「この罪深き者をこそ用いて」

2000年3月26日(火)日本キリスト教団香里ケ丘教会・聖日礼拝説教

説教時間:約30分……ダウンロードしてゆっくりお読みください。

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聖書:出エジプト記3章1−14節(モーセの召命)(新共同訳・旧約p.96-97)

 モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、 あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。 そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。 彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。モーセは言った。 「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」
 主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、 「モーセよ、モーセよ」と言われた。 彼が、「はい」と答えると、神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。 あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」 神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」 モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。
 主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、 追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。それゆえ、わたしは降って行き、 エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、 カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。
 見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、 エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。 わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」
 モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、 しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」
 神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。 あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」
 モーセは神に尋ねた。
 「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、 わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。 彼らに何と答えるべきでしょうか。」
 神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、 「イスラエルの人々にこう言うがよい。 『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」

捨てられた過去の呼び声

 それは、彼が忘れようとしていた過去でした……。
 燃える柴の炎の中から聞こえる神の声が、彼の記憶を呼び覚まします。
 「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った」(出エジプト3章7節)
 「見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た」(同9節)
 それはモーセ自身が聞いてきた叫び、彼が見てきた光景でした。
 主は彼にこうたたみかけます。
 「今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ」(同10節)
 それは彼がいちばん避けたかったこと、望んでいなかった仕事でした。
 彼はとっさに「わたしは何者でしょう。ファラオのもとに行き、イスラエルの子らをエジプトから連れ出すとは」と言葉を発していました。
 「わたしは何者でしょう」と発したその言葉は、単に「私のような者が、そんな大仕事をするのでしょうか」という謙遜だけを示しているのではありません。モーセは常日頃から「私がいったいどれほどの存在だろうか」と、心底自分を卑下していたのでした。

エジプトの王子

 モーセの生い立ちについては既にご存知の方も多いと思います。
 彼の生まれた時代は紀元前1250年前後と言われています。エジプト第19王朝、セティ1世の時代。ファラオとはこのエジプトの王様の事です。
 出エジプト記第1章から2章にかけて記されていますように、この時代、人口が増大して一定の勢力となったイスラエル民族に対して、エジプト人は嫌悪と恐怖を覚えるようになりました。
 そこで、これを抑えつける為に、ファラオは、イスラエルをエジプト人よりも一段低い民族として位置付け、強制労働をさせる、イスラエル人差別政策を取りました。
 しかしこのような抑圧をもってしても、イスラエルの勢力は一向に減らないので、ついにファラオは、イスラエル人の新生児のうち男の子は一人残らず殺害する、という命令を下しました。
 旧約聖書の94ページ、出エジプト記の1章17節以降には、助産婦たちが「いずれも神を畏れていたので、エジプト王が命じたとおりにはせず、男の子も生かしておいた」と書かれてありますが、このファラオのあまりに残虐な命令が、最初はファラオの側近にもすんなりとは受け入れられなかった様子を暗示していると言えるでしょう。
 そこでファラオは全国民に、「イスラエルの男の子を一人残らずナイル川に捨て、ワニの餌にせよ」と命じました(22節)。「全国民に命じた」とありますが、側近でさえ抵抗した命令を、ただ命じて素直に国民が実行するとは思えませんから、当然実施のためには軍か警察組織によるチェックや、子供をかくまっていた場合の罰則まで定められたことでしょう。だからこそ、モーセの母親は生まれたばかりのモーセを長くは隠しておくことができなかったと思われます(2章3節)。
 防水加工を施した籠に赤ん坊のモーセを入れて川に流した母親の苦肉の策は功を奏し、その籠はファラオの娘に拾われ、モーセはファラオの家の子、つまりエジプトの王子として育てられることになりました。

自分で自分を差別する

 彼がいつ「自分はイスラエル人である」と気付いたのかは、聖書には記されていません。しかし、出エジプト記の2章11節(95ページ)には既に「彼は同胞のところに出て行き、彼らが重労働に服しているのを見た」と書いてあり。「同胞」という言葉が使われております。
 もし、モーセが何らかのきっかけで、自分が実はイスラエル人であることを知り、王宮の外で強制労働に服しているのが自分の同胞であることを知ってしまったとするならば、彼はとても冷静にはこの光景を見ることはできなかったでしょう。
 彼はエジプトのファラオの王宮で育てられた王子です。額に汗して労働することもなく毎日豊かな食事を口にし、何不自由なく優雅に暮らし、壮大な建築物がいくつもそびえるエジプトの国を見下ろすたびに、自分の権威を誇りに思っていた。そして、それらの建築物を建てるためにこき使われる奴隷たちを見ながら、自分がイスラエル人として生まれなかった幸福を思ったかどうか。少なくとも、イスラエルが自分たちエジプト人よりも劣等人種であるという考えを疑うことは無かったでしょう。
 しかし、今は違います。彼は自分がイスラエル人であることを知っております。
 実はこれと似た状況は今の日本でも、よく見られます。たとえば、高校生になって初めて自分が在日コリアンであることを知らされた人がいます。また、学校の友達やその親たちに友達づきあいを禁じられて、初めて自分が被差別部落に住んでいたことを知ったと言う人もいます。
 そのような場合、現在の日本ならば、生活の格差といったような目に見える差別は少なくなり、「差別はいけない」という共通理解が、完全ではないにしろ、昔よりはある程度浸透した状況にありますから、差別をはねかえして元気に生きる若い人は増えてきています。
 しかし、時代が時代です。この紀元前13世紀のエジプトに、「人種差別はやめなければならない」という考えを持ったエジプト人が何人いたでしょうか。ましてや、モーセ自身がイスラエル人の奴隷労働によってその生活を運営していた王宮の出身であります。「イスラエル人はエジプト人よりも劣っている」「イスラエル人は生かしておく価値も無い」「人口が増えすぎれば、赤ん坊を殺せばよい」……そういう意識が空気のように自然であった環境で育った若者が、「実は私自身がイスラエル人であった」と知らされたら、どうなるか。
 彼が、「ぼくには生きている値打ちなんか無い」と思い込んでしまっても、誰も「そうではない」と言ってくれる人はいません。また、「それじゃあ、ぼくの本当のお母さんは、本当のお父さんは、どこにいるのか」と問うても、誰も答えてくれる人はいません。彼は救いようの無い孤独と自虐の地獄へと落ちるしかなかったのでした。

逃亡者

 それでも、外へ出て自分と同じイスラエル人の奴隷がエジプト人の現場監督に殴られ虐待されているのを見ると、いても立ってもいられなかったのでしょうか。彼は、同胞を打つエジプト人を打ち殺し、死体を砂に埋めた、と聖書に記されています(2章12節)。
 この殺人はすぐに発覚し、モーセはエジプトから一人脱出し、紅海を挟んだエジプトの対岸、アラビア半島の西側にあるミディアン地方と呼ばれた地域に逃亡します。
 昔、日本でも鎌倉時代以来、政治犯などが蝦夷地に島流しにされたところを、アイヌ民族に助けられて、以後アイヌの村に受け入れられて暮らすといったことがあったそうですが、モーセの場合も、ミディアン人という遊牧民の祭司の家庭に拾われて命を助けられ、この家族と共に暮らすことになります(15節以降)。
 そしてモーセは、ミディアンの祭司の娘と結婚し、子供も作り、毎日羊の世話をして、平穏な毎日を過ごすようになりました。
 羊飼いとして、また平凡な一人の夫、一人の父親として、エジプトから離れた土地で過ごす日々。彼は、見事に自分の素性、自分の犯罪を隠して生き延び、過去を捨てて第二の人生を生きることに成功しました。もともと自分の本当の家族を知らないモーセは、このミディアンの祭司の家庭に、やっと自分の居場所を見つけたのでした。

「わたしは何者でしょう」

 そうして穏やかに長い年月が経ち、彼自身もすっかり自分の過去を忘れた頃になって、予告も無く主の御使いが現れ、彼がいちばん思い出したくない記憶を呼び覚ました、というのが本日の聖書の箇所であります。
 主は言われます。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに『見た』。追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を『聞いた』。そしてその痛みを『知った』」(3章7節)と。
 それはモーセ自身も嫌と言うほど、見て、聞いて、知っていた事実です。それを彼は意図的に忘れようとしていたのですが、今やはっきりとその光景は眼前によみがえり、いま主と共にその光景を見ています。
 主は言われます。「今、行きなさい。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出しなさい」(10節)。
 モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう」(11節)
 「わたしは何者でしょう……」
 「わたしが何だと言うのですか……」
 その言葉に、エジプトで彼が思い知らされた虚しさと痛みが、いま再び彼の心によみがえってきたことが窺い知られます。彼はエジプトでは人間扱いされない民族の人間です、そんな人間の言うことにファラオが耳を傾けるでしょうか。
 同胞たちにも受け入れてもらえる保証はありません。イスラエル人たちは、モーセがエジプトの王宮で王子として君臨し、自分たちの上に立って抑えつけていたことを憶えています。そうでなくても、親子の関係、家系というものを重んじるイスラエル人たちの中で、彼はいったい誰の子かもわからない素性の知れない人間です。これでは、モーセはイスラエル人の間でもさらに見下げられる存在になる可能性がありました。ましてや、彼は殺人犯であります。
 「そんな私が、どうしてこんな大きな役割を仰せつかることができましょうか」と、モーセは自分を卑下したのでした。

「わたしはある」

 これに対し、主なる神は「『わたしは』必ずあなたと共に『いる』」(12節)と答えました。続いて「このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである」(同)とも語られました。「しるし」とは神さまが隠しておられたご意志を明らかにする出来事と言う意味ですから、神ご自身が「これがしるしだよ」と言っておられるのであれば、これが神のご意志なわけで、神さまとしてはこれでモーセに答えたつもりでおられたわけです。
 「『わたしは』必ずあなたと共に『いる』」。
 これが答です。
 しかし、どうもモーセは納得がいきません。そこで、目先を変えて口答えをします。「もしイスラエルの人々があなたの名前を聞いてきたら何と答えたらいいでしょうか」と。
 ここで神はモーセに「『わたしはある』『わたしはある』という者だ」(14節)と言われた……と日本語の聖書には書いてありますが、さきほどの「わたしは必ずあなたと共にいる」の『わたしはいる』も、ここでの『わたしはある』も、原語では同じ言葉が用いられています。つまり、繰り返しで使われています。
 「さっきも言ったはずだが、わたしはいるのだ。わたしはいるのだ」と神は繰り返しておられるのであります。
 ヘブライ語で「わたしはいる(ある)」は一つの単語で表しますが、これは日本語の「いる」よりも、また英語のbe動詞よりも強い意味で、「存在する」とか「場所を示す」とか「出現する」とか「発生する」といった、はっきりとした動作を示す言葉です。ですから、ここで「わたしはある」というのは、「わたしという存在がここに生きていること自体が事件なのである」と言わんばかりの自己肯定と言えるでしょう。
 さて、この「わたしはある」の言葉は、神の名前としては妙な名前であります。おおよそ名前らしくない名前ですが、実は、これはモーセの「私は何者でしょう」という問いに対応する答にもなっているのです。
 モーセは、最初はエジプトの王子だからという事で、身分や財産や権力でもって自分は優れた者だと思い込んでいました。そして、自分がイスラエル人だと知ってからは、自分の民族性のゆえに自分を価値の無い存在であると卑下しました。
 しかし神はモーセに、「エジプト人だろうが、イスラエル人だろうが、何者であったとしても、あなたがただここに生きて存在していることに目を向けよ」と呼びかけたのでした。
 「わたしはある」とは、「わたしはここにいる」という尊さに気づきなさい、というメッセージそのもの。「『わたしはある』という神があなたを押し出しているのだから、あなたも『わたしはある』ということの尊さを見直しなさい」と、神は言われたのでした。
 (注……ヨハネによる福音書8章21−30節において、イエスも「わたしはある」という言葉を強調しています。)

罰により赦される

 さて、それでは、モーセの罪は帳消しにされたのでしょうか?
 学校で聖書の時間に高校生たちを相手に、こんなモーセの生涯を語っていると、試験の答案に、「人間の存在が尊いという事は分かるが、殺人犯にまで生きている価値があるとは言えない」と書く子が必ずいます。神は、人殺しを犯したモーセを、そのままで赦したのでしょうか。
 私は、モーセに対するこの「エジプトへ戻れ」という召命は、実は彼にとっては最大の罰だったのかも知れない、と思っています。
 彼がエジプトに戻ったからといって、誰も彼の言葉をまともに聞き入れようとする人はいません。既に申し上げましたように、エジプト当局は彼を殺人犯として告発するでしょう。同胞であるイスラエル人も、素性がわからない人殺しのモーセを信用してはくれないでしょう。それでもなお神はモーセに「エジプトに戻って私のメッセージを伝えよ」と要求しておられます。
 エジプトで彼が受ける仕打ちは容易に予想できます。
 「『わたしはある』という神が私を遣わしたのだ。私たちにとって最も大切なこと、賞賛すべきことは『わたしはある』、『あなたはある』と言うことだ。だから私たちはこの奴隷状態から解放されて、自分たちの存在に誇りを持とう」と、殺人犯が語ることの滑稽さ。
 「おまえがか」と同胞は言うでしょう。「人殺しのおまえが、人の命の大切さを説くのか。存在の誇りを説くのか」と彼は笑われるでしょう。
 そんな彼の強みは、まさに自分が人を殺したという経験であります。「人の命を奪うという罪の重さ、その痛みを本当に知っているのはこの私だ。私はこの手で人を殺したからこそ、人の存在の重さが分かるのだ」と、彼は笑われながら語り続けるしかありませんでした。
 これは、モーセに与えられた罰なのかも知れません。しかし、この罰はただの裁きではありません。モーセはこの圧倒的に不利な状況、不利な立場において語り続ける苦しみを経てこそ、主なる神に用いられる一度きりの人生を存分に生ききる甲斐を与えられたのであります。いわばモーセはこの裁きによってこそ罪より解放されたのであります。
 このように、火に焼かれるような恥と苦しみを経てこそ、人間は本当の救いを得ることができるのだということを、神さまはよくご存知だったのではないかと思うのであります。

この罪深き者をこそ用いて

 さて、長々とモーセに与えられた召命について語ってまいりました。
 神はどのような人間に自らの御心を表されるのでしょうか。特に優れた者、清い者、あるいは育ちの良いものが神に遣わされ、用いられるのでしょうか。愚かな者、罪を犯した者、失敗や問題をかかえている者は、神の愛を語り、共に喜ぶ資格は無いのでしょうか。「おまえが愛を語るのか」と笑われても仕方がないのでしょうか。
 その答は、孤独な罪人モーセに与えられた神の召命の物語に、明らかに示されています。
 傷は傷をもって癒される。痛みは痛みをもって癒される。罪が罪人にあがなわれるという、このような逆転の御業を、神さまは人間を通して行なおうとされるのであります。

祈り

 祈ります。
 天地の造り主であり、御子イエス・キリストをこの世に送ってくださり、また、今も豊かに聖霊を私たちに注ぎ込んでくださる神さま。
 本日、こうして静かにあなたの御前に参列し、礼拝を献げることができます恵みを感謝いたします。
 私たちの人生の一コマ一コマを全てご存知であるあなたの前に、謙虚な思いをもって頭を垂れざるを得ないものです。どうか、欠けも過ちも少なからぬこの私たちを赦し、救い上げてくださいますよう、切に祈り求めます。
 我らの主、イエス・キリストの名によって、お聞きください。
 アーメン。

【参考】
映画 "The Prince of Egypt" DreamWorks Pictures, 1999
角岡伸彦『被差別部落の青春』講談社、1999

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