神さまにお任せして生きよう

2006年8月27日(日) 日本キリスト教団 光明園家族教会 聖霊降臨節第13主日礼拝説教

説教時間:約20分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:コリントの信徒への手紙一 1章26〜31節 (新共同訳・新約)

  兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。
  それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。
  神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖(あがな)いとなられたのです。「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。

うつ病だったわたし

  みなさん、おはようございます。
  本日お読みいただきました聖書の箇所は、自らの弱さも小ささも思い知らされていたパウロが、同じく、弱さ、小ささを認識せざるを得なかったコリントの人びとにあてて送った手紙の一部です。
  神に呼び出されたとき、あなたはこの世において無に等しいような存在だっただろう。しかし、神はそういう人間に目をとめてくださった、ということが書いてあります。
  ここを読むと、わたしは自分の弱さ、というものに目を留めざるをえない気持ちになります。わたしは、特に昨年から今年にかけて、自分の弱さ、無力さというものを思い知らずにはおれませんでした。
  昨年から今年にかけて、わたしは体調を非常にひどく壊しておりました。体調を壊すといっても、病気の内容は心の病なのですが、心の病気というのは一種の脳の病気で、脳も体の一部ですから、体の調子を崩しました、とあちこちでは申し上げておりました。
  すなわち、わたしはここ1年半ほどうつ病にかかっており、現在もだいぶましにはなったのですが、治療を継続中です。
  脳の中の、心の明るさや前向きな意欲などを起こしている物質があるのですが、あまりにも脳が多くのストレスや孤立感、孤独感にさらされつづけていると、その元気のもとになっている物質が少なくなって、次第に暗い気分から這い上がれないようになり、しまいには、「自分などいなくなってしまったほうがいい」、「自分など死んでしまったほうがいい」という気持ちにどっぷりと漬かりこんで、抜け出せなくなります。
  毎日、「早くこんな人生を終わってしまいたい」、「早く死んでしまいたい」……そういう気分に満たされたままですので、起き上がることも、立って動くこともつらくなり、ずっと横になってただ死ぬのを待っていたい、そういう気持ちになるのです。
  じっさい、うつ病にかかっている人は今の日本の15人に1人はいるそうですし、自殺する人は1年間で3万2000人以上、その中にうつ病にかかっていた人のしめる割合も相当に多いそうですから、珍しい病気というわけではないのですが、自分が本気で苦しんでいるときは、そういう客観的な数字はあまり意味を持ちません。自分の苦しみは自分にしかわからない、という気分に落ち込んでしまっています。
  「『死にたい』と思うこの気持ちそのものが病気のせいなんだ」と自分に言い聞かせて、踏みとどまるので精一杯でした。

孤独という病

  わたしがうつ病になる原因となったストレスがどこから来るのか、それは自分ではわかるような気がしていました。
  それはわたしが学校で、キリスト者としてずっと孤立した状況におかれているということからくるものでした。
  わたしが奉職させていただいている学校は、キリスト教主義の学校ですが、実はキリスト者はほとんど存在しません。キリスト教学校であるにもかかわらず、生徒たちにとってはキリスト者は「珍しい」存在なのです。もちろんキリスト教に好意的な教職員はおられます。しかし、そのような人でも自分からキリスト教的観点で判断したり、行動したりすることはできません。また、ごくわずかにおられるキリスト者の教員も、ほとんどわたしより先に、既に体調を崩されておられる方がほとんどでした。ですから結局は、ほとんどわたしひとりで学校の礼拝やその他の宗教行事の全てを企画し、牽引していかなければならない状態でした。
  この学校のキリスト教的な要素を、すべてひとりで運用していかなければならない。教職員約140名、生徒約1700名、そのようなひとつの社会といってもいい集団のなかで、自分ひとりがキリスト者としてキリスト教を証ししてゆかねばならないというプレッシャーに押しつぶされた結果が、うつ病という病気だったのではないか、と今は思っています。(現在は、4月から新しい聖書科の先生が加わり、そのことがわたしの病状を軽くしてくれています)
  日本には昔から「人事を尽くして、天命を待つ」という言葉が伝わっています。人間としての自分にできることはやったら、あとは天にまかせようではないかという安らかな気持ちを表したものだと思います。しかし、その時の自分は、「人事を尽くした上に、さらに人事を尽くす。そのまた上に人事を尽くす」。
  誰も助けてはくれないのだから、自分ひとりがとことんがんばるしかない。ひとりで全てのことを行い、ひとりで戦わなければならない、そう思い込んで、傲慢なことですが、徹底的に自分の努力だけで、学校の中でキリスト教の代弁者になろうとしていたのでした。

ある出会い

  最近、ある78歳か79歳になる歴史学者の方とお話をする機会が与えられました。
  この方は、日本のキリスト教の歴史をすみずみまで知り尽くした学者で、明治維新のあとの「教育勅語」と、太平洋戦争前の「文部省訓令12号」によって、いかに日本のキリスト教およびキリスト教学校が国家から弾圧され続けてきたのかということを、実に丁寧にわかりやすく教えてくれた学者でした。(文部省訓令12号とは、キリスト教学校で行っている礼拝と聖書の教育を禁止する国家からの命令でした)
  その方は、父親が牧師であったそうです。そして、太平洋戦争が始まる直前、1941年の半ば、その父親の牧師が特高警察に連れて行かれた経験があったそうです。その牧師は一晩、拘留されたのち、家に帰ってきましたが、特高に連れて行かれて、何を聞かれ、何を言われ、どんなことをされたかは、一切家族には語らなかったそうです。それを聞き出すことができないまま、父親を天に送ったことが、その方の大きな悔いとなったとのことでした。そして、そのことがきっかけでその方は後になって、あの時代に何があったのかを事実として知るために、歴史を学び始めたといいます。
  いざ戦争が始まると、その方自身も学徒動員で、学校でも勉強ではなく戦時体制を支えるための作業に従事することになるのですが、この学徒動員中に、ご本人も、憲兵隊に連れて行かれたことがあるそうです。
  やはり、家が教会をやっていて、平和運動のようなものに関わりを持っていたことが原因だったのだろうとおっしゃっていましたが、とにかく学徒動員中に憲兵隊に連れて行かれて拘留された。そして、毎日呼びつけられては殴る蹴るの暴行を受けたそうです。
  その時、彼は、「ああ、オレはここで殺されるんだな」と思ったといいます。
  そして、「今更言うのは恥ずかしいことだとは思いますけどね」とおっしゃっていましたが、「そのときばかりは、思わず『神さま、助けてください』と祈りましたよ」と思い出しておられました。
  ある日、いつものように呼びつけられ、またどうせ殴られるんだな、と思っていると、「帰ってよし」と言われたそうです。なんでも学徒動員のときの友人の中に、帝国陸軍の要職についていた人の孫がいて、「あいつを助けてやってくれ」とおじいさんに頼んだら釈放されたということだそうです。
  戦争が終わってからも、この人は、歴史学者として、日本の政権および軍部がいかに日本国民の自由を奪い、日本のキリスト教を弾圧していったかを、事実に基づいて講義や講演を行っていきました。そのことで、右翼から暴言をあびせかけられたり、自宅に脅迫電話をかけられたりしたことも何度かあったといいます。

ブレない心を支えるもの

  わたしは、その歴史学者の方に、質問しました。
  「そのような恐怖や圧力をかけられ、自分のことを誰も助けてくれない、と思ったとき、ブレない自分を持ち続けるというか、孤独につぶされてくじけてしまわないためには、どういう心持でいればよいのですか」と。
  彼は少し考えてから、ゆっくりと答えてくれました。
  「牧師さんを前にして、こんなことを言うのもなんだけど、ぼくは信仰的にはね、意外に単純なんですよ……。まぁわたしも歴史家のはしくれですからね。歴史というのは事実の集積なわけです。自分の思想とか主張で言っているのではなく、ただ調べた事実をたんたんと述べてゆくわけです。そして、あとはね、神さまに任せたよ、と、こういうわけです」
  ある程度予期していた答えではあったのですが、やはり、最終的にはそこにいきつくのかも知れません。
  自分にできることはやった。あとは神さまに任せたよ、という気持ちになれるかどうかが、違いを生むのであり、自分に欠けていたのは、そういう簡素な信仰だったのだなと思いました。
  ただ孤独であり、誰も助ける人がいない、という状況であるだけではない。「このまま誰にも知られず自分は死んでゆくのではないか……」。そう絶望的に思ったときに、誰に知られずとも、神さまが知っていてくださる。いや神さま、どうか知っていてください、と願う信仰しか、自分の支えになるものがないときが、人にはあると思います。
  わたしの場合、「頼るものは自分しかない」と思いこんでしまったとき、その絶望的な孤独にさらされつづけたために、脳が病気になってしまったのだと思います。
  自分以外の人間にたよることができないとき、そんな時は、もう神さまにおまかせしよう、と思うことができなかったから、自分はうつ病にならざるをえなかったのではないかと思います。
  しかし、神さまの力を宣べ伝えるべき人間が、自分の人生を神さまに委ねていないというようなことで、神さまのことを宣べ伝えることができるはずがありません。
  どんな人間でも、自分の力がおよばず、自分だけの力ではどうしようもないこともあると思います。その時に、絶望してしまうのではなく、まだ神さまが偶然のなかに働いてくださる余地が残っている、と思うことに、希望が残されているのではないかと思います。
  自分自身が、最後は神さまがすべて決めてくださること、という思いに満たされて生きることで、神さまに任せた人生の安らかなことを、証しする人間であれたら、と思います。
  本日お読みしましたパウロによるコリントの信徒への手紙の中にも記されていますとおり、知恵のある者や能力のある者、家柄のよい者が神に選ばれるわけではありません。
  むしろ、「神さま、どうしてわたしなのですか」と嘆きの声をあげたくなるほど情けない、無学で無力な人間をかえって選ばれると書いてあります。無力であるがゆえに選ばれる、と書いてあるのです。
  
「だれ一人、神の前で誇ることがないように」(コリントの信徒への手紙一1章29節)「誇る者は主を誇れ」(同31節)と本日の聖句には書いてありますが、まさに、自分の能力や働きを誇るのではなく、主を誇ることが大切なのであり、そこに気づかせるために、神さまはわたしにうつ病という棘(とげ)を与えられたのかも知れないとも思っています。
  うつ病によって、わたしは自分の力がどれほど小さいものか、どれほど自分のできることに限界があるかを思い知らされました。そして、自分の責任ではないことまで自分で負わなければならないと思い込む、という間違いにも気づかされました。
  そうではなく、自分にできることはやるけれども、いちばん大切なところは神さまが仕上げてくださるという信仰を持つべきだったのです。
  いつも、神さまに人生の行く末を託して生きる、そのような勇気をもって生きてゆきたいものだと思います。
  お祈りいたしましょう。

祈り

  愛する天の神さま。
  いつもわたしたちを大きく包んで守ってくださることを感謝いたします。
  わたしたちはあなたを見失い、何事も自分の力でなそうとすることがあり、そのために失望や絶望を味わわされることのある者です。
  どうか、あなたに全てを委ね、全てをお任せしつつ、安らかな気持ちでもって日々を生きて行くことができますように、どうかわたしたちをお導きください。
  この祈りを、わたしたちの主、イエス・キリストの御名によって御前におささげいたします。
  アーメン。

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