げいたします。
  アーメン。


(※)「平和の祈り」はフランシスコの作ではない、とも言われている。しかし、彼の生き方はまさにこの祈りのとおりであった、ということは広く伝えられている。日本には第二次世界大戦後に伝えられた。

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