マイナスからの出発

2006年11月20日(月)同志社中学校 創立記念礼拝奨励

説教時間:約8分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マルコによる福音書 4章30−32節(新共同訳)

  さらに、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」

肝心なときにいなかった人

  「肝心なときにいることができなかった」という経験をした人はいますか? たとえば、文化祭の期間中に風邪をひいて熱を出して、みんなといっしょに準備をすることができなかったとか、本番のときに休んでいたとか……。
  あるいは修学旅行や遠足のときに、たまたま胃腸の調子が悪くなって休まなくてはいけなかったとか。あるいは、突然おじいさんかおばあさんが亡くなって、お葬式のために修学旅行に行けなかったとか、そんな経験をした人、何人かはいるんじゃないかなと思います。
  「肝心なときにいなかった」人は、みんなと同じ喜びや悲しみを共有することができません。他のみんなも、「おまえに言っても、何がわかるねん」というような目で見ます。たいへん孤独です。
  考えてみれば、新島襄という人は、「肝心なときに日本にいなかった人」だと言えるんじゃないかな、と思います。
  新島が日本を脱出して間もなく、日本では、江戸幕府の勢力と、薩摩藩や長州藩の勢力を中心とする新政府軍が、関西から関東、東北にかけて戦った、戊辰戦争(ぼしんせんそう)という戦争がありました。日本人どうしが、江戸幕府側と、明治政府側に分かれて大戦争をしたんです。そしてその結果、明治政府軍が勝ち、明治時代が始まりました。時代の一大転換期です。
  しかし、そのような一大事件の起こったそのときに、新島襄は日本にはいませんでした。日本の人びとが血で血を洗う凄惨な戦いを繰り広げている間、彼はアメリカで親切な人びとの愛情に包まれて、幸せな学生生活を送っていました。
  日本で全てが変わったあとから日本に帰って来た新島襄にとっては、日本の変化は浦島太郎のような状況で、戸惑ったことでしょう。
  また、肝心なときに日本におらず、他の日本人といっしょに苦しみを味わうこともなかったという負い目もあったのではないかと思います。
  もし、新島襄に対し誰かが、「肝心なときに日本にいなかったお前に何がわかるんだ」と言ったなら、新島はたいへん返事に困ったのではないかと思います。これから日本人のための学校を作ろうとしている新島にとって、そのことはハンディになっていました。いわばマイナスからのスタートです。

「賊軍」と呼ばわりにも負けず

  そんな新島襄が同志社英学校という学校を、日本に着いてからたった1年ほどの期間で建てることができたのは、京都府の顧問だった山本覚馬という人の協力があったからです。
  しかし、この山本覚馬という人も、マイナスからのスタートをした人でした。この人はもともとは会津藩、つまり東北地方の出身でした。幕府の命令で京都にやってきた山本覚馬は、戊辰戦争で目を傷つけられ、目が見えなくなります。そして、新政府軍につかまり、京都の薩摩藩邸に閉じ込められます(ちょうど、この今出川キャンパスの敷地ですよね)。
  その後、彼が属していた会津藩は、幕府側について闘い、新政府軍に、天皇に逆らう「賊軍」として、総攻撃を受けて滅亡します。
  山本覚馬は負けた藩のサムライです。しかも当時、会津の出身者は会津の出身だというだけで差別され、見下されていました。
  そんな山本覚馬と、新島襄が手を組んでできあがったのが、この同志社という学校なんですよね。

マイナスからのスタート

  ですから私たちの同志社という学校は、決して恵まれたところからスタートしたわけではない。同志社の出発は、一からのスタートでもなく、ゼロからのスタートでもなく、決定的なマイナスからのスタートだったわけです。そしてスタートしたからといって、みんなに歓迎されたわけでもない。
  しかし、「それでもやるんだ」と。「あえてここで夢を実現するのだ」と、動いたのが新島襄であり、山本覚馬だったんですね。
  私たちは、自分がたとえ恵まれない境遇にあったとしても、いやむしろ不利な状況に自分はあるな、と思っていたとしても、「あえて自分の夢を追いかけよ」と創立者たちに教えられているように感じるのです。
  もし、あなたが、何か夢を持っていたとして、その夢を実現するには自分は恵まれた状況にはないなと思っていても、まったく恐れることはありません。たぶん、同志社の創立者たちも、同じように、あるいはそれ以上に苦しかったに違いありません。
  「マイナスの状況からでも何かを始めることはできるんだ」と創立者たちは教えてくれていると思います。
  どうぞ、自分がどんなに無力で非力だと思えても、自分の夢を追いかけ続ける人になってください。また、自分の夢を追いかけている人を応援する人になってください。
  祈りましょう。

祈り

  愛する天の神さま。
  今日、こうして同志社中学校のみんなと、朝一番に創立記念礼拝を持つことができますことを、感謝いたします。
  ここに集う皆が、どのような状況からスタートする者であっても、ひとりひとりの夢と、それを実現する力を与えてくださいますように。
  主イエス・キリストの名によって祈ります。
  アーメン。

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