空しさには負けない

2005年9月9日(金)同志社香里高等学校ショート礼拝奨励

説教時間:約8分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:ローマの信徒への手紙 12章15−17節(新共同訳)

  喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。
  互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々とも交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません。
  だれに対して悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行なうように心がけなさい。

2001年の文化祭

  文化祭の時期が近づいてきました。
  今日読んだ聖書の箇所は、いまの時期にぴったりだな、と思って選ばせてもらいました。今日の聖書の箇所にはこんな風に書いています。
  
「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(ローマの信徒への手紙12章15節)
  いまから4年前、ぼくは高校2年生の担任をしていました。もうすでに卒業して、いまは大学に行っている学年です。
  高校2年生の2学期と言えば、文化祭と修学旅行という2大イベントが待っている時期です。
  その年の高2は、ハワイに行くために各クラスで事前学習をし、ハワイの歴史やハワイの文化、芸能、音楽やファッションや食べ物など、あるいは観光名所の見所などについていろいろ調べて、それを文化祭で発表するために準備をしていたクラスもありました。授業の中でも、特別にハワイについて取り扱ったりする先生もいました。
  そうやって特別授業や事前学習や文化祭までも「ハワイ、ハワイ」と盛り上がっていた矢先に、起こったのが、2001年9月11日に起こった同時多発テロでした。
  そのテロのために、アメリカ領内に入国することの危険性が騒がれ、結局、その年のハワイ修学旅行は延期になり、2月に九州に行くというプランに変更になりました。じっさいにテロの被害に直接遭った人に比べたら大したことはありませんが、それでも、その学年の生徒も、テロの被害者と言えば、被害者になったわけです。
  それまで文化祭でハワイについて展示しようとしていたクラスの子たちは失望し、空しさに襲われました。「ハワイに行けへんのにハワイについて展示なんかして、何になるんや」、そういう気持ちでした。

お風呂の水を箸で回す

  ぼくの担任していたクラスは、ハワイの観光名所を大きな壁画にして、その前で記念写真を撮って、その場でプリントしてお客さんに配るというフォト・スタジオをやろうと計画していました。クラスに絵の得意な子がいて、その子が美術監督となって、何人ものメンバーで、教室の壁一面になるような風景画を描く予定でした。
  しかし、いざ作業にとりかかっても、なかなかみんな本気になれず、絵はなかなか完成しませんでした。美術監督をやった子も、やる気のないクラスメートを前にして、どういう風に声をかけていいかもわからず、「先生、このままじゃ完成しませんよ」と泣きそうになっていました。
  この時、ぼくは、「やる気のなさは一種の暴力にもなるんだな」と感じました。テロという暴力で修学旅行がダメになり、精神的に被害を受けたクラスメートたちが、今度は、やる気のなさを見せ付けるという形で加害者に転じて、監督を引き受けた子に本当に精神的にダメージを与えてしまったんですね。
  結局、彼はしばらく悩んだあと、「泣いていても作品は完成しない。自分ひとりでもやりぬかないと、文化祭は迎えられない」と腹をくくって作業を再開しました。
  そんな彼の姿を見て、それまでやる気をなくしていたクラスメートが、最初はしぶしぶ、しかし、作業を進めて、夢となってしまったハワイの風景が模造紙の上にだんだんと美しく描かれてゆくうちに、「なんとか文化祭本番までに完成させてやろう」という風に雰囲気が変わってきました。
  最初はたった一人。それはまるで、お風呂の水を箸でまわすような努力だったけれども、それがだんだんと時間をかけて大きな渦になっていくような感覚でした。
  そして、文化祭の本番の朝になってもまだ絵の具を塗っていたりしていましたが、なんとか完成して、フォト・スタジオを開くことができました。次から次へのお客さんが入ってきて、大成功でした。
  その時の絵は、文化祭が終わってからも捨ててしまうのが惜しくて、ずいぶん長いこと、2学期の間中、教室の後ろに掲げていたのを覚えています。
  この時の文化祭展示が成功したのは、たとえテロがあっても、クラスのみんなが最終的に「空しさ」に負けてしまわなかったからだ、と思います。
  「空しさ」というのは、結局自分の気持ちのあり方の問題です。
  「泣く者と共に泣き、笑う者と共に笑う」。そういう熱い気持ちで、すべてのことを乗り切っていってください。
  最後に一言、お祈りします。

祈り

  愛する天の神さま。
  ここに集う一人ひとりが、あなたに守られて、毎日を幸福に生きることができますように。
  文化祭が近づいています。みんなが大切な思い出を作ることができますように、心から願います。
  この祈りを主イエス・キリストの御名によって、お聴きください。
  アーメン。


 
  ※「お風呂の水をお箸で回す」という言葉は、日本キリスト教団牧師、東岡山治さんの著作のタイトル、『盥(たらい)の水を箸で回せ』からヒントを得ました。感謝。

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