誰でも「しめた」

2006年2月13日(月) 同志社女子高等学校 新島襄誕生記念礼拝奨励

説教時間:約12分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:ヨハネの手紙(一)3章1節 (新共同訳・新約)

  御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。世がわたしたちを知らないのは、御父を知らなかったからです。

生まれる前から

  今日は、新島襄生誕記念礼拝ということで、お誕生日の讃美歌をリクエストさせていただきました。
  教会では、教会学校とか子どもの集まりで、お友だちの誕生日のお祝いに、この「♪うーまれるまーえかーら♪」を歌います。
  この讃美歌。讃美歌21の「547」番を、もう一度じっくりと読んでみたいと思います。朗読してみます……。

 
   1 生まれる前から 神さまに
      守られてきた ともだちの
      たんじょう日です おめでとう

    2 生まれて今日まで みんなから
      愛されてきた ともだちの
      たんじょう日です おめでとう


  この歌のすごいところは、我々ひとりひとりの命は、「生まれる前から神さまに守られていた」んだということを言ってることだと思うんです。生まれる前からです。
  2節のほうは、「生まれて今日までみんなから愛されてきた」、これも人が育つためには大切なことでしょうけれど、生まれる前から生まれてくることを期待されて、まだ生まれていない前から愛されているという子どもは珍しいんじゃないでしょうか。
  だから、他の人たちは生まれてから今日まであなたを愛してくれたのかもしれないけれども、神さまはあなたが「生まれる前から」あなたの霊を愛してくれていたんだよ、というのは、ものすごいメッセージだなと、いつも教会で歌うたびに思うんですね。

しめた!

  同志社の創立者、新島襄は――もちろん大人になるまでクリスチャンではなかった人ですが――この人もある意味、「生まれる前から愛されていた」人の一人だと思うんです。
  彼が生まれたときに、おじいさんの新島弁治さんが「しめた!」と言ったから「七五三太(しめた)」という名前になったという。
  昔は生まれてくるまで赤ん坊が女の子か男の子かわからなかったですから、おじいさんは「男の子であってくれ! 男の子であってくれ!」と願っていたんでしょうね。そしていざ生まれてみると男の子だった。「しめたっ!!」と叫んだ。「しめた」というのは、「よしきた!」とか「やった!」という意味の言葉ですが、とにかく新島七五三太は生まれる前から期待をされていて、そして生まれると、その生まれる前からの期待も含めて、「よう生まれたのう」と温かく迎えられたわけです。

もし女の子なら

  ここでひとつ疑問が生じます。
  いったいこのおじいさんである新島弁治さん、もしも生まれてきたのが女の子だったら、どういう反応をしたでしょうか。
  新島家にはもうすでに4人の女の子がいました。くわさん、まきさん、みよさん、ときさん、既に4人。4人も子どもがいるのに、なんでまだ子どもを作ろうとするのか。それは男の子がほしかったからですね。
  当時は武家社会でしたから男の子が一家の主を継ぐという風習がありましたから、男の子が生まれてもらわないと困るわけですね。一家の長は男の人でないといけない。こういう男尊女卑の文化なわけです。
  けれども、この男尊女卑の文化は、いまでもしっかりと生きているところでは生きているんですね。
  たとえば、つい最近、話題になっている女性天皇を認めるかどうかという論議でも、国会の議員さんたちの間では根強い反対があるそうですね。紀子(きこ)さんが男の子を生むかもしれないから、女の人でも天皇になれるかどうか検討するのはやめておこう、みたいな差別的なことが国会議員の間でやりとりされている。
  まぁ私は天皇制というものの存在そのものが問題だと思っていますが、天皇の問題じゃなくても、ごくごく身近な世界でも、こういう男尊女卑を身近に感じることがあります。
  ある日、家族で買い物に出かけ、あるショッピングモールの駐車場に車をとめて歩き始めたところ……うちには3人の娘がいて、一家で動き回るとけっこう目立ってしまうんですが……そうすると駐車場の警備員のおじさんが近づいてきて「かわいいねぇ。三人とも女の子?」と言うから、「そうですよ」と答えたら、いきなり両肩をグッとつかまれて、「がんばろう! もう一人! な! 男の子!」と思い切り励まされてしまった、という経験があります。
  そんな時、ぼくが思い出すのは、新島襄のおじいさんの叫んだ「しめた!」だったんですね。新島家に生まれた5人目の子どもが、もしまた女の子だったら、おじいさんはこんなに喜ばなかったのかもしれないと思うのです。

ひとりの人間として

  新島七五三太は、19歳のときに箱館(函館)に行き、ベルリン号という船で日本を脱出します。
  そのとき、船長の下着を洗わされて、「こんな仕事をしている自分を見たら、両親がなんと思うだろう」と情けなくなったと記録しています。
  「こんな仕事」というのは、炊事や洗濯、掃除など、当時は女性の仕事とされていて、男の、それもサムライの息子には決してさせないような仕事でした。
  しかし、新島は次第にそれに慣れ、髪をたばねていた髷も切り落とし、2本の刀も手放して、自分がサムライだという気持ちも捨てて行きます。そして、やがて七五三太という名前をも捨ててゆくわけですね。七五三太というのは、自分が生まれたことを喜んでくれたことを示す名前なのに、この名前を手放すわけです。
  サムライの跡継ぎとしてでなく、男だからではなく、女だからでもなく、ひとりの人間として生まれかわるのだという思いで、新島は新しい「ジョー」という名前を名乗り、だからこそ日本に帰ってきてからも「七五三太」を名乗らず、新しい自分を示す「ジョー」という名前を名乗るようになったのではないかと思います。

誰でも「しめた」

  本来なら、新島弁治さんには、男の子が生まれようが、女の子が生まれようが、「しめたっ!」と叫んで喜んでほしいところですよね。そうしたら、生まれた子どもは「しめこ」とか「しめの」という名前になったでしょうか?
  とにかく、誰の人生であっても、たとえ親の期待とは違う子として生まれ、親の期待を裏切るような生き方をしてしまっていたとしても、どんな人も同じように「生まれる前から、神さまに愛された人」なんだと考えることはいいことなのではないかと思うんですね。
  信じる、信じないにかかわらず、そういう考え方はいい考え方だと思いませんか? 自分は生まれる前から神さまから愛されていたのだと思ってみる。だから自分は大切な存在なのだと思ってみる。
  ぼくは本当に、あなたがたひとりひとり、自分も大切な存在なのだ、と思ってほしいと思います。
  お祈りをいたしましょう。

祈り

  愛する天の神さま。
  今日ここに同志社女子高校のみなさんと共に礼拝をささげることができていますことを感謝いたします。
  ひとりひとりがあなたに愛されている者として、自信をもって生きてゆくことが出来ますように。自分の命、人の命を大切にしながら生きてゆくことができますように。
  この祈りを、イエス・キリストの名によってお聴き下さい。
  アーメン。

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