いつかは和解できるかもしれない

2007年10月23日(火) 同志社大学火曜チャペルアワー奨励

説教時間:約15分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マルコによる福音書3章20〜21節 (新共同訳・新約)

  イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もなほどであった。身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。

マルコに記されたイエスの家族

  今日、お読みいただきました、マルコによる福音書の3章20節・21節には、他のマタイやルカの福音書にはないような、イエスの家族についてのネガティブな描写がなされています。
  
21節には「身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。『あの男は気が変になっている』と言われていたからである。」とあります。
  このマルコの福音書というのは、福音書のなかでは一番最初に書かれたものだと言われています。もうすぐクリスマスのシーズンが到来し、私たちはイエスの母マリアと、その夫ヨセフのもとに生まれた奇跡の子の誕生をお祝いします。イエスの誕生に当たっては、ルカ福音書によれば、真夜中に天からやってきた輝く天使の大軍がその誕生を讃えて歌い、マタイ福音書によれば、東の方から三人の博士たちがやってきて、イエスを拝んだと伝えられています。
  しかし、それらの福音書より時代をさかのぼるマルコ福音書には、そういう物語が少しも描かれていません。クリスマスの物語は、マルコ福音書よりもあとになってから、イエスの生涯の伝説のなかに組み込まれていったのであり、マルコはこのようなイエスの誕生物語は知らなかったのであろうといわれています。
  マルコはむしろ、イエスの家族における、不和・対立について証言しています。

家族との不和

  もし、イエスの家族が、イエスのことを「約束の子」であると知っていたなら、イエスの活動を見て「頭が変になった」という風評を真に受けることはなかったことでしょう。しかし実際には、イエスの家族はイエスに関する評判を聞いて、イエスのことを恥じ、「取り押さえに来た」(21節)わけです。
  そしてそのような家族に対して、イエスのほうも実に冷たい対応をしています。同じ物語の10節ほど後、マルコの3章31節から読んでみますと、こう書いてあります。
  
「イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。大勢の人が、イエスの周りに座っていた。『御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます』と知らされると、イエスは、『わたしの母、わたしの兄弟とはだれか』と答え、周りに座っている人々を見回して言われた。『見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。』」(マルコによる福音書3章31−35節)
  イエスは自分の母や兄弟たちが自分のことを取り押さえに来たのに対し、「自分の母・兄弟は、ここに自分を囲んでいるあなたがたなのであって、外で待っているあの人たちは自分の母でも兄弟でもないのだ」と言っているわけです。

高校生たちの反応

  私は自分の担当している授業で、高校3年生の生徒たちと新約聖書を読んでいるのですが、今回の聖書の箇所を題材にして、こんな質問をして、感想文を書いてもらいました。
  質問は、「もし、自分の進む道について、両親がそれを恥に思ったり、やめさせようとしてきたときに、あなたならどう対処しますか」というものです。これに応えて自由に論述してもらいました。
  すると、一番多かった答えは、「徹底的に話し合う」でした。「自分が心からいいと思っていることは、きっと親もわかってくれるはずだ」、あるいは、「イエスのようなやり方は、家族に対して非常に冷たい。もっと話し合うべきではなかったのか」という反応もありました。そして多くの人が、「もし徹底的に話し合って、どうしても家族が自分のやろうとしていることに納得してくれないのなら、そのときは寂しいけれど、自分がやろうとしていることを貫く」と書いていました。
  私はそういうレポートに対するコメントとして、「イエスもひょっとしたら、家族には何度も話したけれども、結局理解してもらえなかったのかもしれないね」と書いたりします。
  しかし、「まず徹底的に話し合う」という言葉が出てくるところに、親に対する信頼感というか、自分は受け入れられるはずだという安心感をもつ人が多いのかと思ったり、あるいは、まだ本当に自分がやりたいこと、自分がやるべきだと感じることが見つかっていなくて、「本当の戦いはこれからなのかな」、などと気になったりもしました。

度重なる裏切り

  私事になりますが、私自身も、何度もの親の期待に背いた決断を重ねて人生を送ってまいりました。
  最も大きな最初の裏切りは、高校2年生のときに、教会でキリスト教の洗礼を受けたときでした。反対されるとわかっていたので、両親には話さずに洗礼を受け、受けてしまったあとで両親に話しました。「実はオレ、クリスチャンになったんやけど……」と。
  父親は激怒し、母親は泣きました。特に母親は、「正樹、あんたは死んでも、私らとおんなじ墓には入らへんのか……!」と泣き崩れました。
  次の大きな裏切りは、大学への進学でした。私は、この同志社にもあるような大学併設の十年一貫教育の中学校・高等学校に通わせてもらっていました。大学には入試なしで進学できることがその学校のメリットであり、当然、両親には、私に進学してほしい学部がありました。しかし、私は、親が入って欲しい学部とは違うところに入りたかったので、親のハンコが押してある志望学部を記入する紙を、勝手に書き換えて親の希望とは違う、自分の進みたい学部にして提出しました。
  いざ、入学許可書が家に届いて、やはり父は激怒し、「おまえのために出してやる学費などない! 勝手にしろ!」と怒鳴りました。
  「そうは言っても、本当に学費を払ってくれないなんてことはないやろう」と私が高をくくっておりましたら、父は本当に学費を払ってくれませんでした。仕方がないので、私は母からお金を借りて、アルバイトをして母に借金を返しながら、何とか大学生活を送りました。
  3つ目の大きな裏切りは、勤めていた会社を勝手に辞職したことでした。教会で洗礼を受け、大学の学部も勝手に決めてしまった私でしたが、就職だけは、きっちり全国的に有名な大企業に内定しました。すると両親は、自分の息子が生まれ変わってくれたかのように躍り上がって喜びました。その会社に6年ほど勤めた後、突然私は辞表を提出しました。理由は「同志社大学の神学部に入りなおして、牧師になる」でした。またもや父親は激怒、母親は号泣でした。
  これだけではなく、他にもいろいろとあったのですが、とにかく、これまで私はたくさんの親の期待を裏切り、家族を傷つけてきました。
  自分が「この道しかない」と信じて生きることは、個人の決断としては尊いものであっても、その決断が身近な人を傷つけ、失望させるということはあると思います。こんなことを続けているうちに、親も私の人生には何も口出ししなくなり、私も自分の考えていることを、あえて説明しようとはしなくなりました。親子関係が断絶したわけではないのですが、ある種のあきらめのようなものが、私の両親と私との間に漂うようになりました。

時間さえかければ

  つい最近、私はある本を書くチャンスがあり、キリスト教の入門書を書くことになりました。今年の1月に発行したのですが、クリスチャンの「信じる気持ち」を、キリスト教の専門用語は一切省いて、可能なかぎりわかりやすく書いた本です。
  この本を母に贈りました。
  しばらくしてから、母は自分の家の近所の教会を自分で探してきた、と連絡をくれました。そして、その教会の牧師館を訪ね、日曜日の礼拝の時間も聞いて、そして礼拝に参加し始めたそうです。
  教会を知らない、キリスト教も知らない、そんな人にキリスト教のことを知ってほしいと思って書いた本ですが、まさか自分の母親がそんな変化を起こすとは思っていませんでした。もちろん私は「無理をするなよ」、「いやになったらいつでもやめたらいいからな」と言っているのですが、今のところは母の教会通いは続いています。そんな母の変化がいつまで続くかはわからないのですが、母は、息子がそのために親を裏切った原因を理解しようとしてくれているのです。
  私が高校2年生のときに洗礼を受けて、もう25年になります。25年ぶりに、自分の信じていたことを理解してもらえるスタートラインに立ったわけです。
人ひとりの誤解が解けるために25年の月日がかかることがあるのだとあらためて私は思いました。
  親子だけではなく、うまくいっていないこの人とも、本当は争いたくはなかったあの人とも、長い目で見れば、いつかは和解できるかもしれない可能性のある人として見ることができるのではないかと思いました。
  もし、自分以外の人と理解し合えないということがあっても、時間さえかければ、「いつかは分かり合えるだろう」ということを希望に抱くことは悪くないのではないかと思います。
  残念ながらイエスにはそれだけの時間がなかったのかもしれません。自分は長く生きられないと思っていたのかもしれない。それは、十字架で死ぬということの予感だったのかもしれないし、当時の平均寿命は29歳くらいであったといいますから、どうせ自分は老い先短いという意識だったのかもしれません。
  しかし、わたしたちは願わくば、長く生きて、いまは和解できない人とも、いつかは和解できるかもしれない、ということを希望に生きてゆきたいものだと思います。そのチャンスを期待して待ちながら、もし神さまがゆるしてくださるならば、長く生きるに越したことはないのではないでしょうか。
  お祈りをいたします。

祈り

  愛する天の御神さま。
  今日ひととき、あなたを礼拝する時が持てましたことを感謝します。
  私たちが自分以外の人と嫌い合い、憎しみ合うときでも、「それでもいつかは和解できるかもしれない」という可能性を心に思い浮かべることができますように。どうか私たちの心にゆとりと希望をお与えください。
  主の御名によってお祈りいたします。
  アーメン。

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