“ありがとう”に、ありがとう

2004年6月21日(月)日本バプテスト医療団看護学校 朝礼メッセージ

説教時間:約7分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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■聖書:使徒言行録20章35節(新共同訳・新約p.255)

  あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。

孤独と無意味

  人間って、「わたしは独りぼっちなんだ」とか、「わたしのやっていることは何も意味がなかった」と思い続けることに耐えられない動物なんじゃないか、ずっとずっとそういう「孤独」や「無意味」な状態に置かれながら健康に生きていくことはできないのではないかと思います。
  人間は、「あなたは独りじゃないよ」とか、あるいは「あなたのやっていることには大事な意味があるんだよ」と知らせてもらうことが必要で、それがなければ、他人に暴力をふるってでも、あるいは自分に暴力をふるって傷つけてでも、「自分がここに存在している」あるいは「誰かわたしの気持ちをわかってほしい」と要求するものではないでしょうか。
  精神的に自立した人間でありたい、あってほしいとはよく言われることですが、たとえしっかりしていて過剰に人に依存するクセがない人であったとしても、自分は誰の役にも立っていない、誰からも必要とされていない、誰からも求められていない、そう感じながら日々を過ごすのは生きた心地がしません。

もらってくれて、ありがとう

  さて、ぼくは、普段勤めている学校でボランティア活動のコーディネイターをやっています。(※)
  夏休みや冬休みなどの長期休暇に入ると、中学生や高校生らと一緒に、大阪の西成区にある釜ケ崎という日雇い労働者の街に出かけてゆきます。そしておにぎりを握ってお昼ごはんに配る、「炊き出し」という作業のお手伝いをします。
  何年か前までは、プライドの高い建設労働者のおじさんなどで、「なんやこれ、クソまずい飯食わしやがって!」と、おにぎりを地面に投げつけたりするような元気な人もいましたが、最近は倒産、リストラなどで逃げてきた人も多く、態度も腰が低いというか、おにぎりを受け取ると、深々とおじぎして「ありがとう」と言ってくれる人が増えました。
  「ありがとう」と言われると、なんかいいことをしたような気になって、ボランティア初心者はうれしくなってしまいます。しかし、その日の炊き出しの活動が終わって、ミーティングに集まると、その人たちはこう告げられます。「本当は、こちらのほうが『もらってくれて、ありがとう』なんだよ」と。
  本当は、おにぎりをもらうために並んでいる人のほうが、誰からも「役立たず」扱いされ、自分の食べるものまで人から恵んでもらうという屈辱を味わっているわけです。彼らは、誰からも「ありがとう」と言ってもらえない。その彼らから「ありがとう」という言葉を引き出して喜んでいるのがボランティアをしている側だったとしたら、いったい我々何をしに行っているんだろうか、ということになるんですね。
  本当は、元気に働いて、人の役に立って、「ありがとう」と人に言ってもらいたいのは誰か、ということです。

「ありがとう」と言う奉仕

  ボランティアだけでなくても、私たちは、何か人に奉仕をしたり、お世話をしたりしたときに、「ありがとう」と言ってもらえることがあります。
  それは、私たちに「ああ、このことをしていてよかったな」と思わせてくれます。「ありがとう」と言ってもらえること自体が、自分の存在意義を確認できる、とてもありがたい出来事なのですね。
  人は人に「ありがとう」と言うことで、相手に生きている実感や意味を与えることができます。
  だから、もしも自分に「ありがとう」と言ってくれる人がいたならば、そういう風に自分の存在を認めてくれたり、自分の働きを評価してくれたこと自体に「ありがとう」と言いたい気持ちを持っていたいと思うんです。
  そしてさらには、本当に「ありがとう」と言ってもらいたい人、本当に自分の存在を認めてもらいたい人は誰かということを常に考えるような自分でありたい。
  ここにおられるみなさんは、これから人のお世話をしてゆく仕事につかれる方が多いと思うのですけれど、人のお世話をしながら、「お世話をさせていただいて、ありがとうございます」という気持ちを抱きながら奉仕する。「あなたがいるから」私はこの仕事ができているのです、とお世話する相手に感謝を伝えながら奉仕する、そのような人となってくれたら、と思います。
  ぼくだって、自分の生徒に感謝しなくちゃな、と思います。いっしょにそうやってがんばっていきましょう。
  それではお祈りをいたします。

祈り

  愛する天の御神さま
  今朝はバプテスト看護学校のみなさんと共に、礼拝を守ることができました恵みを感謝いたします。
  学生のみなさんが、よい学びと、よい働きをなし、しっかりと世の中に仕える力と心を身につけることができますように。いつも感謝をもって世に、人に仕えることができますように。
  また、指導にあたる先生方おひとりおひとりにも、あなたの大きな導きと守りがありますように。
  この感謝と願いの祈りを、主イエス・キリストの御名によってお献げいたします。
  アーメン。


 (※)このボランティアについて、詳細は「同志社香里ボランティア部公式ホームページ」へ)

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